04◆似てない親と子
虎人族の干し肉泥棒を拘束した直後、黒い毛並みの狼の群れが現れた。
数は11。
牙を剥いて俺たちに近寄ってくる。
「シルフィ、こっちへ……」
連中を刺激しないよう小声で呼ぶと、シルフィもゆっくり俺のところへきた。
まずい。これは本気でヤバい。
狼それぞれを『鑑定』で同時に確認はできた。
けど、俺が読み盗れる対象はひとつに限られる。複数同時に読み盗って加算されるなんて芸当はできないらしいのだ。
一匹一匹には対処できても、連携しての同時攻撃には対応しきれない。
馬で逃げるか?
いや、街道から外れた小川の側じゃ、狼は振りきれない。
「メルくん……」
シルフィがぎゅっとしがみついてきた。
「お前は荷台の中に隠れるんだ」
「う、うん。でも……」
「大丈夫。俺がなんとかするから」
珍しく迷いをみせたシルフィを荷台へ押しこみ、俺は狼たちに対峙する。
落ち着け。冷静に。まずは情報を。
『鑑定』スキルで周辺情報をかき集める。けど、利用できるような特殊な地形はない。そもそもここは狼たちのテリトリーだ。地の利は奴らにある。
となれば、連中に光明を見出すしかない。
じりじりと近寄ってくる狼たち。しかし一匹だけ、奥のほうで俺たちを眺めていた。
【称号】から群れのボスで間違いない。
ん? これは……。
俺は奴の情報を根こそぎ読み取り、読み盗って。
「ウォーーーーンッ!」
天高らかに吠えたっ。
ボス狼が持つ限定スキル『指揮の咆哮』は統率を取るためのもので、適当に吠えると狼たちは混乱する。
その隙に、俺は全速で駆けた。
人と狼では体の構造が違うけど、俺は岩場も茂みも軽やかに越えていく。
狙いはもちろん、ボス狼。
群れで行動する動物は、頭を押さえれば大人しくなる、はず。
特にあいつはスキル持ちの獣だ。
加えてその固有スキルは――。
「ガアッ!」
俺は狼のようにうなり、ボス狼に手を伸ばした。
相手は俺の〝首へ噛みつ〟かんと牙を剥く。
牙が首をかすめた。
激突。
もつれるように転がりつつ、俺は奴の首を腕で締めつけた。そのまま横倒しにして押さえこむ。
〝オヤジがやられた?〟
〝強い〟
〝ヤバい〟
〝逃げるか?〟
〝オヤジの指示は?〟
他の狼たちは目論みどおり大混乱。
だがボスが『俺に構わず荷台を襲え』とか命令したら大変だ。
「俺たちに敵意はない。お前の仲間を押し倒したのには理由がある。だから落ち着いて聞いてくれ」
獣相手に説得を試みるのには理由がある。
こいつはなかなかレアな固有スキルを持っていたのだ。
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『人語理解』:A
人や亜人の言葉を理解する能力。ランクAは人と同程度に会話が可能。
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『理由、だと?』
「しゃべった!?」
あ、〝会話が可能〟ってそこまで……。
しかもやたら渋い声だな。声、なのかな? いちおう耳から聞こえてくるけど、口をぱくぱくは動かしてないし。
『いちいち驚くでない。して? クララを押し倒して凌辱せしめんとした理由とは?』
「誤解が著しいなっ。凌辱なんて考えてないよ。あいつが俺たちの食料を盗もうとしたから、取り返そうとしただけだ」
『ふむ。奪われたから奪い返すは、森の道理であるな』
ボス狼は〝敵認定を取り下げ〟てくれた。俺は腕を外す。
『許せ。クララは我が娘なれば、人の理ではなく、獣の理に従うゆえ』
「わかってくれたならそれで……って、娘?」
どこからどうみても猫型亜人で狼要素はゼロですけど?
『むろん血の繋がりはない。奴隷商の一団を襲った際、図らずも連中から救い出したのを恩に感じたらしく、懐いてしまってな。群れの仲間は家族。ゆえに我が義理の娘としたのだ』
なるほど。そういうことね。にしては【称号】が『孤児』のまんまだな。
『クララ、ここへ』
「なんですか? 父さま」
呼ばれ、尻尾をふりふりして駆けてくる虎人族のクララ。
『お前が我が娘となり、すでに半年が経った』
「へえ、もうそんなにですか。月日が経つのは早いですねっ」
『半人半獣のお前はしかし、どちらかといえば人の理に連なる者。我はこの半年、お前を見てそう感じた』
小難しい言い回しに、クララは「んん?」と首をかしげる。
『ゆえにこそ、獣の理に従う我らが元から離れ、人の理を学ぶがいい。そこな少年とともにな』
「横から失礼。なんの話してます?」
いきなり俺を巻きこまないでくれるかな?
しかもこの狼父さん、義理とはいえ娘に向かって〝勝手気ままな行動で和を乱すので、もっともらしい理由で人族の少年に押しつけたい〟ご様子。
「わかったですよ、父さま」
「いやもっとよく考えて?」
『うむ。いつか大きく成長した姿を、父に見せてくれ』
「未来に思いを馳せないで?」
ひしっと涙ながらに抱き合う父と娘。
そんな彼らを眺めつつ、俺はじりじりと馬車へと戻り、荷物を荷台に放りこみ、シルフィにひと声かけてから、御者台に座って手綱を握った。
「さっそく出発ですかっ」
「なんで隣に座ってんだよっ!」
このままついてきそうな彼女をなんとしても説得しなくてはならない。ついでに、やっぱり馬もお疲れなので今日は休ませたい。
一晩かけての説得を試みたものの。
俺も疲れきっていたので、話す途中で寝落ちしてしまう。
朝起きてみれば、『一晩中、護衛してやったぞ』とにこやかに恩着せがましく言われたので、もはや断れなかった。
ただ、嬉しい誤算があった。
「こ、こんなにたくさん……?」
袋いっぱいに詰めこまれた銀貨や銅貨。金貨も10枚あった。
『食料を奪った際に落としたものを、こんなときのために取っておいたのだ。我らではどのみち使いようがないのでな。すべてくれてやる』
これから長い旅になるのだし。
一人より二人、二人よりは三人。楽しく行きますか。
俺たちは狼さんたちにお礼と別れを告げてから、東へと馬車を進めるのだった――。