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41◆宣戦布告


 デリノを倒したのも束の間、俺の指摘に、隠れていた男が姿を現した。

 

 黒い瘴気を漂わせる長身の男。

 かつて『勇者終焉の街』でマリーに襲いかかり、俺と戦って敗れた迷惑な鬼人族――ムサシだった。

 以前よりがっちりした体つき。細身に筋肉の鎧を着こんでいるような威圧感だ。

 

「お前……浴びたのか。『悪竜の瘴液』を」


「うん。見ればわかるでしょ? 君なら、ね」


 ムサシは細い目をいっそう細めてにやりと笑った。俺の『鑑定』についてはデリノから聞いているらしい。

 

「浴びればどうなるかは、承知の上かよ」


「まあね。でも、ちょっと騙された気分かな。ここまで苦しいとは思わなかったよ。ちょっと気を緩めると、気が変になりそうだ。僕、痛いのとか苦しいのって嫌いなのに」


 飄々とした態度ではあるけど、額には脂汗がびっしり浮かんでいる。息も荒く、実際、こうして話をするのも苦痛らしい。

 

「てか、それ以前に浴びちゃったら死ぬの確定なんだぞ?」


「ああ、死ぬのも嫌だね。でもまあ、『最強』と引き換えなら惜しくない。今世の勇者を倒せば、僕にはその名誉と満足感が得られるんだから」


 汗を滴らせ、にんまりと歪に笑う。口調が前会ったときと変わらないだけに、むしろ異様に感じられた。


「だったらなんで、デリノと一緒に俺を襲わなかったんだ? そっちのが確実だったろうに」


 デリノもそのつもりだったはず。でもこいつは、共闘を拒んだ。デリノの『予定が狂った』のは、こいつのわがままのせいだ。

 

「一対一での戦いは僕のポリシーでね。ああ、相手が複数でもべつに構わないよ。でも、僕は一人で戦いたいの。それだけ」


 なかなか潔いように聞こえるけど、実際にはこいつ、あの手この手と策を弄して、実力が上の相手を不利な状況に追いこんでから倒すのが大好きらしい。

 

 俺も人のことは言えないけど、こいつほどわがままじゃないと思いたい。


「ムサシ・キドー」とマリーが背後から声を震わせた。


「私にはわかりません。貴方にとって戦いこそ……戦って勝つことこそが生きがいだとは理解しました。けれど、そのために死期を早める選択をしたのは、どうしても……」


 ふむ、とムサシはマリーへ目をやって答える。

 

「君みたいな常識人には説明したってわからないだろうね。でも、メル・ライルート君はすこしだけ僕の気持ちがわかるんじゃないかな?」


「いや、ぜんぜんわからん」


「あれ?」


「どう考えてもお前、頭おかしいと思う」


「ひどいなあ。ま、自覚はあるよ。ただ、僕からすれば君も大概だよ? 悪竜に挑もうなんて、どうかしてる。呪いを受けてみて、初めて理解したよ。アレは、触れてはならないものだ。その意味で僕は後悔していない。アレが復活する前に、『最強』を手にしたまま死ねるんだからね」


「最強、ね……」


 息をするのも苦しいはずなのに、ムサシは俺と長々話している。

 絶対に勝てると確信しているがゆえだ。

 

「そう。今の僕は最強だ。なにせ、過去最強・・・・の勇者を宿しているんだからね」


 ムサシが現れた瞬間、奴のステータスを読み取って驚いた。


=====

体力:S+

筋力:S+

俊敏:S+

魔力:S+

精神力:S


【固有スキル】

『天眼』:S

 事象の本質を見抜く眼力。

 ランクSでは知識や経験の積み重ねで体系化された技術の一端を知るだけで完全理解し、即座に身に付けることができる。

 また対象の状況から動きを完全予測する。その精度は未来予知に匹敵する。

 

『武装強化(神権)』:S

 装備品のステータスを大きく向上させる能力。『武装強化』の最上位スキル。

 スキルランクと同等に、武装の各ステータスを上昇させることができる。


【限定スキル】

『混沌の呪い』

 あらゆる苦痛を永劫付与する。(デメリットのみ)


【状態】

 限定スキル『混沌の呪い』の効果により、〝混沌〟に汚染されている状態。

 心身ともに極めて不良。

 全ステータスが『剣の勇者』メリス・バルキュリアスの能力に置き換わっている。

=====


 『剣の勇者』メリス・バルキュリアス。

 あらゆる武技を体得し、様々な魔法を操る『至高の勇者』とも言われた英傑だ。

 特に剣技は神をも凌駕すると謳われ、ひと振りで山を両断し、海を割ったと畏怖されていた。

 

 ステータスはほぼカンスト。

 そして固有スキルが反則すぎる。『天眼』のランクSは俺の『鑑定』EX並に先読みできそうだし、『武装強化(神権)』に至っては、そこらの木の棒が伝説の武器と同じになるんだよ?

