【十六】
葵の馬が街道をひた走っているが、ここへ来て進行方向から吹き付けて来る風が強くなり、葵の後ろに乗っている光の耳元にもビュービューという風を切る大きな音が聞こえて来て周りの音があまり良く聞こえない。こんな状況ではすぐ前にいる葵とも簡単には意思疎通が出来ないが、もうすぐ見えて来るであろう和田という町は、二人の中で通り過ぎるだけで良いだろうという事になっていた。
しかし、そう簡単に思う通りには事は運ばない。
遠くの方にボヤーッと見えて来た関所のような門構えの町の入り口には、和田という文字が書かれた大きな看板が設置されていた。それ以外は特に変哲も無い普通の町のように見える。
葵はやや速度を落として町の中へと入り、そのまま街道を西へと向かって馬を進める。どこの町とも似たような作りで、街道の両端にはプレイヤー向けの商店などが軒を連ね、買い物をする人や商売をする人でそこそこの人通りがある。
それを避けるのに苦労して、やや面倒臭そうではあるが、ゆっくりと足を進める葵の馬の前に、通りを行き交う人とはまた別の人混みが見えた。
「アレ、なんだろう?」
葵のその言葉に光は首を動かしてその人だかりを見る。
どうやら何かの騒ぎがあったようで中央で揉めている人間を周りの人間が囲むようにして見つめている。
「何かあったんだろうけど、こういうのに首を突っ込むと色々後から面倒臭くなるんじゃない?」
現時点で色々面倒臭い事になっている例のお城のお姫様から受けたクエストは、避けようが無かったような気がするが、
「だったら、無視して通過しちゃう?」
「いや、それもどうだろう?一応ゲームのイベントかもしれないし……」
その言葉を聞いて葵はすぐに馬を降りる。それに続いて仕方なく光も降りると葵はすぐに馬を道具の中に戻し、周りを囲む人垣を割って中の様子を確認しに行く。当然、同じように光も続くと、中では商人風の男とプレイヤーが何やら口喧嘩をしているようだった。
「だから、俺が盗ったなんて証拠がどこにあるんだよ!」
プレイヤーがそう言うと、商人風の男も引き下がらずに、
「俺の目がしっかりと見てるんだよ!」
丁寧にジェスチャー付きでそう応戦する。
周りに人垣が出来ている事も気が付いていないのだろうが、そんな中で葵だけが唯一何かに気が付いたようで、隣に顔を捻じ込んでいた光にだけ聞こえるような小さな声で、
「あ!」
と、零し、ゆっくりと首を動かして光を見つめると、
「ちょっと戻って」
今度はそう言って中へと進めた身体を人垣の外へと戻した。
「どうかした?」
すぐに光が声を掛けると、
「あのプレイヤーの人の名前見ました?」
「ああ、号だっていうのは分かったけど」
光の返事に、
「雨森清貞って、茜音ちゃんと同じ長政さんの部下の人だよ」
「あの字面、何か見覚えあると思ったらそういうことか」
光はそんな言葉を残すと再び身体を人垣へと捻じり込ませ、もう一度改めて確認しに向かった。




