45◆リザードマンとの交渉
人族の兵士さんたちを追い払い、俺が『話がある』と呼びかけると、リザードマンさんの中から大柄な戦士が一人進み出た。
手には黒光りする大剣。俺たちが求める『ドラゴンキラー』だ。
「我が名はロクス。族長より部隊の指揮を任されている。話があると言ったな? 俺が聞こう」
よかった。警戒心MAXのようだけど、話を聞いてくれる雰囲気ではある。
とはいえ、マリーたちを呼ぶとどうなるかわからないし、岩場の陰にいる二人にはもうちょっと隠れていてもらおう。
「あ、どうも。えっと、じゃあ、単刀直入に」
俺はこほんと咳払いしてから、フレンドリーな笑顔で言った。
「その『ドラゴンキラー』を貸してもらえませんか?」
「ふざけているのか、貴様?」
あ、わかりにくいけど、こめかみあたりをぴくぴくさせてる。怒ってるな、これ。
「どうにも腑に落ちんな。国軍と同じく、大剣が欲しいなどと……」
「いや、俺はちょっとお借りしたいと思いまして」
「この大剣は我が種族に伝わる宝。たとえ勇者を自称しようと、他の種族――しかも傲慢なる人族に渡してなるものかっ。欲しければ力ずくで奪ってみろっ」
えっ、そんなんでいいの?と一瞬思ったけど、無理やり奪うのは本意ではない。
「ほんのちょっと触らせてもらうのも、ダメですかね?」
あー、ダメだ。〝手にしたとたん奪って逃げる〟と疑われているぞ。
周辺情報を読み取ってリザードマンさんたちの様子を窺っても、かなり殺気立っている。
悪竜の復活がどうとか事情を説明しても、信じてくれるかわからない。信じてもらえたとして、下手に噂になっても困るし、うーん……。
俺が腕を組んで考えていると、ロクスさんが話しかけてきた。俺が悩んでいる間にちょっと冷静になってくれたらしい。
「貴様はおかしな奴だな。先ほど見せた力をもってすれば、俺……いや、この場にいる我ら全員を相手にしても、剣を奪うなどたやすいだろうに」
「無理やりってのは気が引けるので」
「……貴様、いったい何が目的だ? そも、なぜ『勇者の剣』を持つ貴様が、我らが宝剣を求める? 『ドラゴンキラー』はたしかに一級の武具。が、『勇者の剣』には遠く及ばない。なにせこの剣は――」
ロクスさんは伏し目がちに吐露する。
「誰であろうと、真に使いこなせはしないのだからな」
「あー、特殊効果の話ですか?」
「……知っていたか」
「ええ、まあ。『神性』を持って、かつ竜種じゃなくちゃ使えないんですよね」
「その通りだ。今の世に、その条件を満たす者はいないだろう。元は神々専用の武器――すなわち条件は『神性』のみだったらしいが、後に『竜種に属する』条件が追加されたと伝えられている」
ふうん、と聞きながら、ロクスさんが持つ大剣を読み取ってみる。
うん、どうやら後で『竜種』を条件に追加したのは悪竜らしい。
『ドラゴンキラー』で大ダメージを負った際、呪いみたいな感じで条件を後付けしたのだ。
対策済みだったとは。抜け目ない奴めっ。
でも、『ドラゴンキラー』の有用性が明らかにもなった。
昔とはいえ、悪竜に特効が刺さりまくるのが判明したのだっ。
ウキウキな俺を怪訝そうに見ていたロクスさんが話を続ける。
「どうやら貴様、国軍とは本当にかかわりがないようだな。連中め、真実を知らぬくせに『伝説の剣をよこせ』と喚いている。お粗末なことだ」
「どうして話さないんですか? 言えば、もしかしたら諦めるかもしれませんよ?」
「奴らは口実が欲しいだけだ。『世界の脅威』などと嘯いて、我らを隷属、あるいは滅ぼさんとしているに過ぎない。言うだけ無駄だ」
そういえば、でっぷりした副官のおじさんもそれっぽいこと言ってたな。ふむ、ふぅむ……。
俺は周辺情報を読み取りつつ、考えを巡らせる。
『ドラゴンキラー』はロクスさんたちにとって大切な宝。
でもそれ以上に、人族との戦いに必要な一級品の武器、との位置付けが強いと思う。
だから、この大剣を借り受けたいなら、まずリザードマンと人族の争いを終結させなければならない。
逆に俺がこの争いを治めたら、『ドラゴンキラー』を悪竜を倒すまでの期間、対価として借りられる可能性もあった。
シルフィの〝口寄せ〟ができればいいかなとも考えたけど、悪竜に効きまくる特殊効果はぜひとも活用したい。
ここは欲を出してもいいかな。
そんな風に、のほほんと考えていたときだ。
「火炎渦っ」
俺の右斜め後方から、叫び声が聞こえた。同時に、炎が渦を成して放たれる。
どうやら国軍の魔法使いが引き返して、奇襲をかけてきたらしい。
狙いは俺ではなく、ロクスさん。
リザードマン最強の戦士を亡き者にするつもりだ。
けれどさすがは最強の戦士。
「こざかしいっ」
ロクスさんはすぐさま魔法への対処へ動く。大剣に手をかけた。
奇襲にも慌てず、魔法の出どころを特定。
避ければ味方に被害出ると考え、大剣で防ぐつもりらしい。
だが――。
「火炎渦っ」
今度は俺の左斜め後方。
もう一人が、立て続けに魔法を撃ち放った。
別角度から迫る炎の渦。
初弾に気を取られていたロクスさんに、焦りが芽生えた。
「火炎渦っ」
無情なる三発目は、俺の真後ろから。
背の高いロクスさんの頭を吹っ飛ばす勢いで迫ってくる。
「――ッ!?」
さすがのロクスさんでも、すべてに対処するのは無理。
だから、俺がどうにかすることにしました。
バババンッ!
