32◆迷宮スライムと盾と鞘
今後の方針は決まった。
悪竜に協力する妖精デリノを、妖精王ウーたんを囮にして誘き出す作戦だ。
その意趣返しではないだろうけど、ご褒美である『勇者の剣』の鞘が見当たらないと抜かすウーたん。
ほんとにまったくもうっ!である。
「そう怒るでない。どこかに隠れておるのだろう。中に入って探さねばな」
「中に、入る……? 玉座の裏に倉庫みたいなのがあるんですか?」
「いや、迷宮である」
「なんでそんなの作るのさっ!? そして大事なものを隠すのさっ!?」
「だって楽しいだろ☆」
おっといけない。この妖精には常識を説いても意味ないのだった。
「ウーたんの『千里眼』とかでも見つからないんですか?」
「余の『千里眼』は〝眺める〟のに特化したものであるからな。探し物を見つけるのは、そちの領分であろう? よって、そちが探してくるがよい」
また面倒な……。
「でも俺がいない間にデリノが襲ってきたら?」
「そちは余がきちんと追跡しておる。何かあればすぐ引っ張り出してやる」
ま、時間がかかるようなら諦めるか。
けっきょく俺一人で迷宮探索をすることになり、促されるまま玉座の裏に回る。見た目はなんの変哲もない、椅子の裏側なのだけど、〝妖精王の迷宮につながる穴が開いている〟ようだ。
妖精の国に来たときと同じく、そこへ飛びこめばいいらしい。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「メルくん、気をつけてね」
「みんなのことは任せて」
「ファイトですっ」
「がんばってねー」
「とおっ!」
俺は意を決して玉座の裏に飛びこんだ。ぶつかるっと恐怖したものの、するりんと体が玉座を通り抜け、
「ぶべっ」
冷たい床に顔から倒れこんだ。
「いてて……」
鼻を押さえながら起き上がる。白っぽい床とか壁とか天井に囲まれた、広い廊下だった。けっこう明るい。天井から光がしみ出している感じだ。
「しかし……雑然としてるなあ」
廊下のそこかしこに、武具やら防具やら食器やらハシゴやらなんやらかんやら……いろんなものが落ちていた。
「とりあえず進むか」
俺は『鑑定』で周辺情報を読み取る。
めちゃくちゃ広い迷宮だ。一層がちょっとした規模の都市――たとえば『勇者終焉の街』くらいあって、それが17層。
いくつもの罠が仕掛けられてもいる。
まあ、どこにどんな罠があるかは〝神眼〟でお見通しなわけだが。
で、目的の鞘は第11層という奥深いところにあるらしい。
あまり時間をかけたくないし、俺は勇者パワーで全力疾走する。最初こそ階段だったものの、次はハシゴ、その次は大穴が開いているだけ。
罠は華麗に回避して、第5層にたどり着いた。
「で、なんだあれ?」
なんかゼリー状の物体がのったり動き回っているのですが?
横幅は2メートルほど、高さもそれくらいの丸っこいこれはなんだろう?
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名称:ラビリンスライム
体力:A-
筋力:A
俊敏:C+
魔力:B
精神力:B-
【固有スキル】
『艶出し(液状)』:A
物体を磨いてつやつやにする能力。『艶出し』に手法特性を付与したもの。液状のもので磨くとよりつやつやになる。
ランクAでは艶出し前に汚れを完全除去する効果を有する。
【状態】
お掃除中。
=====
なんだスライムか。いや、えっ? 『艶出し』? お掃除中って……待て。それよりステータスがなんかヤバいくらい強いっ!?
伝え聞くところによれば、スライムは最弱に分類されている。木の棒でぶん殴ったら四散して息絶えるほど、弱っちい魔物のはず。
でも体力と筋力はキングトロール並で、魔力もかなり高い。達人でも一歩間違えば命の危険があるぞ、これ。
それに色は水色に近いはずだけど、目の前でうごめくスライムは黄色というか、金色に輝いている。
名前からしてスライムの上位種――成長してクラスチェンジした感じだ。
ラビリンスライムさんは、何やら大きな金属製の板に引っ付いて、のそのそと動いている。廊下の壁に立てかけられたその板っぽい何かをお掃除しているらしい。
なんだろう、あれ? 色は白く、中央に赤く十字が描かれている。ラージシールドを成人男性くらいでっかくしたような物だけど……。
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名称:聖騎士の盾
分類:盾
価値:非売品
攻撃力:A
防御力:S
攻魔力:A
抗魔力:S
【説明】
『盾の勇者』ガラン・ハーティスが使っていた攻防一体の大盾。
聖人の血がしみ込んでおり、強大な魔力を有する。
防御力が最高ランクであるとともに、打撃系武器としても一級品。
特殊効果により使用者と認められなければ、手にした者に多くの災いが降りかかる。
【特殊効果】
『聖人の祈り』
使用者のあらゆる状態異常を全回復し、10分間、状態異常を完全に無効化する効果を与える。(1日2回)
『聖人の選定』
以下の条件に合致する者を聖騎士と認め、使用者に認定する。
条件:全ステータス値がA-以上、かつ、ランクB以上の防御系の固有スキルを持つ。
ただし、条件に合致しない場合、持ち運んだ者にさまざまな状態異常を付与する呪いをかける。(デメリット)
【状態】
ラビリンスライムの定期メンテナンス中。汚れは完全除去状態。艶出しされている。
=====
ものすごいものを見つけてしまった……。
『盾の勇者』ガラン・ハーティスって、どこぞの領主が『悪竜の瘴液』で変身した勇者だな。
その人が使っていた盾か。
こんなバカでかいのを振り回して武器にするのはなんか嫌だな。
それはそれとして、注目すべきは【特殊効果】のひとつ目。
これ、悪竜の呪いも完全に回復できるらしい。
しかも10分間、呪いを弾ける。連続使用で20分間だ。
すごいっ。欲しいっ!
