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異星人のふるまい  作者: つっちーfrom千葉
8/10

*八話*

 エンリケ氏はそういった土星人の事情を目の前の保健所の職員にかいつまんで説明した。つまり、自分のエゴのためには他人を不快にさせても、いや、もっと言えば殺害してもいっこうに構わないと考えるほど非常に短絡的な思考で生きている土星人が、地球のきめ細かい法律やマナー、それにも増して繊細な地球人の心情を理解することは難しいと、そう説明してやったのである。そして、元々そういう雑な世界に生きていた自分が(これでも努力はしているが)、なかなか地球人の輪に溶け込めないでいるのも無理からぬことであると。もちろん、これは自分の立場がこれ以上悪くならないようにである。彼はこの期に及んでも、ここで緊急逮捕されて、新聞社の同僚たちに恥をかかせる結果だけは避けたいと考えていた。保健所の担当の女は二三度うなずいて、公務員にありがちな持ち前の機械的なそれでいて洗練された態度で返事をした。相手が異星人であれ、それを脅かすようなそぶりはまったくなかった。


「もちろん、それはわかっておりますよ。土星と地球の文化や思想の違いということはね。それを解消するために、そんな理解できないほど遠く離れた異星人でも地球に馴染んで暮らしていけるようにするために、この保健所には異星人課のような部所がありますのでね。それでも、毎回困ってしまいますよね。異星人の方というのは、出身の惑星によってその特性がまったく違いますからね。なんでも、火星人の方は熱いものが大嫌いで、どんなものでも氷漬けにしないと食べられないそうですけどね。カレーライスの上に氷の塊をじゃぶじゃぶとかけていたのを見た時は目を疑いましたけれども、私どもからしますと、どうも逆のイメージがありますよね。火の星というからには焼き豚や焼き鳥ばかり食べているようなイメージがあるじゃないですか。地面は常に熱く燃えたぎっていて、火炎が夜空を照らしながら宙を飛び交っていて、防護服を着ていなければ数秒で肉体が燃え尽きてしまう荒れ狂う猛火の星。わざわざ焚き火など起こさなくても芋を地面に転がすだけで自然と焼き芋が作れるようなイメージがありますよね。ところが実際に当人に話を聞いてみると、こちらの想像とあべこべだったりする。炎なんて、熱さなんて大嫌いだとこうおっしゃるわけです。地球とはなんて湿気の多い星だ、頼むからクーラーをもっと効かせてくれとおっしゃるわけです。この仕事に就いておりますと、こういうことはよくあるんです。今、異星人のことを例にあげてますが、地球人だってそうですよ。軍人だとか、弁護士だとか、スポーツ選手だとか、どうしてもね、その人の職業だけでその人の本質まで、いわば性格の中枢まで判断してしまうようなところがありますけど、これは大きな誤りでして、その人の歩んでいる道とその人の元々の嗜好はまったく相入れないことがありまして、私などもね、何度か驚いたことはあるんですが、スポーツ一辺倒だと思っていたオリンピック級の水泳選手が実は子供向けアニメのマニアだったりしましてね、大変驚いたことがあります。軍人が引退後に政府の批判者になったり、刑務所から出てきたばかりの人が文学賞をとることもありますのでね。とにかく、どの惑星に限らず、人間の可能性には際限がないと、こう申し上げた方が良いでしょうかね。あるいは、他の言葉を持ち出すとすれば運命ですかね。元々の特性とまるで違った道を歩く、あるいはまるで似つかわしくない趣味や興味を持つとなりますと、これはもう、精神科の大先生を連れてきて自慢の理論、凡人には到底理解できないような理論をお聞かせ願ってもいいんですが、大先生の話をあくびをこらえながら数時間に渡って拝聴しまして、それが解明したところで、辞典よりも分厚い本の講釈をお聞かせ願って時間を潰し潰して授業を受けたところでね、結果として、世の中のいついかなるところにも変人はいるとわかったところで一文の得にもなりませんものね。私は思うんですが、世の中のすべての知識を二分しまして、有用なものとそうでないものですが、そうして分けてみますと、知識というのはどうも人間にとって不要なものの方が多いように思われるんです。足長バッタの生態とか惑星の楕円軌道とか新種のカクテルの作り方ですとか、それを知ったところで、それを誰かに披露したところで、大根一本も買えませんものね。長年、この席に座っていまして、あなたのような異星人の方と話しておりますと、余計にそう思えるんです。


