05◆アンタッチャブル令嬢騎士
赤鳳騎士団副団長マリアンヌ・バーデミオンはとある犯罪を捜査するため、10名の部下とともに街道を進んでいた。
騎士団のカラーである赤い鎧を身にまとい、馬にまたがる姿に誰もが振り返るほどの美しさ。
燃えるような赤い髪。後頭部でひとつに縛ると、馬の尻尾のように風にたなびいた。
名門バーデミオン家の令嬢にして、弱冠17歳で〝赤〟の騎士団の副団長に抜擢された天才美少女剣士として名高い。背に収めた通常の倍はある長い剣をすさまじい速さで扱い、何人たりとも接触を許さなかった。
マリアンヌたちが目的の場所――街道沿いの小さな町に着くと、町全体が悲しみに暮れていた。
神父殺し。
小さくのんびりした町には似つかわしくない、殺伐とした大事件が起こった直後だった。
マリアンヌは町長以下、有力者に出迎えられる。
「世に謳われたマリアンヌ様にお目にかかれるとは光栄です」
町長は緊張した面持ちで右手を差し出した。
マリアンヌはじろりと見ただけで、
「『神父殺し』は第一級の犯罪です。すぐに調査を行いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「こ、これは失礼。では、目撃者を――」
町長は慌てて手を引っこめ、マリアンヌを教会の一室へと案内した。
そこに一人の男を呼び出す。
ロウ・バリー。教会で下働きをしている男だ。
テーブルを挟んで事情聴取を行う。
「――というわけでして、メルは『祝福の儀』でろくなスキルが授からなかったのを逆恨みしたようなんですよ」
たったそれだけの理由で神父を殺害するには動機が弱い。
が、詳しいやり取りがわからない以上、衝動的な犯行と考えられなくもなかった。
「メル少年が連れ去った少女というのは?」
「エルフ族の孤児です。一年くらい前に、神父様が森でふらふらしているのを保護しました。記憶を失っていて、素性がわからず教会で引き取ることにしたんですよ」
ロウはすらすらぺらぺらと、まるであらかじめ用意していたかのように言葉を連ねる。
マリアンヌは横に立つ男に目をやった。
ローブをはおる初老の男。見るからに武人でない彼は、じっとロウを眺めたあと、マリアンヌに耳打ちした。
彼女は怪訝に眉をひそめる。
「では最後の質問を」
ロウは『なんでも聞いてください』と言わんばかりに余裕の笑みを浮かべた。
直後、表情を凍りつかせる。
「あなたは殺害された神父が、孤児を奴隷商に売り払っていたと知っていましたか?」
「い、いや、そんな……まさかあ、はは……」
マリアンヌがギロリとロウを睨んだのを合図に。
ガンッ「ぐはっ!?」
部屋の隅に控えていた巨漢の兵士が、ロウの後頭部をつかんでテーブルに押さえつけた。
男はマリアンヌの補佐官で、ガズーソと言う。
50歳を迎えてなお国内トップクラスの剣士である。
マリアンヌが冷ややかに告げる。
「その反応。間違いなく知っていましたね」
神父は評判の人格者だ。そんな彼が奴隷売買にかかわっていると聞けば、人はどうするか?
