禍福のレアチーズケーキ
スペギガデラー麺動画は既存登録者にもウケたようで、再生数が伸びた。と、ジンが言っていた。ちなみに記録は8分47秒。もう少しいけるかと思ったが、麺が少々太くなっていたのもあって、伸び悩んだ印象だ。やはり人間の喉では限界があるな。まあ…それが世界にどう影響する訳でもない。この世界は平和だな。
俺は職場兼住居の高級マンションの一室から出て、エレベーターへ乗る。最寄りのコンビニへ向かうつもりだ。
高級マンションはジンの物で、俺は居候に近い。家賃も払っていない。その代わり、ユーチューブで得た収入の割り振りは全てジンに任せている。俺は、日々美味い物が食えて、老後も同じように過ごせればそれでいい。俺の口座には次々と驚くほどの額が入ってくるし、不満はない。オードーメテンプとしてどれだけの収入があるかは知らないが、それでいいと思っている。
エレベーターを降り、マンションのフロアから出ると、厳しい日差しが目に射し込んだ。むっとする暑さに、一気に汗が滲んだ。この世界は平和だが、か弱い人間が生きるには厳しい季節がある。命に関わる季節というのは魔界に近い環境じゃなかろうか。数歩進んだだけで、背中一面に汗をかいた。額の汗を拭う。
ジンが企画を考えたり、編集を行っている間は、基本的に俺は好きに過ごしている。火曜の今日は新作スイーツを買いに行く。例え撮影日だとしても、買いに行く。コンビニスイーツは馬鹿に出来ない。
「いらっしゃいませぇ〜」
コンビニに入ると、汗が一気に引いた。体が冷える。寒さが気持ち良く感じられるくらいだ。真っ直ぐにスイーツコーナーへ進む。
今回の新作スイーツはレモン果肉が入ったレアチーズケーキだった。暑さに負けて、氷菓子も買った。食べながら帰る事にした。コーラ味のそれは体も冷えて、心地よい。が、外に出るとすぐ溶けそうだ。一気に丸飲みする。腹だけ冷えた。以前、アイスドラゴンの魔力を丸飲みした時の事を思い出す。まあ、あれよりはマシか。あ、やべ、頭痛い。ミスった。
しばらく、悶絶した。
* **
レアチーズケーキが傾かないように、足早に戻る。アイスクリーム頭痛で時間をロスした分、早く帰りたい。
道中、俺同じ体格くらいの男たち3人とすれ違った。ぶつからないように、避けたつもりだったが、男たちは横に並んでいたため、1番端にいた男の肩が当たった。
「チッ」
思わず舌打ちする。
「んだ、てめぇ」
肩をぶつけていない、別の男が、睨みつけてくる。人の事を言えないが、相当人相が悪い。が、それは今関係ない。
「横に並んでんじゃねぇよ」
レアチーズケーキ傾いたらどうすんだ。
「はあ?」
「なんだ、こいつ?」
袋を覗くと、やや傾いていた。
ここ最近で、1番の怒りを感じた。
「てめぇら…」
よくも、俺の楽しみにしていたレアチーズケーキを…。
力を込めて、男たちを睨み返すと、
「っ…!」
「へぁ…」
「うっ…」
バタバタと倒れた。
「お?」
この感覚は懐かしい。
【魔眼β】威圧効果あり。精神力の弱い者を気絶させる事が可能。また、自分に敵意がない者や自分よりも弱い者の鑑定も可能。
前世で持っていたスキルのうちの1つだ。ただし、劣化バージョン、と言ったところだろうか。前世では魔眼で人間を殺せたからな。今までそれらしきものが発現してこなかったが、どうして急に。…ともあれ、とりあえず救急車を呼ぼう。
「すみません。熱中症で男性3名が意識不明です。場所は…」
***
日本の救急隊は優秀だ。5分も経たずに男たちを回収してくれた。食べようと思っていたレアチーズケーキは、この炎天下で味がイマイチになってしまった。悔やまれる。万全の状態で食べたかった。もう一度買いに行こうかとも思ったが、汗が酷い。とりあえず、帰る事にした。
不完全燃焼のまま帰宅した俺は、ジンに、次の企画はについて、コンビニスイーツ食べ較べにしないかと提案。ちょうど行き詰まっていたのか、すぐ採用された。今まで、肉やジャンクフード、即席麺などの企画が多かったが、甘味の食べ較べなどはなかったため、新鮮に思ったらしい。すぐに詳細を練っていた。後は任せよう。
すぐに、ジンからシャワーを勧められた。そりゃそうだろう。俺もそのつもりだ。
スマホをテーブルへ起き、バスルームへ向かった。とにかく汗が気持ち悪い。服が張り付いて、脱ぎにくく、更に苛立った。
温めのシャワーを浴びながら、今回出現したスキルについて考えた。
前世では、魔力を奪い、死線を潜れば自然とスキルが身に付いていった。俺は魔族だったから生まれ持ったものもあって、今回の魔眼については先天的に持っていたスキルだ。もしかすると、先天的に持っていたスキルは、何かの条件を満たせば今世でも発現するのか。あくまで仮説だが、今後出現する可能性があるのなら、少々注意しなくてはならない。殺人罪や傷害罪などには問われたくはない。
そこまで色々考えたが、今のところ不便もないようだし、何より考えるのが面倒になったので止めた。
シャワーを終えて、リビングへ出ると、ジンが遅めの昼食を摂っていた。
「あ、企画いい感じだよーっ。ちょっとテンション上がっちゃってさ、近くのコンビニ行って、スイーツいっぱい買ってきちゃった。オレ、そんなに食わないのに。市場調査って事でいいかなー」
