33◆妖精デリノ
迷宮内でスライムさんと戯れるうち、『勇者の剣』の鞘を入手した俺。
鞘の【特殊効果】には〝形状を変化させて防具となる〟ものがあり、俺のステータスと状況により、どんな防具になるかわからないらしい。
「ま、とりあえず試してみるか」
俺は『勇者の剣』を右手に持って勇者パワーをこの身に宿し、左手の鞘を掲げた。
念じ、『妖精王の守り』とやらを発動する。
ぽわんと虹色の光からあふれた。
余計な装飾のない鞘が白く輝くと、みるみる形状を変化させた。
「なんだこれ? 兜?」
硬い半球状の帽子みたいな何か。金属製だけどわりと軽い。
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名称:安全ヘルメット(マスター仕様)
分類:兜
攻撃力:E
防御力:B
攻魔力:E
抗魔力:E
【説明】
頭部を守る防具。通常の『安全ヘルメット』よりも硬く、軽い。
主に工事現場やダンジョン探索で使用。
物理系の防御に特化している。
【特殊効果】
なし。
【状態】
『勇者の剣』の鞘が変化したもの。誰でも利用可能。
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「なんだこれっ!?」
『鑑定』結果を二度見する俺。
防御力はBランクとそこそこ高い。でも、工事現場の人が主に使うようなモノがなぜ……?
それに、勇者ならもっと高ランクで特殊効果も付与された防具になりそうなものだが……。
安全ヘルメットとやらをさらに深く、鞘の情報まで詳しく読み取ってみれば。
「むっ、読み盗ったあとの合計ステータスじゃなくて、俺の素のステータスしか影響しないのか」
俺の素のステータスは一部がBに届いた程度。
まあ、こんなものと言われれば納得ではある。
「俺自身がもっと強くなれば、強力な防具になるのか」
面倒くさいけど、そこは元から目指していたところ。
悪竜を倒すには、俺個人の力が勇者並みにならなくてはならないのだっ。たぶん。
「デリノって妖精を誘きだすのを待つ間にも、修業しなくちゃだな」
勇者を読み盗りまくってればパワーアップできるよね?
「何年かかるかのう」
「挫けるようなこと言わないでっ」
まあ、悠長にしていられないのは事実だ。
「なんかこう、手っ取り早くステータスが上がる方法ってないものだろうか?」
俺のぐうたら人間発言にも、シルフィたちは腕を組んで真剣に考えてくれる。
そんな中、ウーたんはあっけらかんと言ってのけた。
「あるぞ。よいアイテムが」
「マジでっ!?」
さすが妖精の王だけはある。俺が期待に満ち満ちた瞳で見つめると、ウーたんはふんぞり返って豊満な胸を揺らした。
「アース・ドラゴに与えたものでな。凡人たる奴が若くして勇者にまで上り詰められたのは、そのアイテムのおかげである」
「前から思ってたんですけど、ウーたんってアース・ドラゴさんに甘いですね。『勇者の剣』を創ってあげたりとか」
「はっはっは、今にして思えば、言葉巧みにあれもこれもと要求されるまま与えておったわ。絶許☆」
俺の中でアース・ドラゴさんへの尊敬が畏怖に変わった瞬間だ。
もう一度じっくり話してみたいな。主にウーたんの扱いについて。
「で、そのよいモノってどこにあるんですか?」
「うむ。もろもろ併せて余が持ち帰ったはずであるが……」
ウーたんはぷりんとしたお尻を俺たちへ向け、玉座の後ろをごそごそとした。
何やらつかんでは放り投げ、俺の頭にポコポコ落ちてくる。
安全ヘルメット大活躍である。
「うーむ。そういえば、持ち帰った中にはなかったか。〝外〟で紛失してしまったらしい」
役立たず発言をするウーたん。玉座の上でくるりと身をひねり、こちらへ向いて座り直した。
「アイテムの名は『グロウダケの護符』。気が向いたら〝外〟を探してみるがよい。そちならば、すぐに見つかるであろう」
名前は覚えた。
フィリアニス王国に戻ったら、ちょっと調べてみるかな。
近場にあるなら、積極的に取りに行こう。
こうして俺たちは、ひとまず王国へと帰ったわけなのだけど。
帰って早々、思いもかけない人と再会を果たした。
「お久しぶりです。メル・ライルートさん」
赤い髪で大剣を背負った美女騎士さん、マリアンヌさんだったのだ――。
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時をすこしさかのぼる。
メルたちが『妖精の国』へ赴いたころ。
フィリアニス王国近くの森に、一人の騎士の姿があった。
「ぐぅ、ぅぅぅ……」
端正な顔を歪ませ、手にした大剣を握りしめて必死に何かに耐えている。
燃えるような赤い髪を後ろでひとつに縛る彼女。ふだんは澄んだ青い瞳が、今は赤黒く濁っていた。
マリアンヌ・バーデミオン。
