第13話 家族
誰だこの人?
俺の前に立って居るのは先ほどまで見ていたダンディーな男性。そして、シャルネアが見ていた男性でもある。おそらくシャルネアの知り合いなのだろう。でも、知り合いを見つけてあんな表情をするかな。全く見ず知らずの俺のところに来るんだ、何か用があるに違いない。とりあえず相手の用件を聞かなければ
「あの、俺に何か用ですか?」
するとその男性の口がゆっくりと開いた。
「君が倒したあの青年、ディルナンドはな国家の最高戦力であるマルグリアの隊長、言わばこの国の頂点。そんな彼が見ず知らずの君に倒されたとあっては彼に色々指導してきた身として面目がたたん。そこでだ私と魔法有りで勝負してくれんか、もちろん本気で。さっきの試合を観ている限りまだ本気ではないのだろう」
俺がまだ本気を出していないことを見破られた。先ほど俺は鬼麻纏流の奥義である『纏魔』を使ったのだが(奥義の名前はシャルネアの記憶にあった)本気の3%くらいしか出していない。もし本気を出していたのならあの魔物みたくディルナンドは死んでいただろう。だから、本気は出さないようにしたのだが、この男性は本気を出せと言っている。だが、俺が闘う理由はどこにもない。丁重にお断りをしようと思った直後再度男性が口を開く。
「なぜ今まで武術があったのにも関わらず、魔法の方が優先されてきたかわかるか?」
急に何を言い出すんだ?
「なぜなら魔法の方が強いから。武術では魔法に勝てないのだよ。それが理由だ。私の友に魔法に勝てないのをわかっていながらもずっと武術をやり続けていた者がいたよ。まあ、そのお陰で私たち家族は助かったのだが・・・おっとすまんな名前を言っておらんかったな。私の名前は」
彼はそう言うと自分の名前を俺に言った。その男性の名前を聞き、俺は妙な苛立ちを覚えた。
その男性の名はダナトリア・タース。そうシャルネアの父親だった。シャルネアを子供の頃、居ないものとして扱っていた者の1人。親が子供を居ないものとして扱う。俺の両親は俺が15の頃に亡くなっている。だからこそ親を失う気持ちは痛いほどわかっている。だが、シャルネアは5歳の時から既に親と呼べるものはもういなかったのだ。更にはシャルネアを家出させるほどに追い詰めてしまった。その事に俺はどうしても苛立ってしまう。どんどん自分の心が怒りに染まっていくのがわかった。
「俺の名前は龍崎夕日。そしてシャルネア・タースの一番弟子だ。俺に勝負を受ける理由はなかったんだが名前を聞いて勝負する理由ができた。いいぜ勝負しよう。ただし、俺が勝ったときは自分の娘に土下座でも何でもして謝れ、このクソ親が!!」
心はもう怒りしかない。ただ、この世界に来たときみたいに自身の体から魔力が漏れ出す、なんてことはなかった。いい感じにコントロールが出来ている。
その時ダナトリアは、俺から自身の娘の名が出てきたからか、大変驚いている。
「そうか、娘は無事か」
は?何を言っているんだ。自分達が家出まで追いやった癖に。俺の怒りは最高潮に達した。
《闇属性魔法の使用権限を与えます》
すると久しぶりのアナウンスが脳内に響く。
《なお闇属性魔法の精神干渉系統に限ります》
〈精神干渉系って?〉
《その名の通り相手の精神に干渉する魔法だ》
〈それで何が使えるんだ?〉
《それは、・・・》
意識が現実に戻ってくる。
「早速勝負しようか。試合のルールは魔法の使用有りで、相手に参ったと言わせるか再起不能にするか」
「ああ、オーケーだ」
お互いに先程まで試合をしていたコートに入る。
「審判。合図を」
「は、はい。で、では試合を開始します」
審判はこの事態に戸惑っていたが、どうやら審判を引き受けてくれた。
「それでは、始め!!」
俺は試合開始と同時に先程アンス様に教えてもらった魔法の名を言う。
『殺気』
文字通り俺は殺気を放った。俺が放った殺気は魔法で作った擬似的なものだ。相手に殺されると強く錯覚させ相手を怯ませる精神干渉魔法。相手が耐えきれないと死んでしまうこともあるとか。凄腕の殺し屋とかなら魔法なんて使わずに殺気を出せるかもしれないが、俺は無論人を殺したことがない。だから俺には殺気を出すことができない。一応シャルネアの記憶の中に人を殺した記憶はあるが、シャルネアには相手を殺そうという意志が強くなかった。ダナトリアはというと試合開始と同時に俺に詰め寄ろうとしていた。しかし、彼は急に動きを止める。否止められた。
「これは殺気!?」
ダナトリアは俺の放った殺気に耐えた。これだけで彼がどれだけ強いのかわかる。でも、彼の足を止めることができた。すかさず俺は「纏魔」を使う。俺は今、魔力を纏っている。だが、いつもと違うことに気がついた。いつも纏っている魔力の感じではない、禍々しい黒いオーラを放った魔力を纏っていた。
《それは今、心が怒りで闇属性魔法が使えるようになっているからだ。魔法使用の大元である魔力まで闇属性になっているんだ》
〈なるほどね。何かできるのか?〉
《それはわからない。こんなこと今までなかったからな》
アンス様の今までという言葉が気になったが今は置いておく。
意識が現実に戻る。俺は動きが止まっているダナトリアに詰め寄る。
「魔法が使えることを忘れるなよ」
そう言うとダナトリアは魔法を唱える。
『炎柱』
