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El  作者: 赤井天狐
第一章 エルドラド
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第六話【将来の話・前3】


「急いだ方がいい。あれは子供……だと思う」

 ソラに抱きかかえられたボサボサ頭の女の子がそう言った。子供、成る程道理か。僕が倒した猿型が子供だと言うのなら、今のは怒りに狂った親猿の咆哮か。

「……うっそだろオイ……っ!」

「っ! アツキ! エル!」

 アツキが震えていた。危険というのはそもそも単語としてしか認知していないと思える無鉄砲の親友が、だ。ソラも、女の子も。そして僕も…………っ⁉︎

「違う……ソラっ! 違う! 下だ!」

 僕らが震えているんじゃない、地面が揺れているんだ——

「——ッ⁉︎ アツキ————」

 アツキ目掛けて女の子は飛ん……いや、アツキ目掛けて放り投げられた。地面は盛り上がり次第にそれが二本の腕のようにソラの体を縛り付ける。

「……離れて! 矢切場宙は大丈夫だ。まだここは……」

 揺れは一向に収まる気配を見せず、隆起はどんどん僕らの足下にまで侵食して来る。そして僕らがその腕の正体を知る頃、ソラの姿もアツキと女の子の姿も視認できなくなってしまった。

「……ここはまだ掌の上だ——っ!」

 大きく持ち上がった大地の影に僕はすっぽりと覆い隠される。警告を聞くよりも早く飛び出した結果僕だけが地面に取り残された。腕だと思われたゴツゴツと伸びる大木のようなものは、ここから見るにどうやら猿の指のようだった。

「アツキーッ! ソラーッ! 返事しろーッ!」

 返事は無論なかった。困った、ここからじゃ……

「どうしたッ! どうしたんだ君ッ⁉︎ なんだこれは……っ!」

 ああ、大人たちが気づいてしまった。こうなったらもう。

「……ああーーーーーッ! 失敗したーーーーッ‼︎」

 僕に出番は回ってこない——

「君、木下くんだね! どうして勝手にこんなッ⁉︎」

 ——————猿が腕を持ち上げた時より激しく、僕がさっき放った雷鳴よりも重く猛々しい轟音が鼓膜を揺らす。切り取られ持ち上げられた山の一部は切れかけの蛍光灯のように繰り返し爆発していた。あれはアツキの爆炎だ。息を荒げるディフ警の……石渡さん? もすぐに興味を僕から空中で明滅するその赤い花火に持っていかれる。きっと二人が合流したのだろう。

「一体……君の友達は一体なんなんだ!」

 なんだ、と聞かれるとそうだな。僕は品行方正で成績も優秀で……うん、自己紹介ならいくらでも出来るから僕のことを聞いてくれればいいのに。それでもあえてあの二人を紹介するのなら……

「ぶっ飛んだバカと、吹っ切れるともっとヤバいバカだよ」

 もう一発今度は特大の花火が上がった。もう我慢ならない。自慢のサラサラブロンドヘアをバチバチ逆立てながら僕は周囲の空気を、より正確には空気中のそれこそ無尽蔵に湧いて降る塵を帯電させる。バキバキとマッチ棒でもおるように木々をなぎ倒しながら空中庭園は墜落を始め、その一端に親友達と保護された少女の姿をようやく視認できたのはもう事が解決する寸前のことだった。

「ッらあァっ! ソラ! 次は!」

「正面、並んだ杉二本の間、地表から一メートル。四十パーセント。すぐに大岩の真下八十。それで……」

「それで逃げられんだな?」

 ああーっ! くそう、なんて楽しそうな会話してんだ! 僕の超鋭敏なスーパーイヤーに届いた二人の会話のすぐ後、間髪入れずに花火が二度上がる。一度目は土を抉り、木をなぎ倒した。二つ目はなぎ倒された木の根と根が絡まっていた大岩を根本から引き剥がし、ついにそれが。猿型の表皮が地面から顔を覗かせた。

「ッッッ‼︎ ソラーーーーーッ‼︎」

「…………ソラ‼︎ ちょっと待て話が違う‼︎ そういうのは俺に——」

 今日一の最大電力、最大電圧で僕は二人が曝け出した生身の部分に雷を落とした。二人は……どうやらとっくに脱出しているようだ。アツキは僕のすぐそばに落ちてきた。、ソラは女の子を抱えて少し遠く、それでもあの大型の腕を考えればすぐ近くだろう。珍しく能力をフル活用して見事に着地してみせた。

「いっててて……クソ! なんかエルばっかりいいとこ持ってってねえか!」

 着地点に人が多く強い爆発で衝撃を和らげられなかったのか、不恰好な受け身を取りながら転がっていたアツキがそんなことを言いながら立ち上がる。そしてソラも……血相を変えて走ってきた!

「いっ⁉︎ ぼ、僕は悪くないだろ⁉︎ 元はと言えばアツキが……」

「早く離れて! すみません石崎さん! 避難誘導をお願いします! 事情はあとでちゃんと話しますんで!」

 ソラは僕ではなく僕の後ろにいる人たちに向けて話しかけていた。避難誘導? ちょっと待って、僕は確かに最大威力で……

「エル! アツキ!」

「わ、悪かったよ! 俺もこれからはちゃんと……っ⁉︎」

 ドンと地面が下から突き上げられる。目の前に墜落したはずのそれが少し遠く、また僕らの前に立ち上がりまだ腕が健在であると雄々しく主張をしているように見えた。

「……対象、推定右前腕。分類不明。調査続行、不可能」

 ソラの後ろからひょっこりと顔を出した女の子はタブレットを弄りながらそんなことを呟いた。右腕、成る程。僕が焼いたのは左腕、それも手首から先だけだったということか。

「吉野さん! 無事でしたか!」

「各員避難。それから石崎、君は近隣の……いや」

 おや? おやおや? 吉野さん、と呼ばれるこの少女は屈強な警官相手になにやら命令を下しているようだが……?

「不要。柏木篤輝、それから木下・エリエス・ルード。少し協力してもらう」

「……っ‼︎ 吉野さん! 本気ですか‼︎」

 吉野ちゃん……? は石……石崎さんにもう一度避難命令を下し、すぐにタブレットをソラと一緒に覗き込んで話し込み始めた。

「ソラ? ちょっと話が飲み込めないんだけど……? 俺たちは逃げなくていいのか?」

 アツキはきっと心にもない事を言った。今一番ワクワクして、というか消化不良で暴れたりないのは彼だ。だからその問いは逃げるべきかを問いたいのではなく……

「……俺たちが蒔いた種だからな」

「作戦決定。矢切場宙、お前はいい男になるな」

 ソラは自分のことをお目付役だなんて言うことがあるが、今の楽しそうな顔を見るとどう考えても共犯にしか見えないだろう。僕らは目の前の山の討伐作戦を開始した。


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