48◆二度目の対峙
フィリアニス王国へ帰還した俺たちを待っていたのは、クララとリザが旅に出たとの知らせだった。
誰にも相談せず、というわけではなく、きちんと女王の許可を得てだ。
初日にあっさり『ドラゴンキラー』を手に入れるとは考えていなかったらしく、俺たちの帰りを待たずに出発してしまった。
彼女たちなりに思うところがあってのこと。
だから俺としても、その意向は尊重したいところ。
ただ、どうしても気になる点があった。
「ふぅ……」
白い湯に肩まで浸かって、俺はため息を吐きだす。
ここは王国にある『水域』と呼ばれる地域の、温泉だ。
王国に戻った俺たちは、(たいして疲れてはいないけど)疲れを癒すため、そして『ドラゴンキラー』をゲットしたお祝いにと、温泉を楽しみにやってきたわけだ。
シルフィとマリーは女湯で汗を流していることだろう。
覗きなんてしませんよ?
「ふぅ……」
ひとまず俺は、温泉に浸かりつつ、考えを巡らせる。
俺が気になったのは、クララとリザを連れ出した誰かがいる点だ。
実際見たわけじゃなく、そのときの情報を読み取って俺なりに解釈したところ、次のようなやり取りがあったらしい。
~~~
キングトロールさんが見下ろす中、アケディアと名乗った変な女は、二人にこう告げた。
――我は、諸君らに『希望』を与える者である。
本人が言ったとおり、抽象的すぎてぽかんとするクララ&リザ。
アケディアは間を置いて、続けた。
「諸君らは勇者に旅の帯同を許されずに落胆しているところである、と我は推察している。正しいか?」
図星を遠慮なくついてくる話し方にカチンときた様子のリザが、口をとがらせながらもうなずく。
「そう、ね。だからなに?」
「諸君らは現状、来るべき悪竜との決戦に戦力とはなり得ないと勇者は考えている。ゆえに戦闘を伴うことが予想される旅には諸君らを帯同させず、大地母神の現界に必要な作業――後方支援を諸君らに担当させるつもりである、と我は推察する」
「ちょ、あんた、なんでそれを……?」
まだ秘密にしている話が、まったく関係ない女の口から次々明るみになる。
クララはきょとんとしているが、リザは警戒から膝立ちに構えた。
「直接得た情報ではない。諸君ら、およびフィリアニス王国の主だった人物を観察していて、導き出した結論。リーゼロッテ・キウェルの反応から、確定情報と断定する」
まんまとしてやられたリザは、ぐぬぬとアケディアを睨んだ。
が、当のアケディアはどこ吹く風と、気にせず話を続ける。
「我は諸君らを観察し、結論を得た。諸君らは現状を良しとせず、しかし甘んじる以外に選択はないと考えている。正しいか?」
「……そうよ。すくなくとも、あたしはね」
リザは警戒しつつも、会話を成立させることにしたらしい。相手から情報を引き出すつもりだろう。
が、ここでもアケディアは予想外の言葉を突きつけた。
「提案。我は諸君らを、悪竜との決戦において戦力たらしめるまで成長させる。同行を願いたい」
「なっ!?」
「にゃ?」
驚くリザと、何もわかってないクララ。
リザが身を乗り出して尋ねる。
「あたしたちも、メルやシルフィの役に立てるっていうの!?」
「現状でも諸君らは後方支援で戦力足りうる」
「じゃなくてっ。悪竜とも直接戦えるようになるっての?」
「可能。ただし我の指導を受けるのが最低条件。もっとも重要な要素は諸君らの健闘」
「お姉さんに特訓してもらえば、ボクたちは強くなれるですか?」とクララが素朴な疑問を投げる。
アケディアはこくりとうなずいた。
リザは眉間のしわを深くして考えこむ。
一方のクララはすぐさま手を挙げて、元気よく言った。
「はいっ。ボク、強くなりたいですっ」
「リーゼロッテ・キウェルはどうか?」
リザはアケディアの真意を探るようにその瞳を見つめてから、ふっと息をついた。
「その話、あたしも乗るわ」
ただし、と続ける。
「女王様に許可をもらわないと。今はまだ出番がないけど、大地母神様の現界に必要な作業をほっぽり出すんだもの、もしかしたらお許しいただけないかも」
「承知。我はここで待機している。許可が下りたら戻ってくるがいい」
「ボクは兄さまたちに言わないと……」
「メルはいつ帰ってくるかわからないし、言付けをお願いしておけばいいんじゃない?」
そうして、二人は王宮に向かった。
彼女らの決意は固く、女王も反対せず、快く送り出してくれたのだった――。
~~~
どうにもアケディアとかいう女の意図が読めない。
仮に悪竜の手下だとして、何がしたいのか?