徹夜ハイかもしれない。やたらと明るい。
「これとか、美味しそうだよ、食べて食べて」
そう言って、ジンは冷蔵庫からレアチーズケーキを出してきた。
「お前、最高だな」
俺はすぐにレアチーズケーキをジンから奪い、食べる。
もっ
うん、美味い。
☆☆☆
死ぬ気でスペギガデラー麺動画を翌日に上げた。30分弱の動画、編集に掛かった時間はその5倍以上。試験期間中だったけど、それは気にしない。勿論、徹夜。でも、視聴者にもウケたみたいで、再生数が伸びまくった。やっぱ、自分が面白いと思うものを評価されるって嬉しいよね。タイムもユーチューバー最速の8分47秒。めちゃめちゃ凄いと思ったんだけど、マオマオは首を傾げてたんだよね。本当に飲み物とでも思ってんのかな。
今は、次の企画をどうしようかを考えてる。最近暑いし、暑苦しい企画は止めた方がいいのかなー。マオマオ、何かしたい事とかないのかな。特に文句も言わずにいつもオレの企画こなしてくれるけど。
そんな事を考えていると、マオマオが外へ出て行った。コンビニにでも行くのかな。こんなクソ暑いのに。特にこの部屋は最上階だし、エアコン点けてなかったら、きっと発狂してるだろうな。ま、発狂しても、このフロアはオレたち以外住んでないから、迷惑も掛けないけど。
このマンションの最上階フロアは全て、オレの物って言うか、壱斑家の物で、オレは家賃云々一切払ってない。って言うのも、実家が金持ちだから。自分で言うのもなんだけど、相当甘やかされてると思う。だから、マオマオから諸々の料金徴収もしてない。だって、オレの腹は痛んでないもん。ユーチューブで得た収入の割り振りもオレがしてるけど、オレはそんなにお金必要じゃないし、一応コンビだから、半々くらいにしてる。結構稼いでるんだけどね。数字って怖いなーって見てて思う程度には。でも、オレはオードーメテンプとして、面白い動画を作れれば、それでいいかなって思ってる。夢が叶った状態だから、あんまり高望みとかしちゃダメな気がするし。オレ、今、すげー楽しいし。
***
突然、寒気がした。背筋がゾッとした。エアコンの温度下げ過ぎたかな。エアコンの温度を上げて、窓の外を見る。日差しがキツイ。
しばらくしたら、救急車の音が聞こえてきた。熱中症かな。今日、暑いもんなー。気をつけないとなー。オレもとりあえず、水分摂ろ。キッチンへ行って、冷蔵庫を開ける。コーラあった。これ、マオマオのかな。いいや、飲も。
ゴクッ
ん、やっぱコーラうーまー。
* **
リビングで、コーラを飲みながらぼーっとしていたら、マオマオが帰ったきた。真っ直ぐ、オレに向かってきたので、振り向く。
「おっかえり〜」
「なあ、次の企画、コンビニスイーツにしよう。食べ較べとか。色んなの食いたい」
オレは驚いた。マオマオが企画を提案するなんて珍しい。そんなの採用するしかないよね。オードーメテンンプの信念は、やりたい事をやりたいように。ってオレは勝手に思ってる。
「いいよー。じゃあ、それで。どんな感じにするかはまた言うね。ってか、マオマオ汗やばくない?シャワー浴びて来なよ」
マオマオは素直にバスルームへ向かった。バスルームに入る前に、スマホをテーブルに置いた姿を見て、父親に壱斑のじいちゃんへ電話しろって言われてたのを思い出した。とりあえず、電話しちゃおう。
「もしもしー、じいちゃん?電話しろって何?何かあった?」
『いや、何。尋坊、ユーチューブやっとるんだろ?この間のデラー麺、面白かったぞ。今度はワシんとこの若いのの商品紹介とかしてくれんか』
「んー、物によるかなぁ。商品って何?」
食べ物ならいいんだけど。
『系列でコンビニスイーツを扱うのが増えての、息の掛かったところのをまとめて紹介して欲しい。なるべくインパクトのある形でな。難しいか?』
「え!」
聞いてびっくりした。マオマオは預言者なの?
「いいよ!オレ、ちょうどそういう企画やりたいと思ってたんだ!」
『そうか、じゃあ、部下に話しておく。また連絡するぞ』
電話が切れた。運命的で、何だかワクワクしてきた。面白い動画になる気がしてならなくて、ニヤニヤしたまま、思わず立ち上がった。そして、そのまま1番近いコンビニへ走った。昼ごはんもまだだったから、フライドポテトとアメリカンドック、それとその店にあるコンビニスイーツをいっぱい買った。よく考えずに、いっぱい買った。沢山買ったもんだから、お店の人はスイーツが傾かないように底マチがある袋に入れてくれた。
* **
家に帰って、フライドポテトを食べていたら、マオマオがバスルームから出てきた。
「あ、企画いい感じだよーっ。ちょっとテンション上がっちゃってさ、近くのコンビニ行って、スイーツいっぱい買ってきちゃった。オレ、そんなに食わないのに。市場調査って事でいいかなー」
本当、食べもしないのに買い過ぎた。まあ、マオマオ、顔に似合わず、甘いもの好きだし、すぐ無くなると思う。これもギャップがあって、動画ウケるかも。
「これとか、美味しそうだよ、食べて食べて」
冷蔵庫からレアチーズケーキを出すと、
「お前、最高だな」
マオマオは、もの凄いスピードでオレから取り上げた。いい笑顔だ。
もっ
うん、幸せそうで何よりっ。