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58◆悪竜からの使者


 現界した本物の神様を読み取るのは大変な負担がかかるのがわかった。

 堕ちても神な悪竜を直接見るにはステータスがまだ足りんようだな。

 

 『倒す』と大見得を切った(流れでそうなったんだけど)以上、準備は万全にしなければ。

 悪竜を倒す方法を探さなくちゃだし。

 

 というわけで、俺は人の気配を感じ、目を覚ましたわけだが。

 

「すぅ……」


 隣でシルフィが寝ておりました。

 添い寝ですかそうですか。

 

 まあ、エルフの国への旅の道中で何度も経験したけど、なんかベッドで二人きり、というは、なんて言いますか、その、ドキドキしてしまいますねっ。

 

 厳密には、二人きりじゃないんだけど。

 

 外は夜らしく、燭台の明かりが弱々しく揺らめいている。

 俺はシルフィを起こさないよう、静かに体を起こした。

 


 

 女が立っていた。


 

 

 ベッドの傍らに、置物のように。

 微動だにしない彼女は、真っ白な聖職者風の服を着て、顔だけ出る奇妙なフードを被っている。

 目を閉じ、顔を正面に向けて、じっと佇んでいた。

 

「もしかして、寝てる?」

「寝てませんよ?」


 お約束のやり取りをして、俺はベッドに腰かける。

 

「もう復活したのか、アワリチア」


 女は以前、俺が倒した悪竜の尻尾の一人。尻尾は再生するらしいけど、完全復活はずっと先だと思っていたのに。


「俺にやられた恨みでも晴らしにきたのか?」


 警戒しつつ、言ってやる。でもまあ、やる気があるなら、俺が寝てるときに襲ってるよなあ。

 

 アワリチアはこちらを見ずに答える。というか、目を開けない。

 

「たしかに、『悔しい』という気持ちはあります。『恨み』、『憎しみ』という感情も、ないとは言えません。ですがわたくしには、あなたを滅多刺しにしてすっきりしようとか、肥溜めに突き落として『ざまあっ!』と指差して笑いたいとか、そのような欲望がありません」


 えらく具体的なのはなぜなのか?

 

 アワリチアはすっと俺に手を差し出した。顔はこちらに向けていないが、どうやら手を握れ、ということらしい。

 仲直りの握手ですか?

 

 とりあえず握る。

 

 ふにゅりと柔らかい。しっとりすべすべだ。こうしていると、人とまったく変わらないな。

 

 と、彼女が手に力を込めた。といっても、痛いほどではない。親愛の証として強めに握ってきたのだろうか?

 

「これが、今のわたくしの最大の力です」


「ん?」


「再生は完全に終えていないのです。姿かたちを整え、自我を持たせる程度なら問題ありません。が、器としての強度がほとんどないのです。ゆえに最低限の機能だけを与えられ、以前のような戦闘力もなければ、瘴気も出せません。今のわたくしは、一般女性よりもか弱い生き物。優しくしていただけると、助かります」


「はあ……というか、なにゆえそんな弱いのに俺の前に現れたので?」


 アワリチアは手を離し、直立不動で答えた。

 

「今回わたくしに与えられたのは、使者としての役割です」


「使者? ってことは悪竜からの?」


「はい。予想外の事態が起きましたので――」


 続く言葉は、俺にとっても予想外のものだった。

 

 

「一時休戦と、共闘を提案しにまいりました」



 うん、何を言ってるんだこいつは?

 

「予想外の事態って何さ?」


 読み取ればいいんだろうけど、こいつ神性持ちだから辛いんだよね。

 

「はい。アケディアが、反乱を起こしました」


 俺が寝てる間にいったい何が……。

 

「彼女は〝姉妹〟を次々襲い、すでにルクスリア、イラ、スペルビアの三名が捕らえられました」


「倒された、じゃないのか」


「無力化という意味では同様ですが、再生の機会を奪われた分、倒されたほうがマシでした」


「でも、捕まえてどうしようってのさ?」


 アワリチアはわずかに顎を引く。


「〝姉妹〟の力を、我が物にしようとしているようです」


 吸収してパワーアップとか、そんな感じだろうか?

 ようわからんけど、もっとわからないのは――。

 

「だからって、なんで俺が悪竜おまえらと手を組まなくちゃいけないんだ?」


 悪竜と敵対したのなら、むしろ俺はアケディアと組みたいのだけど。

 すくなくとも悪竜と組む理由がない。

 両者がやり合えば、漁夫の利を掻っ攫えるだろう。

 

 でも、アワリチアはここに来た。

 悪竜は、俺が手を組む可能性がまったくないとは考えていないからだ。

 

「あるんだな? アケディアが俺とも敵対する理由ってのが」


 もしかして、本体すら吸収し、悪竜以上の強さを手に入れるとか、わりと面倒くさい感じだろうか?

 

 アワリチアは表情を変えないまま、わずかに首を傾けた。

 答えに窮しているのではなく、どう伝えるかを考えているようだ。

 

「あなたは、『悪竜の瘴液』をよくご存じですね?」


「まあ、いろいろ迷惑をかけられたからな」


「アケディアは、『悪竜の瘴液』のより強力なアイテムを作っているのです」


 ちょっと待て。

 それって……。

 

「『悪竜の瘴液』は、瘴気を液体に溶かした物。概念としては希釈――薄めると考えてください。ですが彼女は、逆に濃縮を試みたのです。我らは悪竜の一部。それを球体上に圧縮しました」


 それは、『悪竜の瘴液』よりもずっと強力な『毒』であるはずだ。

 

「悪竜の一部を球体にしたものですから、便宜上、『悪竜の瘴玉』と呼称しましょう。アケディアは『悪竜の瘴玉』を、他者へ埋め込もう(・・・・・・・・)と考えているようです」


