第一話【今日からの話】
四月二十三日、快晴。友人の辿々しい初心表明やグダグダなレポート発表から丁度二週間経って、俺たちは本格的に始まった高校生活、ないし研究生活をまだ新鮮な気持ちで送っていた。
子供の頃からいつだってそうだったのだが俺には、矢切場宙には手を引いて勝手に連れ回してくれる親友が二人いる。一人は提出した入学課題の事で今になっても呼び出しを食らってぶー垂れながら居残りさせられている柏篤輝。そしてもう一人は約束の時間を三十分ほど過ぎても未だ集合場所に現れない木下・エリエス・ルード、親しい人間は皆エルと呼んでいる。
そろそろ電話してみようか、と考えてスマートフォンを取り出したその時、見計らった様にチャットの通知が鳴った。
『ココ、ドコ』
たったそれだけの短い文章と、数枚の写真が送られてくる。つい顔を覆ってしまいそうになった。
「あの馬鹿……」
大方調子に乗ってナンパでもして迷子になったんだろう。まったく、人との約束をして何だと……
「…………あれ、ここって……」
送られて来た写真とにらめっこしている最中、我慢し続けたため息をついに漏らして天を仰いでしまった。心当たりの方を見回してみれば何とも心細そうな送り主の姿が遠くに見えるではないか。
俺たちが決めた集合場所、駅の西口すぐの案内板前から見てまた西へ。普段行ったことがなかったのだろう“彼にとっての駅の反対側”の街並みからエルは現れた。しかし駅が見えているのだからもう少し何とかならなかったものだろうか。
「…………あっ! ソラーっ! ソラーーっ‼︎」
人混みの中不安げだった目を輝かせ、エルは大声をあげながらこちらに手を振って駆け寄って来た。
「ばっ……! こんなとこで大声出すな!」
エルはその容姿から周囲の視線を集めやすい。ようやく160㎝に届いた俺が言うのもおかしな話だが、小柄で華奢な体型の、ホラー映画に出て来そうなほど長く、ホラー映画には出てこなさそうなほど鮮やかな金の髪に、アツキはヒカリゴケの様と評する明るい碧色の瞳をした、声変わりもまだ来ない幼い声色で少し地元の訛りの入った声で喋る見目麗しいと言える少女の様な“男”と言うのがエルの外見の全てである。
子供の頃から馴染んで来たせいで昔は気にかけなかったが、こと都会の人混みの中となれば良くも悪くも人目をひく存在。それが駆け寄って来た時の周りの刺す様な視線にはまだ慣れない。慣れないし慣れたくもないから出来れば静かに……
「うおおおおお! 死ぬかと! 死ぬかと思ったぁあああ‼︎」
「頼むから静かにしてくれ……死にゃしないから……」
流石に居た堪れなくなってそそくさとその場を後に、エルがやって来た街並みの方へ大通りを歩き始めた。
「ところで、今日はコレ何処に向かってんの?」
歩き始めて間も無く、エルは素っ頓狂な疑問を投げかけて来た。先に断っておくと事の発端、今日誘って来たのはエルの方である。
「お前なぁ……」
実験に必要な機材。の内の安価でかつ使い道が多く壊れにくい物、の幾つか。と言うにふさわしい、要は絵の具や縄跳びを買って授業に持って行く事の延長としてのあれこれを、折角だから一緒に買いに行こうと誘ったのはお前だろう。と言いたいところを飲み込んで、デパートだよとだけ答えた。多分エルには他意もなく、ただそれを何処で買うかと尋ねたかったのだろう。
尤もデパートと言ってもただの百貨店では無くそれなりに専門器具も揃えた、専門の研究機関が目と鼻の先にあるが故に多少日常的で無いものであっても取り揃えてくれている、国立外生命総合大学附属高等学校生、俗称ディフ高生達御用達の大型デパートだ。正直このディフ高生と言う響きは好ましくは無いが。
駅西口から徒歩十分ほどで件のデパート、マルハチ大百貨店に到着した。正直コンビニや格安店の跋扈する現駅周辺でよく潰れないなと感心せざるを得ない古臭い外観はひとまず横に置いてさっさと用事を済ませてしまいたい。衣料品フロアのある二階を執拗に推すエルを尻目に雑貨・文具と案内される五階へ向かって上りのエレベーターの乗った。
途中二回乗降者のため開いたドアを今度は俺たちがくぐった。デパートに来てからひどく焦り、と言うより早く帰りたいと仕切りに考えてしまう。エルと一緒だから人目が気になるのか、それとも子供の頃地元の小さいデパートで散々迷子になったトラウマかは分からないし、さっさと用事なんて終わらせて遊びたいと言うのもきっとある。それならエルの提案通り二階に向かっても良いかなんて考えながら、スマートフォンのメモに書かれた器具を三人分カゴに入れて多少混雑したレジに並んだ。エルは……多分雑貨でも物色してるんだろう。
会計を終わらせよく分からないものを買ってご満悦な様子のエルと合流して、アツキにメールを送って。適当に帽子が欲しいと言って衣料品フロアに向かうことにして、エレベーターを待っていた時だった。
今いる五階の上、もしかしたら一番上の七階か屋上も知れないくらい遠い所で大きな音がした。勿論上から聞こえた訳では無く、エレベーター脇の階段から響いて来た音が上からだった気がしただけだ。吹き抜けていてかつ狭い階段だから音も響くし、きっと脚立でも倒したんだろうな、と。なら案外すぐそこでした音だったかもな、とその時は考える程度だった。
それから乗ったエレベーターから二階で降りた時、俺たちが目にしたのは象の様なディフの姿だった。