46◆竜殺しは誰の手に
岩が点在する緩やかな坂道を、俺たち三人はのんびり下っていく。
この先に、国軍の陣地があるのだ。
道すがら、俺は素朴な疑問をマリーにぶつけた。
「この国って、なんで人族と亜人は仲が悪いんだろう?」
今回のリザードマンだけでなく、国内にはいくつか亜人の集落があり、国軍との小競り合いが絶えない。
この国には人族と亜人たちの間に、根深い確執があった。いや、亜人たちの間にも、種族によっては争いがある。
何かきっかけとなる事件でもあったのかな?と思い『鑑定』で調べてみたけど、いまいちはっきりしない。
なんというか、最初から今までずっと険悪な感じなのだ。
この(俺にとっての)難問に対し、マリーはあっさり回答を寄越した。
「声高に権利を主張できるほど、亜人の数がそろっているからですよ」
「……どゆこと?」
「グランデリア聖王国にも亜人は住んでいます。けれど人族より圧倒的に少数です」
だから彼らは反発よりも、持ちつ持たれつな関係を構築しようとしてきた。
人族は亜人たちの運動能力や道具作成などの得意分野を当てにし、亜人たちはその対価を得る。人族が亜人たちを見下す風潮はあるけど、種族間の大きな争いには発展しないのだ。
「ところがこの国には、多くの亜人が住んでいます。それでいて政治の中心は人族ですから、ちょっとした政策の変更で衝突が生まれるのだと思います」
自分たちに有利な政策を。でも自分たち以外に有利な政策は許さない。
他にも宗教とかなんかいろいろ複雑に絡み合って、ちょっとした火種で揉め事に発展するらしい。
「ただ今回はすこし、奇妙に感じます。人族――国軍の側の主張があまりに理不尽です。仮にリザードマン側の主張が正しいとすれば、亜人たちを圧政で押さえつけ、人族による確固たる国家を築こうとしているとしか考えられません」
裏事情は『鑑定』で読み取っているので俺はすでに知っている。
その辺を踏まえ、作戦を伝えると。
「……本当に、やるのですか?」
「やっぱり嫌だよね。まあ、そこは俺がやるからいいよ」
「ああ、いえ。私のほうが適任であることは理解しています。ただ、この作戦では、結局のところメルさんが悪役に……」
俺の心配をしてくれているのか。ちょっとジンときた。
「大丈夫だよ。なんだかんだで俺、勇者だからね。あとでどうとでもできるさ」
ちょっと悪そうな笑みを作る俺。
ちょんちょんと、俺の脇が突っつかれた。
「どうした? シルフィ」
「わたしは、なにもしなくていいの?」
「当然のことながら、今回の作戦に純真無垢なお前のイメージはそぐわない」
「私って……」
いかんっ。マリーがしょんぼりしてしまったぞっ。
「いやマリーはほら、屈強なイメージがぴったりっていうか」
「ええ、そうですとも。私は剣を振り回すことしかできないガサツな女ですから……」
今までにないいじけ方をするマリー。
言葉の選び方をすごく間違ったらしい。
シルフィの髪の中から現れた妖精が告げる。
「メルって、レディーの扱いは三流よねー」
うるさいです。
と、すかさずシルフィがフォローしてくれた。
「マリーの高潔さが、きっと必要なんだと思う」
「シルフィさん……。はい、がんばりますっ」
微笑み、見つめ合う美少女二人。いいね。絵になるね。髪の色とかいろいろ違うけど、仲のいい姉妹みたいだ。
ほっこり眺めてなごんでいるうち、国軍の陣地が見えてきた。
砂利の上にぐるりと木の柵で囲まれた陣地。
周辺の見張りの前をあえて通ってきたおかげか、入り口の前には50人ほどの兵士が待ち構えていた。大きな盾と槍を持った歩兵の先頭に、馬に乗った大柄のおじさんがいて、俺たちを見るや声を張り上げた。
「勇者メル・ライルート殿。我らにいかなるご用があるのかっ」
俺を勇者と認めてはくれたらしい。あれだけ力を見せたら当然か。
でも、信用はしてくれていない。
敵対行動を取ったのもそうだけど、彼らは勇者という肩書は認めても、メル・ライルート個人についてはほとんど知らないのだ。
俺という人物を計りかねている。
だから――。
