08◆追う者たち
ムサシ・キドーがるんるん気分、鼻歌混じりにオットー3兄弟を縛り上げていると。
「ムサシのおじさん、何やってるの?」
銀髪を横でひとつに縛った女の子がやってきた。尖った耳はエルフの証。
やや露出の多い軽装で形のよい胸の谷間を強調している。太ももには極めて珍しい『魔法銃』をホルダーに収めていた。
「リザ、おじさんはやめてってば。僕、まだ20代なんだからさ」
「あたしとひと回り違うじゃない。立派なおじさんだよ」
ムサシはとほほと肩を落とす。
「で? それって誰? 賞金首?」
「まあね。例の『金の大地母神像』を盗んだ犯人だよ」
「うわ、すごいね。手がかりがほとんどなかったのに、もう見つけちゃったの?」
「僕じゃなくて、人族の男の子がね。僕はおこぼれをまるっといただいたのさ。そういえば、名前を聞いてなかったなあ」
不思議な少年だったと、ムサシは思い返す。
刀は両刃の剣とは異なる動きが要求されるのだが、まったく違和感なく使っていた。足さばきや身のこなしはムサシと同じ『鬼道流二刀術』に似ている。いや、一刀ではあったが、そのものと言ってもいい。
見た目はごくごく普通の、特徴がないのが特徴みたいな少年だ。
そんな人族の彼が、鬼人族に特化した剣術をどうして知っているのか?
「まさか、『天眼』持ちか……?」
知らずつぶやく。
伝説の勇者アース・ドラゴが持っていたとされる超レアな固有スキル。
剣術に限らず、あらゆる技術を目で見ただけで深く理解し、高ランクになれば、10年の苦行で修めるものを数日程度で身につけてしまう反則級の固有スキルだ。
アース・ドラゴが伝説級の強さを手に入れたのは、このスキルの恩恵がもっとも大きいとされている。
もしあの少年が『天眼』持ちだったとしたら。
「失敗したなあ。ちょっとくらい手合わせしておくんだった」
しかし、奇妙ではある。
あれだけの技量がありながら、彼は刀どころか武器らしきを所持していなかった。
「なんだったんだろうねえ、ホントに」
「さっきから何をぶつぶつ言ってるのよ」
「いやこっちの話。てかさ、君っていつまで僕にくっついてくるの?」
「目的を達成するまで、って前に言ったわよ?」
「人捜し、だっけ? だったら賞金稼ぎの真似事してまで僕についてくる必要は――」
「それも前に言った。情報集めにはお金がかかるし、あたしは遠隔攻撃しかできないから、肉弾戦ができるボディーガードが必要なの。いいじゃない、ぼんやりしてるおじさんに代わって、あたしが仕事を見つけてきてあげてるんだから」
「うーん、僕は生業としては『賞金稼ぎ』だけど、目的は別にあるからねえ」
「この国唯一の『天眼』持ちと戦いたい、だったよね」
ムサシはうなずく。
彼は生粋の剣士であり、強くなるため、強い者と戦って勝つために放浪している。
『天眼』持ちは天才と称される者だ。
努力の末に修めた剣術で、彼らを打ち負かしたいと強く願っていた。
が、この国の『天眼』持ちは身分の高い者であるため、そう簡単には戦えない。
さすがに辻斬りの真似事まではしたくない。それくらいの常識は持ち合わせていた。
「ふふーん、そんなおじさんに朗報よ」
エルフの少女――リザはごそごそと腰につけた小物入れから紙片を取り出す。
「おいしいお仕事を見つけてきたわ。なんとっ! 神父殺しで誘拐犯」
「へえ、第一級の犯罪に、誘拐まで乗っけちゃったのか。豪気だねえ」
でも、とムサシは首を横に振る。
「しばらく稼ぎは必要ないよ。お優しい神父さんを手にかける輩なんて、たいして強くもないだろうしね」
「ちっちっち、ところがどっこいなのですよ」
リザはにんまりといやらしく笑う。
「実は中央の騎士団が、なんかのついでにその犯人を追っててさ。この街についさっき到着したのよ。どこの騎士団の誰だと思う?」
ムサシが細目をわずかに開く。
まるでヒントのないクイズなら答えられはしない。
けれど、会話の流れがヒントであるなら。
「赤鳳騎士団、副団長、マリアンヌ・バーデミオン……」
「正解っ! 『天眼』持ちの天才剣士様よ」
ふむ、とムサシは腕を組んで考える。
同じ犯人を追うのであれば、直接戦う機会はないに等しい。
けれど、そこは状況次第。なし崩し的に手合わせできるかも?
もしくは真っ当に犯人を先に捕まえ、ご褒美として模擬戦でもお願いすれば……。
剣士とはプライドの高い者たちだ。
けれどムサシには人並みの誇りや矜持といったものがない。衆人環視の中で土下座するのもやぶさかではなかった。
「うん、やる気出た」
「へへへ、やった♪」
「けど、リザもずいぶんやる気だよね? 君にも何かメリットがあるのかな? お金以外で」
「あ、バレた? 実はさ、その誘拐された子ってのが、もしかしたらあたしが捜してる女の子かもしれないのよ」
「伯母さんの友だちの娘さんだっけ?」
「そうそう、そんな感じ」
前は『母親の友人の姪っ子』と言ってたような?
