37◆レアアイテムの利用は計画的に
天上から降る声に、感慨が乗る。
『苦節200年……。にっくきデーモンを倒せる勇者の出現を待ち望み、〝次期勇者候補であるマリアンヌ・バーデミオンの成長を待たなきゃダメですわねー〟とちょっと投げやりになっていた矢先に勇者出現の報。これ幸いとばかりに、その者を誘き寄せる策をあれやこれや考えていましたら? なんと向こうからのこのこやってきたではありませんかっ。わたくしマジラッキー! ですわっ』
長ったらしい本音がダダ漏れですね。
『開け、ゴマ! ですわっ』
何やら気の抜けるような叫びに続き、ゴゴゴッと天井の中央付近が開いて、階段が出現した。
とてとてと走って降りてくるのは、ちんまい人影だ。
大きなとんがり帽子と長いローブはいずれも黒。帽子からは左右に結んだお下げの黒髪が揺れている。
見た目はシルフィよりちょっと上くらいの、可愛らしい女の子だった。
女の子は小躯に反し豊満な胸をゆっさゆっさ揺らしながら軽快に階段を駆け下りていく。
どんどんスピードがアップして、やがて足の回転が追いつかなくなったのか、最後の段で足を踏み外し。
びたんっ「ぐげっ」ズサーッ。
盛大にすっ転んで床を滑った。両手を付く前に倒れたのに、顔面は無事。胸部の持ち物がクッション代わりになったようだ。が、女の子はうつ伏せでぷるぷる震えている。
「あの……大丈夫?」
女の子に近寄る。とんがり帽子がずれ、側頭部からうねった小さな角が生えているのが見えた。
がばっと起き上がる女の子。帽子を深くかぶり直す。
「わわわわたくしは、ミリアリア・ドールゲンマイヒャっ!?」
「落ち着こう?」
「ごほんげふんっ。し、失礼しましたわ。わたくしは、ミリアリア、ドールゲンマイヤット、エル・ホイントハールマン、ですわっ」
ゆっくり確実に言いきった女の子は、『上手にできましたわ』って感じで大きな胸をそらす。微笑ましい。
にしても、この子がミリアリアさんか。見た目は小さなお子様なんだなあ。
「ロリババアってやつか」
「失礼ですわよっ」
「あ、ごめんなさい」
つい本音を漏らしてしまった。
「と、とにかく。お礼を言いますわ。見事アークデーモンを倒し、わ・た・く・し・をっ、救出していただきまして、ありがとうございましたわ」
ミリアリアさんはローブの裾を両手で持ちあげて上品に首を垂れた。
「そんな、お礼なんていいですよ。事のついでですから」
「事のっ!?」
「ええ。ついでです」
恩着せがましくするのが嫌だったのだけど、なぜか彼女はがびーんと衝撃を受けている様子。
「ま、またまたぁ、ですわ。いいんですのよ? 照れなくっても。囚われの美・少・女・をっ、お救いくださるため、数々の困難を乗り越えた貴方はまさしく勇者そのものっ。わたくし、とても感動いたしましたの」
「いえ、大した労力では……」
「わたくしことミリアリア・ドールゲンマイヤット・エル・ホイントハールマン、以降は勇者様のため、身を粉にして働く所存。いかようにもこき使ってくださいませっ」
「は、はあ……」
「ではさっそく、お礼の品をば」
ミリアリアさんは小ネズミみたいに宝箱へと走る。何やら口ずさんで箱を開けると、古びたお札を取り出した。
「こちらが『グロウダケの護符』ですわ」
またもさささーっと俺へと駆け寄り、護符を差し出す。にぱーっとした笑みはやっぱり年下の女の子に見えるけど、200歳オーバーなんだよな、この人。
「お納めくださいませっ。このわ・た・く・し・からのっ、ささやかではありますがお礼の品ですわ」
うん。なるほど。
〝勇者に媚びを売って篭絡し、魔族復権の足がかりにしよう〟と考えているのか。護符は彼女も手に入れたいようだけど、長命の彼女は〝勇者が死んだら回収すればいい〟と妥協していた。
「ありがとうございます」
ま、べつにいいか。悪い人じゃなさそうだし、魔法の力はかなり高い。協力関係を築いて損はないだろう。
俺が護符を受け取ると、ミリアリアさんは目をキラキラ輝かせた。『さあ、早くお使いになって!』と言わんばかりの表情だ。
俺は護符をじっと見る。
これを使えば、成長速度が飛躍的に上がる限定スキルが手に入るのだ。
悪竜を倒す上で、俺の成長は急務。
アース・ドラゴさんも言っていた。悪竜を打倒するには、『勇者級が2人は必要』と。
「2人……2人、か……」
俺自身のステータスがオールSくらいになれば、他の勇者を読み盗って加算することで、俺は勇者2人分の力が出せる。
その考えに間違いはない。
間違いは、ないのだけど……うん、なんかひらめいたぞ。
「? 勇者様? どちらへ行かれますの?」
俺はすたすたと仲間たちのところへと歩み寄り、護符をずいっと差し出した。
「これは、マリーが使ってよ」
「えっ!?」
驚くマリーとの間にずびゅんと小さな影が割りこむ。
「勇者様っ、何をおっしゃっていますのっ。それは勇者様が使ってこその激レアアイテムですのよ!?」
「そうですよ、メルさん。私なんかが受け取るわけにはいきませんっ」
外野で騒いでいるのは無視。俺はマリーの説得を試みる。
「前に俺、悪竜を倒すには『勇者級が2人は必要』って言われたんだ。で、俺自身が勇者くらいの力を得れば、俺一人で勇者2人分の力になる。その考えは今も変わらない。でも――」
ここまで言うと、マリーはハッと何かに気づいたように息をのんだ。
「そうだよ、マリー。もし勇者級が3人いたら、悪竜はもっと楽に倒せるんじゃないかな?」
「それは、そうかもしれませんが……」
「考えてもみてよ。これを俺が使っちゃうと、俺だけしか護符の恩恵には与れない。でも、マリーが得た限定スキルは、俺も使えるんだよ」
俺が強くなるには、勇者級の強さの誰かを読み盗って、その上で修業するのが近道だ。
それは現状続けるにして、マリーが勇者級の強さを身に付ければ――。
「強くなった君を読み盗ることで、俺も手早く強くなれちゃうと思うんだよね」
俺一人が強くなるより時間は多少かかるにしても、それで3人分の勇者がそろえられるなら、むしろ効率的と言えるだろう。
そして何より重要なのは、彼女が『狂化』を持っていることだ。
自身のステータスを大幅に強化する固有スキル。
もしこれを使いこなせるようになれば、ステータス平均がSに届かなくても、勇者級の強さを手にできる。
前は自身で制御できなかったみたいだけど、今はランクがEからDへ上がって、すこし使えるようになってきた。さらにもうひとつでも上がれば、とてつもない戦力になるはずだ。
マリーは苦悩を眉間に集めて黙考する。
やがて決意を宿した眼差しで、俺を見つめた。
「わかりました。メルさんのお役に立てるのであれば、私はなんでもやります。いえ、やらせてくださいっ」
うん、いい返事だ。
直近の問題であるデリノを警戒しなくちゃだけど、俺たちの目標はあくまで悪竜の打倒だ。というわけで。
「悪竜を倒すため、力を合わせて頑張るぞっ」
「「「「「おおーっ!」」」」」
みんなで片手を突き上げて気合いを入れるその横で。
「ぉ、おぉー……」
事情がまったく呑みこめていないミリアリアさんには、後でじっくり説明しようと思うのでした――。