彼女たちに危害を加えるつもりなら、会ったその場でやっているだろう。
そもそも直接手を下すようなやり方は、悪竜が好む手法ではないように思う。
わからん。
本当にわからん。
いや、ホントにもうね、
「お前、何がしたいんだ?」
俺はジト目を前方に飛ばした。
そこには、女が一人、湯に浸かっている。褐色の顔には黒い炎みたいな模様が浮かんでいた。
俺は湯に沈めた『勇者の剣』を握りしめた。いつ襲われるかもわからんから、常にコレは側に置いている。だって俺、素はめちゃくちゃ弱いからね。
アケディアは無表情で俺に視線を突き刺している。
なんか、さっきからふらふらと体を揺らしているような……。
「活動に支障が出る危険を検知。体温の異常上昇。思考が混濁しつつある」
「のぼせてるんじゃないかなっ!?」
「しかし、だんだん、気持ちよく……」
「早く上がりなさいっ」
俺が叱りつけると、アケディアは顔には出さず、ちょっとムッとした感じで言う。
「メル・ライルートの提案に従うのは忌々しいが、これ以上湯に浸かり続けるのは危険と判断。風に当たることとする」
アケディアさん、ざばっと立ちあがった。
すっぽんぽんである。
「ですよねーっ」
均整のとれて引き締まった、実にすばらしいプロポーション。顔だけでなく、体のところどころに黒い炎っぽい模様が描かれているのがまた妙にエロいっ。
「何か着なさいっ。タオルでもなんでも巻いて隠してっ」
慌てて目をそらす俺。でも唐突に襲われたら困るので、視界から彼女を完全には外さない。
初めて、アケディアの顔に感情らしきが表われる。
にやりと、意地の悪い笑みだ。
「メル・ライルートは我の肢体を直視するのを嫌悪すると推察。我、これより徹底した意地悪を開始する」
にじり寄ってきましたよ?
「あえて言おう。その行為は意地悪になっていないと。むしろご褒美であるっ」
ぴたりとアケディアの進撃が止まる。
「メル・ライルートを喜ばせるのは望まない。しかし疑問が発生。歓喜する事態を回避しようとする意図が不明である。理由は何か?」
「人はね、欲望のまま生きてちゃいけないんだよ」
「曖昧な回答のため、疑問の解消には至らず。今後の課題とする」
アケディアは納得してないながらも、じゃぶじゃぶと湯の中を進み、ぺたぺたと脱衣場へ向かってから、体にタオルを巻いて帰ってきた。岩風呂のへりに腰を落とし、足を湯に浸す。
「で、俺になんの用なんだ?」
ようやく本題に入るべく、尋ねると。
「許可を」
「許可? 俺に? なんの?」
「リーゼロッテ・キウェルはフィリアニス王国の軍属であり、その最高責任者たる女王に我との同行許可をもらった。しかしクララ・クーはフィリアニス王国の住人ではない。ゆえに、その保護者に同行許可をもらいにきた」
俺、クララの保護者だったのか。自覚はあったけど。
「けっこう律儀なのね」
「クララ・クーは保護者の許可を得ていない現状を憂いており、このままでは訓練に支障ありと判断した」
うーん。合理的というかなんというか……。わりと共感してしまう自分がいる。
さて、面と向かって敵かも知れない奴に、『仲間を連れてっていい?』などと許可を求められるのは変な感じだ。
クララやリザの気持ちは尊重したいところだけど……。
胡散臭い奴に大切な仲間を預けたくはないのですよっ。
こいつ、狙ったようにステータス値はオールA+。
種族は人族だけど、『神性』を持っていて、さらには『竜種』でもあるらしい。
どんな人間だよっ。
ステータスを偽装なんて、できるもんなんだな。
