魔王は姫を溺愛し、御曹司は憂鬱を嘆く夏
ブクマ・評価、ありがとうございます。
お盆。そう遠くもない実家へ帰って来た。
「おかえりー。あら、また何か買ってきてくれたの?」
「ただいま。多分美味いと思う。冷蔵庫入れようぜ」
散々悩んだお土産は、ジンが勧めてきたフルーツ専門店の高級ゼリーにした。これも壱斑グループのものらしい。手広くやっていらっしゃる事で。
甘いものが苦手な兄貴たちも、美味いフルーツがごろごろ入ったゼリーなら食べられるはずだ。見た目も宝石の様にキラキラしていて、女性にもウケそうだ。美姫も喜ぶだろう。
美姫へのお土産はなかなか1つに絞る事が出来ず、とりあえずネットで買って、そのまま実家へ発送とした。美姫が来る前に確認だけしておこう。
「連絡しといた荷物。どこにある?」
「リビングにあるけど…あんたね、何が届いたかと思ったわよ。大きいし派手だしで、びっくりした」
母親は文句を言いつつ、楽しそうだ。
「お土産は冷蔵庫入れておいてあげる」
「悪い、ありがとう」
お土産を渡すと、母親は嬉しそうな顔をした。
「さて、と」
リビングのソファ近くにでかい段ボールがあった。有名おもちゃメーカーのデザインにしたので、非常に目立つ。
「お前、何買ったんだ」
ソファに居た父親が話し掛けてきた。
「お、おぉ。ただいま。これは、美姫へだよ」
「そうか」
短く相槌を打った父親だったが、満足気な表情だ。
「ただいまー」
「こんにちは、お邪魔します」
兄と兄の奥さんの声がした。
「お、来たか!」
父親が立ち上がると、玄関へ向かう。遅れて、俺も玄関へ向かう。
「お、眞緒。もう帰ってたのか」
「ん。ついさっきだけど」
「眞緒君、久しぶり」
「お久しぶりです」
簡単な遣り取りをしている中、
「おぉ、美姫ちゃん。よく来たねぇ」
「じぃじ」
父親は美姫にメロメロだ。
「まお」
「何だ、美姫。どうした、抱っこか?ん?」
無論、俺もだ。
両手を広げると、とてとてと寄って来る。非常に愛らしい。抱きかかえると、服をきゅっと掴んでくる仕草がなお、愛おしい。父親が、羨ましそうな恨めしそうな顔でこちらを見ているが、無視した。
帰って来たのは、俺の兄で、前野家次男。前野善人。28歳。既婚。奥さんは和子さん。26歳。一人娘の名前は美姫。2歳5カ月。前野家初孫の彼女はアイドル状態である。
お土産の話だとか、簡単な挨拶を終え、皆リビングへ集まった。俺はまだ美姫を抱っこしたままだ。
「本当に、眞緒によく懐いてるな」
「まあな、お盆に居る間は任せろ」
やはり父親が恨めしそうだ。
「まお?」
「ん?」
舌っ足らずに名前を呼ぶのすら愛おしい。
「あ、そうだ。美姫にお土産がある。見るか?」
「う?」
「美姫のだぞ」
そう言って、ショッキングピンクに有名おもちゃメーカーのロゴが入った派手な段ボールを見せると、兄貴と和子さんは驚いて、美姫は嬉しそうな声を上げた。
テープだけ外してやって、自分で開けてみるよう促すと、躊躇なく段ボールを掴み、勢いよく開けた。
「きゃーっ」
高い声と嬉しそうな笑顔が返ってきた。これだけで俺は、既に満足しかけている。
「ぷいんせしゅあいそん!」
やはり、美姫は天才だった。3歳にも満たない幼子から『プリンセス・アリソン』の単語が出てくるとは。
「わ、すごい。これ、最新モデルじゃないの?」
「そう。俺はよく分かんないけど、美姫、好きだろ?とりあえず、限定版にしておいた」
プリンセス・アリソンとは、女児に大人気の着せ替え人形だ。金髪碧眼の美しいお姫様らしい少女の見た目をしているのだが、まあまあデカイ。ドレスやアクセサリーの種類は半端ない。そして、もれなくかさばる。全てにおいてクオリティが高く、大人でも熱烈なコレクターが居るらしい。今回買った限定版はゴージャス縦ロールヘアバージョンで、ドレスはロココ調となっている。
「きえいー」
格式高いロココ調の美しさが分かる2歳児はそう居るまい。なかなか、美的感覚が成熟している。
「…眞緒、これ高かったんじゃないのか」
「そうよ、悪いわ。こんなに」
