第三話【俺たちの話】
「それじゃ、真っ直ぐ帰れよ。また明日な」
そう言ってソラは俺達と別れ少し駆け足で人混みに消えて行った
「真っ直ぐ帰れよ。って、寄り道しながら掛ける言葉じゃないよなぁ……」
「まぁ、そこはほら。自覚もある事だし」
エルも俺も少しの間見つめ合って、大きな溜息をついた。それは親友からの信頼の無さと、俺達とソラの青春具合の差に、だった。
「しかしおかしい……俺とソラに一体どれほど差があるだろう」
「なるほど確かに。ソラと、僕とアツキ。その差が分かればこの空白を埋める事が叶うかもしれない」
校門の前で俺達はそれぞれ腕を組んで、それは神妙な面持ちで考えを巡らせる。
「まず考えられるのは顔だ。ソラは確かにまあ、うん。頼りなさげではあるが、イケメンだと思う。少なくとも中学生女子に間違えられるエルとは違う」
「あっはっは、よし戦争だ。それに僕は可愛い系として需要があるのさ。無駄に男臭くてワガママな誰かと違って」
なるほどこいつめ。大人な俺はエルの妄言を笑って流して見せ、さらに深く広く選択肢を模索し始める
「まぁ三人の間に“ルックス”の差はほとんどない事がわかった。ならば……学生らしさ、つまり成績か」
「なるほど一理ある。中学の頃は僕もアツキもテストで三十位を切ることは無かった。分母三百の学年だけにとても優秀と言えるだろう」
「よせよ、照れるだろう」
お互い誇らしげな笑みを浮かべうんうんと頷きあった。そう、俺達は優等生だったのだから。
「さて一方のソラなんだが、あいつはいつも三位ぐらいだったな、うん。いつも主席のイイヤマクンに負けっぱなしの男だ」
「全く情けない男だな。イイヤマクン、医者になりたいなんて言って、立派な男だったよ。それにひきかえ……」
俺は親友の口に手を当て言葉を制した。エルも察してくれたのか、バツの悪そうな顔をしながらもすぐにいつものいい笑顔に戻っていった
「僕ら三人に、いやこの世界に学力の差なんてあってないようなものだ。ならばそうだな……今の立場、つまりディフ高生ならではの能力について、だろうか」
ほう、鋭い意見だ。個人の立ち位置に由来する優位性と言うものは間違いなく存在するだろう。事実イイヤマクンはとてもハンサムでは無かったが、その知性溢れる外見も相まってか人気者であった。クラスは違ったので詳細は知らないのだが。
「確かにディフ高生と言う立場において、ディフへの造詣の深さ、また対処能力は大切だ。しかし運動とか、あと歌とかそーゆーのも——」
「スポーツはまあ、分かる。でも正直その分野はどうやっても決着がつかない」
ふむ、たしかに。身の軽さはエルに、筋力は俺に、器用さや判断力と言った総合的な面はソラに分があり、競技ごとに優位はあれど優劣を決められる差では無い、か。
「ならやはり芸術性、学祭でもやったバンドの——」
「アツキ。歌は、芸術は競うものでは無いよ」
なんという男だ。親友の言葉に俺は感銘を受けた。各々が自分の思い描く何かを表現する、それが芸術だ。そこに優劣などあるものか。大きく頷いて、俺はエルに謝ることにした。
「すまなかった。俺が間違っていたよ」
「いいんだよ。まぁ間違ってたのはアツキの音て……いや、それよりもだ」
「そうだな。正直お前の放電や俺の発火と言った派手で使い勝手も良い能力はソラには無い。誰でも出来る範囲を誰でも出来る規模で、と言うかそもそもとして使いたがらないよな」
ふとかつてのソラの姿を思い浮かべる。小学校の授業で火を出した時も、電球の回路に通電させた時も、シャボン玉を水に沈めた時も、出来ない項目もない代わりに秀でた項目もない。そもそも本人にあまり興味がなさそうだった、という印象を覚えた記憶もある。
「はて、となるとこの分野は僕たちの方が得意……と言っていいのかな?」
「三人の中では数少ない差が付くポイントだろう。しかしならば……」
そう、三人に大きな差は無い。むしろソラよりも勝る点が二人には存在する。しかしならば……
「どうしてあいつには彼女が居て俺達には居ないんだーーーー‼︎」
「そーゆーとこでしょ? 学校の前で何やってんのよ」
憤慨する俺たち二人の後ろからそいつは現れた。冷ややかな目をこちらに向け、明るい色の癖っ毛を弄りながらズンズンと近寄ってくる。
「あ、やほー。“カナエ“も一緒に考える? なんでソラにはガールフレンドと一緒に帰るってイベントがあるのに、僕ら三人には無いのかなって話なんだけど」
「しないわよ! て言うか勝手に一纏めにしないでよね!」
この妙に突っかかってくる、可愛らしいサイズ感で可愛げのない女は大浪叶。中学に上がる少し前、隣の小学校区から近所に越してきて以来。つまり中学生からの腐れ縁とも言ったところだろうか。各々帰りこそバラバラだったのだが、通学の際は俺とエルとソラと、それからコイツの四人で。いつからか五人目として今の話題でもあったソラの彼女も含めてほとんど顔ぶれの変わらない朝を迎えていた。
「途中から聞いてたけどあんたらほんとバカよね。発火も放電もむしろ評価下げてるところだと思うけど?」
「あん? そりゃまたどうして」
「派手だし、抑えも効くから便利だし、成績的にも評価は高かったと思うけど……」
後から思えば俺達はきっと凄く訝しげな、そして間抜けな顔をしていたのだと思う。「嘘でしょ……」と言わんばかりに眉間にしわを寄せ、カナエはその小さな手のひらで溜息と一緒に顔を覆った。
「抑えが効いてないでしょ、当の本人が。あぁ、頭痛くなってくる」
ああ。と、ふと今まで書いてきた反省文を思い出した。