07◆東方の鬼剣士
天下の往来で騒ぎを起こした俺たち。
相手はかつてクララを奴隷商に売り払った悪人二人組だ。
オットー3兄弟といえば、この街では札付きの悪で有名。一番上の兄は見当たらないけど、二番目のロット、末弟のモットはそこそこのステータスだった。
奴らの直近の悪事を読み取った俺は、それを野次馬に知らしめ、悪を断罪する正義の味方になって、お尋ね者だと気づかれない策を取った。
さあ、天誅の始まりだ。
とはいえ、相手は二人。俺が能力を読み盗れるのは一度に一人だけ。
でもまあ、今回は二対二なので安心だ。
「クララはモットのほうを頼む。俺はロットをやっつけるから」
「了解したですよ、兄さま」
俺たちは同時に飛び出した――兄のロットへ向けて。
ぶぎゅっとぶつかる俺とクララ。
「ちょ、モットはあっちだよっ」
「む? そうなんですか? ボク、どれが何ットか知らないです」
あ、そうなのか。
向こうがクララの名前を知っていたから、当然クララも知ってるものだと思ってた。
などと騒いでいるうちに、何ット兄弟は回れ右して一目散に逃げだした。
「おい、どきやがれっ」
「邪魔だっ」
野次馬に体当たりをかましながらの逃走。
突飛ばされてはたまらないと、野次馬さんたちはきれいに二つに分かれ、道を作った。
いや、一人だけ、動かない人がいた。
背は俺より頭一つ分は高い。痩せ型に見えて筋肉質。よく見れば黒髪から角が二本、伸びている。細目でにやついた男は、細い見慣れない剣を腰に四本も差していた。
「どけっ」
「邪魔だっつってんだろ!」
ロットとモットの兄弟は、二人息を合わせて突進した。それを――。
「悪いねえ、こっちも商売なもんで」
大きな手は、腰の剣には伸びず。
右手でロットの、左手でモットの頭をつかんだ。そのまま持ち上げる。
「ぐおっ」
「離せっ」
兄弟は首がもげては堪らないと男の腕にしがみつき、足をばたつかせた。
男は平然と尋ねる。
「君らさあ、本当にロギンスさんの家から『金の大地母神像』を盗んだの?」
「いだっ! 痛いっ! 頭が割れるぅ!」
「はいっ、俺たちがやりましたっ! だから離してっ!」
思いきり握られ、あっさり罪を認めた兄弟。
「ふうん。で? 物はどこにあるの?」
「隠れ家にぃ!」
「床下に埋めて、ますです!」
男は細目をいっそう細くした。そして、前へとすたすた歩きだす。
どうやら俺たちに用があるらしい。
でも、俺はこの人に関わりたくはなかった。
=====
名前:ムサシ・キドー
称号:二刀真剣士・賞金稼ぎ
年齢:28 種族:鬼人族 性別:男 身長:195㎝ 体重:91㎏
体力:B
筋力:A-
俊敏:A
魔力:C+
精神力:A-
【固有スキル】
『二刀剣術』:A
二刀を扱う能力。『剣術』の上位スキル。
『怪力(鬼種)』:B+
常時筋力を上昇させる能力。『怪力』に種族特性を付与したもの。
『抗魔力』:C
魔法攻撃のダメージを軽減する。
【限定スキル】
『玄武の甲羅』
発動中、身体を硬化させて防御力を2倍にアップする。
ただしその間、体は動かせない。
最大発動時間は10秒。1日2回使用可能。
『山鹿の駿脚』
発動後の1歩において移動速度を3倍にする。
インターバルタイムは15分。
=====
わりとおっさんに見えて、実は28歳だったのか。
じゃなく、なんちゅうステータスの高さだよ!