『ああ、無駄話を聞かされてしまった。この知識は知らなくてもいいことだったな』


とね、そう思うことが非常に多いんですよ。ですからね、先ほどあなたが話してくれましたような土星人の奇妙な生態、いや、簡単に奇妙と表現しては失礼ですかね。あなた方はそれで日常を送っているわけですものね。触覚をこすり合わせて子供を作ることを当たり前だと思ってらっしゃるんですものね。そういう方々が地球のセックスなんて見たら卒倒しかねませんが、ちょっと一般には理解し難い生態、こう言い換えますか。これについても私は理解できるんですよ。今、外でほっつき歩きながら憎たらしい顔をして有意義なことなど何も考えずに、煙草をふかしている凡人の若者には理解できないでしょうがね。私にはあなたの言うことがわかるんです。私の思うところでは、人間というのは、この宇宙ほどもあるような巨大な円系のグラフに広く分布しておりまして、もちろん、私もあなたもその円グラフの中のきっと中央部分の付近でしょうけど(二人とも他人に対する思考は当たり前のものですものね)、そこに位置しているわけです。普段、何事もなく生きている限りは、グラフ上で自分とほぼ同じ位置にいる人としか触れ合うことはないわけです。人間はどうしたって自分に近い存在を探しますからね。貴族は貴族と商人は商人と俗物は俗物と付き合って生活をしていくわけです。貴族の娘と八百屋の息子が出会って恋に落ちても構わないんですが、それがうまくいくのはドラマの中だけでしてね。実際はお互いの考え方の違い、何か出来事があったときの判断はこれはもう天と地ほど違いますのでね。長続きするとはとても思えないわけです。ですけどね、広い目でこの世の中を見渡せば、人間の種類も質も限りないものです。『自分は旅に出るぞ』と一吠えして、腕を振って地平線の彼方まで歩いて行くことができれば、円グラフの外側の端の端の方、通常の人間にとって鬼や蛇よりも遠い存在と思えるような人とも出会えるものなんです。


『なんだ、どこの地方にも似たような人材しかいないな』


と、それを言っているうちはまだお子様ですよね。アフリカの喜望峰でしたっけ? そこまで歩き続けて、道に出会った人達とすべて交流を持って、初めて人間をすべて理解したとこう言えるんですよね。この世に一人しかいないような天使か、それとも悪魔か、そういう場所で出会えるわけです。そういう理解を超えた人間と出会った時にどうするか、もちろん、この異星人課などはその奇妙な出会いの場の代表、そして最たるものですが、これが大事なことだと思うんですよ。異星人と出会った時に我々が持たなければならない心構えというのはまさにここだと思うんです。人間は普段の慣れ切った生活の中で、当たり前の目線でもって円グラフの中央付近ばかり見ているから、いざ、ばったりと異星人と出会った時に錯乱してしまうんです。恐怖のあまり大声をあげて叫んでしまうんです。相手にそんな意志があるかもわからないうちにこいつは凶暴だから襲われると勘違いをして助けを呼んでしまうんです。そう言えば、遥か以前になるが出会ったことはあるぞ。地球にもこんなタイプの人間がいるぞと、そう思えばいいんです。ですからね、あなたも地球人からどんな反応をされても、実際はあまり気に病む必要はないんですよ。今出会った生物が、どんな惑星の住人であれ、地球にはきっともっと異端がいると、そう思っておけばいいんです。それで気は晴れるでしょう。未来は明るくなります」

女性職員はそう言ってエンリケ氏の手元から慣れた手つきでささっとアンケート用紙を回収した。


「では、これで面談は一応終わりですが、何か質問はありますか? なければ、これから局長をお呼びしてこれからの生活のことについてお話を頂きますのでね」

 エンリケ氏が何も反論をしないのを見て取ると、女性はフロアの奥の部屋に消えていってしまい、それから数分もしないうちに、今度は眼鏡をかけた人の良さそうな初老の男性が現れた。頭髪はほとんど白髪で図体は大きくずんぐりむっくりしていた。彼は一礼をすると、エンリケ氏の正面の席に腰を降ろした。

ここまで読んでくださってありがとうございます。次の話で完結となります。よろしくお願いします。

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