【二十】
「はい。私一人でこのゲームを始めたんですけど、まだ右も左も分からない駆け出しの頃に、クエストの途中で大怪我した事があって、そんな時にたまたま通り掛かったのが、後の家康さんで、傷付いた私を助けてくれてそのままクエストの続きを一緒に遊んでくれたり、迷宮にも行ってくれたんですよ」
そこまで一息で言い終わるが、紗々の言葉は止まらない。
「その時にこちらからお願いして友人登録したんですけど、それからしばらくして家康の号を取得したって言われて、私を家臣団に招待してくれたんです」
言いたいことを全て吐き出して気が付いた。目の前に座っている男が黙ったまま自分の顔をジッと見つめている事に。
「あ、すいません。なんか、自分の事をペラペラと喋っちゃって」
「いやいや、良いんだ。アンタに良い事を聞いたから」
「良い事?」
その言葉が気になり繰り返すが、すぐに、
「あ、またアンタって言いましたね!」
机越しに詰め寄って来る彼女を面倒に思ったのだろう、男は短い咳払いをして、
「紗々にだけ自分の名前を名乗らせて悪かったな」
アンタと言った事を問い詰める紗々に対しての当て付けか、今更自分だけが名前を名乗らなかった事について謝罪を入れた。この店に入って直後の事をどうして今になって謝るのか、意味が分からない。しかし、ただそれだけで詰め寄ろうと前屈みになっていた紗々の身体は、すぐに元の位置へと戻ってしまった。
すると、男は手を動かして自分のウインドウを開き、何やらそのまま簡単に操作を行うと、今まで見えていなかった彼の名前がゆっくりと表示され始めた。
「俺の名前は、藤堂高虎って言うんだ。まあ、号だけどな」
自分の頭上にある号を見ようと顎を上げて目を天井へと向けるが、彼が動いた分、号の表示も向こう側へと移動してしまう為、決して見る事は出来ない。
「え?え?なんで、号を持ってるのに隠してたの?」
それを聞いて高虎は大きな溜め息を吐き出すと、
「号を持ってる奴には持ってる奴にしか分からん苦労ってのがあるんだよ。だから俺はやたらめったら自分の名前は教えない事にしてるんだ」
そう説明し、開いたままのウインドウを再び触ってすぐにその表示を消してしまった。端から綺麗に消えて行くその文字を見つめながら、
「ああぁぁぁ……」
と、寂しそうに言葉を漏らす紗々は、
「せっかく号を持ってるんだし、皆に見せ付ければ良いのに。勿体ない」
口を尖らせて文句を言う。
普段、彼女は自分が号を持っていたらという事を想像しているのだろう。最後に出て来た勿体ないという言葉には強い感情が籠っているように聞こえた。
「でも、どうして今になって教えてくれようと思ったんです?」
「俺の持ってる号の藤堂高虎ってのは家康に世話になった武将なんだよ」
言って、紗々には聞こえない程小さな声で、
「まあ、他にも山ほど世話になった武将はいるんだけどな」
そう呟く。そして、その言葉が無かったかのように、
「だから、正体を明かして紗々に家康との橋渡し役をお願いしたいと思ったんだよ。家康が興味あるんなら、西の大陸を俺が案内してやってもいいしな?勿論、下諏訪もな?」
「もちろんしもすわもな」
「もちろんしもすわもな」
「もちろんしもすわもな」
真面目な顔で三回繰り返した紗々は、
「早口言葉みたい」
そう言ってケタケタと笑った。
「おーい、ゲームの中の酒を飲んで酔っ払ってんじゃねえぞ?」