「他者……」


 てことは、やっぱり……。


「『悪竜の瘴玉』は強力であるがゆえ、並の人間ではすぐさま肉体が崩壊するでしょう。ですから、一定水準を超えるステータスを持つ者が対象となります」


 アワリチアは初めて俺に顔を向け、まぶたをゆっくりと持ち上げた。

 

 

「最近、彼女はその候補者たちを育てていたようですが?」



 俺はすぐさまクララとリザの状況を確認した。

 ぐーすか寝てますね。

 とにかく二人とも無事で、アケディアは側にいない。

 

 ほっと胸を撫で下ろし、深呼吸を二回。心を落ち着かせる。

 

 意識を移動。エルフの国の都の状況を読み取った。

 インヴィディアとグラがいない。アケディアに襲撃されたのではなく、自ら異変を察知して〝境界〟へ潜ったらしい。

 

 深呼吸をもう一度。

 冷静になり、俺はきっぱりと返答を告げた。

 

「お前らと共闘はしない。すくなくともアケディアの真意を確かめるまでは」


 アワリチアの言い分は推測の域を超えていない。

 方便ではないが、真実とも言いがたいのだ。

 

 もっとも、完全に否定する根拠はない。

 アケディアを信用してよいものかは悩みどころだ。

 

 俺は以前に一度、あいつがクララとリザを鍛える目的を読み取っている。

 が、それは巧妙に偽装されたものらしい。

 嘘はつけないくせに、嘘を読み取らせるのはOKとかずるい。

 

 たぶんアケディアの真意を読み取るには、現界したペリちゃんくらいと同じくらいの負担が俺にはかかる。

 気合いでどうにかなるだろうし、相手は嘘がつけないみたいだから、直接話をすれば真意は引き出せるだろう。

 

 アワリチアは目を閉じた。「残念です」とわずかに肩を落とし、

 

「では、せめてわたくしを保護していただけませんか?」


「ん?」


「アケディアがわたくしを狙う可能性は低いのですが、仮に襲ってきた場合、わたくしは殺されてしまうでしょう。一度でも経験してしまうと、やっぱりすこし、恐いので」


「なんで俺が?」


「わたくしは悪竜ほんたいから切り離されています。〝姉妹〟たちとの意識共有ネットワークからも外れていて、まったくの独りぼっちなのです。他に、頼れる方がいません」


「いや、そんなことを言われても……」


 俺はこいつの悪行を直接見ている。

 ついカッとなって殺しちゃうくらい、ひどい所業だった。今でも許していない。

 

「もちろん、タダで、とは言いません」


 なぜ、服を脱ごうとしているのか?

 

「経験はありませんが、知識はあります。殿方を喜ばせる術は、実地で学ばせていただければ」


「ちょちょちょ、ちょっと待ちたまえよっ」


「? わたくしでは、お好みに合いませんでしょうか?」


「そういうのではなく、ですね? ぼく、初めては好きな人って決めてますので……」


 動揺して敬語になる俺。

 ハッとする。

 気配を感じ、振り向けば。

 

「メルくん、『初めて』ってなにが?」


 シルフィーナさん、起きてらしたのっ!?

 

「ああ、いや、気にするな。なんでもない」


 純真無垢な彼女には、大人トークはまだ早いのですっ。


 シルフィは寝ぼけまなこをこすりつつ、体を起こした。ぼんやりと、アワリチアを見る。

 

「その人、誰……?」


「ごめん、後で話すよ」


 俺は申し訳なく思いながらも、アワリチアに向き直る。

 

 アワリチアは手を止めていた。

 

「では、何を対価にお支払いすればよいでしょうか?」


「いやー、対価とか言われても……」


 ひとまず話は保留にしたい。

 やることがあるので。

 

 無事は確認したけど、クララとリザを放ってはおけない。

 今すぐにでも呼び寄せたかった。

 

「そういえばお前、ここへはどうやって来たんだ?」


「〝境界〟を移動する能力は、与えられています。それだけ、とも言えますが」


 なら話は早いな。

 

「じゃ、俺をクララとリザのところへ連れてってくれ。そしたら保護でもなんでもしてやる」


 アワリチアが、薄く笑ったような気がした。嬉しかったのかな?


「アケディアが狙うとしたら、あとはマリーとミリアリアかな? あー、ペリちゃんも一応だな。三人はここにいるから、全員をまず『妖精の国』に集めて――」


「えっ?」


 シルフィが驚いたような声を上げた。

 

「どうしたんだ?」


「あ、うん。話についていけてないんだけど、マリーさんとミリアリアさんなら、もうエルフの国に戻ったよ?」


「は?」


「メルくんは休ませるから、わたしだけ残って、二人は大地母神様と一緒に、お母さんのところへ――」


「マジでっ!?」


 慌てて読み取り開始。

 さっきはインヴィディアとグラの確認だけだったから、まったく気づかなかったが――。

 

「いた……」


 夜も遅いというのに、ペリちゃんと女王様が何やら話をしていたようだ。

 護衛役なのか、マリーも一緒だ。でもミリアリアはいない。

 

 そして――。

 

「マズいぞ。アケディアもいるじゃないかっ!」


 絶賛マリーと戦闘中ですよしかもっ。

 

「アワリチア! すぐに俺たちを連れてってくれっ」


「承知しました。ですが……」


「なんですかねっ!?」


「ちゃんと、わたくしも守ってくださいね?」


「わかったから早くっ!」


 俺は『勇者の剣』をつかみ、シルフィの手を引っ張って、肌着姿のまま〝境界〟へ身を沈ませた――。

 

 

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