06◆勇者終焉の街
結論から言おう。
逃亡中に出会った虎人族のクララちゃん13歳。めっちゃ使えるぞこの子っ!
なぜか持ってた固有スキル『狩り』のランクがB+。
運動能力の高さも相まって、道中の食料調達で大活躍だった。
となると、やたら『獣肉』に恋い焦がれていたのが不思議だ。これだけ狩りの腕がすごければ、お手軽にウサギやらをゲットできたはずなのだけど。
クララ曰く、『あの辺りの小動物はあらかた食い尽くした』とのこと。
うん、君、俺らの3倍は食べるもんね。
まあ、食事面はよいとしても、いい加減、俺のお古を着せるのは可哀そうになってきた。
薄手の服で茂みを駆けまわるから、肌に細かい傷もできちゃってるし。
もっとまともな服を着せてあげたい。
そっちはシルフィにも言えることだ。
彼女は着の身着のままで俺に連れてこられたわけで。こちらも洗濯中は俺の服をだぼっと着てるだけだし。
そんなわけで。
ひたすら東を目指して、さらに2晩を越すと、国境沿いの大きな街が見えてきた。
ここでいろいろ調達して、国境越えに備えよう。
ただ、問題がある。
俺は神父殺しのお尋ね者。
きっと手配書はもう回ってきている。
となれば、大手を振って街を闊歩できないのだ。
ところが、である。
「この街は、ボクが前に住んでいたところですよ」
奴隷商に捕まる前は、そこで日雇いの仕事なんかをして暮らしていたそうだ。
流れ流れて数か月ほどの滞在期間だったそうだけど、勝手知ったものだろう。
街へはクララ一人で行って、もろもろ買ってきてもらおうと思ったのだけど。
「お肉をいっぱい買ってくればいいですか?」
「服。メインは衣類ね。それからナイフとかお鍋とか旅の必需品を買い替えるの。俺の家から持ってきたのって古くてさ。で、食料は保存が利くもの。お肉はそんなにいらないから」
「つまり、お肉をいっぱ――」
「メモを渡すからそれをお店の人に見せてねっ」
不安だ。不安しかない。そして一番の不安はといえば。
「いいか、クララ。知らない人に『お肉あげるから』って言われて付いていっちゃダメだよ?」
「えっ?」
「『なんでダメなの?』って顔しないでくれるかな?」
悪い人というのは、対象が好きそうなモノを文字どおり餌にして騙すのだ、と説明する。
「そういえばボク、『お肉あげるから』って知らない人についていったら奴隷商に売られちゃったんでした」
すでに経験済みだったのか……。
「やっぱり一緒に行こうか」
「ほんとうですかやったー♪」
ま、どうにかなるか。
俺とシルフィはフード付きマントを目深にかぶる。どう見ても怪しい旅人だけど仕方がない。俺はありふれた人族の少年だけど、シルフィは特徴的でわかりやすいからなあ。
幸い、クララが一緒にいるから、『二人組』とは疑われない。
ふつう犯罪者は、逃亡中に仲間を増やさないだろうし。
そうして俺たちは街に入り、馬車を大きな宿にいったん預けて買い物に出かけた――。
大通りは賑やかだった。
さまざまな露店がひしめき、大勢の人が集まっている。
この街は国境沿いの物流拠点として栄えた街だ。国内でもそこそこの大きさ。
すぐ近くを流れる河川を下ると、国内で王都に次ぐ港町にたどり着く。
俺のいた町は街道沿いだけど、ここに集まった商品などは水路を流れていくので繋がりは薄かった。
「兄さまっ、お肉がありますよっ!」
精肉店に襲いかかろうとしたクララを羽交い絞めにする。
ちなみにこの子、俺を『兄さま』と呼びやがる。最初は『ご主人さま』とか言い出したので、それだけはやめてと今に至るのだ。
まあ、人前で俺の名前を呼ばれても困るし、今はこれでいいや。
ひと通り商店を眺めながら、大通りの突き当りまでやってきた。
広場だ。
ここにも人がたくさんいる。
「兄さま、あれはなんですか? 池から水がぴゅーって飛び出してるですよ」
「ん? ああ、噴水だね」
街の近くを流れる川から水を引き、街中に張り巡らせた地下水路を利用したもの。って感じのことを噴水から読み取る。
「おおっ、また出たですよっ。ぴゅーって!」
前に暮らしていたなら見慣れたものだろうと考えたけど、どうやら彼女、明るい時間帯にこの辺りには来なかったらしい。基本、大通りから離れた貧しい区画で生活していたのだ。
クララは空高く舞い上がった水柱の先端を見つめ、落ちてくるに合わせて目線を下ろしていく。
「んん? 兄さま、あれはなんですか?」
噴水が消えると、向こう側の場違いな大岩が目に留まった。
そのてっぺんに、一本の剣が突き刺さっている。
巧みな意匠も何もないシンプルなその剣は、街の象徴と言えるものだった。
この街は『勇者終焉の街』とも呼ばれている。
かつて悪竜を倒し、世界に平和をもたらした勇者が息を引き取った場所。
勇者は最後の力を振り絞って巨岩に剣を刺し、次なる勇者が現れるまで魔法で封じた、とされている。
妖精の鱗粉を練りこんで鍛えた剣で、ドラゴンを斬っても刃こぼれひとつせず、絶対に折れないとかなんとか。
数百年も前の話だから、真相は定かではない。
もちろん『鑑定』スキルを持った人たちが何度となく剣の詳細情報を得ようとしたのだけど、〝名前が『勇者の剣』である〟ということ以外、何もわからないのだそうだ。
何か不思議パワーで守られているのかも。
俺は軽い気持ちで『鑑定』スキルを発動してみた。
=====
名称:勇者の剣
分類:武器
価値:500,000,000G
攻撃力:S
防御力:S
攻魔力:A
抗魔力:S
【説明】
勇者アース・ドラゴが使っていた片手剣。
妖精の鱗粉を練りこんで鍛えた唯一無二の剣。
彼と、彼が撃ち滅ぼした相手の魔力が蓄積されていて、魔力供給源としても利用可能。
【特殊効果】
『妖精王の加護』
絶対に折れない。刃こぼれもしない。
使用者に15秒間、無敵状態を付与可能。(1日1回)
『妖精の眩惑』
所持者以外に剣の性能を隠蔽する。
また所持者のステータスを任意に偽装できる。
【状態】
封印されているため、スキル等いっさいの使用が不可。
封印を解くには勇者アース・ドラゴと同程度以上のステータスが必要。
=====
見えちゃったよ……。
いろいろ驚くべき情報満載だけど、やっぱり値段に目が行ってしまう。
5億Gってめちゃくちゃ高いな。王都のど真ん中にプール付きの豪邸が買えるんじゃないか?
