36◆塔の主
砂漠のど真ん中にそびえる『ボールダンの塔』は、はるか昔に一人の魔導師が造った研究所だ。
魔導師が死に、空き家になったところに巨大悪魔が住み着き、今はそいつの王国となっていた。
塔の最上階から下にはいくつもの罠が仕掛けられている。
元は魔導師が侵入者を阻むために作ったものだけど、デーモンは〝餌〟を確実に、美味しくいただくために利用していた。
なんでも、苦痛にあえいでいたり、その末に死んだものの魂を肉ごと食らうのがお好きなようで。
罠は多彩だ。
床から大きな針が飛び出したり、天井が落ちてきたり、炎や雷、毒液の噴霧などなどなど。
しかし、そんなものに臆する俺たちではないっ。
なにせ妖精の国では『試練』という名の嫌がらせを散々受けてきたからね!
とはいえ、厄介なことがひとつあった。
この塔は最上階以外は迷路みたいになっていて、通路だらけの構造だ。
不定期に壁や床が動いて、その形を変化させていた。
そのたびに情報を読み取って進路を変えるのは面倒くさい。
「いっそのこと、天井をぶち破って上へ進んだら?」とはリズの意見。
俺もそれは真っ先に考えた。
この塔に立ち入ると、デーモンの能力で制約が課せられる。そのうちのひとつは〝塔を破壊してはならない〟というものだ。が、俺たちはすでに制約を解除しているので、問題はないのだけど……。
「この塔、けっこう古くて、あちこちにガタがきてるんだよなあ」
慎重に破壊を続けても、崩れ落ちる危険があった。
かといって、あまり時間はかけられない。
いつ悪の妖精デリノが、妖精王ウーたんを襲うかわからないからだ。
下の階は迷路を進み、上のほうへ行ったらショートカットを織り交ぜよう。
ひとまずの方針を決め、俺たちは先を急ぐ。
罠は基本、回避。遠回りも辞さない。
魔物がいるところは強硬突破。下の階は強さもほどほどなので、俺とマリーが先行し、リザが後方支援、クララをシルフィの守りとした。
順調にやってきました17階。
これまではステータス平均がランクB以下の魔物ばかりだったけど、この辺りからは平均ランクがAに届くものもちらほら現れ始めた。
となると、平均ランクがAに満たないマリーにはキツくなってくるはずなのだけど。
「はあっ! せいっ! やあぁああぁっ!!」
マリーは一歩も引かない。
大剣を振るうにはけっして広いと言えない通路でも、壁に邪魔されることなく、それどころか逆に壁で切っ先を跳ね返したりと有効に使いながら、魔物を倒していく。
実力が拮抗する相手でも常に優勢を保っていた。
複刀剣士のムサシには後れを取ったとはいえ、彼女の技量は群を抜いている。『天眼』による先読みに加え、魔法を放っての牽制を上手く使っていた。
ムサシとの戦いは街中だったから、魔法の使用はためらっていたのかもしれない。
ちょっと前のめりぎみに思えたけど、下手に注意してやる気をそいではもったいない。
彼女は今、この瞬間にも成長しているのだから。
正面に新手が現れた。
巨大な目玉の魔物だ。目の周囲には無造作に手足がくっついている不気味な容姿。
現れるなり、瞳が光を帯びた。即座に光線が俺たちを襲う。
逃げ場の少ない通路。
避ければ味方に当たる可能性が高い。
「はっ!」
裂ぱくの気合いとともに、マリーが大剣で光線を受け止めた。あの大剣はその昔、勇者級の戦士が使っていたものだ。ステータスは最高級。刀身の硬化と魔法攻撃を大幅に弱める特殊効果を持つ。
マリーは大剣をやや斜めにずらした。
光線の進路が折れ曲がり、壁を削った。
「やあっ!」
マリーは受け流しつつ前進し、目玉の魔物へ肉薄する。光線が途切れたその瞬間を逃さず、大剣で瞳を串刺しにした。
――ギュアァアァアアッ!
