禁忌
魔界と人界の境界は、常に血腥く、腕や脚や首が其処彼処に転がっていた。それは、種別を問わず、血の色も様々だった。
「ルカエディオ様!前線へ出るおつもりですか!」
「そうだ、何か問題があるか」
配下の魔義騎士団団長リュカゼムの言葉に、魔王は短く返す。
「俺が出れば、一瞬で鎮火出来る。そうだろう?」
自身の力を正確に把握している魔王は、小さく笑った。
「ですが、このままだと人族たちの恐怖が増し、戦況が悪化するやも…」
「分かっている。しかし、もう収まらぬのだろう」
哀れむように、魔王はリュカゼムを見る。
「それはっ…」
「俺の力を以ってでもせねば、もう収まらぬ所まで来ている。お前を責めている訳ではないぞ、リュカゼム」
「…っ!いえ、私どもの力不足なれば…」
リュカゼムは唇を噛んで、肩を震わせる。
「勇者が現れてしまった。そして、その聖剣術に我が同胞達の命が奪われている。双方とも、もう後戻りは出来ない。俺1人で人界へ出向き、結界を張ろう。人界と魔界を別つ」
人族と魔族では寿命が違う。自分が張った結界ならば、永い時を保てる。人族が何世代も移る事で、魔族への恐怖も薄らぐかもしれない、と魔王は考えた。
「人界へ行けば、魔族の力は1割程度、もしくはそれ以下になります!いくら魔王が魔界最強とは言え、聖剣術を持つ勇者達に遭遇すれば…!」
悲痛の表情で、リュカゼムが叫んだ。
「俺が死ぬと思うか?」
不敵に笑う魔王の意図をリュカゼムは汲み取れない。
「…い、いえ。ただ…最悪の、可能性、として…」
その最悪とは、全ての魔力を注ぎ込み永劫結界を張った後、魔力枯渇寸前、且つ弱体化している状態で、勇者達に遭遇、蘇生術をも消し去る聖剣術により、肉体すら消滅させられる事。
リュカゼムは言い淀んだが、ない可能性ではない、十分に有り得る可能性だと、危惧した。何故なら、相手もまた『稀代の勇者』なのだ。
「案ずるな。結界を張って直ぐ戻る。俺は『稀代の魔王』だぞ。寿命以外で死ぬつもりはない」
「はっ…!お待ちしておりますっ」
リュカゼムは信じるしかなかった。
「これ以上、殺させはしない」
リュカゼムが聞いた言葉はそれが最後だった。魔界のカリスマ。美しいその横顔を彼が見る事は二度と叶わなかった。
★★★
殺す。
殺す。
殺す。
ふざけんじゃねぇぞ。一瞬走馬灯のようなものが過ぎったじゃねぇか。
「気持ち悪ぃ!寄るんじゃねぇええぇ!!」
足元には鳩が蠢いていて、魔眼を発動しても変化がない。こいつら、まじで殺してぇ!だが、触れたくはねぇ!とりあえず、手に持っていたゴリラリザイとパクチーコーラを投げつける。
「マオマオ、そんな大きい声出るんだねぇ〜」
ジンはけらけらと笑っている。てめぇ、後でシメる。
「クッソ、てっめ!」
リビングはダメだ、汚染され過ぎている。寝室へ避難しよう。
ガチャ
ホッホー、ホホー、ホッホーホホー、ホ
バタン
シメるのは、止めた。殺す。久々にキレたぞ、俺は。レアチーズケーキの時以上の怒りだ。
「ふざけんじゃねぇぞ…」
強い怒りと共に魔眼を発動させると、鳩どもがほんの少し大人しくなった。ついでにジンも大人しくなった。
「ジン、こいつらを片付けろ。十分楽しんだだろ。あ?」
「ハイワカリマシタ」
普段なら、ジン呼びをすると注意してくるが、従順に返事をしただけだった。
「俺はシャワー浴びる。その間に済ませろ」
「ハイワカリマシタ」
急ぎ、バスルームへ向かう。
「…あ、ちょっとま」
ガチャ
ホッホー、ホホー、ホッホーホホー、ホ
バタン
「ジィイイイイイィィィン!!!!」
前世でも出した事のない声量で叫んだ。
☆☆☆
マオマオが帰って来るまでに、準備は出来た。オートロック操作するまでもなかった。カメラも各部屋設置済みだし、音声も拾えるようにした。そして、オレでも嫌になるくらい、鳩が沢山。ホーホーホーホーうるせぇわ。マオマオじゃなくても気が狂いそう。
「おい、ゴリラリザイとパクチーコーラ買ってきたぞ」
あ、マオマオ帰ってきた。はい、企画スタート!
「おっかえりー」
ガチャ
マオマオがリビングのドアを開けると、そのまま立ち尽くしてた。無言のままで、ハトの鳴き声以外は静かだった。ハトはマオマオの足元にも近寄り出したけど、反応がなかった。ビックリしすぎて、沈黙するタイプ?
やべ、失敗したかな?
そう思った時、突然。
「気持ち悪ぃ!寄るんじゃねぇええぇ!!」
マオマオが大声で叫びながら、手に持っていたゴリラリザイとパクチーコーラをハトに投げつけた。これこれ!ナイスリアクション!
「マオマオ、そんな大きい声出るんだねぇ〜」
初めて聞いたかもしれない。マオマオの絶叫?
「クッソ、てっめ!」
マオマオに罵倒されても、正直面白くて仕方ない。あんなに困ってる顔のマオマオは見たことがないから。
マオマオは耐えかねて、寝室へ避難しようとしていた。けど…オレはつい、ニヤニヤする。
ガチャ
ホッホー、ホホー、ホッホーホホー、ホ
バタン
もちろん、そこにもハト居まーす。もう、理想のリアクションしてくれちゃってるよ。編集楽しみー。
そんなことを考えてたら、
「ふざけんじゃねぇぞ…」
地の底を這うみたいな、地獄から響いてるみたいな恐ろしい声がした。ちびるかと思った。
「ジン、こいつらを片付けろ。十分楽しんだだろ。あ?」
目がイっちゃってる。マジ怖。オレ、殺されちゃうかも。
「ハイワカリマシタ」
って言うしかない。生き延びるためには。
「俺はシャワー浴びる。その間に片付け済ませろ」
「ハイワカリマシタ」
って、バスルームにもハト居るんだけど!
「…あ、ちょっとま」
ガチャ
ホッホー、ホホー、ホッホーホホー、ホ
バタン
「ジィイイイイイィィィン!!!!」
いや、ちょっと!止めようとしたって!本当、信じて!顔、ちょー怖いんだけど!!