35◆悪魔の巣窟
ステータスの上昇速度を上げるとされるアイテム『グロウダケの護符』。
それを求め、『ボールダンの塔』を目指す俺たち。
新たな仲間を加え、意気揚々と〝境界〟を経由して塔へ向かったのだけど。
ビュオーッ。
「吹雪いてますがここはどこっ!?」
見渡す限りの雪原を、滑るように横向きに雪が吹きすさぶ。
俺の『鑑定』が正しければ、『ボールダンの塔』は遥か南の砂漠地帯のど真ん中に建っているはず。
「さっむーい! なんなのよー、もーっ」と妖精チップルはおかんむりだが、
「お前が連れてきたんじゃないかっ」
「仕方ないじゃないのー。初めて行くところは座標を合わせるのが難しいんだからー」
間違うにしてもズレすぎじゃないですかね? ここって思いきり北だろ? 違う? あ、もっと南を突っ切ると、また寒くなっちゃうのか。世界って不思議。
気を取り直してもう一度、〝境界〟に入って出てくれば。
「あー、いいお天気だなあ」
一転してぎらついた太陽が頭上近くにあり、しかし気温はさっきの氷雪地帯と変わらない。かちんこちんになった岩だらけの世界だ。
「見て見てー。雲があんなに下にあるよー♪」
どうやら戻りすぎて、山脈のてっぺん付近に出てきてしまったらしい。
そんなことを7度繰り返し。
ビュオーッ!
「痛いっ! 顔に砂粒が当たって痛いっ!」
今度は砂嵐とやらに襲われた。
「ひゃーっ、とーばーさーれーるーぅ」
横風に翻弄されるチップルをシルフィが必死につかむ。そんなシルフィも小柄なので飛ばされそうで、リザが慌てて腰をつかむ。リザをクララが、クララをマリーが、マリーを俺がつかんで、どうにか耐える俺たち。
ちなみにマリアンヌさんの呼び名は『マリー』に決定した。
俺たちが呼び捨てや愛称で語らう中、一人『さん』付けなのが寂しかったようなので、出発前にみんなで決めたのだ。
さておき。
砂が渦をなす景色の中で、ぼんやりと浮かび上がる影を見つける。
どうやら近くに『ボールダンの塔』があったようだ。これまでの道のりを考えれば、かなりの幸運。
俺たちは砂嵐の中を爆走する。塔に近づくほど砂嵐は弱まって、塔へとたどり着いたころには、嘘みたいに治まっていた。
真下から見上げる塔は高い。31階建て。地下も2層ある。
目的の『グロウダケの護符』は、今現在29階をうろついている巨大悪魔が持っているらしい。その魔物を倒せば、護符はゲットできる。
でも、これは……。
「にしても、でっかい扉ね」とはリザの感想。
彼女の言うとおり、5メートルくらいの重厚な扉が俺たちの前に立ちはだかっていた。
「あっ。ですが、施錠はされていないようですね」とはマリー。
扉を静かに押しやると、音もなく向こうへわずかに動いた。木製のスイングドアみたいに軽く開きそうだ。
『おーっほっほっほっほっ』との高笑いは「あんた誰っ!?」
塔の上のほうから聞こえてきたよ?