目玉の魔物はどこから声を出したのか、断末魔の叫びとともに崩れ落ちた。
「マリー、大丈夫? 張り切りすぎじゃない?」
さすがに心配になって、ちょっと声をかけてみたのだけど。
「大丈夫ですっ」
マリーは腰の小物入れから回復薬を取り出すと、ごくごくと一気に飲み干した。ぷはっと息をついてから、
「さあ、ぐずぐずはしていられません。先を急ぎましょう」
ずんずんと進んでいく。
「お、おう……」
俺たちはそのあとに続く。
20階に入ってから、常に注視していたデーモンの動きに変化がみられた。
これまで29階を当てもなさげにうろついていたのが、30階へ移動し、まったく動かなくなったのだ。
俺たちを待ち構えている……のではない。
逆に、俺たちを『迷いこんだ餌』ではなく『侵入者』だと認定し、塔内の魔物たちへ排除するよう指揮を始めたのだ。
ま、そんなのに付き合ってやる必要なんてこれっぽっちもないわけだけどね。
俺たちは天井を崩してショートカットする作戦を敢行した。
魔物も罠もないところで慎重に天井を切り抜き、上へ上へと移動する。
途中からは俺たちを狙って魔物が下へ集まっていたので、むしろ楽に突破できた。
そしてついに、目的の30階に到達した。
広い部屋だった。
これまで通路を作っていた壁がひとつもなくなり、上階を支える太い柱が点在するだけの部屋。天井も2階分の高さがある。
一方で、31階へ上がるための階段はない。上へは特殊な呪文を唱えなければ行けないのだ。だからデーモンは上階のミリアリアさんを襲えなかったようだ。
「あれがこの塔の主か」
正面に、巨大な魔物がいた。
様々な骨を組み上げて作った玉座に座る、黒い大きな影。
牡牛のような太い角。分厚い筋肉が隆起した巨躯は黒い体毛で覆われている。背にはコウモリのような翼が生え、牙も爪も鋭く、赤黒い瞳が俺たちを睨み据えていた。
=====
名前:アークデーモン
体力:A+
筋力:S-
俊敏:A
魔力:S-
精神力:A
=====
さすがは塔の主といったところか。
まさかステータスに〝S〟がある魔物に遭遇するとは。他にも多彩な攻撃魔法を持ち、国家が危険視するレベルの難敵だ。
みんなにはアークデーモンのステータスは見えていないけど、巨躯から放たれる威圧感に、みな圧倒されていた。
「ギアアアアァァァアアァッ!」
咆哮がびりびりと空気を震わせる。風もないのに吹き飛ばされるような感覚。
「ななななんなのよ、あれぇ……」
「兄さまぁ……」
リザとクララは怯えきって俺の後ろに隠れた。
「メルくん……」
シルフィも不安そうに俺を見やる。
マリーは大剣を構えつつ、シルフィをかばうように移動した。けれど表情は硬い。
「情けないですけれど、アレは私の手には負えません……」
下手に俺と協力して戦っても、足手まといにしかならないと悟ったようだ。
俺はそんな彼女の肩をぽんと叩いた。
「ここまで頑張ってくれてたからね。ゆっくり休んでてよ」
「っ!? ぁ、ありがとうございます……」
真っ赤になってうつむくマリーに笑みを残し、俺は一歩前に出た。
アークデーモンを見据える。
やつは『グロウダケの護符』を持っていなかった。玉座の後ろに大きな宝箱があり、そこに収められているようだ。
目的はそのアイテムのみ。
でも、『グロウダケの護符』を使って限定スキルを得るには、今の所有者――アークデーモンを倒さなくてはならない。限定スキル付与型のアイテムはたいていそうだけど、複数人へ同時に効果を与えられないのだ。
俺は『勇者の剣』をゆっくりと抜く。
アークデーモンは俺の動きを眺め、玉座から立ち上がろうとした。
そこを、狙って――。
ヒュンっ。ズバッ!!
「ギ、ィ……?」
一足飛びに飛びかかり、すれ違いざま首を両断した。
宙を漂うアークデーモンの頭は、何が起こったかわからないのか目をぱちくりさせてから、床に落ちる間に絶命する。
「ま、こんなもんか」
アークデーモンはけっして弱くなかった。
でも、俺がこれまで戦ってきたのは、勇者もどきや悪竜の尻尾。名前からは強そうに思えなくても、ステータスはランクSがずらりと並ぶ強敵たちだ。
俊敏がAとSの差は相当なもので、俺の動きを目で追うことすら奴はできなかった。
負ける道理がない。
「メルくん、すごいっ」
「兄さま、すごいですっ」
「相変わらずデタラメね」
「これほどまでとは……驚きですっ」
仲間たちが駆けてくる。
「さっすがー。チップルが認めただけはあるわー」
この妖精、俺を認めてくれていたのか。驚きだ。
さて、あとは『グロウダケの護符』を回収して終わり。
あれ? でも何か忘れているような?
そんな疑問が浮かんだ直後、上から高らかな笑い声が降ってきた。
『おーっほっほっほっ。すばらしい、感動したっ、ですわっ』
「あ、ミリアリアさんのこと忘れてたんだ」
『なにそれひどい! ですわっ』
うん。だからゴメン。
心の中で謝る俺でした――。