グランデリア聖王国の名門、バーデミオン家の長女にして、固有スキル『天眼』を持つ騎士だ。
彼女は動かない。
大剣を構えたまま、体の内からあふれ出る破壊衝動を抑えるのに必死だった。
がさりと茂みが鳴る。
一匹のウサギが飛び出してきた。マリアンヌの前で首をかしげ、長い耳をぴくりと動かす。
「ぐっ、……うあっ!」
反射的に振り上げようとした剣を、あらん限りに力で押さえつけた。
ウサギはびくりと驚き、茂みの中へと跳ねて消える。
もう、限界だった。
マリアンヌは自らの意思で、『狂化』状態を解除した。
「ぅ、ぁ、はあ、はあ……」
体が鉛のように重くなり、膝を折る。大剣を落とし、四つん這いになって息を荒げた。
そこへ声が降ってくる。甲高い子どものような笑い声がケラケラと響いた。
「自分で自分を苦しめるなんて、オマエってマゾ?」
ぎょっとして首を持ち上げる。が、声の主と思しき者の足は見当たらない。左右を見ても、まさかと思い空に顔を向けても、どこにも誰もいなかった。
幻聴だろうかと、息を整えてその場に腰を落としたところで。
「ああ、そういや姿を消したままだったぜ」
またも声が聞こえたかと思うと、マリアンヌの眼前に、小さな何かが降りてきた。
手のひらサイズの人型の何か。背には透明な翅が生えていた。
短い髪が逆立ち、その姿は生意気な口調も相まって、少年を思わせる。が、人に連なる者たちとは大きさがそもそも違う上、淡い緑色の光を全身からにじませていた。
「よ、妖精……?」
マリアンヌも本物を見たのは初めてだった。伝え聞く姿形に酷似していたから、どうにか記憶から呼び起こせたに過ぎない。
「で? アンタ、何やってたんだ?」
「えっ、あの……訓練を……」
マリアンヌは旅の途中である。『勇者の剣』に認められたメル・ライルートを追っていた。
「アンタ、勇者を探してるんじゃないの? こんなとこでサボってていいワケ?」
国から与えられた任務ではあるが、体のよい厄介者払いだとの自覚もあった。
だらといって現勇者の捜索をないがしろにしているのではなく、むしろ任務に支障が出かねない自身の弱点を克服しようと、時間を取って訓練していたのだ。
メル・ライルートの足取りもつかんでいる。彼は一緒にいたエルフの少女を連れ、おそらく彼女の故郷であろうフィリアニス王国へ向かっているのは間違いなかった。
「サボっているのではありません。私は固有スキルに『狂化』を持っていて、『狂化』の発動と解除を自分の意思で行えるように訓練していたのです」
おかげで、そこまではできるようになっている。
きちんと『鑑定』を受けてはいないが、ランクはDに上がっているはずだとマリアンヌは確信していた。
『狂化』の訓練は、自身との戦いだ。
丸二日ほど洞窟の中で自身の内側を見つめる訓練を行い、ようやく発動できるようになった。『狂化』発動中も自己を見失わないよう努め、任意に解除することもできている。
「そんだけ苦労して、たったそれだけ? やる意味なんてあんのかよ」
妖精は腹を抱えてケラケラ笑う。
「地道に続けていけば、いずれ『狂化』を自在に操れるようにもなると私は信じています。そうなれば、私は飛躍的に強くなれるでしょう」
勇者と肩を並べられるほどになりたいと、マリアンヌは切に願っていた。
「ふうん。てか、もっと楽に強くなる方法があるぜ?」
「剣の道に、楽な道程などありません。茨の道を進んでこそ、真なる強さを手にできるのです」
「けっ、弱いヤツが使いそうな言い訳だぜ。前の勇者だって……なんだっけ? ああ、そうそう、『グロウダケの護符』とかいうアイテムで楽に強くなったらしいぜ?」
「『グロウダケの護符』……?」
マリアンヌは首をかしげる。初めて聞くアイテムの名だった。
「今はたしか、『ボールダンの塔』にあるんだったな。ま、あそこの魔物はランクAがうじゃうじゃいるし、アイテムを取る前にくたばっちまう」
妖精はケタケタと笑うと、どこからともなく透明な瓶を取り出した。中には禍々しい色をした液体が入っている。
「こいつを浴びれば、アンタはすぐにでも勇者並みに強くなれる。ま、ちょいと苦しかったりするけど、そんくらいのデメリットはあって当然だろ? どうよ? 試してみないか?」
妖精はずいっとマリアンヌの目の前に瓶を差し出した。
吐き気をもよおすほどの嫌悪感が体中を這いまわる。
けれど、『勇者並みに強くなれる』との言葉に、マリアンヌの腕が知らず持ち上がっていく。
手にしてはダメだとの警告。
強くなりたいとの切望。
その二つがせめぎ合う中で、マリアンヌは今さらながらの疑問を口にした。
「貴方は、誰なのですか……?」
妖精はニッと屈託ない笑みを作って答えた。
「オレの名前はデリノ。アンタと同じで、勇者に興味があるのさ」
自分と同じ。そう言った妖精に対し、マリアンヌは差し出した手を――。




