前編
1日目
私が彼と最初に出会ったのは、高校の入学式の時。
校門から校舎へ続く道で、たまたま見掛け、何故だか目を奪われた。
中性的な顔立ちに、陽の光が当たると茶色っぽく見える、細い髪の毛。
体付きも線が細く、中学から上がったばかりと言う事を差し引いても、同年代の子と比べて華奢な感じだった。
今思えば、その時から既に、彼に惹かれていたんだと思う。
2日目
私は彼と、同じクラスになった。
自分の中にある淡い恋心に、まだ気付いていなかった私は、ただただ嬉しかった。
自己紹介で彼は、本を読むのが好きと言っていた。
他の子が、趣味は何々と言う中、彼ははっきり、好きと言い切ったのが印象的だった。
10日目
彼は意外と暑がりで、まだ肌寒く感じる事も多い季節にも関わらず、教室へ着くや、学生服のボタンを外し、前をはだけている姿を度々目にした。
その度に白いワイシャツが私の目に飛び込んで来て、ドキリとさせられる。
今日も彼は上着を中途半端に脱ぎ、授業が始まるのを待っている。
私は、たまたま手に持っていて、たまたま彼の方に向いていたスマートフォンで、たまたま起動していたカメラアプリで彼を捉えると、何の気無しに、シャッターボタンを押そうとした。
その時不意に彼が私の方を振り向き、私は驚いた拍子にシャッターを切ってしまった。
彼は笑うでも、怒るでも無く。
少しだけ驚いた様な微妙な表情を残し、また前を向いた。
そして私のスマートフォンの中に、そんな微妙な表情をした、でも、私の事をじっと見つめる彼の写真が残された。
20日目
彼は休み時間中の大半を、本を読み過ごす事が多い。
クラスに馴染めていない訳でも、友人が居ない訳でも無い。
話し掛けられれば会話するし、本を読む時間を削られ、機嫌を悪くする訳でも無く、むしろ楽しそうに話している。
男の子とも、女の子とも、分け隔て無く話しているし、会話の内容も、いつの間にか彼が中心になって話していたりする事も多い。
話す事が嫌いな訳じゃ無く、それ以上に本を読むのが好きなだけ。
21日目
私は今日、思い切って彼に話し掛けてみる事に決めた。
スマートフォンの一件以来、何と無く話し掛けづらく、未だに話した事が無かったのだ。
近付くだけで鼓動が早くなる。
ちょうど今、彼は一人本を読んでいる。
何の本を読んでいるのか聞いてみた。
彼は意外にも私の名前を知っていて、恋愛小説だと教えてくれる。
少し意外だった。もっと男の子っぽいSFやファンタジーを読んでるのかと思ってたから。
本では無いけど、私も恋愛小説は読む。
スマートフォンの画面に、私が良く読むネット小説のサイトを表示させ、彼に見せる。
彼も興味を持ったみたいだったので、サイトのURLを教えてあげた。
25日目
彼と話すのは楽しい。
同じネット小説を読み合い感想を言い合ったり、彼のお勧めの本を貸してもらったり。
彼と話すのは凄く楽しい。
そんな日がずっと続くと思っていた。
37日目
連休が終わり彼とまた会える。
休みの間はお互い会う事もなく。
ネット小説や本を読んで過ごし、稀にスマートフォンのショートメールで、感想を言い合ったりする程度。
そんな短いやり取りでも、私は充分幸せな気持ちになれた。
昨晩もショートメールで、また明日を言い合って。
でもそれが彼と交わす最後のメールになった。
その日彼は、学校に来なかった。
その日から2度と、彼は学校に来る事は無かった。