 

 こんなすごい人でも、悪竜には勝てなかったのか。

 

 ムサシは腰に差した剣――刀を2本、それぞれの手で抜いた。さらに2本を刀身で引っかけて抜き、空中で弾いて躍らせる。


「そろそろ始めたいんだけど、いいかな? いちおう、そっちの準備が終わるまでは待っていてあげるけど、どうする?」


「ひとつ、言っておく」


「何かな?」


「他のみんなには、手を出すな」


 ムサシはきょとんとしてから、へらへらと笑った。


「僕は君以外に興味はないよ。一緒に戦いたいなら止めはしないけどね」


「妖精王にもか?」


「もちろん。デリノ君はもう負けちゃってこの場にはいないし、義理を通す気は最初からないしね。そもそも、あんな化け物の復活が早まったら僕は困る。伝説はすこしでも長く残したいじゃない? だから妖精王には一切手を出さないと誓おう」


「……妖精王、には(・・)?」


「言ったろう? 他には興味がない。路傍の石にならちょっとは注意するけど、蟻なんて気にならないよ。躓きようがないからね」


 俺の仲間を蟻と評した物言いも頭にくるが、嘘つきっぷりにも反吐が出る。

 

 こいつはいざとなったら、妖精王ウーたんすら攻撃し、俺の隙を作りだそうとするつもりだ。

 ムサシは刀を飛び道具にもできる。背中に12本も用意したのは、そういうことか。 

 

「シルフィ、ペリちゃんを呼んでくれ」


「う、うん」


 ちょっと戸惑いながらも、シルフィは大地母神を〝口寄せ〟する。

 

「降りたまえっ。大地母神ペリアナ・セルピア!」


 シルフィの雰囲気が一変した。俺にじろりと目を向ける。

 

「何度も言うけど、神の名を軽々しく口にするものではないの。あまつさえ愛称だなんて……」


「シルフィも名前で呼んでましたよ? しかも呼び捨て」


「いいんだもんっ。〝口寄せ〟の儀式に必要だからいいんだもんっ。それに、この子はちゃんと敬ってるもんっ」


 口を尖らせて拗ねたシルフィというのも新鮮だ。

 

 ともあれ、これで仲間が襲われる危険はかなり減った。ムサシのことだから、油断はできないけど。

 

 ムサシはにやにやと笑っている。

 

「いいの? 今の僕と対等以上に戦うには、僕に宿る『剣の勇者』を読み盗らなくちゃいけない。でも、そのエルフちゃんが大地母神を憑依させたままだと、それは不可能だ。いや、それとも、呪い付きで僕を読み盗るのかな?」


「どの口が言うんだよ。お前、俺の『鑑定』を封じようとあれこれ考えてるじゃないか」


「あはっ♪ バレちゃった?」


「矛盾してるよな。お前、強い奴と戦って勝つのが好きなんだろ?」


「矛盾はしてないよ。君は強い。僕はメル・ライルートという今世の勇者に勝ちたいんだ。その力が発揮できないように頑張るのは、むしろ僕の本来の戦い方なのさ」


「本来、ね……」


 俺はゆっくりと剣の切っ先をムサシに向けた。

 

 奴の体から、黒い霧がじわじわ滲み出しては、虚空に溶けて消えていく。


 黒い霧が、ゆらりと揺れた。

 ムサシは空中で刀を一本、俺へ弾き飛ばし、

 

「せやぁっ!」


 刀の弾丸を追うように、俺へ突進してきた。

 

 襲い来る刀を剣で叩き落す。即座にムサシがもう一本の刀を飛ばす。

 

 予測していた俺は紙一重で避け、二刀による剣撃に備えた。

 