固有スキルは3つ。限定スキルともども、物理攻撃タイプとしてはすべてが噛み合っている超一流の剣士だ。
そして注目すべきは称号。
賞金稼ぎってことは、お尋ね者に優しくない。
今のところ俺が『神父殺し』のメル・ライルートだとは気づいていないけど、下手に関わればいつかバレる。だってプロだし。
ムサシなる鬼人族の男は俺たちの目の前で立ち止まると、兄弟の頭同士をごつんとぶつけた。ぐったりして大人しくなった二人を、その場にどさっと落とした。
「いやあ、ラッキーだったなあ。これだけで50万Gだなんて」
「は、はあ……」
「あ、ごめんごめん。僕が全部受け取るのはフェアじゃあないよね。この二人組が犯人だと突き止めたのは君たちだ。どうかな? 賞金は半々ってことで」
「いや、あの、俺たちはべつに、賞金目当てじゃないんで……」
「えっ? マジで? ホントにいらないの?」
「あ、はい」
「そう? そうかあ。いやあ、実は50万Gは『金の大地母神像』を見つけたときの賞金なんだよね。犯人を捕まえるとさらに100万Gだったんだよ。うは、儲けちゃったなあ」
うん、知ってた。あんたの情報を読み取ってね。
「んじゃ、僕は彼らを衛兵に突き出して、物を回収してくるかな」
ムサシさんはうきうきしている。
なんかもう、隙だらけだ。
だから――。
俺は、ゆらりと一歩前に出た。
油断しまくりのムサシさんの能力を読み盗って――。
「ちょっと借りますっ」
彼が腰に差した剣を一本、抜き取った。
変わった剣だ。
刀身の細い片刃の剣。『カタナ』という遥か東の国の武器らしい。
俺はすぐさまムサシさんの背後に躍り出て、
ガキンッ!
飛んできたボーガンの矢を叩き落す。
野次馬の中。
ずんぐりした男の顔がこわばった。
奴はオットー3兄弟の長兄、ソットだ。弟たちが窮地に陥ってから、ムサシさんを襲おうと狙っていた。
固有スキル『隠密』はランクがDながら、人ごみの中で殺気を消し、一流の剣士であるムサシさんにも気づかれていなかった。
俺は『山鹿の駿脚』を実行。思いきり地面を蹴りつけると、体が羽毛みたいに軽くなり、ずぎゅーんとソットに肉薄した。
「くそっ」
ソットはボーガン本体を俺に投げつける。事前に丸わかりなのでカタナで真っ二つ。勢いそのままに、刀身を逆に持ち替え、ソットの側頭部を殴りつけた。さすがに斬るのは躊躇われたので。
「ぐげぇ!」
ソット、吹っ飛んで目を回す。鈍器で殴ったんだ、手加減してなかったら死んでたな。
ふっと息をついた俺の耳に、パチパチパチと拍手の音。
「君、すごいねえ。いい身のこなしだよ。今の移動って、僕と似たようなスキルを使ったのかな? てか、『山鹿の駿脚』そのものだよね? いやいや、すごいすごい」
ムサシさんはのほほんとして雰囲気のまま、「でもね」と困ったように首を傾げた。
「武人にとって得物は体の一部。分身と言ってもいい。それを勝手に使っちゃうと、いろいろ問題だよ?」
「あ、その、すみません……」
「いや、僕は気にしないんだけどね。僕の持ってる剣は、この辺りじゃ珍しいものだけど、『銘』のない量産品だ。ま、壊したら弁償してもらうつもりだったけどね」
ムサシさんはお茶目にもウインクをしたらしいけど、目が細いのでよくわからない。
「にしても君、ずいぶんと刀捌きが様になってたねえ。誰に教わったの?」
「えっ、いや、あの、その……」
まさか『貴方の能力を盗みました』とか言えないし、俺はしどろもどろになる。
「ふうん、訳ありか。ま、詮索はよそう。こっちは儲けさせてもらったんだし。あ、刀、よかったらあげるよ」
「いいんですか?」
「予備はまだあるからね。ま、いらなければ売ればいい。さっきも言ったけど、こっちじゃ珍しいから、そこそこの値にはなる」
たしかにこれ、価値は15万Gくらいある。
賞金額からすれば、俺の取り分として少ないけどね。この兄ちゃん、いい人なのか悪い人なのかわかんないな。
とにかくもう、関わるのはやめにしよう。
俺はいちおうのお礼を言ってから、そそくさとこの場を後にした。
できれば今日中に、国境を超えたい。
そう考えて、馬車を預けていた宿に戻ってきたのだけど。
僕たちの馬車のそばで、まったく知らない鎧姿の男女と、ローブを着た老人が話をしていた。
「間違いありませんか?」と赤髪のきれいな女の人。
「はい、この馬車は例の教会の所有になっております」とローブの老人。
「ということは、メル・ライルートなる少年がこの街にいるのは間違いないですな」と巨漢のおじさん。
どうやら俺を〝捜しに来た〟ようで、しかもローブの老人は、ランクBの『鑑定』スキルをお持ちのようですよ?