キラキラした目で白い大盾を眺めていたら、天井から声が降ってきた。野太くはない。
『物欲しそうな瞳で眺めておるな』
「そりゃあ、まあ……。てか、どうやってここに運んだんです?」
【特殊効果】の『聖人の選定』によれば、かなり強い人でないと呪われてしまうけど。
『余は妖精王。妖精は〝神性〟を持つ。聖人が神に連なりし者を呪えるものか』
「でも使用者とは認められない?」
『はっはっは、余を含めて妖精は弱い生き物であるからなっ』
てことは、この大盾は今所有者ナシの状態。やっぱり欲しいっ!
と、ラビリンスライムさんがのそのそと盾から離れ始めた。〝お掃除が完了〟したようだ。
白い盾はつやっつやに光沢を放っている。まさしく神聖な輝きだ。
ラビリンスライムさんお疲れさまです、と俺の物ではないのに感謝の気持ちでいっぱいになっていると。
ぷる、ぷるぷるぷる……。
金色のゼリー状物質が廊下中央でぷるぷる震える。そして――。
ずびゅんっ。
「どわっ!?」
なんか飛んできたっ!?のを、ひらりと避ける俺。
ラビリンスライムさんが体の一部――こぶし大くらいを俺へ撃ち放ってきたのだ。
「くそっ、敵認定されたのか!?」
俺が剣を構えると、またも天井から声が。
『それを倒してはならんぞ』
「なんでさ?」苛立ちでタメ語になる俺。
『お掃除スライムくんは迷宮内のお掃除を一手に引き受けてくれておる。一匹とて無駄にはできん』
その言い方だと、まだ他にもいるらしいな。
でもたしかに、お掃除をしているだけの彼らを殺めるのは心が痛む。
「なっ、ちょ、待っ、ふわっ!?」
ところがラビリンスライムさんは容赦なく、次から次へと文字どおり身を削って攻撃してくる。
避けまくる俺。
体を飛ばしているので、ラビリンスライムさんはどんどん小さくなっていく。
やめるんだラビリンスライムさんっ。体がなくなっちゃうよ!
ハッと気づく。
背筋に悪寒が走った。
本能に急かされるまま床に伏せると、頭の上を背後から金色物質が通過していった。
振り返る。
1/3サイズのラビリンスライムさんがいた。新たに出現したのではなく、俺が避けまくった体の一部が寄り集まってできたのだ。
挟撃っ。今までは行動を読み取るまでもなく勇者パワーで躱せたけど、2方向からはちとキツイか。
と、ラビリンスライムさんの行動を読み取った俺は、彼(彼女?)の意図をようやく知った。
彼(?)は俺を襲っていたのではなく――。
「とりゃっ」
俺は『勇者の剣』を床に突き刺し、壁際に飛び退いた。
びゅんびゅん、びゅびゅびゅん。
前後から放たれた金色ゼリー物質は、べたべたと『勇者の剣』にへばりつき。
やがてラビリンスライムさんはひとつに戻り、すっぽりと剣を包みこんでしまった。さっきと同じく、のそのそうごめく。
なんと『勇者の剣』をお掃除してくれるつもりだったのだっ。
俺への配慮はまったくなかったですね。ま、生物は眼中にないっぽいから仕方ないか。
せっかくだからぴかぴかに磨いてもらおう。
その間は暇なので、ウーたんに呼びかける。
「さっきの話の続きなんですけど、あの『聖騎士の盾』をもらっていいですか?」
ダメ元で頼んでみたら、あっさりOKが出る。
『よい。許す。が、そちでは使用者と認められぬぞ?』
アース・ドラゴさんは使用者の条件には合致しないもんなあ。
でもまあ、ちゃんと大盾を読み取った限り、条件を満たすのはそれほど難しくはない。
でも、うーん、今日2回目だし、また今度にしようかな?と、この場は諦めようとしたとき、天使のごとき声が上から降り注いだ。
『メルくん、わたしは大丈夫だよ』
俺の考えをお見通しなシルフィはマジ天使。この子こそ大地母神として崇められるべきだと思う。
「でも今日2回目だぞ? 体キツくないか?」
『メルくんみたいにどこか痛くなるわけじゃないから、平気だよ。全力疾走するくらいの疲れだけだもん』
体力E+にはかなりの負担だと思うのだけど……。
『何度も試して慣れておきたいし、やらせて』
決意は固いようだ。
「わかった。じゃあ、『勇者の剣』のお掃除が終わったら、そっちに迎えに行くよ」