 『勇者の剣』1本では足りない。

 いくら相手の行動を先読みできても、対応が追いつかなければ意味がない。

 

 俺は左手で鞘を抜き、ムサシの二刀攻撃をさばいていく。

 

 暴風を生み出すほどの、剣の乱舞。

 

 俺は防ぐのがやっとだ。

 

 斬撃を躱し、懐に飛びこんで攻撃に転じようとしたけど、ムサシは背中の刀を刀身で器用に抜いて手数を増やした。

 

 太ももに刺さりそうな刀を、逆にムサシへ弾き返す。

 ムサシは事も無げに刀身で受け止めると、俺への攻撃を続けながら背中の鞘に収めてしまった。曲芸師とかそんなレベルじゃないっ。

 

 ムサシが操る『鬼道流複刀術』は、奴が独自に編み出したものだ。

 全ステータスはもちろん、経験も『剣の勇者』に塗り替えられた今のムサシは、逆にそれが使えなくなっているはずだった。

 

 でも、『天眼』ランクSの効果は、ムサシの記憶から『鬼道流複刀術』の本質を理解し、即座に熟練の域まで引き上げたらしい。 

 

「ふはっ、ふははははっ! これはすごい。いやホントにすごいよっ。『剣の勇者』の力は!」


 ムサシは刀を振るいながら哄笑を上げた。

 

「さすがは歴代最強。いくら〝神眼〟が使えても、君が読み盗ったのは最弱と言ってもいい中途半端な勇者だ。〝神眼〟に匹敵するランクSの『天眼』を持つ僕には、やはり敵わないようだね」


 剣圧に押され、俺は後退した。でもムサシは俺がそうするとわかっていたかのように、ぴったりとくっついてきた。いや、実際にこいつは、〝未来を予知した〟のだ。

 

「ふはははっ。どうする? 僕を読み盗って、ステータス上は対等になるかい? でも同じ呪いを受けたとしても、君と僕とじゃ、精神力のランクが違うはずだ。はたして君に、耐えられるかな?」


 今のこいつは精神力がランクS。アース・ドラゴさんはたしかA+だったか。

 SとAとの間には、かなりの差がある。

 

 相手が最高ランクの『天眼』持ちである以上、〝神眼〟は大きなアドバンテージにならない。

 実力が互角になったとしても、勝負がつかずに時間が過ぎ、俺が先に精神を崩壊させてしまうだろう。

 

 ムサシはそう、考えている。


「目論みどおり、ってわけか……」


 ムサシの体に張りついた黒い霧を睨む。頭が割れるように痛んだ。

 

「そのとおりっ。もはや君に勝機はない!」


「お前に言ったんじゃ、ないんだけどな……」


 つぶやきは剣撃の音にかき消えたらしい。

 

「何か言ったかい? まさか命乞いじゃないよね。僕を失望させないでくれよ」


 俺は答えない。

 もはや語る言葉を、俺は持ち合わせていなかった。

 

「でもまあ、仕方のないことだよ。あえてもう一度言うけど、僕の『天眼』は君の〝神眼〟に匹敵する。先読み勝負で互角なら、あとは純粋なステータス値の勝負だ」


 ムサシはニタリと笑った。

 

「遊びは終わりだ。そろそろ本気を出しちゃうね」


 禍々しい黒い霧が、奴の体から吹き出した。

 

最強ぼく最弱きみでは、最初から勝負は決まっていたのさっ」


 たしかにそうだ。

 ムサシが最強の勇者の力を得て、俺が奴の言う最弱の勇者で戦いを始めた時点で、決まっていた。

 

 

 ――俺の、勝利という結末が。



 右手の剣と、左手の鞘を、渾身の力で振るう。

 

 王宮を揺るがすような轟音とともに、ムサシの両手が刀ごと弾かれた。

 

 がら空きになった胸元を見やる。

 あそこに剣を突き刺せば、俺の勝ちだ。

 

「残念でしたぁ。僕のが早いよ」


 思いきり剣を振るったから、俺も体勢が崩れていた。俺が剣を構えて攻撃するより先に、ムサシは崩れた姿勢のまま俺の首を刎ねにくる。

 

 俺は自身の首をかばうように、左手を前に出した。

 

「ぇ……?」


 キョトンとするムサシの動きが止まる。

 

 俺の左手には、さっきまで盾代わりに使っていた鞘ではなく、手のひらサイズの木製の筒が握られていたからだ。

 