ステータスも破格の性能だ。
人でも物でも、〝S〟ってのは基本、『幻の』なんて表現がつくくらいあり得ないステータス値なのに、攻撃や防御、それに魔法への対抗力までSだなんて……。
特殊効果もすげーなこれ。
俺的には『妖精の眩惑』が魅力ありすぎる。でも、この特殊効果があるのに俺には見えるってことは、スキルランクEXがいかに規格外かがわかるな。
それにしてもこの剣、むしろ5億じゃ安いかも?
たぶん、封印されているから、それを考慮しての美術品的な価値設定なのかも。
しかし、こんなのを野外に放置していいのだろうか?
その答えは、大岩の前にある立て看板に書かれていた。
距離があるので実際には読めないが、『鑑定』で記述情報を読み取れるのだ。
〝ご自由にお持ちください。持っていけるものならなっ!〟
煽ってるなあ。
でもそれだけ自信があるのだろう。
あんな大岩を運ぶなんてふつうは無理だし、岩は魔法的な効果で崩せない。
そして勇者の剣は、勇者と同じくらいの強さがないと引き抜けないのだ。
ま、俺には関係ないな。
物の能力を読み盗っても俺が剣になれるわけじゃなしね。
てことで、俺たちは踵を返して来た道を戻るのだった。
服屋さんにて。
「おおっ、可愛いっ」
「そ、そう……? えへへ」
普段着よりはちょっとだけ上質な、若草色の服に身を包んだシルフィ。
美少女には何を着せても似合ってしまうものだな。
「兄さま、ボクはどうですかっ?」
クララはパンツルックで、ポケットのいっぱい付いたベストを着ている。
彼女の雰囲気はワイルドのひと言なのだけど、幼い顔立ちは愛らしいので、これまた何を着ても似合う。髪が短いからちょっと男の子っぽく見えるかな。
「でもこれ、胸がちょっと苦しいです」
「ああ、うん。上はもうワンサイズ大きいほうがいいかもね」
訂正。ボリューミーな胸元はどこからどうみても女でした。
二時間ばかり買い物をして、必要なものはすべてそろった。
『鑑定』スキルがあると便利だ。
安いものを高く買わされそうになっても騙されずに済む。
掘り出し物でも見つけたいところだけど、長居はできないから、また今度にしよう。
荷物は大きな布に包み、クララが背負っている。
俺も半分持つと言ったのだけど、「ボクのが力持ちですから」とにんまり言われてはお願いせざるを得ない。
「じゃ、ご褒美にお肉を買っていいよ」
「本当ですかっ!? 兄さまありがとうございますっ」
ちょうど店先で肉を焼いて売っている店があった。
俺は『鑑定』で上質の肉を選び、焼いてもらう。
「はふぅ、美味しいですっ」
「もぐもぐ……うん、柔らかくて、美味しいね」
さっそくステーキをほおばるクララとシルフィ。
俺も舌鼓を打ちつつ、ほっこり二人を眺めていたら。
「おい、あの虎娘、クララじゃねえか?」
なんとクララの名を呼ぶ声が。
振り返ると、ガラの悪そうなおっさん二人組が、こちらを怪訝に見ていた。
「むごっ!? むちゃむちゃはむはむごっくん……ぷっはぁ」
背後ではクララが何やら慌てた様子。そして続けざま、大声を上げた。
「兄さま、あいつらですっ。ボクを奴隷商に売ったのは!」
大注目である。
それも当然。天下の往来で犯罪者を名指ししたのだ。
言われたほうも大慌てである。
「なっ!? テメエ、言いがかりにもほどがあんぞ!」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえ!」
うわわわ、どんどん人が集まってくる。
こんなに目立ってしまっては、俺がお尋ね者だと気づかれてしまう。
こうなったら――。
俺はずびしっと二人組を指差して、叫んだ。
「お前たち、オットー兄弟だなっ。先々週、ロギンスさんの家から盗んだ『金の大地母神像』をどこへ隠したっ!」
「げえっ、なぜそれを!?」
「ぜったいバレないはずだったのに!」
あ、こいつらバカだ。
しめしめ。この流れはいい。実にいいぞ。
これで俺は正義の味方。誰もお尋ねだとは思うまい。
あとは正義の鉄槌を食らわせて気絶させ、俺たちは颯爽とこの場を立ち去るのだっ!
いける、かな……?