表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異星人のふるまい  作者: つっちーfrom千葉
5/10

*第五話*

 区役所の内部はエンリケ氏の想像とまるで違っていた。この国の民衆の人柄にふさわしい行儀のいい落ち着いた静かな空間を予想していたのだが、想像とは逆にロビーは人で溢れかえり、多くの人が両腕を激しく振り回し、大声を張り上げながら長い列を作っていた。列に漏れた人々は、いや、あるいは最初から列に並ぶつもりなどなかったのかもしれないが、そういう人間たちは徒党を作って職員たちが大勢をさばききれずにまごまごとする姿を見て、笑ったり、怒号を発してそれを非難したりしていた。フロアでは数人の制服を着た係員が事態の収拾にあたっていたが、この大騒ぎを鎮めるためにはまるで人員が足りていなかった。


 個々の客の要望に応えるために、その少人数の職員はあちらこちらへと振り回されていた。エンリケ氏は今何が起こっているのか判断がつかず、最初に誰に声をかけたらいいのかわからず、しばらくの間、立往生してしまった。それから仕方なく、ちっとも進んでいない列の最後尾に並んで待っていることにした。すると、奥から小太りの中年の女性の係員が出てきて、こちらに向かって歩み寄ってきた。

「すいません、緊急の用事があるのですが……」

エンリケ氏は誰よりも早くそう話しかけた。

「どうなさいました?」

「実は異星人取り締まり課の方に大事な報告があって来たのです」

「ええ、よくわかります。ですが、今ここに並んでいるほとんどの方が異星人のことでお見えになってますのでね……」

「それはそうなんですが、私の用事は違うんです。身近に異星人を見つけたとか、近所に潜んでいる獰猛な異星人から身を守って欲しいとか、そういう細々としたことではないんです。もっと重大な要件で来たんです。きっと、聴いて頂いた方がいいことだと思います」

そう言ってやっても、その女性は彼を特別扱いしてはくれなかった。こちらがどんなに焦ってみても、彼女の態度は冷静なままであった。


「ところが、皆さん、そうおっしゃるんですよ。ここに並んでいる皆さん全員が、自分のいう事を聞いてくれ、自分だけが大事な要件を持っているんだとおっしゃるんです。しかしまあ、こうして最初に話しかけられたのも何かの縁ですから、私があなたの要件を伺って差し上げてもいいんですよ」

係員の女性がそう言ってくれたので、エンリケ氏は思いきりをつけるために大きく息を吸い込んだ。あと数秒後、間違いなくここにいる誰もが驚愕することになるのだ。

「実は、地球人らしいこんな姿をしていますが、私はれっきとした異星人なんです……」

「ほら、また、同じことを聞かされた」

 その女性は衝撃の事実を聞いても全く驚かなかった。それどころか、彼がそう言い出すのを知っていたかのようだった。周りにいる連中もエンリケ氏の発言が耳に入ってきても特に興味もない様子だった。彼が期待していた爆発的な反響はどこにも沸かなかった。

「私が異星人であることがわかっても、たいしたことではないと言うんですか?」

「あなたはそう言いますが、ここに押し寄せて来ているほとんどの人が同じことをおっしゃるんですよ。自分は特別な人間だ、実は異星人なんだ。早く逮捕してくれ、隔離してくれ、皆さん口々にそうおっしゃるわけです。朝、あのニュースが流されてから、たくさんの人が押し寄せまして、ずっとこんな調子ですよ」


「いくらなんでも、こんなにたくさんの異星人が地球に紛れ込んでいるはずはありません。きっと、何かの間違いです。信じて下さい。ここに並んでいる人たちは無実です。口から出まかせです。見栄を張りたいだけのただの一般人です。私だけが異星人なんです。さあ、遠慮はいりません。早く私を逮捕して下さい」


「ええ、私は別にあなたが異星人であろうとなかろうと、あなたが言うように、ここに並んでいるほとんどの人が嘘をついていようと、それはどうでもいいことなんですよ。大切なことは、こんなに大勢のちょっと変な方々を、これから一日かけて相手にしなければならないということでしてね。下手をしたらこっちまでおかしくなります。私も身が持ちませんよ。早く解放されて家に帰ってビールでも飲みたいと思ってます」


 エンリケ氏はどうしても納得がいかなかった。自分が知る限り、この星に侵入した異星人はごく僅かのはずだった。だいたい、どこの惑星にしろ、そんなに高度な宇宙船を一般人の移民用に百も二百も準備できるはずがなかった。この国の政府が早朝に発表した21人という数字は妥当な数だった。断じて、こんなに多くの異星人が地球上に存在するはずがなかった。ここにいる民間人たちは明らかに嘘をついているのだ。それぞれの顔つきを見てもそれは明らかだった。各々がただ感情的になり大声を発しているだけのように見えた。真実味が感じられなかった。だが、これだけ多くの人間が役所を欺くためにここへ来ているとしたら、いったい何のために?