善兄と和子さんが気を遣っているようだ。
「いや、俺、こうでもしないと金遣わないし。善兄たちが迷惑って言うなら控えるけど…美姫が喜んでるから、出来れば受け取ってほしいけどな。出来ればな」
これは事実だ。無理をして買っている訳じゃない。元々浪費をする性質でもない俺が、年齢不相応の月収を得ている。それを可愛い姪っ子に遣って、何か問題があるだろうか。経済を回すに一役買っている訳で、むしろ良い事のように思える。
「今までの分が収納出来る専用クローゼットセットもあるから、美姫と一緒に楽しんでくれよ」
何も考えず買い与えたドレスは数知れず。収納に困ってるのではないかと思い、専用の収納ボックスも買った。これもロココ調の限定バージョンで、美姫は既に気に入っているようだ。夢中で開け閉めを繰り返している。
「まあ、そこまで美姫を可愛がってくれてると、何も言えないんだけどさ」
善兄が苦笑する。
「美姫、ありがとうしなさい?」
「まお?あいがと?」
愛おしいが爆発した。尊い、とはこういう時に使う言葉だろう。間違いない。と言うか、彼女は魅了のスキルでも持っているんじゃないのか?可愛すぎるだろう。
《鑑定》
前野美姫(前世:リュミナグレス王国第3王女エヴェリーナ)
【魅了α】
昂ぶって魔眼を発動させてしまったが、それによって、美姫がまさかの転生者と判明。確かに、この国の王女は皆美しく、大層、民に愛されていると有名だったが、生まれ変わっていたとは。そして、がっつりスキルを持っている。プリンセス物が好きなのも前世の影響か?
【魅了α】一定数の対象に、自身を愛おしく感じさせる事が可能。
これは、選ばれし者のスキルだな。勝ち組スキルとでも呼んでやろうか。愛おしいが、同時に末恐ろしい。
ん?ちょっと待てよ。もしかして、ここに居る人間は、皆前世が同じ世界の者なのか?
そう思って、鑑定したものの、特に変わった点はなく。繋がりはなかった。たまたまだったようだ。
暫くは、美姫の相手をしながら、皆で団欒した。最近にはない、穏やかな時間だった。やはり癒しというものは必要だな。前世では無かったが、あればもう少し余裕を持てただろうか。いや、美姫以上に癒されるものが前世にあったとは思えんな。
「あいそん、かあいいねぇ」
お前の方が可愛いぞ。
「そろそろ、ご飯にする?お寿司取ってるのよ〜」
寿司、だと。
「食いてぇ」
「くいてえ?」
「こら、眞緒。美姫が真似するから止めなさい」
これはいかん。
「お母様、食べたいです」
「おかしゃま、たべあいれ?」
俺の話す言葉を真似しようとしている。一生懸命さが愛おしい。小首を傾げて、俺を見て笑う。これは魅了されても仕方ないだろう。皆、美姫を見て微笑む。
鳩で荒んだ心は十分すぎるほどに癒された。こんな時間が、いつまでも続けばいいと思う。
☆☆☆
お盆には毎年、壱斑の本邸へ行く。まー、面倒。迎えには瀬和谷が来た。
「お迎えにあがりました。どうぞ。尋様」
「もー。相変わらず、瀬和谷は堅いなー」
面倒だけど。死ぬほど面倒だけど。行くしかないんだよなぁ。
車に乗って、ぼんやりするとガラスに自分が映った。何か、違和感。あ、黒髪だからか。この日のために染めたんだった。オレっぽくねー。面白くねー。やっぱ、行きたくねえぇー。
* **
広間には、兄貴と姉貴と妹が待ってた。久々に揃ってる。正座だよ、全員集合。あー、憂鬱。憂鬱すぎ。大体、何でオレ、こんなとこ来ないといけないんだよ。
「早く座れ」
兄貴が冷たく呟いた。
「分かってるよ」
座ろうとすると、
「ちょっと。少し離れて」
妹が露骨に嫌な顔をする。それ、結構傷付くんだけど。姉貴も、微妙に座る位置をズラしてるし。ねぇ、それ失礼じゃない?
オレが座ると、ちょうど親父が広間に入って来た。今回は話短いといいなぁ。正座保たねぇよー。アメリカ留学だの、外資経営だの散々言うくせに、こういう時だけ純和風。もうすでに、脚崩したいんだけど。最近は楽しいことばっかだったから、反動がすごい。苦痛耐性がなさすぎる。早く帰りたい。こんな時間、早く終わっちまえばいいのに。