 ムサシの開かれた目を、真っすぐに見据える。

 

 やはりこいつには、この木筒が何かわからない。

 情報がまったくない中では、『天眼』による未来予知でも、すぐには理解できなかったのだ。

  

「弾けろ」

「まさかっ! 爆だ――」


 俺のひと言で、ムサシは俺の作戦通り〝爆発物〟だと予想・・し、後方へ飛び退こうとした。俺が〝自爆作戦に出た〟と考えて。

 

 でも残念。

 俺が手にしているのは、爆発物なんかじゃない。

 

 『勇者の剣』の鞘。

 その場の状況にもっともふさわしい防具に変化するという特殊効果により、形を成したものだ。

 俺の貧弱な素ステータスでは、そもそも相手を圧倒するようなものには変化できない。

 

 これは、単なる――。

 

 カッ!

 

 木筒が弾けると、まばゆいばかりの光が玉座の間を白色に塗りつぶした。

 

「ぐあっ! これは――ッ!?」


 『閃光弾』と呼ばれるものらしいです。

 木筒には閃光魔法が閉じこめられていて、俺の掛け声で発動したのだ。相変わらず、これが『防具』かと言われると、深く考えちゃダメな気がするけど。

 

「くそっ、目が……」


 見えないよな? 俺もそうだ。でもね――。


 ずぶりっ。

「ぐ、ぁ……」


 俺は奴の胸に、深々と『勇者の剣』を突き刺した。心臓を、正確に。

 

「お前の『天眼』は、相手を直接見なくちゃならない」


 目や体のちょっとした動きや、呼吸の仕方なんかも総合的に理解、分析したうえで、次なる動作を予知する。

 だから視覚を一時的にでも奪えば、未来予知はできなくなるのだ。

 

 俺も相手の動作を読み取るには、直接見る必要がある。

 でも、相手がどこにどんな姿勢でいるかは、周囲を――もっといえば世界そのものを読み取れば知れるのだ。


 どのくらい経っただろうか?

 反撃はなかった。

 

 視界が、徐々に色を取り戻していく。

 

「お前の負けだ、ムサシ」


「な、ぜ……?」


 なぜ、自分が負けたのか?

 答えは簡単だ。

 

 ムサシは自分を『強者』だと驕り、俺を『弱者』だと侮った。


 本来の奴は、強者に策を弄して勝つ能力に長けている。それを生きがいとまで感じていた。

 

 でも、シルフィの〝口寄せ〟を封じた瞬間、奴は自分を上に据え、本来の戦い方を忘れて油断したのだ。

 

 ま、そもそも『剣の勇者』が強くて、アース・ドラゴが弱いって考えが間違ってるんだけどね。

 だって『剣の勇者』は悪竜に負け、あの人は負けなかったんだから。

 

 なんてことを、俺はムサシに答えてやる代わりに、

 

「なぜって? 弱者が強者に勝つ理由は、お前が一番よく知ってるだろ」


「そう、か……。そうだった、ね……がはっ」


 ムサシが血を吐いた。だらりと腕が下がる。手から2本の刀が滑り落ち、カランと乾いた音を奏でた。


 ゆっくりと剣を引き抜くと、ムサシは膝を折り、ぺたりと腰を落としてうな垂れた。

 皮膚が黒ずみ、霧となって虚空へ昇っていく。

 

 黒い霧が、ムサシの頭上に寄り集まっていった。

 

 形を帯びた黒い霧は、やがて巨大な〝目〟を作り上げた。

 

 ごつごつしたまぶたがわずかに下り、縦に細い瞳が無感情に俺へと向けられる。

 

「高見の見物とはいいご身分だな、悪竜」


 この目は悪竜のそれ。

 以前の尻尾のように、実体が現れたのではない。実体を映した影のようなものだ。

 

「メル、ダメよっ。それを読み取っては……」


 シルフィに憑依した大地母神――ペリちゃんの忠告。

 

 ありがたいけど、もう遅いんだよね。

 ムサシの体からにじみ出ていた黒い霧も、悪竜本体と繋がっている。俺は戦っている間中、ずっと読み取っていた。脳を握りつぶされるような痛みで、今にも意識が飛びそうだよ。

 

 でも、おかげで知った。

 悪竜こいつの目的を。

 