ざっ、と。俺の横からマリーが一歩、進み出た。
「私はグランデリア聖王国、ガズーソ・バーデミオンが娘、マリアンヌ・バーデミオンです。部隊の責任者とお話ししたく、取り次いではいただけないでしょうか」
ざわざわと兵士たちが騒ぐ。陣地の中からも声がした。
「マリアンヌ・バーデミオンって、あの?」
「聖王国最強の騎士か」
「〝勇者の意志を継ぐ者〟……」
「勇者と一緒にいたのか」
「美人だ……」
さすが有名人。リザードマンさんたちも反応してたけど、こっちのざわつきのほうが大きいな。
騎馬のおじさんが応じる。
「高名なマリアンヌ・バーデミオン殿にお目にかかれるとは光栄の至り。が、何用かを語られぬのでは、申し出には応じられない」
「リザードマンに伝わる『ドラゴンキラー』に関する話です」
ぴくりとおじさんの眉が跳ねる。
「具体的には?」
「機密性の高い話ですので、ここでは申し上げられません」
「……では、やはり申し出には応じらぬな」
帰っていただこう、と。おじさんは緊張した面持ちながらマリーを睨み据えた。
「致し方、ありませんね」
マリーが留め金を外し、大剣を抜く。片手で勢いよく振り下ろすと、突風が生まれた。切っ先が地面に刺さり、大地に亀裂が走る。騎馬のおじさんの直前で亀裂が止まると、驚いた馬が大きくいなないた。
「くっ、何をっ――!?」
動揺する兵士たちに向け、マリーが大剣を掲げて叫ぶ。
「通さぬのなら押し通るまでっ。かつてワイバーンを引き裂いたこの大剣の切れ味、その身をもって味わってみますかっ?」
恫喝が静寂を呼び寄せる。
俺も『勇者の剣』を抜き、中腰に構えた。
「ま、待たれよ。わかった。すぐ司令官に伝える」
騎馬のおじさんが命令すると、兵士の一人が陣地の奥へと走った。
待っている間、俺は小声でマリーに声をかける。
「ねえ、『勇者の意向』ってセリフがなかったみたいだけど?」
作戦では、有名人のマリーを前面に出しつつも、俺が後ろで睨みを利かせ、『これは勇者様のご意向であるぞっ』と強調することで、脅しに説得力を持たせるつもりだった。
結果的にはマリーの実力のみで予定通りの流れにはなっているのだけど。
「そ、そうでしたか? 慣れないことをしたので、忘れてしまったかもしれません……」
「嘘はいかんよ」
「ぅぅ……。だって、それを言ってしまえば、メルさんが悪者に……」
変に気を遣わせてしまったか。
ま、ここからは俺の出番だ。
俺は悪人面の練習をしつつ、手ぐすねを引いてそのときを待った。
そして、数分後。
司令官が会ってくれるとのことで、俺たちは陣地の中に案内された。
陣の中央に位置する大きな幕舎に通される。
大きなテントの中には数人の兵士と、先の戦いで見た太っちょの副官さん。そして正面の高そうな椅子に、やせっぽちのお爺さんが座っていた。
剣に振り回されそうなこのお爺さんが、司令官らしい。
司令官は好々爺然とした笑みで言う。
「堅苦しいあいさつはナシにしましょう。『ドラゴンキラー』についてお話があるとか」
応じたのは俺。
単刀直入に、ばっさりと言いきった。
「貴方たちが求める『ドラゴンキラー』は、俺らがもらい受けます。諦めてください」
「なっ!? 何を言っているんだお前はっ」と怒鳴ったのは副官だ。
司令官が手で制す。
「これこれ、勇者様に対して失礼であろう?」
この爺さん、なかなかに老獪だな。
見た目はひ弱に見えるけど、ステータスは副官よりかなり高い。それを隠しつつ、俺たちの一挙手一投足を見逃すまいと目を光らせていた。
司令官は笑みを崩さず、
「ほっほっほ、諦めるも何もありませんよ。そもそも我らは、勇者にお渡しするため、彼の宝剣を求めたのですから」
おそらくは切り札をさっそく切ってきた。
「先日、宮廷付きの占星術師が神託を得ました。曰く、『悪竜の復活は近い』と。そして悪竜を滅するには『ドラゴンキラー』が必要である、とね。だから我らは勇者様に宝剣を捧げるべく、リザードマンたちと交渉したのですが……」
司令官はやれやれと首を振る。