つっても、ネタがバレたなら深く読み取って真相も知れるようだ。
まあ、とにかく、素性を隠しているような不審者は信用できない。できないん、だけど……。
「ひとつ、確認だ」
「何か?」
「二人を、危険な目に遭わせるつもりじゃないだろうな?」
アケディアはしばらく黙っていた。ぼけーっとしているようで、思考を高速回転させてるらしい。
「強くなるための訓練である以上、危険を完全に排除することは合理的ではない」
「まあ、そりゃそうだけどさ」
「だが、彼女らが命を落としてしまう事態は避けなければならない。『悪竜との決戦で戦力とする』目的が果たせなくなる。ゆえに、我は全力で彼女らの命を守ると約束する」
また、とアケディアはしれっとおっしゃる。
「訓練に支障をきたすほどの極度の疲労および負傷があった場合、都度『女神の秘薬』での完全回復を実行する。大樽いっぱいのエリクサーはすでに用意してある」
マジですか……。あれ、ひと瓶でうん千万のお値段なんですが。
にしても、やっぱりこいつ、嘘は言ってない。
本気で二人を強くしてくれるつもりのようだ。しかも――。
「お前、どうしてステータスを偽装してるんだ?」
核心をつく質問にも、アケディアは慌てず騒がず、でも間を空けて答える。
「理由は説明できない。また、我の正体を探る行為は推奨しない」
やっぱり否定はしないか。こいつ、正体を隠していることは隠さないんだな。
じーっと、俺は疑いの眼差しを向ける。
アケディアは気にした様子もなく受け止めていた。
ぼちゃん。
俺の頭が湯の中に沈んだ。一瞬、意識が途切れてしまったようだ。
「俺ものぼせちゃったかな?」
ごまかしつつ、姿勢を正してから、俺は告げた。
「わかった。許可するよ。二人のこと、よろしく頼む」
深々と頭を下げると、アケディアは立ち上がった。そして、
「なぜタオルを剥ぎ取るのか?」
アケディアはまたもすっぽんぽんになると、
「メル・ライルート、我は貴公を許さない。いずれ、恨みは晴らす」
ふっと、薄く笑みをたたえてそうおっしゃる。そうして、石造りの床に身を沈めていった。
誰もいなくなった風呂場。白い湯気が風に流れていく。
「恨み、ね……。ま、思いきり雷撃をぶちかましたからなあ」
それで消滅したと思ってたのに、再生してたとはね。しぶとい奴だ。
妖精の国に現れた、悪竜の尻尾。
それが人型になって自我を持ったのが、アケディアだ。
尻尾は彼女以外に6本。みな彼女と同じように、人の姿を持ち、自我が芽生えて独自に行動している。
そのうちの一人は、『ドラゴンキラー』絡みで暗躍していたらしい。
『黒いローブを着た小柄な男』と偽装していたけど、ここからでも深く読み取れば、情報を偽装していたと知れた。
に、しても、だ。
いまいち理解しかねるな。
あいつらは『絶望』を集めているらしいのはわかるんだけど、俺への妨害はそのついでくらいの感覚だ。
アケディアの真意も知れた。
あいつもけっきょくは『絶望』が欲しいのだ。
今の段階で俺の仲間の命を奪っても、俺は怒り狂うだけで絶望はしない。
悪竜と戦えるだけの力を持ち、希望に燃えて戦っている最中、圧倒的力で打ち負かす。そこで初めて、甘美な絶望が味わえると考えているようだ。
たいした自信だけど、そうはいかない。いかせない。
敵の動向はある程度知れた。
暗躍する7人の所在も、俺はつかんでいる。
「今度は、こっちから仕掛けさせてもらうぞ」
もしかしたら聞いてるんじゃないかと思いつつ、俺は挑発するように、そうつぶやくのだった――。