「ただ『絶望を喰らう』。そのためだけに、よくもまあこんな手の込んだことをしたもんだ」


 デリノに偽りの記憶を植えつけて俺たちにけしかけ、ムサシに『剣の勇者』の力を与えたのも、彼らが失敗し、絶望するのを目論んでのことだ。

 

 こいつにとって、『妖精王を殺して復活を早める』ことは興味の埒外。

 仮にそうなったとしたら、俺たちの絶望を喰うつもりだった。

 

 それだけじゃない。

 

 悪竜に挑んだかつての勇者たち。

 

 倒せず、逆に殺された者たちの絶望はもちろんのこと、封印に成功した勇者たちもまた、絶望の中に沈んでいた。

 

 勇者と呼ばれる彼らは、大なり小なり義憤に駆られて悪竜の打倒を目指した。

 

 圧倒的な力を持つ悪竜。

 その討伐という難問を、後世に押しつけることにみな、絶望したのだ。

 

 こいつにとっては、自分が封じられようが、復活が遅くなろうが、良質の『絶望』が喰えればそれでいいらしい。


「でも今回は、俺の勝ちだな」


 悪竜のまぶたが、わずかに震えた。

 

 ムサシの体がぐらりと傾く。横に倒れ、その表情が明らかとなった。

 半身がすでに霧と化し、片側が黒く染まった顔は、恍惚とも取れる満足の笑みが浮かんでいたのだ。

 

「こいつの望みは、『戦って勝つ』ことじゃない。『弱者が強者に打ち勝つ』ことだ。それを自身の敗北で体現したのだから、絶望なんてしないよな」


 実は俺のほうが最初から強かった、とか最後に言ってたら、絶望しちゃってたかもしれない。だからあえて言わなかったのだ。

 

 まあ、デリノの絶望は美味しく食べられちゃっただろうから、引き分けってところかな?

 

 ――認めよう。

 

 頭の中で重苦しい声音がこだました。

 

 ――此度は、われの敗北である。

 

 驚きの声が仲間たちから上がった。妖精王ウーたんもびっくりしている。

 みんなにも聞こえているようだ。

 

 ――敗北は、あのとき以来か。我を予定通り(・・・・)封じた彼の勇者。よもやその後継に、再びしてやられるとはな。

 

 ああ、そうだったな。

 アース・ドラゴさんは、絶望なんてしなかった。

 

 自分では悪竜を倒せない。封じるのがやっと。自分はただのつなぎ役だから、後世に責任を押しつけるのも、実はなんとも思ってなかったのだ。

 あの人、けっこういい性格してるよな。


「次も俺たちが勝つ」


 俺の挑発にも、悪竜は淡々と、一片の感情も表わさずに返した。

 

 ――幾たび微々たる敗北を重ねようと、我に真の敗北は訪れない。もがくがいい。抗うがいい。いずれ我が勝利するとき、そなたの絶望は格別の美味となるだろう。

 

 悪竜は悠久の時を生きる化け物だ。

 たかが十数年なんて、あくびする間と変わらないのだろう。

 

 のんびり待ってくれるのは望むところだけど、こいつの余裕ぶった態度は気に入らない。

 

 とはいえ、どんなカッコいい決め台詞を投げたところで、悪竜の感情はみじんも動かないんだろうな。

 

 てなわけで、ここはオーソドックスに。

 

「お前は俺たちが倒す。首を洗って待ってるんだな、悪竜。いや――」


 俺は、奴に取って最大級の侮蔑を言い放った。

 

 

 

「堕天せし最高神――ファブス・レクス!」




 くわっと奴の目が見開いた。


 風もないのに吹き飛ばされそうな激情。

 さすが元神様(・・・)だね。名前を呼ばれて怒るなんてさ。

 

 ――我が名を口にしたかっ! 下等生物ごときがっ!

 

「その下等生物に、お前は滅ぼされるんだよ」


 宣戦布告とばかりに、俺は『勇者の剣』で巨大な目玉を両断する。黒い霧が虚空に飛び散り、消え去った。

  

 文句を言えずに退場させられた悪竜ファブス・レクスは、さぞや怒っているだろうね。

 

 満足したら、さすがに限界になったらしい。

 

 俺を支えようと駆け寄る仲間たちを視界の端に捉えると、俺はようやく意識を手放すのだった――。

 


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