ひと振りで三つの魔法をかき消した。
俺は周辺情報を読み取っていたので、魔法使いたちが戻ってきたのは知っていたし、魔法の準備を進めていたのも気づいていた。
なので、慌てず騒がず楽々処理する。
「な、何が、起こった……?」
致命傷を避けようと、頭を守る姿勢で呆然とするロクスさん。
俺が振り返り、ぎろりと睨みをきかすと、
「ひ、ひぃ!?」
「化け物めっ」
「くそぉっ」
連中は風をまとい、なだらかな坂を滑るように駆けていった。
「おのれっ、逃がすか!」
ロクスさんが怒りに燃えて追いかけようとした。
「ぬっ!?」
が、俺は彼の前に立ちふさがる。
「何のつもりだ? 助けてくれたことには礼を言うが、奴らを捕らえる邪魔はしてくれるな」
「言いましたよ? この線から先へ行くなら、俺が相手をするって」
地面に刻んだ長い亀裂を指差す俺。
「……」
俺の意図が読めず、ロクスさんは動けない。
実力は十分示した。
恩も売った。
交渉するなら、今しかない。
「俺たちはとある理由で、どうしても『ドラゴンキラー』を手に入れたいんです。目的を果たせば必ずお返ししますから、すこしの間だけでも貸してもらえませんか?」
「俺たち、だと?」
遠く岩に隠れっぱなしの二人を、手を振って呼び寄せる。
「私はグランデリア聖王国、ガズーソ・バーデミオンが娘、マリアンヌ・バーデミオンです」
「わたしは、シルフィーナ。エルフの国、フィリアニス王国の第一王女です」
どよめきが起こった。
エルフのお姫様への反応もあるけど、マリーの名は国境を越えて轟いているらしい。
自称勇者より、二人のほうが効果あったっぽいな。しょんぼり。
「なるほどな。赤髪の女に必要な武器というわけか」
ロクスさんはマリーが背負う大剣を一瞥する。
「だが今は戦時。人族との戦いに勝利するその日まで、『ドラゴンキラー』を手放すことなどできん。恩は別のかたちで返させてもらいたい」
何の話?と不思議そうなシルフィとマリーに、『剣を一時的に借りたいと申し出た』と説明する。
マリーが得心したような表情で、背の大剣を外した。
「では、こちらをお納めください。中型ドラゴンを屠った逸品です。長く受け継がれ、常に戦場に携えられましたが、この百年ほど、折れたとの記録はありません」
「えっ、いいの? それって大切なものなんじゃ?」と俺は思わず割りこむ。
「構いません。大願成就に必要ならば」
にっこりとした笑みに嘘はない。
が、ロクスさんは首を横に振った。
「それも名だたる剣のようだが、我らが宝剣には釣り合わん。そも、戦には手に馴染む武器でなくてはな」
たしかに、とマリーは大剣を引っこめる。
「どうしてもダメですか?」俺は食い下がる。
「すまんが、こればかりはな」
「族長に怒られるとか?」
「むろん族長の許可は必要だが、俺がよいといえば、まあ大丈夫だろう」
「ということは、ロクスさんを納得させればいいんですね」
さすがに『しつこい』とロクスさんは苛立たしげに声を荒げる。
「だからっ、俺はこれを手放すつもりはないと――」
「人族との争いがなくなればいいんでしょ?」
「な、に……?」
「その剣が必要なくなれば、貸してもらえますよね?」
「それは、そうだが……。できるのか?」
尋ねつつも、ロクスさんは『まさか』と俺の意図を予想して、目を見張った。
俺は、とびきりいやらしい笑みで、応える。
「ええ、できますよ。要するに――」
――戦う相手がいなくなれば、いいんですから。