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魔女

作者:

騒がしい宴の喧騒が、僅かに届くばかりの建物の裏手。

そこにいるには二人。

美しいながら、瞳に暗い色を宿した女性と、彼女の友人。

彼は問う。一体どうしてそんな悲しそうな顔でこんなところに来たのか、と。

彼女は、寂しげに笑って、口を開いた。

「私は、死なないんです」

発された言葉の意図が分からず、彼は戸惑いながらも続きを待つ。

「正確には、寿命がない、ですけど。

「だから、少なくとも、老衰で死ぬことはありません。

「だから、普通に死のうとしたら死ねるんですよ。

「ただ、今回使うのは、本当の意味での不老不死」

ここで漸く、ぼんやりと、何の話をしているのかを悟る。

彼女が患った病の、治療についてだ。

現在の医療技術では、どうにもならない病。本来ならば、大人しく死を待つばかりの身だった彼女が、しかし漸く見つけた、たった一つの対処法。

生き延びるための、方法。

それが明日、実行される。

「年を取ることなく、どんな怪我でも死ぬことはなくなる。

「そんな顔しないで下さい。仕方ないことですから。諦めならついてますし、覚悟ならとっくの昔に決めてます」

きっと自分は、彼女よりも酷い顔をしているだろう。そう思いつつ、告げる。

嫌なら、使わなければいい。全てを投げ出しても、誰もお前を責めはしない、と。

「…そうですね。でも、私は生きなきゃいけませんから」

言っても無駄だと、分かってはいた。彼女の性格を考えれば、投げ出すことなどできはしない。

「例え、全てを見送る側に廻ったとて、仮に、全てに置いていかれたとて、私には、やることがある。

「だから、生き続けること自体は、大したことでも何でもない」

「でも…でもね」

彼女は 、唇を噛む。

「成長が、止まるんです。一切の身体の変化が、停まるんです。魂が、身体が、こちら側に留まるんです」

「ええと…平たく言いますとね」

「子供を産めなくなるんです」

彼は、息を飲んだ。副作用は、あるだろうと察していた。それでも、その答えは、流石に予想外のものだった。

「ああ、そんなに驚かないで」

彼女は笑う。

「大丈夫ですよ。

「結婚して、子供を産むだけが女の幸せじゃない。

「……」

「そう言えたら良かったんですけどね」

笑顔が、歪んだ。

「仕方ないとは、分かってますよ。

「覚悟も決まってるし、今さらやめる気もありません。

「ただ…ただね…」

今にも泣きそうな声で、彼女は嗤った。

「ねえ、知っていますか?

「子供を産めない女は、魔女になるしかないそうですよ」

まるで、自分を嘲笑うかのように。とても、痛々しい笑みだった。

「もし本当にそうなら…。

「きっと私は、最悪で最低な魔女になるんでしょうね。

「不老不死で、命を産めない…」

もういい。これ以上言わないでくれ。そう言ってしまいたかった。

それでも、彼の善意と良心が、それを止めた。

「いっそ森の奥にお菓子の家でも建てて迷い込んだ子供を食べましょうか?

「それとも、毒林檎でもつくって綺麗な女性に食べさせましょうか?

「冗談ですよ」

そう言って笑う彼女の目は、全く笑っていなかった。

どんよりと、暗く、黒く、闇を集めて煮とかしたように、濁っていた。

「自分の不幸を他人に押し付けるほど、子供じゃありませんから」

その通りだ。先程の言葉は、確かに彼女の冗談なのだ。

「でも…。

「ほんの少し、弱音を吐いて良いですか?」

彼は何も言えず、黙って頷く。

「幸せになれないのは、分かっていたんです」

そう告げる声は、酷く弱々しく、頼りなかった。

まるで、罪を告白するかのように。

「とっくの昔に、分かってます。

「私は罪を犯しすぎた。

「それでも…、

「せめて…、

「せめて、人並みとはいかなくても、

「それでも、一つくらい、幸せが欲しかったな…」

血を吐くような懺悔に、彼は黙って目を伏せた。

彼女は、それを静かに見つめ、悲しげに笑う。

「言っても始まりませんね。

「忘れてください。

「明日は早いですから、もう寝ます。

「お休みなさい」

そう言って、彼女は頭を下げ、早足でそこから立ち去って行った。

彼は暫く座り込んだままだったが、やがて立ち上がり、以前として騒がしい宴の中に戻っていった。


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