「地球人はいったいどうしてしまったんでしょう? みんなが嘘を言っているのです。危険を犯してまで異星人を装っているんです。なぜでしょう?」

 係員の女性は顔を少し下に向けてふっと笑った。明らかに『おまえも同類だろ』と言いたげだった。彼女は両手を広げて、少し大げさな身振りをしながら話し始めた。

「それは私にもよくわかりませんが、つまり、こういうことではないでしょうか。今のご時世ではどこの誰でも自分が社会から粗末に扱われている、努力は続けているのに無視されている、迫害されていると思い込み、普段からストレスを貯めながら生活しているわけです。

『自分をもっと見て欲しい』

『もっと注目されて、特別な人間として扱われたい』

 そう思いながら生活しているわけです。まあ、華やかなテレビ番組の功罪ですわね。社会は冷たい。今の慎ましい生活にだって満足しているわけではないけど、そんな地味な生活だってこの先何年続けられるかわからない。強硬な政治家のやることに反論もできないうちに、税金がさらに高くなって払えなくなるかもしれない。企業間の競争が今より進み、リストラがさらに進められて自分も職を失うかもしれない。誰もが少ない給料から税金と社会保険を払ってなんとかやりくりをしている。ああ、自分は社会という農場に繋がれた家畜なのかもしれない。なんとか、差別を抜け出して特別な人間になりたい。毎日のように豪華な居間で踏ん反り返り、ワインとステーキをほうばる暮らしをしたい。少しは世間から注目されたい。そう思っていたときにですね、この異星人騒ぎですよ。ここにいる民間人たちはそのニュースに飛びついたわけです。

『そうだ、俺は異星人だったんだ。道理で何もかもがうまくいかないわけだ、他人との疎通がうまくとれないはずだ、人間どもと同じことをしても能力が発揮できないはずだ。俺は元々この星の人間ではなかったんだ。そういえば両親の血統も曖昧だった。親族には変わった職業についている者が多くいた。自分も幼い頃から他人と交わるのが苦手だった。他人と意志の疎通をとるのが下手だった。それによく病気もした。この星の空気に馴染めなかったのかもしれない。やはり自分は特別な人間だったんだ。この朝のニュースが何よりの証拠だ。いつの間にかこの星に紛れ込んでしまった異星人だったんだ。さあ、こうなったら早く俺を逮捕してくれ、元の惑星に戻してくれ。俺を特別扱いにしてくれ』

 そう思ってここに来てしまったんでしょう。きっと、あなただってそうですよ。本当はただ税金を払いたくないだけの民間人なんでしょうよ。別にこの騒ぎだって今回が初めてだというわけじゃありません。長い不況が続き、政治不信が広まり、人々が自信を持てなくなってしまう時期には必ず今回のような騒ぎが起きているんです。我々が油断をしていただけで、これはある意味で必然だったんです。朝の衝撃的なニュースは、マッチを擦る役割はしましたけれども、ダイナマイトから出ている長い導火線はずいぶん前から存在していたんです。我々の目にそれが映っていなかっただけなんです」


「あなたは今回のこの異星人騒ぎが必然だったとおっしゃるんですか?」

エンリケ氏は驚いてそう聞き返した。


「ええ、そうです。先月の今頃だったかしら、ちょうど今回の出来事の予兆のようなことがありましてね、そのときのことを少しお話しましょう。その日の正午ごろでしたかね、一人の若い女性がここの受け付けにお見えになりまして、すぐに異星人係の人を呼んでくれということでしたので、私が応対させて頂きました。外見は30台の前半ごろのメガネをかけた痩せ型の神経質そうな女性の方でして、よくよく話を聞いてみますと、普段から幽霊などよくご覧になるそうで、呪いや占いというような非科学的なものにも特に興味があるということでした。その方が特に強調されていたのは、自分は呪いの力を信じていて、自分に不幸を為すか、あるいは不幸を為そうとする人間は必ず呪いによって苦しめられることになるのだと、絶対に幸せになることはないのだと、悪魔のような形相でそうおっしゃられておられました。その方は右手に黒い5センチくらいの石を握りしめておられまして、最初におっしゃるには、とにかく、自分は異星人なんだと、宇宙の他の生命体と意思の疎通がとれる女なんだと、そうおっしゃられていまして、その後、顔を小刻みに震わせながら申されますには、今朝9時ごろ、自分の部屋の窓際の机に座って書きものをしていると、突然に窓ガラスを突き破って隕石が飛び込んできたとおっしゃるんです。彼女が握りしめていた黒い石がその隕石だとおっしゃるんです。隕石は彼女から80センチほど離れた机の上に着弾しまして、もちろん彼女に怪我はないということなんですけれど、木製の机の上には削られたような大きな傷がついたということでした。彼女が熱を持っておっしゃるには、はるばると宇宙から飛来して来たものが、特定の人間のすぐ側に落ちることなどあり得ないとおっしゃるわけです。地表の大部分は海か山ですからね。人が多く住んでいる都市部など全体から見れば本当に僅かです。ここまで偶然が重なったからには、何か天の意志のようなものが働いているはずだとおっしゃるわけです。まあ、この言い分はいくらか的を得ているような気がいたしました。もちろん、それは、彼女の家に墜落したのが本当に隕石だったらの話ですが。ここからが面白いんですが、いや失敬、不思議なんですが、彼女はその落ちてきた隕石をすでに宇宙工学の専門家に鑑定してもらったと言うのです。その先生はどこの研究所の何という方か、というこちらの問いには一切答えてくれないわけです。ただ、国内で最も権威のある先生に見てもらったと繰り返すばかりで一歩もゆずらないわけです。黙って話を聞いてみますと、その権威ある先生はその黒い石をフルメカチン鉱石と名付けまして、その先生の話ですと、その鉱石は地球上には存在しませんで、太陽系の惑星の中では土星でしか取れないそうです。ですから、その女性はうちに墜落してきた隕石は間違いなく土星からのもので(すでに、他の惑星から飛んできたものが個人の家に落ちる偶然はあり得ないという前提がありますので)、これは土星からの何らかのメッセージであると結論付けられたわけです。彼女はここまでの偶然が重なったからには、自分は一般の地球人などであるわけがなく、おそらく、昔、土星から渡ってきた異星人の末えいであると、こう結論づけられたわけです。そして、こうなったからには、もうこの星には住んでいたくないから、早いうちに土星へと脱出させてくれと、こうおっしゃるわけです」