まず我が耳を疑うだろう。質問を聞き返すか、内容を心の中で吟味する。その上で、『そんなバカな』と疑念を抱く。事情を確かめようとするし、人によっては怒りに燃える。
しかし彼は、そのどれにも合致しない。ごまかすように目を泳がせ、明らかに動揺していた。
「ガズーソ、尋問は任せます」
「承知」
ガズーソはロウの首根っこをつかまえ、眼前に引き上げた。
ロウは彼の頬にある十字傷を見て慄く。
マリアンヌは振り返りもせず、部屋を後にした。ローブをまとった初老の男が付き従う。
町長の案内で、教会内にある遺体安置所に足を踏み入れた。
神父の亡骸は棺に収められている。
血は拭きとられていたが、胸を数回に渡り刺されたとのこと。
「どうですか?」マリアンヌの言葉に、ローブの老人が神父の亡骸を凝視する。
「驚きました。こやつ、大盗賊ヘーゲル・オイスでございます」
この男、国内に4人しかいないランクBの鑑定士である。
「ふうん、かなりの大物ですね。まさかこんな場所に隠れ住んでいただなんて」
「ヘーゲルは盗賊稼業を捨てて行方をくらませていましたが、片田舎で素性を隠し、奴隷売買で荒稼ぎしていたようですな」
しかし、と男は首をひねる。
「妙ですな。騙し討ちを得意とする大盗賊が、固有スキルを得た直後の少年に殺害されるとは」
「よほど有用な固有スキルを手にしたのでしょうね。問題は動機、ですけど……。はたして彼は、神父を大盗賊と知っていたのかどうか」
二人の会話を信じられないといった風におろおろ聞いていた町長に、マリアンヌは尋ねる。
「どういった少年なのですか?」
「は、はい。名をメル・ライルート。両親を亡くしてからは町外れに一人住み、農場を手伝っておりました。ごくごく普通の少年です。神父様に……いや、たとえ相手が犯罪者でも、理由なく刃を向けるような子ではありません」
もしかすると、と町長は推論を述べる。
「彼は同じ境遇の孤児たちにとても親身に接していました。特に連れ去ったエルフの少女、シルフィーナを可愛がっていて、彼女もよく懐いていましたので――」
ヘーゲルの奴隷売買を知り、シルフィーナを助けようとしたのかもしれない、と続けた。
ちょうどそこへ、「失礼」と大男が入ってきた。ガズーソだ。
「供述は取れましたか?」
「はい。やはりあの男、神父の下で孤児たちを奴隷商に売り払う手伝いをしていたようです」
神父が大盗賊ヘーゲルだとも知った上で、だ。
「ただ、少年が神父を殺害したところは直接見てはいないとのこと。事後に取り押さえようとしたものの、やり返され、取り逃がしたそうです」
町長が眉をひそめる。
「メルはお世辞にも、腕っぷしが強くありません。私のような老人とさほど変わらぬほど。いくらロウが腰を痛めていたとはいえ、撃退できるとは……」
「面白いですね。その少年がどんな固有スキルを得たのか、興味が出ました」
「マリアンヌ様、お戯れを。今は奴隷商の摘発に力を注ぐべきでは?」
「そう苦い顔をなさらないで、ガズーソ。彼から何かしらの情報が得られるかもしれません。町長さん、メル少年がどこへ向かったか、心当たりはありませんか?」
「何人かが、東へ猛スピードで駆ける馬車を目撃しております」
「東、ですか……。そちらから国境を超えるつもりでしょうか?」
ガズーソが思い出したように言う。
「東の国境近くには『勇者終焉の街』がありますな。半年前に捕らえた奴隷商の一団が、そこで亜人を買い漁っていたとか」
「ああ、狼の群れに襲われて奴隷をすべて逃がしてしまった者たちでしたか。ちょうどいいですね。彼らと取引した者たちの捜査もできます」
「少年がその街へ向かっていれば、ですがね」
ガズーソが肩をすくめる。
「大地母神の、お導きのままに……」
マリアンヌは両手を重ね、穏やかに祈る。
目を閉じ、頭を垂れるその様は、甲冑姿でも慈愛の聖女に思えるほどで、その場にいる誰もがため息をついた。
と、そこへ。
「にゃーお」
ガズーソが開けたままにしていた扉から、一匹の猫が入ってきた。
マリアンヌは、そおっと、薄目を開く。
ぴしり、と。そんな音が室内に響いた気がしたのはガズーソだ。慌ててマリアンヌと猫との間に割って入り、
「しっ、しっ、あっちへ行かぬか。ほら、これをくれてやる」
ガズーソが懐から干し肉を取り出し、部屋の隅へと放り投げた。
猫、干し肉へまっしぐら。
「さあ出発しますよっ!」
マリアンヌはその隙を逃さず、猛烈な勢いで扉へと走り出す。
「マリアンヌ様、お待ちくださいっ」
ガズーソはマリアンヌを追う。
目指すは、『勇者終焉の街』であった――。