「彼らは我らの言葉を妄言と一蹴し、剣の譲り渡しを拒否しました。おそらく、すでに悪竜の手の者に懐柔されているのでしょうな」
だから力づくで奪おうとしたのだ、と司令官は自分たちの正当性を訴えた。
「なるほど」
「わかっていただけましたかな」
ほっほっほ、と司令官は感情のこもらない笑い声を上げた。
「ええ、よくわかりました」
俺も薄ら笑いで、応じる。
「あんたらこそ、悪竜に騙されてるってことがね」
「ッ!?」
司令官が表情を歪ませる。ついに怒りをあらわにしたらしい。
「その神託を受けた占星術師って、今どこにいるの?」
「……彼は、すでに――」
「死んでるよね。神託を国王に伝えた直後、発狂死したんでしょ?」
「な、なぜそれをっ!?」
彼の死は、『ドラゴンキラー』を入手できなかった場合に世界が滅ぶ未来を見たからだ、との憶測が飛び、神託の信憑性を増す効果となった。
けど実際には、悪竜の瘴気の侵されたためだ。
「で、あんたらは考えた。神託どおり『ドラゴンキラー』を手に入れ、勇者に渡せば、世界を救うため尽力した国家としての名声を得る、ってね。人族主導で行えば、国内の反抗勢力も大人しくさせられる。だから無理やりにでもリザードマンたちから奪おうとしたんだ」
「い、いや、我らはきちんと、連中に事情は説明した。しかし信用せず、頑なに拒んだのはあのトカゲどもだっ」
「きちんと? 『トカゲども』なんて言ってるあんたらが、誠心誠意、説明したとは思えないね」
「ぐ、ぅぅ……」
司令官は奥歯を噛みしめて震えている。
「さて、俺たちはリザードマンたちとの交渉は終えている。国軍が彼らに手を出さないようにすれば、『ドラゴンキラー』をすこしの間貸してもらえることになってるんだ」
「そ、んな……」
「もし、あんたらがまだ彼らから剣を奪おうとしたり、それ以外の理由で危害を加えようとするなら、それは『世界を救う』のを邪魔する行為だ。悪竜に与するとみなし――」
俺は『勇者の剣』を抜いて、掲げてみせた。
「勇者の名において、徹底的に排除する」
しんと、場が静まる。
やがて司令官が、弱々しく吐き出した。
「わ、私の一存では……」
「わかってる。だから、今から国王に会わせてもらうよ。そこで同じ話をしよう」
「ぇ……?」
蒼白となった老騎士に、俺は容赦なく言い放つ。
「嫌とは、言わせないぞ?」
司令官は諦めたようにうな垂れた。
妖精チップルの移動能力で(ちょっと迷ったりしながら)、この国の王都に赴いた俺たちは、さっそく国王に同じ脅しをかけた。
王様は気弱だったようで、すぐに『リザードマンたちには手を出さない』と念書を書いてくれた。
とんぼ返りでリザードマンたちのところに戻り、晴れて俺たちは『ドラゴンキラー』を入手したのであった――!
と、手放しで喜んでもいられない。
どうにも気になることがあるのだ。
「時期から考えて、占星術師に何かやらかしたのはデリノじゃないんだよな」
それ以外の誰か。
俺が読み取れた情報によると、『黒いローブを着た小柄な男』。デリノの人サイズバージョンと同じやないかいっ、との自己ツッコミはさておき、やはり正体は不明だ。
「ていうか、そもそもなんのために?」
最大の問題はここ。
今回たまたまチップルに聞いていなければ、『ドラゴンキラー』の存在を知らないまま悪竜と対決していたかもしれない。
でも、今回の騒動で国軍はいずれ『ドラゴンキラー』を手に入れていただろう。そうなれば、いずれ俺へともたらされていたのだ。
『ドラゴンキラー』は特殊すぎて、最大限使いこなすには問題が多い。
でも、俺たちの手に渡るのは避けたいと思うのが、連中の本心ではないだろうか?
マリーが答える。
「リザードマンたちを滅ぼして手に入れた宝剣を、メルさんは罪悪感から使わないと踏んだのでしょうか?」
「うーん……」
あえて言おう。俺なら使う。
気にはなるし、国軍に反省してもらう何かをするとは思うけど、使えるものは使いますよ、大切に。
「ま、わかんないことは考えるだけ無駄だな」
ひとつ確かなのは、デリノ以外に悪竜の手足となって働く誰かがいるということ。
それだけは、注意しなければ――。