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55◆泉に住まう神(ついでに女神の現界)


 妖精の国は、〝境界〟を隔てた謎空間に存在する。

 そこは天と地の狭間でもあり、地上で姿を保てなくなった神々が、一時的に身を置いたとされている。中には居座った神もいるとか。

 

 神にとって不思議なパワーが宿っているため、大地母神が受肉ができる唯一の場所でもあると言う。


 そんな妖精の国にあるという、『絶対に一人で行ってはいけない泉』に赴いたのは、俺とシルフィ、マリーに加え、魔法に詳しい魔族のミリアリアの四人だ。

 

 深い深い森の奥。しかし鬱蒼とはしておらず、茂みや枝葉や大樹の幹に至るまで、なんかキラキラ輝いている。逆に落ち着かない。

 

 また生物らしい生物、虫の一匹すら見当たらないのも不思議だ。みんな気にはしているが、言ったら負けな雰囲気の中、俺たちは粛々と、一本道を進んでいた。

 

 俺の背には、等身大の木彫り人形がある。

 エルフの国のみなさんが一生懸命作った、大地母神の依り代だ。

 

 あの女神、『もうちょっと鼻を高くしろ』だの『腰のくびれが足りない』だの『胸はもっとボリュームを』だの、散々注文をつけていた。

 かと思うと『露出が多い』だの『くるぶしを見せるのは嫌』だの、生娘みたいな恥じらいまで見せやがる。

 

 シルフィの姿で文句ばかり言うものだから、俺は怒りのあまりお尻に『雌』『豚』と彫ってやろうかと思ったくらいだ。やらなかったけど。

 

 で、ひいこら森の小道を進んでいくと。

 

「なんだこれ?」


 前方が鎖の壁に阻まれた。

 

 あっちこっち無造作に無数の鎖が走っている。向こうへ抜ける隙間がない。

 鎖の壁やその手前には、『立ち入り禁止』『入るな危険』『踵を返してGO』などと描かれた板の看板やらが張られたり立てかけられたり。

 

「むちゃくちゃ帰りたくなってきた」


 ここまで徹底されると、好奇心の付け入る隙がないね。

 

「気持ちは、わかるけど……」とシルフィ。


「ここで引き返すわけにはいきません」とマリー。


 ミリアリアは『わたくしたちの苦労をどうたらこうたら』と憤慨しているので帰るわけにもいかなくなった。

 

「んじゃあ、しょうがない。ウーたん、お願い」


 俺が虚空へ話しかけると、空から声が降ってきた。

 

『うむ。余もまったくもって気が進まぬが、致し方あるまい。覚悟せよっ、じゃなかった刮目せよっ』


 ウーたんこと妖精王ウルタは何かを吹っ切るように叫ぶと、

 

『開け~ゴマ☆』


 そんなんでいいのか?という掛け声を上げた。

 

 鎖がギチギチと鳴動する。やがてパリンとガラスを砕くような音とともに、無数の鎖が粒子となって消え去った。

 貼りつけてあった板の看板が地に落ちる。

 

『行くがよい、勇敢なる者たちよ。終わったらすぐ知らせろよ☆ 閉じちゃうからな☆』


 俺たちは一人を除き重い足取りで先に進んだ。

 

 しばらく歩いていると、森が切れた。

 

 思わず見とれてしまうほどの、美しい泉が広がっている。

 向こう岸までは100mほど。エメラルドグリーンに輝く水面。光の反射のせいか、水中を窺うことはできなかった。

 

 が、いる。

 何かが〝泉の底で今か今かと待ち構えている〟らしい。

 

 幻想的な光景ながら、やることをやってしまってとっとと帰りたいので、俺は背にした木彫り人形をポーンと放った。

 

 衣装がてんこ盛りの人形は放物線を描き、泉の真ん中でぼっちゃーんと水しぶきを上げて沈んでいく。

 

 これで、大地母神ペリちゃんは現界するらしい。実にあっけないものである。

 

 人形が沈んだ場所から、ぶくぶくと泡が生まれた。

 

