【二】
「取引?」
宗久のそんな言葉も意に介さず、
「今、色々とこの世界を騒がしてる連中がいるんだが知ってるか?」
「なんです?クイズですか?」
「そんなに難しい問題じゃない。自分の胸にしっかりと手を当てて考えてみろ?」
そう促された宗久は自分の右手を胸まで持って行く。しばらくそのまま手を当てて、更に目まで閉じて考えていると、
「どうだ?簡単だろう?」
久秀にそう問われた宗久は、閉じた目をゆっくりと開きながら二度三度と首を傾げて彼の言っている真意が理解出来ないといった様子であった。
「あくまで白を切るつもりなら俺から言ってやろう。第六天魔王という信長信者が集まる衆だ」
その言葉に無表情を貫いていた宗久の眉が一瞬ピクリと反応した。それに気が付いたのかどうかは分からないが、久秀は更に言葉を続け、
「その第六天魔王の連中のたまり場になってるみたいだな。この屋敷は」
「確かにうちの屋敷には毎日沢山の人間が出入りをしていますが、それは商売をする為にやって来ている商人がほとんどです。ですから、そのようなどこの馬の骨とも分からない連中がここをたまり場にしているという事は無いと思いますが」
宗久は表情を変えずに言った。
「別に俺はその連中を暗に匿ってる事を悪いとは言って無い。むしろ、この世界の厄介者を抱え込むほど信長に執着してるお前に面白い提案があってわざわざここまでやって来たんだ」
それを聞いた宗久は黙ったまま唾を飲み込んだ。
久秀の提案というのは実に変わった物だった。それは、
「俺自身が信長の号を得る為にお前の力と第六天魔王の力を貸せ」
「号を得る?織田信長の号の取得条件が分かったって事ですか?」
「それが分かってたらもうすでに俺は信長になってるだろ?」
そんな返事に宗久は、
「はあ」
と、溜め息にも似た返事をするしかなかった。
「ただ、俺はこの『松永久秀』という号に関しては狙って取得する事が出来た。つまり、ある程度の条件は予想が出来るって事だ。分かるか?」
彼は、更に続け、
「お前の仲間の中には信長の号欲しさに寺に火を点ける奴がいたらしいが、そいつの行動が全く間違ってるとは俺は思わない。だが、本気で信長の号を欲している行動とも思えない。信長に憧れて第六天魔王に集まり、本気で信長を信仰するなら、俺が信長になるのを手伝え。未来の信長の手伝いが出来るんだ、信者としてはこれ以上の事は無いだろ?」
座布団から腰を上げ顔を近付けられた宗久は、逆に身体を後ろへと逸らしながら
「急にそう言われましても」
困ったように返事をした。
「お前だって信長信者なんだろ?今井宗久の号まで取得してるんだしな?」
久秀は頭上を見つめながら口端を上げて言う。
「信長の後ろ盾があれば商売ももっとしやすくなるんじゃないか?」
身体を元の位置へと戻した久秀は、そのまま立ち上がると、
「まあ、返事は今すぐじゃなくても良い。仲間内で十分話し合って決めてくれ」
彼は一歩踏み出して身体を止めると、
「ただ、あまり返事が遅いと俺も他の奴らに話を持ち掛けるかもしれんから、それだけは深く肝に銘じとけ」
そう言ってそのまま部屋を出て行ってしまった。
一人取り残された宗久は、座布団の上正座をしていた足をゆっくりと崩しながら、
「なんだか、妙なことになった」
言って、深い溜め息を一つ吐き出した。
「松永久秀。織田信長を裏切った男がまさか信長になりたがっているとは……」




