【九】
要を探していた光は、太閤橋の前で不思議な光景を目撃していた。
大きく山のようになった荷物を背中に担ぎ、橋を渡ろうとしている商人のNPCがプレイヤーにお金を払っていくのだ。普通のゲームならば、プレイヤーがNPCにお金を払って橋を渡らせて貰うものだと思うのだが、ここではまるで正反対、真逆の事が起こっている。そんなあり得ない状況、それがどうして起こっているのか気になり、光は、遠巻きながらしばらくその光景をボーっと見つめていた。
「なんや、お兄さん。こんなとこからボーっと橋なんか眺めて。渡らんの?」
その言葉と同時、背後から肩に手を置かれて振りむくと、若い男がそこに立っていた。
紫色をした下地に何かの花のような柄の入った薄い着物一枚に、刀を一つ腰にぶら下げるだけのとてもラフな格好のその男は、顎に生えている無精ひげを光の肩に触れた方とは逆の左手で軽くいじりながら、
「ああ、お金の心配しとるんやろ?普通に冒険してたら貯まるくらいの額やから心配せんでええよ」
片方の口角だけを上げて言った彼に、
「あ、いや、実は今、一緒に冒険してる友人を探してて、目を離した隙にいつの間にか居なくなって」
「それは大変やな」
男は本当にそう思っているのか、感情をどこかに置き忘れたように言い放ち、もう一度光の肩に手を置いて、軽く二度ほど叩くと、
「その友達と橋を渡る時は宜しゅうな」
そう言って橋の方へとゆっくりと歩いて行き、先程NPCからお金を徴収していたプレイヤーへと近付いて行く。
「おう、しっかりやってるか?」
「あ、チカラさん!お疲れ様です」
男はこの場所を仕切っている責任者なのか、少々大袈裟に頭を下げられていた。
「今日の首尾は?」
「今の所、払いたくないっていう輩は出てません」
その報告に満足なのか、男は足を止めてゆっくりと頷くと、
「素直に金を払う奴はお客様やから。ただ、少しでも渋るような奴がおったら分かってるな?」
光には背を向けている為に彼の表情までは見えないが、微かに聞こえて来るその会話から、あまり関わるのは得策では無いプレイヤーだという事は静かに察した。
もしもここに要が来ていれば少なからず騒ぎにはなっているだろうし、流石に仲間である自分や葵に無断でお金を払って橋を渡ってしまうほど、アレでは無いと考えた光は、しばらく小声で何かを話している彼らを見つめた後に踵を返してその場を後にした。
そして、正面から物凄い勢いで走って来る五右衛門と合流し、
「どうしたんですか?そんなに慌てて」
牢獄に入れられていた時から焦る様子など微塵も見せなかった五右衛門のまるで余裕の無い現在の姿を怪訝そうに凝視しながら、まず一言目を吐き出した。しかし、息の上がりきった彼からは中々返事が来ない。身振り手振りで何かを伝えようとしているが、それよりも息の整える方を優先して欲しくて、
「落ち着いてからで良いですよ?」
優しく伝えた。
『光さん、五右衛門さん。要さん見つかりましたよ!』
辺りを適当に見回しながら五右衛門の息が整うのを待っていた光の元にやって来たのは、彼の第一声ではなく、葵からの音声チャットであった。
「あ……。そうか、音声チャット使えばすぐ見付けられたのか」
光は、すっかり失念していた事を恥ながらも、しっかりと使いこなしている葵を心の中で褒め称えた。
「五右衛門さん返事出来ないかもしれないけど、今一緒に居るからそのまま合流しようか?どこにいるの?」
「えっと、町の入り口です。さっきの場所ですね」




