60◆勇者面談
悪竜の力をその身に宿し、パワーアップが図れる便利アイテム『悪竜の瘴玉』。
それは悪竜の尻尾が人型になった者たちが姿を変えたものだ。
ただこれ、使うと『三日以内に悪竜を倒さなければ死ぬ』制約が課せられてしまう。
仲間たちは、俺の号令があれば喜んで使うだろう。
でも俺はそれじゃあいけないと思い、個々で面談をしようと考えた。
と、その前に。
まだ『悪竜の瘴玉』はすべてそろっていない。
元が悪竜の尻尾でも、今は人の姿で自我があり、個性的な彼女たち。すでにやっちゃったもんは仕方ないとして、他の〝姉妹〟はきちんと同意を得てからにしたい。
と、いうわけで。
「アケディアには別室で待機してもらっているから、安心してくれたまえ」
俺は逃げていたインヴィディアとグラに呼びかけた。
場所は中立地帯と言えるかどうかわからないが〝境界〟の向こう側。妖精の国。宮殿の一室だ。まだ夜中なので妖精さんたちは(妖精王ウーたん含めて)ぐっすりお休み中。
対する彼女たちは、俺たちの様子を窺っていたらしく、床からすうっとそろって現れた。
「アワリチアじゃないけど、『親を殺すのを手伝え』ってすごいわよね」
開口一番インヴィディアは皮肉めいたこと言ったが、表情や声のトーンは感心している様子だ。
「事情はだいたいわかってるみたいだね。で、どうだろう? 玉になる気はあるかな?」
「玉って……イヤな誘い方ね。ま、それは関係ないとして――」
インヴィディアは満面の笑みで答えた。
「嫌よ」
「なんで?」
回答を予想しつつ、尋ねると。
「だって、わたしは絶望を集めるのが役割だもの。準備やなんかで足踏みするのはいいとしても、数日とはいえ、それができなくなるのは困るわ」
彼女の背後ではグラもこくこくうなずいている。
ふむ。
壊れかけのアワリチアはこの辺、問題にしなかったけど、やっぱり彼女たちはこだわりがあるのか。
ま、俺としては無理強いしたくはない。
だから話はこれで終わり――といく前に。
「もしかして、邪魔してくる?」
そこを確認しておかないと、面倒な話になってしまう。
「しないわよ?」
おや、ずいぶんとあっさりしてるな。
こいつらは嘘がつけないから、これで安心なのだけど、理由に興味が湧いたので「なんで?」と尋ねてみた。
すると、大輪の花も霞むようなまぶしい笑顔でインヴィディアは言った。
「だってわたし、悪竜が倒されるなんて、ちっとも考えていないもの」
彼女の背後ではまたもグラがこくこくと大きくうなずいている。
なるほど。
相当な自信があるからこそ、俺たちは無視してせっせと絶望集めに勤しむというのか。それだけでなく、
「あなたたちが希望に満ちて悪竜退治に向かったのに返り討ちに遭えば、上質の『絶望』が味わえるもの」
むしろ『どうぞどうぞ』とおっしゃる。
あれ? でもだったら――。
「お前らも俺たちに協力すれば、もっと絶望が深まるんじゃない?」
素朴な疑問が口に出た。俺的にはまったく他意のない、思い付きを口走ったに過ぎないのだけど。
インヴィディアはきょとんとしたあと、ぽんと手を打った。
「たしかに、そうね。じゃあ、わたしも協力しようかしら」
「えっ」
「グラはどうする?」
「インヴィディアがやるなら、やる……」
「えっ」
「断定。話はまとまった」
どこからともなく(たぶん床から)アケディアが現れた。
「我を以前打倒せしめた勇者に対して忌々しいが、謝辞を述べる。説得、感謝」
淡々と言ってから、アケディアはさくっと二人を玉に変えてしまった。二人もまったくの無抵抗。むしろ『どうなるのかしら?』と興味津々だったよ?