 泡は次第に勢いを増し、いよいよペリちゃんが着ぶくれしたその姿を現すのかと待ち構えていると。

 

 バッシャーンと水柱が立ち昇り、それが二つに割れると、

 

 

「いらっしゃぁーい♪ 待ってたわよーん♪」



 中から胸と股間を隠しただけの痴女さんが現れたではないかっ。

 

「誰だお前っ!?」


 幾重にも衣装を注文した女神でないのは明らか。

 そして実のところその正体も明らか。

 

「そうでーす♪ わ・た・し・がっ、死と再生と破廉恥な女神! ヘルメアス・メギトスちゃんでーすっ♪」


「どこにツッコめば!?」


 見たまんま破廉恥なのはいいとして、『死と再生』とまったく関係ない上に、この神様、自ら名乗っちゃったよ?

 

「えー? 『ツッコむ』とかやーらしいんだー」


 あ、ヤバい。こいつは際どい単語を積極的に拾うタイプだ。

 

「もしかして溜まってる? だったらー、抜いてあげよっか?」


 そして豊満ボディをちらつかせ、直接的に誘うタイプだ。いや、ちらつかせてはいないか。これ見よがしに見せつけている。

 

 誘いに乗ってはいけない。『みんなに見られるのは恥ずかしいでしょ?』とか言って、茂みに連れこまれて二人きりの状況を作ろうとの魂胆らしいし。

 

「そんなんどうでもいいんで、大地母神様の現界の邪魔はしないでください」


「なあんだ、つまんないのー」


 ヘルメアスなる破廉恥女神が、ぱちんと指を鳴らした。彼女の左右でぼこぼこ泡が立ち、ずばしゃーっと水しぶきが上がったかと思うと、

 

「誰だお前らっ!?」


 パンツ一丁で蝶ネクタイをした筋肉マッチョのおじさんと、これまたパンツ一丁のイケメン優男。それぞれ奇妙な決めポーズで俺をちらちら見てやがるっ。

 

「きみが今、泉に落としたのは――」


 どっちでもねえよっ! との叫びをすんでで飲みこんだ。

 こ、この流れは……。

 

 俺は急遽みんなを集め、ひそひそ話を始めた。

 

「小さいころに母さんから聞いたおとぎ話を、思い出したんだが――」


 正直者の木こりが、ある日大切な仕事道具である古い斧を泉に誤って落としてしまった。

 すると泉から美しい女神が現れて、金の斧と銀の斧を持ち、木こりに尋ねる。

 どちらが貴方の落とした斧か、と。

 木こりは正直に『どちらでもありません』と答え、女神は落とした斧と一緒に、金銀両方の斧もプレゼントした、という内容だ。

 

 マリーが応じる。

 

「私が知っている話には続きがあって――」


 それを知った性悪な別の木こりが同じことをし、『金の斧』と答えたら、落とした斧も何ももらえずに女神は消えた、という話。

 

「あ、それなら」とシルフィが続く。


「悪い木こりは最後、泉に引きずりこまれたよ」


 ミリアリアが解説する。

 

「物語にはいくつもパターンがありますわね。話者の裁量で改変されますから」


 いずれにせよ、それらと似た状況であるとすれば。

 

「『違う』と答えたら、もれなくあの男衆もついてくる。かといって連中を指名すれば、最悪泉に引きずりこまれる」


 どちらを選んでも地獄しか待っていない……。

 

「ねー、どうするのー? 早く決めてよー。どっちがお好みー? どっちもー、すっごくテクニシャンだよー?」


 お尻のあたりに怖気が走る。急かして正常な判断力を失わせようとの企みかっ。

 

「メルくん、どうしよう?」

「誠心誠意、説得する以外ないのでは?」

「いっそあの二人も引き取って、帰る道中で捨ててしまえばよろしいですわ」


 もっとも非人道的な意見が真っ当に聞こえる不思議。

 あの淫乱女神は、きっと俺たちの説得に耳を貸さない。話を真面目に聞かないというか、むしろ曲解して何かしでかすタイプだ。ホント厄介だなっ。

 

 ん? 待てよ? 