彼が唱えた直後、俺の下に魔法陣が浮かび上がる。ヤバい!!直感でそう判断し、避けようとする、が避けられないと判断し体を捻る。俺の服を少し焼き、炎は勢いよく上がっていく。間一髪避けられたものの、「纏魔」により身体能力の強化を行ってなければ、あのまま終わっていた。これが魔法師との闘い。気を抜いたら速攻で負けてしまう。それに魔力を纏っていてこの威力、少しかすっただけなのに炎に触れた部分は跡形もなく消滅している。相当の魔法の使い手だ。俺は無闇に攻めずに、一度距離をとる。ダナトリアも一度距離をとる。ダナトリアはもう完全に動けている。これで振り出しか。それから完全な膠着状態。二人とも攻めあぐねている。が、しかしその均衡はダナトリアの手によって破られた。ダナトリアは先ほどと同じ魔法を唱える。また俺の下に魔法陣が浮かび上がる。それを確認し、右に避ける。だが、俺は重大なミスを犯した。彼が唱えた魔法は一つではない二つだったのだ。その事に気づいた時はもう遅かった。避けた先の下に浮かび上がる魔方陣。俺は纏っている魔力を下方面に集め、障壁とし、なんとか防ごうとする。魔方陣から勢いよく炎が上がる。なんとか防ぎきれたが、ダナトリアの姿が見当たらない。キョロキョロとダナトリアを探す。と、いきなり強い衝撃が頭の上から襲ってきた。俺はそのまま地面に倒れる。体が痛くて動かない。それを見た審判は再起不能と判断し、俺は負けた。
「いい試合だった」
ダナトリアはそう言うと俺に回復魔法を唱える。するとみるみるうちに痛みが引いていく。体も動かせるようになってきた。ダナトリアが手を差しのべてきたので、手を借り、俺は立ち上がる。すると、ある疑問が浮かび上がってきた。何でこんなに強いのに娘1人守れないんだ。俺は踏み切ってダナトリアに質問してみようと思った。
「何でシャルネアを居ないものとして扱っていたんですか」
「え?どういうこと?」
「どういうことも何も貴方たちタース家がシャルネアのことを居ないものとして扱っていたって」
「なんのことだ?俺たちはそんなことしてないぞ」
「え?」
これはどういうことだ?なんか話が噛み合ってないぞ。
「じゃあ、なんでシャルネアが通っていた道場を潰したんですか」
「ああ、それはあいつとの約束だからな。奥義を継承したら、自分の道場を持つ決まりになってるからって、だから俺の道場を壊してくれって」
「は!?」
シャルネアの方を向き、アイコンタクトで早く来いと伝えた。だが、シャルネアはなかなか来ない。仕方ないので無理矢理にでも引っ張って来ることに
「ひゃっ!!」
シャルネアは「武術の達人」ではなく「農家」のシャルネアになっていた。俺に手を繋がれダナトリアの方へ行く。ここにシャルネアがいると思っていなかったのか、ダナトリアは慌てていた。ダナトリアの前にシャルネアを連れてくる。
「どういうことか説明しろ!!」
俺がなんでこんな口調になっているのかというと、シャルネアの為に怒り、シャルネアの為に闘ったのにその大元の原因が全く違うかも知れないからだ。
「シャルネアは俺に子供の頃、居ないものとして扱われてたって言ったよな?」
「・・・」
「言ったよな!!」
「は、はい!!」
「ダナトリアさんどういうことですか?」
「それについては私たちタース家は代々魔法の一族。だから、生まれてくる子供も魔法の素質が極めて高かった。でも、魔法を全く使えない子が生まれ、どう接すればいいかわからなかったんです。だから、私たちはなんとかするために積極的に関わって行こうと思ったのですが、その時にシャルネアが家出し、私の友人のやってる道場に泊まり込みで修行しに行ったので私たちが育てるよりも友人が育てた方が幸せになれるんじゃないかと思い、そのまま放置していました」
じゃあ、シャルネアの早とちり?
「でも、こんなことじゃ親として失格だよな。すまん、シャルネア。今まで一人にさせて」
ダナトリアは腰を深々と折り、シャルネアに謝辞を述べる。
「それで、道場はどうだ?ジルスが気にしていたぞ」
「へ?道場?」
ジルスとはおそらく友人で、シャルネアの師匠にあたる人だろう。
「奥義を習得したら自分の道場を持たないといけないんだろう?」
「・・・」
シャルネアはしばし無言になり
「聞いてねぇぇぇぇぇーーーーーーーー」
大声で叫び始めた
「あのクソジジイそんなこと言ってねぇぞ」
「え、そうなのか?」
「そう言えばあのジジイ色々抜けてやがったな」
シャルネアは完全に「武術の達人」に戻っていた。
「それよりもシャルネアが無事でよかった。道場を壊した後、行方がわからなくなっていたからな。探そうかと思ったんだが、ジルスが探さなくていいっていうんでな」
えーそれで探すの止めちゃうんだ。それにしてもジルスってどんな人なんだ?
「シャルネア。無理にとは言わん。また家族一緒に住まないか?」
「遠慮しておくよ。私は一人で生きるのが性に合ってる。でも、王都で武術を教えることになったからいつでも会えるよ」
シャルネアは今はとても柔らかい表情をしている。
「えーお取り込み中の所悪いのですが、大会を終わらさせていただきます」
2日間に渡る武道大会は今、幕を閉じた。
あの騒ぎの後、王様に呼ばれシャルネアと俺は王城に来ていた。ちなみにシャルネアはあの騒ぎの後、母親と姉に会って久しぶりの会話を交わしていた。会っていない時間が開きすぎていて会話はかなりギクシャクしていたが、シャルネアがとても笑顔だったので良しとしよう。