インヴィディアは緑の、グラはオレンジ色のきれいな球体だ。
「これにより、すべての〝姉妹〟が確保できた。しつこくも謝意。説得、感謝」
「俺は説得した気はないのだが……」
いつの間にやら『悪竜の瘴玉』はコンプリートしたらしいぞ。
アケディアは表情を変えず、俺の手を取った。
「次は対象者の説得である。まずどこへ向かうか?」
「だから説得する気はないんだってば……」
がっくりしつつも、面談はするつもりだったから、まあいいか。
対象者は俺を含めて六名。アケディアから指名されている。
「まずはミリアリアかな」
「承知」
アケディアは俺の手を取ったまま、床に沈んでいく。〝境界〟を通り、ミリアリアの住むところへ移動するつもりらしい。ホントに積極的だな。そんなに早く自由が欲しいのだろうか?
だが、今は問題がある。
「ちょい待ち。今はまだ夜中だ。叩き起こすのは気が咎める」
腰まで沈んだところで、アケディアはぴたりと止まった。ちょっとだけ口を尖らせたものの、反論はなかった。
「では、明朝に」
俺から手を離し、床に沈んで消える。
「俺も寝るか……」
ちょっと前までたっぷり寝ていたのだが、なんだか疲れたので俺は元いた部屋に戻って爆睡した――。
翌朝。
「――と、いうわけだ」
ミリアリアが拠点にしている小屋(魔法工房だそうで)を訪れ、俺は寝起きの彼女に事情を説明した。
あくまで中立的に、無理強いや期待をこめないように。
「わたくしが寝ている間に、なんて急展開……」
寝ぐせでぼさぼさの黒髪を慌てて整えつつ、ミリアリアはつぶやく。
「承知しましたわ。わたくし、『悪竜の瘴玉』とやらで、どどーんとパワーアップしてみせましょうっ」
ふんぞり返って言い放ったものの、その表情は硬い。というか、小刻みに震えている。
「無理することはないんだぞ? 嫌ならやめても……」
「おーっほっほっほ! わたくしはぜんぜんへっちゃら――……と、貴方様に強がりを言っても無駄ですわね」
ミリアリアはへにゃへにゃと脱力する。
「正直、『死』を担保に取られるのは、怖いですわ……。皆さまより長く生きていながら、情けない話ですけれど」
「長生きかどうかは関係ないよ。俺だって怖いし」
「慰めてくださいますのね。嬉しくもあり、屈辱でもあり……。ただわたくしは、恐怖を受け止め、悪竜討伐をやり遂げなくてはなりませんの」
克服するのではなく、受け止めると彼女は言った。
自身をよく理解しているがゆえの、重い言葉だと思った。
それでも俺は念を押す。
「それって、ご先祖様の汚名をそそぐため?」
ミリアリアは何か言おうとして迷い、やがてすっきりした表情で言った。
「もちろん、それもありますわ。けれど、これまで皆さまとともに歩んできて、わたくし個人が『そうしたい』と思いましたの。遠くで結果を待つなんて耐えられませんわ。死を背に貼りつけてでも、最後まで皆さまとともに在りたいのです」
恐怖を振りきったわけではない。
彼女が言ったようにその小躯で受け止めて、折り合いをつけるつもりだろう。
覚悟のほどが確かめられたのなら、俺がどうこういう問題じゃないな。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
俺が促すと、後ろで控えていたアケディアが前に進み出た。
「『傲慢なる者』、ミリアリア・ドールゲンマイヤット・エル・ホイントハールマンよ。人よりも長命であり、体が強く、魔力も高い貴公ら魔族は、その『傲慢さ』ゆえに滅びの危機に陥った。しかして貴公は一族の誇りを持ち続けながら、謙虚にもその身を捧げ、献身的に働いている」
アケディアが手のひらをかざすと、紺色の球体が現れる。
「貴公には『傲慢』の反転たるスペルビアが適合する。これを使えば、貴公の魔力は爆発的に高まるだろう」
ミリアリアはおっかなびっくりで受け取ると、しっかりと両手で包みこんだ。
「決戦の日まで、それを肌身離さず持つがいい」
