帰る場所
評価・ブクマ、ありがとうございます。
お盆、主に美姫を満喫した俺は、名残を惜しみつつ、マンションへ戻った。
帰り際に、美姫が俺の服の裾を掴み、「かえう、や」と、ぐずり出した時には攫ってやろうかと思ったが、ぐっと堪えた。本当に俺との別れを寂しがっているのが伝わってきて、思わず抱き上げた。よしよし、とあやし、次に会う約束をした。暫くは納得していないようだったが、善兄や和子さんの説得もあり、最後は「またね」と小さく手を振ってくれた。愛おしいが何度も爆発しすぎていて、困ったものだ。流石、魅了の使い手。
中に入ると、蒸し暑さはなく、既にジンが戻っていたようだった。エアコンが効いたリビングで、うだっていた。
「あ、おっかえりー」
「おう」
顔色が悪いような、やつれたような?笑った顔に、いつもの明るさがないように思えた。が、その何かを聞く程、俺は詮索が好きではないし、聞いて慰められる程、優しくもない。薄情かもしれないが、俺のスタンスは変えるつもりはない。これでも元魔王、生温い中途半端なヒューマニズムは1番嫌う所だ。
「楽しかった?」
「そうだな、最近で1番の癒しだな」
「いいなー」
本当に羨ましそうにしている。
「オレも、前野家に行きたかったぁ」
「あ?うぜぇだけだろ、それ」
「ひどっ」
言いながら、ジンはけらけらと笑った。
「オレ、実家好きじゃないからさー。マンションの方が、ただいまーって感じ」
前から、実家にはあまり帰りたがらないとは思っていたが、何か事情があるんだろう。
「それに、早く動画仕上げないとーって思って?」
「まぁ…何でもいいけど、少しは寝ろ。顔色悪ぃぞ」
“やっぱ、マオマオは優しいね”
ん?
「あ?何だ?」
「え?何も言ってないけど?」
「?」
気のせいだろうか。
「ちゃんと寝るって、そんな怖い顔しないでよー」
ジンはへらへらしながら、自室へ向かった。
“ありがとね”
「あ?」
やはり、気のせいではない。
《鑑定》
前野眞緒(前世:魔王ルカエディオ)
【魔奪吸β】【魔即変換β】【魔眼β】【魔酔支配β】【魔思疎通δ】
スキルが増えている。
【魔思疎通δ】強い感情であれば、言語圏が異なっていても、対象の読心可能。
読心系か。これは、戦場で便利だったが…平和な日本において必要だろうか?下手に聞こえてくると、逆にうぜぇんだが。そこは自分でコントロール可能にならないといけないってやつか。少し面倒だな。
美姫の気持ちが伝わってきた気がしたのは、スキルが発動しかけてたって事か。強い感情だった、と思うと、少しにやける。
それにしても、今までと違って、随分とグレードが低めな印象だ。前世では、スキルにレベルはあったが、βやδは付かなかった。つまり、劣化バージョンである事を示すものだろう。更にアルファベット順を考えるなら、αが最もグレードが高く、ωが最もグレードが低いと予想出来る。δと言うと上から4番目。常時発動が出来ないものなのかもしれない。だとすれば、そこまで問題視する必要もないかもな。
思考に区切りを付け、母親に持たされた大量のタッパーを冷蔵庫に仕舞うため、キッチンへ向かう。即席麺や甘味ばかりでは体を壊す、と渡してきたものだ。どうやら、動画を見ているようだ。正直有り難いが、中々大量にある。
後でジンと食うか。あいつでも、唐揚げとかなら食えるだろ。
☆☆☆
「つっかれたぁー」
マンションに帰ってすぐ、ソファーに倒れた。涼しい部屋で、だらっとするの贅沢だなー。
本邸は実家だけど、実家じゃない。オレの家はマンションなんだなぁって思った。本邸は居心地悪いったらありゃしない。
理由は、ありがちな家庭事情。
兄貴や姉貴、妹は、一応血は繋がっているけど、母親が違う。兄貴と妹は元本妻の子で、姉貴は後妻の子。姉貴に関しては、最近まで存在を知らなかったけど、元本妻と別れてすぐ、後妻を壱斑家に迎えた時に一緒に来たって言うんだから、それを知った時は驚いた。
そんで、オレは、いわゆる愛人の子。
まあ、姉貴も元は愛人の子ってやつなんだろうけど、オレの母親に関しては、顔も知らないからね。ま、おかげで家の柵とか、跡継のこととかは考えなくていいから、気楽っちゃ気楽なんだけどさ。じいちゃんは、オレと性格が似てるからか、すげえ可愛がってくれてるし、壱斑家の恩恵は十分すぎるくらいに受けてる。そして、それを面白くないと思うやつもいる。ましてや、ユーチューバーみたいな職業は、お堅い人たちには理解されない。オレは、割と楽天家な方だと思うけど、それでも否定されれば、嫌な気持ちにはなるし、もやもやする。オレだって、生まれたくて生まれた訳じゃないっつーの、とか言いたくなっちゃう。
けど、生まれなきゃ良かったなんては思ってない。今、楽しいからね。少しの憂鬱くらいは我慢できるよ。
ガチャ
マオマオが帰ってきた。
「あ、おっかえりー」
「おう」
とってもご機嫌。肌つやもいい気がする。
「楽しかった?」
「そうだな、最近で1番の癒しだな」
「いいなー」
羨ましい。前野家行った事あるけど、本当に普通の家族って感じで、オレ大好きなんだよね。ご飯美味しいしさー。特に唐揚げとか絶品。
「オレも、前野家に行きたかったぁ」
「あ?うぜぇだけだろ、それ」
「ひどっ」
マオマオは嘘言わないし、余計な事も言わない。だから、このやり取りが楽しい。
「オレ、実家好きじゃないからさー。マンションの方が、ただいまーって感じ」
マオマオは変な詮索もしない。でも、オレが話せば聞いてくれる。この距離感がオレには嬉しい。
「それに、早く動画仕上げないとーって思って?」
「まぁ…何でもいいけど、少しは寝ろ。顔色悪ぃぞ」
やっぱ、マオマオは優しいね。顔は怖いけどさ。
「あ?何だ?」
「え?何も言ってないけど?」
「?」
マオマオが眉間に皺を寄せて、オレを睨む。心配してくれてんのかな。
「ちゃんと寝るって、そんな怖い顔しないでよー」
ありがとね。
自室に戻ると、急に眠たくなってきた。自分で思ってるより疲れたのかも。でも、ここなら、ぐっすり寝れる気がする。大事だよね、そういう場所。オレ、本当にマオマオに感謝しなきゃだなー。
ぼんやりした後、意識が途切れた。
会ったことのない美姫ちゃんと、マオマオと、一緒にゼリーを食べる夢を見た。オレ、ゼリーとかそんな好きじゃないんだけど、2人があんまり美味しそうに食べるもんだから、何だかすごく美味しい気がした。
今度、やっぱ前野家行きたいなー。夢が夢だって分かりながら、そんなことを考えた。