『よくぞいらっしゃいましたわね。現世の勇者よ。ご苦労様ですわ』
「はあ、どうも……というか、貴女は誰ですか?」
艶っぽい声とか話し方は女性のものっぽいけど、妖精王ウーたんの前例があるので、ちゃんと見るまでは信用できない。ああ、いや、女の人だな。『鑑定』で塔の情報を読み取れば一発だった。
『わたくしはこの塔を管理する、ミリアリア・ドールゲンマイヤット・エル・ホイントハールマンですわ』
長い名前だなあ。
彼女は最上階の31階に居を構え、塔内の魔物を倒して素材を剥ぎ取り、使い魔を外に放って外部とやり取りして暮らしている。
なぜなら彼女は、
「塔に閉じこめられてるんですね」
『だ、誰がそのような世迷言をおっしゃったのかしら!? わたくしはこの場に留まり、魔法の研究と修行を続けていますのよっ』
「で、この塔の主である巨大悪魔をどうにか倒して脱出を目論んでいる、と」
『ななななぜそれをぉ!?』
ちょんちょんと脇腹をつつかれた。シルフィが小首をかしげて俺に尋ねる。
「どういう人なの?」
「俺たちと同じように、護符を求めて200年前にこの塔に来たみたいだね」『ちょ』「でもデーモンに勝てなくて」『はうっ』「逃げようとしたけど閉じこめられたから」『やめ、』「今はデーモンから隠れて過ごしている人だよ」
『どうして全部知っていますのよぉ!?』
ネタ晴らしをしてあげるつもりはない。
シルフィはまたも不思議そうに疑問を口にする。
「200年、前……?」
「ああ。この人、魔族みたいだ」
『ちちち違いますわよっ! わたくしは魔族ではありませんわっ』
必死に否定しているけど、塔から読み取った情報では間違いない。
「魔族?」と一同が首をかしげる。
それもそのはず。
魔族は現在、その存在がほとんど確認されないほど稀少な種族だ。妖精並、と言っていい。
遥か昔、悪竜を操って世界を支配しようとしたものの、悪竜を制御できずにほとんどが殺され、他種族からは『余計なことしやがって』と疎まれたため、俗世から隠れて細々と生きながらえてきた。
かなりの長命ではあるけど、今や絶滅寸前らしい。
「迷惑な種族なのね」とリザ。
「悪い人ですか?」とクララ。
「いや、生き残った魔族はみんな反省して、以降は影ながら神様や勇者たちをサポートしてたみたいだ。あまり役には立ってなかったみたいだけどね。あと、彼らが悪竜を生み出したわけでもないし、たんに猛威を振るっていた悪竜を利用したかっただけらしい。失敗したけどね」
『ぅ、ぅぅぅ……。これ以上ご先祖様の恥を暴露しないで……』
そんなつもりはなかったのだけど、なんか〝泣きそうになっている〟らしいので、この辺でやめておくか。
「とりあえず、俺たちがデーモンを倒します。それで貴女は自由になりますけど、護符はもらっちゃっていいですよね?」
『おーほっほっほ。そう簡単にいくとお思いですのかしら?』
ミリアリアさんは何やら復活した模様だ。
『この塔はデーモンのいわば王国。いかに勇者であろうとも、なんの準備もなしにアレを倒すのは難しいですわ』
自分の立場をわきまえず、鬼の首を取ったかのような発言。面白い人だ。
『まずはわたくしの話をお聞きになられるのがよろしくてよ? その上で、準備万端整えて――』
「ああ、だいたいわかってるので、必要ないですよ」
『へ?』
俺はみんなに待っているよう伝えてから、剣の柄を左手でぎゅっと握り、重そうでいて軽い扉を右手で押し広げた。中に入る。とたん、ズズゥンと扉が閉まった。
扉は内側からだと押したところでびくともしない。引くための取っ掛かりもなかった。いや、もし開いたとしても――。
「入った瞬間、限定スキル『悪魔の4ヵ条』が付与されて脱出できなくなるのか」
この塔は主である巨大デーモンが創り上げた魔法による陣地で、立ち入ったものに状態異常扱いで4つの制約を課す。
〝塔から出てはならない〟。
〝塔を破壊してはならない〟。
〝自身および他者の状態異常を回復させてはならない〟。
〝主を攻撃してはならない〟。
