第10話 戦闘と銭湯
翌日。時間にして10時。夕日とシャルネアは、王都内の訓練所に来ていた。訓練所が使えるのは許可された者しか使えないらしいが、昨日シャルネアが王様に許可をもらっていた。ここで何をするかというと、昨日言った通り、動きを確認するということらしい。確認するといっても何を確認するのか夕日はわかっていなかった。
「よし。夕日。さあ、来い」
手をクイックイッっとさせ夕日に攻めてこいとジェスチャーするシャルネア。だが、夕日は訳がわからないと困惑の表情を浮かべている。
「いや、来いって何がだよ」
「来ないなら私からいくぞ」
そう言うとシャルネアは俺と空いた距離を一瞬で詰め、正拳突きをしてくる。しかしただの正拳突きではない。魔力を纏った魔物を倒し得るほどの力を秘めている攻撃。いきなりの攻撃に夕日は慌て、死を覚悟した。だが、死ぬことはなかった。時間がゆっくり流れていく。その感覚は魔物に殺されそうになった時とは明確に違うとわかった。夕日は本当にゆっくりに見えていた。シャルネアの戦闘の記憶を貰ったことで夕日には色々な攻撃パターンが浮かび上がっていた。シャルネアのどこをどうすれば倒せるそんなところまで。時間がゆっくり流れるそんな中、夕日は魔力を纏い、シャルネアの正拳突きを受け流し、喉元に手刀を繰り出していた。
「なかなかやるな」
だが夕日の攻撃は当たらなかった。夕日がシャルネアの喉元に手刀を繰り出した直後、シャルネアは地面を蹴り後退していた。決して夕日の攻撃は遅くない。むしろ速いくらいだ。だが、シャルネアには当たらなかった。夕日は『纏魔』が使えるようになるため強制的に鍛えた。それで、全身の筋肉を鍛えた訳だが、鍛えられたのは何も腕や脚だけではない。あらゆる筋肉までが一瞬で破壊され治され、鍛えられた。それは目に関しても同じ。鍛えられた目は夕日の動体視力を大幅に向上させていた。
「よし、動けているな。もし、昨日鍛えずにやっていたら全身粉々になり、死んでいたぞ」
(あれ?俺は何を・・・)
頭に思い浮かんだ攻撃パターンをなぞっていたらいつの間にかシャルネアの攻撃をよけ、喉元に手刀を繰り出していた。シャルネアの頬に汗が伝う。もし、シャルネアが止めと言わず続けていたら、シャルネアを殺してしまっていたかもしれない。そう思わせるものがシャルネアから流れる汗を見て取れた。人を殺めてしまっていたかもと思うと体が震えてきた。頭の中で数々の戦闘で死に行く人々が思い出される。家への帰り道に遭遇した盗賊。村へ少女を誘拐しに来た奴隷商人等々。その戦闘の全てが一方的な殺戮。相手に攻撃する隙を与えずの瞬殺。だが相手は殺されて仕方がない人たち。だが、シャルネアは戦闘が終わるや否や死人を弔うように手を合わせていた。いかなる悪行をした人たちにすら。死んでも仕方がない人たちをシャルネアがそうする理由は心にある痛く苦しいものを軽くする為だったのかもしれない。シャルネアの記憶は今や夕日の記憶の一部になった。ということは夕日の考えることはシャルネアの考えたこととも言える。もしかしたらシャルネアは夕日が喉元に手刀を繰り出すことがわかっていたのかもしれない。でも、そんな簡単に避けることはしなかった。当たるギリギリまで待っていた。この記憶を呼び覚ます為に。夕日に人を殺すということがどういうことかをわからせる為に。
「すまんシャルネア」
「ん?何か言ったか?」
「いや、何も」
(シャルネア。俺からしてみたらシャルネアの方がよっぽどすごいよ)
夕日は心にある痛く苦しいものを感じながらそう思った。それから、記憶にある幾つもの動きを体に覚えさせるため訓練は6時間にも及んだ。訓練が終わり、宿への帰り道の途中に銭湯があった。夕日は訓練で流した汗を落とすため温泉に入っていた。シャルネアは先に宿に帰るとのことだったので銭湯代を受け取り銭湯の前で別れた。シャルネアに温泉に入らないのかと聞いたが言いとのことだった。宿にも風呂はあるのでここで体を洗わないといけない理由はない。夕日は腰までお湯に浸かり、天井を見る。
(こっちにも温泉あるんだな。まあ元は同じ世界だしあっても全然不思議じゃないな。もしかしたら、地球のものがこっちにもあるのかな)
神を倒すついでにそういうのも探せたらいいな、そう思う夕日だった。
「ふぅー」
息を吐き、肩まで一気に浸かり、最近たまりにたまった疲れを癒す。やはり温泉は気持ちいい。そう思う夕日だった。
「おい兄ちゃん。見ない顔だな」
「ん?」
声をかけられた方向を向くと、体格のいい50代のおじさんが巨大な息子をぶら下げて立っていた。
「・・・」
「どうした兄ちゃん?」
「・・・」
夕日は目の前に垂れ下がる巨大な棒に目が釘付けになっていた。
(でかくね!?)
あまりのデカさにそんな感想しか出てこなかった。
「に、兄ちゃん。そんな見られると照れるなー」
「っ!?い、いや、そんな見てたわけじゃ」
(やばいやばい。これじゃあ男の棒をまじまじと見てる変態みたいになってしまう)
色々と手遅れな気がするが、夕日は勢いよく立ち上がりその場から立ち去ろうとする。夕日は肩まで使っていた体を立たせる。その時、夕日の棒が露わになった。今度は夕日の息子がおじさんに見られる形に。
「あっ」
おじさんは気まずそうにそう言い、笑顔で口を開く。
「まあ、まだまだ先は長い。希望を持てよ。な!!」
夕日の貧相な棒に対しおじさんは親指をグッと立て、励ましの言葉をかけてきた。そして、俺の脳裏にアンス様も親指をグッとしてる様が浮かぶ。
(いや、励まされても・・・)
励まされても伸びないものは伸びないのだ。励ましの言葉を言われ、夕日は悲しくなった。その後気まずい空気から逃げるように温泉から上がり、宿に戻った。明日は武道大会の予選の日。宿に戻り夕食を取っているときに夕日は明日の事を考えていた。
(今日の感じだと予選は大丈夫だと思うけど、油断はしないようにしよう)
夕日たちが泊まっている宿は王都で一番豪華な宿で、宿賃は王様が払っているらしく夕日たちは武道大会終了日まで寝泊まりできる。
「ありがとうございます王様」
夕食をとった後、夕日は王様に感謝し明日に備え寝ることにした。緊張で寝れないということはなく、訓練のお陰で自信がついたのか特に緊張もなくすんなりと眠ることができた。朝日が昇り、鶏のような動物が朝を告げる鳴き声が聞こえた。その鳴き声に合わせ夕日はまぶたをこすりながら体を起こす。起きたとき夕日は体が軽いのを感じた。
(昨日の温泉のおかげかな)
大きなあくびを1つ放ち、夕日は武道大会予選の日を迎えた。