第18話 嘘
リフッシさんに連れられ店の中を歩く。店の中は売り場があり、鍋や包丁、そしてこの世界に来て初めて見る剣があった。その売り場を通り過ぎ、店の奥へ進んでいく。すると、突然立ち止まる。
「おやっさん、ちょっと僕に客人が来ているので休憩室使いますね」
あ、ここリフッシさんの店じゃないのね。リフッシさんは店の奥にいるおやっさん、おそらくこの鍛冶屋の店主に声をかけ、休憩室を使う旨を伝える。すると、すぐに返事は返ってきた。
「あいよー」
おやっさんと呼ばれるだけはある野太い声が店の奥から聞こえてきた。おやっさんから許可を取るや否や、立ち止まった左側にある部屋に入る。先程の暑さが嘘のようになくなった。
「すいませんね。暑かったでしょう」
「そ、そうですね。とても」
暑くはなくなったといえ、汗はまだひかない。
それを見ての言葉だったのだろう。
「それにしてもここ涼しいですね」
「ああ、それは私の魔法ですよ」
「リフッシさんは魔法が使えるんですね」
「え、えーと名前を聞いても」
「あ、申し遅れました俺は龍崎夕日。それでこっちが」
「リサ・タナルスです」
ここでリサが自分の名前をティリサ・キャストレと名乗らずに全く有りもしない名前を言ったのは王様との約束でもある。王様との食事会のときに娘が王家だと悟られないようにとの約束をしたのだ。そこで偽の名前として考えたのがリサ・タナルスという名だ。
「リサに夕日か。なるほどよくわかった。それで、俺に何か用があって結構な距離歩いてまで来たんだろう」
俺たちが結構な距離を歩いてきたことはリサの疲労した姿をみてのことだろう。
「そ、それは」
俺とリサはお互いに目で合図を出す。
「実は鍛冶屋に昔から興味があって、でも、親は鍛冶屋になることを許してくれなくて、それで鍛冶屋に行って弟子にしてもらおうとここまで来ました」
俺はリサと考えたの作り話を話す。本当の事を言っても信じてもらえるかわからないからだ。俺は結構いい演技ができたと思う。そう俺は。ここには俺とリフッシさん、そしてリサだけ。ただ、俺はリサの演技力を考慮していなかった。
「そ、そ、そう、なんですよ。私の家もお、同じような感じで、そ、それで夕日さんと一緒にここに来たんです」
リサの演技はなかなかに下手だった。考えた時はこれでいいかもと思ったが実際にやってみると、全然ダメだ。その下手な嘘に追い打ちをかけるリサの演技力。これはバレたかと思いリフッシさんを見る。
「そうか、そうか、そういう理由で俺のところに。そこまで鍛冶屋になりたいんだね」
全く疑うこともなく俺たちの話を信じている。
「俺の弟子になりたいなんて嘘でも嬉しいよ」
あ、嘘です。普通にバレてました。
「まあ、君たちにどんな理由があるかはわからないけど、悪い人ではないのは確かだ」
俺たちのついた嘘を特に咎めることはしない。リフッシさんは俺たちの目を見て言う。
「それで僕に何をしてほしい?」
「えっと、少しの間だけ一緒に過ごしたい、かな」
「よし。わかった。そんなことくらい最初からそう言えばよかったのに」
呆気なく一緒に過ごせることになった。
「まあ、僕と一緒に過ごすと言うのなら僕の手伝いをしてもらってのいいかな?」
「俺たちが頼んでるのに、そんなかしこまられたら」
俺たちが頼んでいる立場なのにリフッシさんが俺たちに了承を求めたためわなわな慌ててしまう。どこまでイケメンなんだこの人は。
「もちろん、こちらがお願いしている以上手伝いでも何でもします」
「ありがとう」
だから、俺たちが感謝する方なんだって。リフッシさんが感謝する必要なんてないのに。先程途中で変わってしまった話題をまた戻す
「それで先程魔法が使えるって」
「ああ、今この部屋に作用している魔法は風属性魔法の『空気調和』と言って、空気を操り、温度、湿気等を調整できる魔法さ。僕が使えるのはあと何個かの魔法だけ」
やはり風属性魔法。使える属性ってその人の性格とかで決まったりするのかな。
「君たちは魔法が使えないのかい?」
「使えるには使えるのですが使い勝手が悪くて」
「同じく」
俺が言った後に手を上げ、私も、と意思表示するリサ。
「そうなのかー。まあ、そんなことはどうでもいいか。それにそんな堅苦しくなくてもいいよ。もっと気楽に。僕たちこれから何日か一緒に過ごすんだから」
「わかりまし、・・・わかったリフッシ」
「わかったわリフッシ」
「よし」
リフッシ満足げな顔をすると、工房を見ないかと言ってきた。実際、工房には興味があったので見ていくことに。俺たちは休憩所を出て、工房に向かう。部屋のドアを開けた瞬間に猛烈な暑さが蘇った。リフッシにこれも魔法で何とかできないのかと聞いたがここまでの広さは無理らしい。少し行くと、カン、カンと鉄を打っている音が聞こえる。
「おやっさん」
「おう、どうした」
「少し見学させてもいいか?」
「ん?」
リフッシの後ろにいる俺たちをじーっと見る。
「いいぞ、ただし危ないから気をつけな」
「了解です。おやっさん」
俺たちはおやっさんから5メートルくらい離れた位置から仕事ぶりを見る。金槌を思いっきり鉄に叩き、伸ばす。しばらくして平で棒状の鉄ができた。
「これ、何作ってるんです?」
「これは刀だよ」
「刀!?」
またしてもあっちの世界にあるものだ。
「刀ってあの刀ですよね」
「あの刀がわからないけど、多分合ってるよ」
リサは何言ってるかわからないという感じで首をかしげていた。
「今は素延べという工程で、刀の基礎となる部分だよ」
「へー」
こういうのを見てると、何時間でも見れる気がする。周りから見れば俺は目を輝かせてその光景を見ていたに違いない。反して、リサの目は死んでいたに違いない。そうしてリサを放ったらかして俺はおやっさんの技に見入っていた。それから何分か経って、素延べの工程が終わった。時刻は17時を回っていた。気がつくとリサとリフッシがいなかった。
「あれ?」
俺はふたりの名前を呼ぶ。すると直ぐに返事が返ってきた。
「休憩室にいます」
俺は休憩室に行く。部屋を開けるととても寒かった。体がブルブル震える。
「うわ、ものすごい汗ですね」
「ほら、これで体拭いて」
俺はものすごい量の汗をかいていた。俺の体が震えているのは、休憩室の涼しさで汗が急激に冷やされたからだった。リフッシから渡されたタオルで汗を拭く。
「いやー、暑いのを忘れて見入ってた」
「いや、忘れ過ぎですよ」
リフッシは軽く呆れたように溜息を付き、リサがクスクスと笑っていた。それからもう暗くなるとのことで家に帰ることに。と言ってももちろん俺たちに家はない。リフッシの家にだ。リフッシの家は比較的近くて、店を出て、大通りから狭い道に入り、少ししたら着くらしい。その道中で、今日の夕食の材料を買って行く。俺たちの分もリフッシが払おうとしたので、せめて食費代だけは払わせてほしいと俺がお願いしたら、最初は渋っていたが結局は納得してくれた。そんな帰り道にある事件が起ころうとしていた。