解除するには状態異常を回復させるアイテムか魔法が必要だけど、第3項目がネックになる。
あるいは主であるデーモンを倒せばよいのだけど、これまた第4項目があるので不可能だ。
塔自体が巨大な罠で、入ったものはデーモンの餌になることが運命づけられているというわけか。ミリアリアさんはよく200年も生きていられたものだと感心するよ。
『ななな何をなさっているのですのっ! これで貴方はわたくしと同じく囚われの身。あの憎々しいデーモンを倒すこともできなくなりましたわっ』
地団太を踏んでいる様子が手に取るようにわかる憤慨っぷりだ。
『この塔へ入るには、状態異常を無効にするアイテムや魔法が必要でしたのにっ! その説明も聞かずに無防備に侵入するなんて貴方バカですの? バカですわね。このおバカっ!』
ひどい言われようだ。
『……いえ、まだ望みはありますわね。外にはまだ貴方のお仲間がいますものね。特に『天眼』持ちのマリアンヌ・バーデミオンならば、塔内の魔物程度は問題なく相手ができるでしょうし、状態異常を回復するアイテムを持ってくれば、勇者にかけられた制約も解除できますわ。であれば、デーモンも、倒せますわっ』
使い魔で塔の外とやり取りしていただけはあり、情報通だな。
希望に燃えたような口調で彼女は続ける。
『そのようなわけですから、外の皆さま、今からわたくしが言う物を用意して――』
「みんなも入っておいでよ」
『なあ――っ!?』
ミリアリアさんが絶句する間に、みんながぞろぞろと入ってくる。ズズゥンと重々しい音が響いた。
「どう? なんか変な感じする?」と俺が問うと、
「なんか、背筋がぞくぞくと……」リザがぶるりと身を震わせた。
「でも、それだけです?」とクララ。
マリーは大剣を構え、扉に向くも、硬直して動かなくなった。
「なるほど。破壊しようとすると、こうなるのですね」
「メルくん、どうするの?」
「ん? そうだなあ。アース・ドラゴさんが持ってる状態回復の魔法だと、ランクが低くてみんなを元には戻せないみたいだ。でも、たしか『術の勇者』ならオッケーだったはず」
「この程度なら問題ないんじゃない? どうせデーモンを倒せば解除されるんでしょ?」とリズ。
「まあ、そうだね」
「ですが、〝塔を破壊してはならない〟という制約が、行動を制限してしまう危険があります」
ふむ。なるほど。壁を背にした魔物を切る伏せられないとか、そんなことはあり得るな。
となると、その制約を逆に利用もできるわけだ。
「とりあえず解除したほうが有利っぽいから、そうしよう」
『――ってぇ! 何を悠長に話していますのっ! 解除できたら苦労はありませんわっ』
お、ミリアリアさんが復活した。
「大丈夫ですよ」
『1ミリも大丈夫じゃありませんわよっ!』
憤懣やる方ないミリアリアさんを落ち着けようと、俺は腰に差した剣に手を添えて言った。
「俺に制約は課せられてませんから」
『へ?』
「この『勇者の剣』には、使用者を無敵状態にする特殊効果があるんです。で、俺は塔に入るとき、それを発動してたので、デメリットオンリーの限定スキルは付与されなかったんです」
切り札をいきなり使ってしまったけど、ま、問題はないな。
しばらくミリアリアさんから返事がなかったので、シルフィに『術の勇者』を降ろしてもらい、みんなの状態異常を回復する。
「よし、じゃあとっととデーモンを倒しに行きますか」
『お待ちなさい、ですわっ』
「今度は何ですか?」
『た、たとえ制約がないとしても、この塔はデーモンの腹の中と同義。数多の罠が待ち受けていますの。わたくしとてすべてを把握してはいませんから、慎重に――』
「それも大丈夫ですよ」
俺はにっこりと笑って言った。
「仕掛けられた罠も、どこにどんな魔物がいるかも、デーモンがうろついている場所も、俺には全部わかってますから」
息を呑む音が聞こえた。
『あ、貴方……何者ですの……?』
これまでいろいろ見せているから、今さら秘密にすることでもないんだけど。
「歴代に比べて、ちょっと〝眼〟がいい勇者、かな?」
今のところは曖昧にしておく俺でした――。