 

 話を聞かないのなら――。

 

 俺はみんなに黙っているよう言ってから、ヘルメアスさんの前に進み出た。

 

「決まったかなー?」


「ああ、決まったよ」


 女神のにこにこ顔を、俺はじっと見つめる。

 

「ふふーん、わたしを読み取ろうとしてる? 神の現物を読み取るには、まだちょっとステータスが不足してるんじゃないかなー?」


 読み取るまでもない。

 お前の考えはお見通し。俺の腹はもう決まっていると告げたはずだ。

 

 じーっ。

 

 じーーっ。

 

 じーーーっ。

 

「な、なにかなー? わたしの美貌に、言葉を失くしちゃった?」


 ふっふっふ、焦っているな。やはり、思ったとおりだ。

 

 俺はただひたすら、彼女の顔を見続けた。

 

「なんで黙ってるのよーっ。早くどっちかに決めなさいよーっ」


 ぷんすかと怒るヘルメアス。

 大きな胸がぷるんぷるん揺れるがぐっと我慢。

 

 左右の筋肉マッチョと優男の固唾を呑んで見守る中、やがて淫乱女神は両手で自身を抱くと、腰を妖艶にくねらせた。


「あーんっ、もうっ! 耐えられなーい///」


 めちゃくちゃエロティックな声を出すと、彼女の足元からぷくぷくと泡が生まれ、

 

 ドバシャーーーンッ!

 

 泉をひっくり返したかのような、超特大の水柱が立ち昇った。

 

 女神様、吹っ飛ぶ。マッチョとイケメンは水流に飲みこまれてしまった。

 

 と、空高くから、ひゅるるるるーと何かが落っこちてきて。

 

 ダンッ、と俺たちの前で着地したのは、ずぶ濡れになった金髪美女だった。着ぶくれした衣装はたっぷり水を吸いこみ、とても重そうだった。

 

 美女はのたりと体を泉へ向ける。

 波打つ水面にへたり込む淫乱女神へずびしっと指先を突き出すと、

 

「この大地母神ペリアナ・セルピアを押さえつけようなんて、千年早いのよっ、ヘルメアス!」


「えーん、もうちょっとだったのにー。ペリアナちゃんの意地悪ぅー」


「まったく、性質の悪いイタズラをするんじゃないわよ」


 仲良く言い争っている女神たち。神はその名を呼ばれるのを嫌うのだが、神様同士だといいみたいだね。

 

「でもぉ、そっちのきみー、メルくんだっけー? どうして『答えないのが正解』ってわかったのー?」


「いや、大地母神様の現界に必要なのは、『木彫りの人形を泉に放りこむだけ』って言われてましたから」


 泉に居座る女神の力ではなく、泉そのものの不思議パワーで事が済むと考えたのだ。

 とすると、あとは時間をつぶせばよいだけだ。

 だから正解は、『相手にしない』と結論付けたまで。

 

「ちなみに、正直に答えたらどうなったんですか?」


 ヘルメアスさんはにこっり微笑んで答える。


「わたしもセットでプレゼントする予定だったんだよー」


 ぞっとした。マジで正直に答えなくてよかった。

 

「あんた、それやったら神格を失って堕ちるわよ?」


「ずっと一人でいるよりはいいよー」


 ちょっと同情してしまった。たしかに独りぼっちは寂しいよなあ。

 たまに話し相手くらいにはなりに来ようかな、と思う俺は騙されているかもしれない。

 

 それはそれとして。

 

「よくやってくれたわね。あらためて自己紹介するわ。私が大地母神、ペリアナ・セルピアよっ」


 バッシャーンと背後で水しぶきが起こる。演出したヘルメアスさん実はいいひとかも。

 

 とはいえ。

 

「ずぶぬれで決めても、締まらないですよ」


「うるさいわねっ」


 この女神、本当に役に立つんだろうかと疑う俺でした――。




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