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39◆悪竜の見つめる先


 かつて勇者アース・ドラゴは、悪竜の封印に成功した。

 

 悪竜は神の力で拘束され、地底深くへと沈められる。

 灼熱の世界へと送られた悪竜はしかし、朽ちることはなかった。長い年月を経て、ゆっくりと惑星ほしの内側を漂い、ついには地表へと姿を現す。

 

 大陸中心部にそびえるエナトス火山。頻繁に噴火を繰り返す火山の周囲には魔物すら住み着かない。

 

 大きく口を開けた火口の底は、常にマグマが煮えたぎっていた。

 

 降り立てば数百度の熱風にさらされる死の世界。

 

 しかしそこへ、足を踏み入れる者がいた。くたびれたローブをまとった、小柄な人物だ。

 

「相っ変わらず辛気くせえとこだぜ」


 言いながらフードを外すと、逆立った短髪が露わになった。

 

 少年とも少女とも見える幼い顔立ち。勝気な目元がつり上がっている。

 

 妖精デリノ。

 本来、妖精は手のひらサイズの大きさだ。長く生きて力が増せば、人と同じ大きさとなって姿を保つことができる。妖精王ウルタは妖艶な美女の姿がお好みだった。

 

 が、デリノは妖精基準で生まれたてに等しい、若い個体である。

 

 デリノが姿を変えられるほどの力を得たのは、悪竜の影響が大きかった。

 

「おい、起きてんのか? 返事しろよ、デカブツ」


 悪態を飛ばした先。赤く煮えるマグマの中に、巨大な黒い影が浮かんでいた。

 

 黒い霧に遮られ、中がどうなっているかは窺い知れない。


 しかし禍々しい気配が、そこに何かよくないモノが潜んでいると物語っていた。

 

 霧の一部が、形を帯びる。

 

 巨大な竜の目。縦に細い瞳が、ぎょろりとデリノへ向けられた。

 

 そこにはなんの感情も見て取れない。まるで路傍の石を視界に入れただけのような、無機質な色をしていた。


 デリノはぎりっと奥歯を軋ませる。


「おい悪竜。オマエもあいつらと同じかよ。オレを取るに足らないモノ……駒としか見てないんだろっ!」


 かつてのデリノは、好奇心旺盛な人懐っこい妖精だった。

 〝外〟に出かけては、小さな悪戯をして喜ぶ程度の、子どもみたいな存在。

 だから同じく悪戯好きの少年と、意気投合して仲良くなった。

 

 けれど、彼は裏切った。

 

 デリノを心無い者たちに売ったのだ。

 

 屈辱の日々を思い出し、デリノの内で憎悪の炎が燃え上がる。

 

 それを見て、悪竜が目を細めた。どこか嬉しそうに。そうデリノは感じ、憎しみを爆発させた。

 

「いい気になるなよ? オマエはオレがいなけりゃ、そこでじっとしてることしかできねえだろうが。せいぜいが尻尾を切り離してあがく程度だっ」


 悪竜は目を細めたまま動かない。

 反論してこない悪竜に、デリノは溜飲がわずかに下がった。

 

「ふんっ。立場ってもんがわかったか? まあ、安心しろよ。妖精王をぶっ殺して、オマエの封印を緩めてやる。早いとこ復活して、この腐った世界を蹂躙してくれりゃ、オレは満足なんだからよ」


 そのためには、と。デリノは睨みながら言った。

 

「アレはまだできねえのか? ぐずぐずしてると、勇者どもが力を付けちまうぜ?」


 ――案ずるな。

 

 脳に言葉が直接刻まれるような感覚。

 悪竜は声を発しない。

 毎回のことながら、頭の中をいじられるような嫌悪感にデリノは表情を歪ませた。

 

 と、どこから現れたのか、デリノの眼前に小瓶が二つ、ふわふわ降りてきた。


 濃い紫色の液体が入った、小さなガラス瓶だ。

 

 デリノの目の色が変わる。高揚と興奮。口の端が歪に持ち上がる。

 

「これが、そうなのかよ?」


 答えは直接脳へと刻まれた。

 

 『悪竜の瘴液』。

 従来のものは、浴びた者の精神を悪竜に支配されるデメリットがあった。

 見るものすべてを殺しつくそうとするため、瘴液に侵された者たちは連携することができない。だからメル・ライルートと一対一という、不利な状況しか作れなかった。

 

 しかし今回のものは改良を加え、悪竜に精神を支配されず、自我を残すことができる。


 〝神眼〟を持つメルに、勇者級の戦士を複数同時に送りこめるのだ。

 

 もっとも、自我があるゆえの弊害もある。大きくはふたつ。

 

 ひとつは、『混沌の呪い』に常人の精神が耐えられないこと。

 悪竜の支配がないため、即座に廃人となってしまう危険があった。

 使用する相手は一流の武人か、精神修行を高いレベルで行った者に限られる。

 

 そしてもっとも危惧すべき弊害は、面倒な説得が必要なことだ。

 

