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El  作者: 赤井天狐
前章
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昨日

 それは幼い頃の記憶。僕が初めて人間と触れた、大切な宝物。

 その景色はずっと憧れていたものだった。朝に賑わう子供の声も、昼を満たす食事の匂いも、夜に溢れる家族の愛も、遠くから眺めた人の営み全てが手の届かないものだと諦めて膝を抱えていた。

 その出逢いはきっと約束されたものだった。長い網を持った少年の声も、バケツに満ちた河の臭いも、差し伸べられた彼らの愛も、間近で見てみた友情というものは、御構い無しに僕も連れて行った。

 それは古ぼけた記憶。きっと僕だけがトクベツに思っているありふれた想い出。だから僕は——




 ある日を境に、この世界のメディアから超能力者というものが消えてしまった。念動力、発火現象、瞬間移動。それらを始めとした超常現象とかつて呼ばれていた代物は全て科学的に……いや、むしろ現実的に解明されてしまったのだ。

 空気中に含まれる酸素や、地形条件によってはリンや硫化水素、そこいらの木の葉の擦れや動物のあらゆる行為により発生した静電気。それらを『意図的』に『都合良く用いる』事により発火現象を人為的に引き起こす、かつてパイロキネシスと呼ばれたその無法も今やコモンセンスとして世の中に受け入れられている。

 勿論始めからそれらが受け入れられた訳ではなく「全人類が纏めて宇宙人に改造された」などと言うオカルト研究家から頑なに認めず「偶然と限定条件下の影響によるところが大きい」と主張し続けた保守派の科学者まで様々な反応があったものの、科学的に可能な原理を持つのなら「理解や工程を飛ばして発現させることが出来る」様になったのだと結論付けられたのは既に教科書の中の話。そして人類の改造と並列して歴史の教科書に学ぶ事柄が一つ。

 この世界には魔法が存在する。

 これは比喩でもなんでも無い、普通に当てはまらない「魔」に対する「法」である。 超能力者が食い扶持を失ったのと同じ頃、骨格から既存の生物と一線を画す、当初UMAなどと呼ばれた生命体が次々と発見されたのである。ただ異形であるだけでなく、人間や野生動物への攻撃性が高く危険視されたものや、排泄物による土壌や水質の汚染など生体活動そのものが自然的で無いものなどを対処する為の法律。それがこの世界の魔法である。

 それら不自然な生物を総称して魔物や魔生物と呼んだりもしたらしいのだがそれももう教科書の数行の世界でしか無い。それらは全て地球外、並行に引いた地球と月の直径の端を交差して繋いだ直線上の交点からやって来ていると最近になって発表された、正真正銘の宇宙人なのだ。尤も現時点では人型の個体は発見されておらず、獣型も植物型も纏めてディフと呼ばれている。安直にdifferenceを略した俗称が広く浸透した結果、政府に定められた外生命体と言う面白げの無い呼称を淘汰してしまった形で定着したらしい。

 そんなディフの駆除方法や専門機関、果ては取り扱いや飼育について定められ、日々議論を醸し魔法は現在も変化し続けている。それは電磁波によっては観測されているディフの発生源である『月と地球の間の点』を、肉眼ないし可視光線によって観測することが出来ておらず、多方面からの研究や推察、吹聴やデマの入り混じった現状常に新しいことが発覚している為でもある。

 よって現在、国内では筆者である私柏篤輝(かしわあつき)も属する国立外生命総合大学附属高等学校及び同大学を筆頭に、ディフに関する研究機関が雨後の筍の如く設立され加速度的に研究を進め続けている。

 今から発表するのはそんな盛んに追究され続けているディフの、特に一部植物型ディフによる土壌汚染対策法についてまとめ|


「あぁー……疲れた……」

 課題のレポートの前口上を書き上げた辺り、もっともそれが丁度今なんだが、集中力がまるで無くなった。二月十日、俺は進学を決めた高校の入学課題とやらのディフについてのレポートをやる羽目になっていた。

 勉強は苦手じゃなかったし、運動は得意も得意だったから体育祭では目立ったし。学祭で組んだバンドも、ベースのソラばっかりキャーキャー言われてた気もするけど目立ったし。

 人並外れた発火能力もあって地元じゃ柏篤輝と言えば歓声が上がり、うちの中学と言えば柏篤輝と言われててもおかしくは無いだろうと言う程度には目立っている。しかしその結果…………

「クッソー、成績なら俺よりソラの方が良いんだからさー…………」

 ガキの頃からの親友、矢切場宙(やぎりばそら)の推薦によって入学式でスピーチをやる事になった所までは良かったんだけどなー。よくわからん間に俺だけレポートやらレクリエーションの準備やらの厄介ごとまで押し付けられちまった。

「……ったくエルの野郎…………」

 小金井探検隊と銘打たれた親友二人とのグループチャットも三十分前から既読スルー。俺の「おわんねー」の直前にあるソラの「ゲームやってないでレポートやれよー」以降完全に沈黙。俺に厄介ごとを引き連れて来たもう一人の親友エルこと木下・エリエス・ルードを遊びに、もとい手伝わせに誘おうにもエルはエルでソラの監視下に勉強会と来たもんだ。

「…………はぁー………………」

 ついこの前まで山ん中走り回ってた気がしてくると、来月には寮に引っ越す為にこの片田舎からオサラバするのか、なんて考えるとつい寂しいような楽しみなような。

「………………にしたってメンドクセェってコレ……」

 やらなきゃソラの大目玉食らうってムチ入れて、多分世界で一番つまらない画面のパソコンに向き直した。


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