ムサシはリザのこれまでの話しぶりから、なんとなく高貴な生まれの子ではないかと考えていた。
が、詮索しても意味はない。
「で、その犯人の特徴は?」
リザは紙片を見ながら答える。
「えーっと、15歳の男の子ね。名前はメル・ライルート。普通すぎるのが特徴って感じかな」
「普通、ねえ……」
さっきの少年を頭に思い描く。
特徴がないのが特徴であるような、普通すぎる少年だ。
彼は二人の少女を連れていた。
一人は獣人系。そしてもう一人は、フードで隠されていて、特に興味もなかったので、容貌は知れない。
ただ、ローブの側頭部が不自然に、盛り上がっていた。
まるで、中に尖った耳でも隠れているかのように――。
「さっき話した人族の男の子が、ちょっと怪しいかも」
「本当っ!?」
リザが胸倉をつかまん勢いで身を乗り出した。
「うん。3人組だったけど、一人は身長を考えると、10歳くらいの女の子と考えられなくはない」
リザの青い瞳が、歓喜とも憤怒とも取れる興奮したものに変わった。
「怪しいってレベルだよ? 彼、剣術の腕はかなりのものだったけど、人を殺せるような性格じゃない感じだったし」
「ついカッとなって、ってよくあるんじゃない? なんでも、『祝福の儀』で変なスキルを授かったのに逆ギレして犯行に及んだらしいわ」
「取って付けたような動機だねえ」
「動機なんてどうでもいいわ。あたしたちは犯罪者を捕まえる。それだけよ」
君の目的は迷子の捜索だろう?とは言わないでおいた。
「じゃ、オットー兄弟を衛兵に突き出して、捜しに行こうか」
「当てはあるの?」
「んー、たぶん、どこか大きな宿に向かったと思う」
「なんで?」
「彼らはこの街に買い物に来ていた風だった。で、大荷物を持っていたから、買い物は終わったんだろう。移動には馬車を使っていたんじゃないの? だとすれば、どこかの宿に馬車を停めているはずだ」
「おー、なるほど」
リザはぽんと手を叩く。
「マリアンヌ・バーデミオンもそちらを当たっているだろうねえ。早くしないと先を越されちゃうかも」
「わわっ、じゃあ急がないと」
リザは気絶していた兄弟たちを叩き起こし、「きりきり歩けっ」とせっつくのだった――。
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一方そのころ。
マリアンヌはメルが奪った馬車を見つけていた。
「メル・ライルートなる少年がこの街にいるのは間違いないですな」とガズーソが言う。
「街で買い物をしているのでしょう。ここで待っていればよさそうですね」
「二手に分かれてはいかがですかな?」
ここで待つ者と、大通りまで捜しに行く者。そちらのほうが効率的には思えるが……。
「まだできますか?」
マリアンヌはローブの老人に尋ねた。彼は宮廷につかえる『鑑定士』。国内でも4人しかいない、スキルランクがBの、人物をも鑑定できる者だ。
「そうですなあ。あと4、5回であれば……」
鑑定士の顔には疲労がにじんでいた。
彼は街へ入ってから、すでに道すがら何人かの少年少女たちを鑑定している。
『鑑定』は便利なスキルではあるが、それだけ心身にかかる――特に脳への負担が大きい。また『物』よりも、『人』を鑑定るのは情報量が多くなりがちだ。ランクが上がれば多少マシにはなるものの、ランクBでは一日に20人程度が限界だった。
「ではやはり、ここで待つのが――ん?」
ここは宿の裏手にある馬車の繋ぎ場。
建物の陰から、こちらを窺う者がいた。
「兄さま、あの人たちがどうかしたんですか?」
「わっ、出て行っちゃダメだってば」
ひょっこり身を現したのは、短い黒髪の少女。頭には猫のような耳が生えていた。
一瞬怯んだマリアンヌは、ハッとして思い出す。
この宿の受付と話をしたとき、目的の馬車を預けたのは少年と少女の二人組ではなく、もう一人、獣人系の女の子も一緒だった、と。
手が二本、建物の陰からにゅっと伸びる。
獣人の少女を引き戻さんとする手だ。ひとつは少年のもの、もうひとつは女の子の手に見える。
「いましたっ! あなた、メル・ライルート君ですねっ?」
「しまったバレたっ!」
「あっ、ちょ、待ってくださいっ。私たちは――」
「クララ、逃げるぞ!」
獣人の少女を引っ張って、三つの影が消える。
「マリアンヌ様!?」
「私は彼らを追います。ガズーソはここに残ってください。彼らが戻ってくるかもしれません」
鑑定士の老人には他の宿へ向かった部下たちへ連絡するよう言いつける。
「しかしマリアンヌ様お一人では……」
「だ、大丈夫です。相手は獣人。獣人、なのですから……」
街中で馬は走らせられない。であれば、一番足の速い自分が一人で行くべきだ。
「私は、〝勇者の意志を継ぐもの〟。何者に対しても、臆してはならないのですっ」
マリアンヌは恐怖を吹き飛ばすように駆けだした――。