『その必要はないのであるっ』
ウーたんが横から割りこむ。すると、しばらくののち。
「きゃっ」
天井から、細くしなやかな脚がするりと出てきた。シルフィが落っこちてくるのを、颯爽と受け止める。
「危ないなあ……。てか、任意の場所に送れるんですか?」
『余の迷宮であるからな。当然であるっ』
なんだよ。だったら俺が走って行くことないじゃん。場所を伝えて連れていってもらえばいい。
「その前に、ちゃちゃっと盾をもらうとするか」
シルフィを下ろす。
彼女はすたすたと大盾に歩み寄り、厳かに詠唱を行ってのち、
「降りたまえ、『盾の勇者』ガラン・ハーティス!」
ぶわっと、風が舞った。そして――。
「おおっ! 俺を呼んだなっ。我こそは『盾の勇者』ガラ――」
「すいませんちょっと黙っててもらえますか。あとムキムキポーズもしなくていいんで」
我が天使のイメージを崩さないでください。
わりと失礼なことを言ったのだけど、ガラン・ハーティスさんは黙って棒立ちになってくれた。素直でいい人だ。
俺はシルフィをじっと見て、彼を読み盗り、大盾に手を触れた。
『条件をクリア。メル・ライルートを使用者として認定。契約完了。以降、契約解除はメル・ライルートの意思あるいは死亡をもって行われる』
盾がしゃべった!?
が、無感情な声はそれからまったく聞こえなくなる。
「メルくん、どう?」
シルフィはちょっとお疲れ顔だけど、気丈にもふらつかずに立っていた。
「ああ、うまくいったよ」
とにかく、あっさり使用者として認められた。一度認められると、条件に合わなくても契約は解除されない。だから俺の平凡ステータスに戻っても問題はなかった。
大盾を裏返すと、取っ手がいくつも付いていた。振り回して武器にするために必要なのだろうか。でも、こんなかさばるものは普段持ち歩きたくない。
そうこうするうち、粛々とがんばっていたラビリンスライムさんのお掃除が完了した。
剣を抜く。床に刺さっていた切っ先までピカピカつやつやだ。
俺は剣を腰に収め、巨大な盾を手に持った。かなり重いですね。
「んじゃ、ウーたん。一度そっちに戻してもらえますか?」
『任せろ☆』
虚空から、にゅっと細腕が現れた。俺とシルフィの襟首をつかみ、ぐいっと引っ張る。
迷宮内では不思議パワーが働くらしく、シルフィの小躯はもちろん、巨大な盾を持つ俺も軽々と引き上げられ。
ぽーんと無造作に放り出されたのは、玉座の間だ。
俺はしゅたっと着地。シルフィはリザとクララが見事にキャッチ。
「もっと丁寧に扱ってよねっ」
文句のひとつは言っていいはず。
ウーたんはどこ吹く風とばかりに、あっけらかんと言う。
「では、鞘の在り処を説明するがよい。余が取ってやる」
俺が行かなくてもいいのか。なら楽ちんだ。本当に初めからこれで事足りたのだけど、『聖騎士の盾』がゲットできたから結果オーライと考えておく。
俺が丁寧に鞘の所在を伝えると、ウーたんは玉座の裏に手を回してごそごそし、あっさりと鞘を取り出した。
質素な剣と同じく、余計な装飾がいっさいない、銀色の武骨な鞘だった。
ではさっそくとばかりに、鞘の情報を読み取ると。
=====
名称:勇者の剣の鞘
分類:付属品
価値:非売品
攻撃力:D
防御力:S
攻魔力:D
抗魔力:S
【説明】
『勇者の剣』の鞘。
妖精の鱗粉を練りこんで作られており、防御力は最高ランク。
使用者のステータスによって形状を変化させ、武具になり得る。
特殊効果は『勇者の剣』の使用者のみ利用可能。
【特殊効果】
『妖精王の守り』
形状を変化させて防具となる。防具となった場合、別の特殊効果が発現することがある。
どのような防具となるかは、使用者のステータスと状況による。
元の形状には、使用者の意思で自由に戻せる。
【状態】
現在『勇者の剣』を所有するメル・ライルートを使用者として認定。
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うーん?
便利そうでもあり、運任せな感じがしなくもない。
これは使ってみないとわからんな、と感動が薄い俺でした。