 常識を持ち合わせた人物なら、悪竜に加担することを良しとはしない。

 どれほどの悪人であろうと、死ぬまで苦痛を受ける呪いにかけられてまで、力を欲しはしないだろう。

 騙して瘴液を浴びせたとしても、『混沌の呪い』で自身に死しか待っていないと知れば、怒り狂って反逆するのは目に見えていた。

 

 条件は、『混沌の呪い』に精神が耐えられる者。

 かつ、自分のように世を呪っている者か、頭のおかしな戦闘狂。

 

 人選は難しい。難しいが――。

 

「いるんだよなあ。一人、生きのいいのがさ」


 ただ強者と戦い、勝つことに執着した男。鬼の血を受け継ぐ種族の彼なら、精神力も申し分ない。

 メル・ライルートへの恨みもあるはずだ。そこをうまく突けば、協力を取り付けることはできるとデリノは踏んでいた。

 

 残る一人は、すでに決めている。額から汗が伝うのを感じ、デリノは震える手で拭った。

 

 と、悪竜がまたも目を細めたのに気づく。どこか楽しげに見えて、苛立ちが湧き上がった。

 

「なに見てんだよ?」


 悪竜は答えない。細めた目を戻し、無感情に見つめるのみだ。

 

 チッと舌打ちをひとつ。小瓶を持って踵を返そうとしたとき、ふいにかねてからの疑問が頭をよぎった。

 取りとめもない疑問だ。

 些末すぎて、今まで確認することもなかった。

 

 けれど、失敗すれば悪竜と会うのはこれが最後かもしれない。そんな小さな感傷から、デリノはその疑問を初めて口にした。

 

「そういやオマエ、『悪竜』って呼ばれてるけど、本当の名前はなんて言うんだ?」


 カッと、悪竜が目を見開いた。

 

 今まで一度として表さなかった激情。怒りがデリノの小躯に放たれる。

 

「ひっ……」


 風はない。大地が揺れることもなく。しかしデリノは突風に襲われたようにふらつき、尻もちをついた。

 

 竜の目が、形を失う。

 完全なる黒い霧と化した。

 

「なんだってんだよ……」


 デリノは悪竜を直視できず、小瓶を抱えて立ち上がった。逃げるように〝境界〟へと身をくぐらせる。

 

 誰もいなくなった火口の底。

 

 再び悪竜は目を見開いた。

 ただじっと、遠方へと視線を突き刺す。

 

 デリノとの一連のやり取りを、盗み見ていた者(・・・・・・・)を威嚇するように――。




~~~




 俺は閉じた目を、ゆっくりと開いた。

 

 木漏れ日は消え、いつの間にか灰色の雲が空を覆っていた。左右から寝息が聞こえる。シルフィもミリアリアも、チップルもまだ夢のなからしい。


「もしかして、覗いてるのバレちゃったかな?」


 身を起こす。片方の鼻から垂れてきた血を、そっと拭った。

 

 だいぶ慣れたと思ってたけど、妖精の国から〝外〟の情報を持ってくるのはやっぱりキツイな。

 

 俺は妖精の国へ来てから、いやそれ以前から、ちょくちょく悪竜が封じられた場所を観察していた。デリノが悪竜に接触すると考えてのことだ。

 

「ま、あいつにバレてても問題はなさそうだ。デリノってのも、いいように使われてるなあ」


 ちょっと哀れに思えてきたな。それに、悪竜に手を貸しているのも、やはり何か事情があるようだし。

 

 それはそれとして、俺は情報を整理する。

 

 俺の『鑑定』スキルは、遠く離れた場所の出来事もリアルタイムで読み取れる。

 でも、実際に〝覗いて〟いるのとは違い、文字情報という制限があった。

 

 会話は把握できても、心の内は直接その人を見ないと読み取れない。

 

 悪竜はどうやら、デリノの頭に直接語りかけるような方法を使っていたらしい。だからデリノの言動と、状況からの推測になる。

 

 奇妙な小瓶が二つ、デリノに渡った。

 

 『悪竜の瘴液』で間違いはないだろう。でも、デリノの言葉からは、これまでとは違う効果があると考えられた。改良版かな?

 これも現物を見なければ、詳細な情報はつかめない。

 

「二つ……、二つかあ……」

 

 嫌な予感がする。

 

 これまでは同士討ちの危険があるから単独でしか襲ってこなかったけど、もしかして敵味方の区別が付くぐらいの理性は残せるものだったり?

 

 ミリアリアには『大丈夫』と言っちゃったけど、同時に2人を相手にする可能性も考慮すべきだな。

 

「てか、そのくらいは想定済みで、対策もばっちりだったりするんだけどね」


 俺は横へ目を向ける。

 銀髪のエルフっ()が、すやすやと寝ていた。

 

 できれば、この少女に負担はかけたくない。

 

 そのためには――。

 

 立ち上がり、大きく伸びをした。空を覆っていた雲が割れ、太陽が顔を覗かせる。

 

「俺がガンバリますですよっ」


 陽射しを一身に浴びながら、俺は高らかに叫ぶのだった――。

 

 

 

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