アケディアはくるりと身をひるがえすと、俺の手をがしっとつかんだ。そのまま床に沈んでいく。
「んじゃ、またな」
俺はそれだけ言うと、彼女に〝境界〟へ引きずり込まれる。
ミリアリアはこくりとうなずく。その表情は、いっさいの迷いを断ち切ったように、晴れ晴れとしていた――。
次にやってきたのは、マリーのところだ。
朝は早く、昨夜はアケディアの奇襲に不覚を取ったばかりだというのに、大剣を振り回していた。
彼女に、覚悟を問うても無駄だろう。
「やります。やらせてください」
すでに腹は決まっていると、その表情が物語っていた。
でも、まったく迷いなく、とはいかなかったようだ。
「一晩、じっくり考えました。正直なところ、恐怖はあります。ですがそれは、『死』に対するものではありません。むしろ逆です。死に対する恐怖がないことが、恐ろしかった……」
「それは?」
彼女の恥部を抉るような問いにも、マリーは真摯に告白した。
「仮に悪竜の討伐に失敗したとしても、『みんな一緒なら怖くない』と――そう思ってしまったのです。そんな身勝手な自分が、恐ろしかったのです」
みんな一緒なら――その感情を、俺は理解できない。俺は自分を含め、誰一人として欠けるのを許さないからだ。
でも、その危うさは理解できる。
マリーは俺の心配を察したのか、うなずいた。
「ええ、そうです。私が抱いた感情は、とても危険です。圧倒的な力を前にしたとき、早々に諦めてしまうかもしれません。仮にそれを乗り越えたとしても、窮地に立たされるたび、私は『諦め』と対峙するという余分を強いられます。どうにか抗えたとしても、その隙は私個人の死を早めるだけでなく、確実にみなさんの足を引っ張るでしょう」
それが、彼女にとって一番恐ろしかったこと。
でも、マリアンヌ・バーデミオンは決意した。
俺たちとともに戦場に立つことを。
「私は、弱い自分を克服しなければなりません。ですから、この『世界を救う』大切な戦いを、そのために使います。とても個人的な理由です。だから私からも問いましょう」
マリーは震えを押し殺し、尋ねた。
「こんな私ですが、一緒に連れて行ってもらえませんか?」
怯えに染まった瞳だ。
きっとこの人は、今まで一度たりとも自分に勝てなかったと思っているのだろう。事実かどうかは俺にもわからない。
だから――。
「いいよ」
俺は応援したいと思った。ごくごく個人的な理由で。
「でも、ひとつ約束してほしい」
「約、束……?」
安堵したような、それでいて不安げな複雑な表情で、マリーは首をかしげた。
そんな彼女に、俺は努めて明るく言う。
「一人で戦うのはナシだ。もしマリーが諦めそうになったら、俺やみんなが声をかける。励ましたり、叱ったり。逆に俺が弱音を吐いたりしたら、ケツを引っぱたいて怒ってくれ。俺たちは、仲間なんだから」
マリーは一瞬だけぽかんと呆けてから、
「はい……はいっ!」
目に涙を浮かべて、笑ってくれた――――のだが。
「今代の勇者は女に尻を叩かれて喜ぶ趣味があると理解」
アケディアが真面目くさった顔で……。
「いい話っ! だったのにっ!」
台無しだよ。
俺の叫びにも無表情。アケディアは真っ赤な球体をマリーに差し出す。
「『怒れる者』よ、すでに貴公には伝えてある。これを使い、悪竜を超えてみるがいい」
マリーはしっかり受け取ると、慈しむように赤い球体を両手で包んだ。その瞳に、もはや怯えはなかった――。
残るは俺を含めて四人。
「次は誰であるか?」
「クララとリザだな。もう起きてるみたいだし、昨日からずっと待たせてあるんだろ?」
「承知した」
アケディアが俺の手を取る。
二人が終わればシルフィ。そして、俺なわけだが。
「何か?」
じっと見つめていると、表情を変えずにアケディアが尋ねてきた。
「いや、なんでもない……」
俺は、確かめなくちゃならない。
最後の最後。
腹の決まっている俺ではなく、いまだ本心を語らないこいつの真意を――。