 彼女はそこで息を吸って、一度同意を求めるかのようにエンリケ氏の顔を見た。

「まあ、おっしゃられたことだけでも、あの女性が世間一般の基準から見て相当に外れていると言いますか、おかしいということはわかりましたので、本当のことを言えば、出来れば願いを叶えて差し上げたかったんですけどね。そういうおかしな方を何人でも連れてきて、相手のお話をそのままに承るふりをして、その上でおだてあげてスペースシャトルに乗り込ませてしまい、そのまま打ち上げてしまえば、どれだけ地球人のためになるのかわからないんですが、残念ながらそうもいきませんで、シャトルを一回打ち上げるのにも気が遠くなるほどのお金がかかっておりますのでね、もちろん、ほとんどが国民の税金でまかなわれているわけです。そんな精神異常を起こされた方の妄想を満足させるために、ほいほいと打ち上げるわけにもいきません。ですからね、こちらとしましては、その隕石を持って来られた女性の方にですね、良い精神科のお医者さんを紹介して差し上げることしか出来ないわけですね。いやしかし、これだって、最初にくだらない妄想話を何十分にも渡って聞かされるという勤務の後の処置ですのでね、私らだってただで働いてるわけじゃありませんし、人件費的に言いますと、かなりの赤字になっておると、残念ながらそういう現状なんですよね。ここまで話せば私の言いたいことがお分かりになりますよね? 周りをご覧になって下さい。今日は自分は異星人だと言い張る方が100人はお見えになってます。これがどういうことかお分かりになるでしょう。これから何時間もかけて、この方たちの妄想話にいちいち付き合ってあげなければいけないということなんです。つまり、今日も大変な労力が必要だということです。ここまでの話を聞いてどう思われます? 正気の沙汰ではないですよね。いえもう、暴言と知って申し上げてしまいますが、この隕石の女性が地球人であれ、異星人であれ、こんな方がこの地域に大勢おられて、何か事件が起こるたびに顔を真っ赤にされて、この役所に飛び込んでこられて、その度に大暴れをなさる。昔ありましたけど、ヒッチコック監督でしたっけ? あの『鳥』という映画のように、理解出来ない生物にあっという間にこの場を占拠されて、何か口々にピーチクパーチクと叫ばれてしまいますとね、これはもう混乱という言葉を飛び越えて破滅と表現した方がよろしいでしょうか。それとも、ヒッチコック監督が表現されたように、これは世界の終わりでもあると、そう表現した方がよろしいでしょうか、とにかく、あの隕石の女性はめでたいことに精神病院送りになったということですけど、腹立たしい限りですが、その結果で満足するしかありますまい。ただし、失われてしまった役所の職員の時間は戻って来ませんのでね、あなたにも、もうこれ以上無駄な時間を使わせないで頂きたいですね」


「それはわかりました。では、私が自分を異星人であるとどれだけ説明しても、あなたにはわかってもらえないわけですね?」

「ええ、実際、役所の内部がこういう状態になってしまいますと、この大勢の中の誰が異星人でも、あるいは、この地球上に異星人など実は一人も存在していなくても、私にはすでにどうでもいいことですのでね。もし、これ以上自分が異星人だと真剣に訴えたいのであれば、ここではなく、この役所の裏手に保健所がありますから、そこで相談されてはいかがでしょう? あそこはこの時間はすいているはずです。きっといい解決策が見つかると思いますよ」

「わかりました。それでは、そちらの方へ行ってみます。ご親切にありがとうございました」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