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31◆妖精王の真なる姿


 どうにか悪竜(の尻尾1本)を退治した俺は、シルフィたちと一緒に妖精王が住む王宮に足を踏み入れる。

 

 天からの声に案内され、迷路みたいに入り組んだ廊下をあっちこっち進むと、やがて大きな扉にたどり着いた。


 これまでとは違い、扉の向こう側から艶っぽい女性の声が響く。

 

「よくぞここまで来たな、勇者ども。褒めてつかわすっ」


 口調は天の声と同じ。ということは、このアダルティーな女の人の声が、妖精王本来のものなのか。

 

「ふっ、期待しておるな? 余の声を聴き、絶世の美女を想像したのであろう?」


 ぐっ……。悔しいけど、その通りだった。今までは野太いおっさんボイスだっただけに、期待は膨らむばかりだ。

 

「よい。許す。期待に胸を膨らませるがよい。余の豊満な胸のようになっ」


「なん、だと……?」


「ふふふ、人に連なりし者どもの男が何を好むか。余は熟知しておる。好きなのだろう? 豊満なのが」


 俺の好みは横に置くとして、一般的にはその通りだろう。

 

「妖精とは基本、小型の少女に近しいなりをしている。が、余は妖精の王であるからして、ボリューム感は人のそれと同様。しかも、妖艶な美女であるっ」


「なんて、自信だ……」


 自らを『美女』、しかも『妖艶な』との形容付きとは恐れ入る。

 知らず、俺は生唾を飲みこんだ。

 

 べつに何かを想像したのではないので、シルフィはじっとこっちを見ないでおくれっ。

 そして自分のなだらかな胸に手を当てて、「やっぱりメルくん……」とか寂しげにつぶやかないでっ。

 

「さあ、扉を開けるがよい。我が美しさに跪けっ」


 俺はシルフィの肩に手を置いた。目が合う。大きくうなずくと、シルフィははにかんだような笑みになった。

 

 大丈夫だ。俺は相手が誰であろうと、惑わされたりはしないからっ。

 

 扉に手をかける。ぐっと押すと、以降は力をかけずとも、すうっと扉が開いていき。

 

「余が妖精王、ウルタであるっ」


「ふくよかなおばさんだっ!?」


 遠く、数段上になった場所に玉座があり、そこに座るでっぷりとした中年女性。背中には妖精の証である透明なはねが光っていた。

 

「驚いたかっ!」


「がっかりだよっ!」


 いや待て。勝手に期待したのは俺であり、美意識が異なるかもしれない妖精さんに文句を言うのは筋違いというもの。

 ふくよかな女性だっていいじゃないか。包容力があって。

 

「はっはっは、なかなかよい反応であったぞ。では、元に戻るとするか」


 ぼよん、と気持ち悪いくらい妖精王の体が大きく膨らんだかと思うと、反動で縮まり、ボンキュッボンッなセクシー&グラマラスな美女さんに成り変わった。


「どういうこと!?」


 髪は金色のウェーブで、白い肌に白い布を巻いたような薄手の服。谷間とかおへそとか太ももとか目のやり場に困る。


「こちらが余、本来の姿である。妖艶な美女と期待を煽った上で落としてみたっ。やーい、引っかかったな☆」


「謝れっ! 世界中のふくよかな女性に謝れっ」


「ごめんな☆」


 まったく反省の色が見えなかった。


 脱力しつつ、俺は平静を装って広間に入る。外観や廊下と同じく、真っ白な造り。床は顔が映るくらいピカピカに磨かれていた。

 

「ともあれ、ご苦労であった。一部とはいえ悪竜が『妖精の国』へ現れるなど前代未聞。マジちびったぞ☆」


 ぺろりんと舌を出してウインクする妖艶な美女。

 いちいちツッコむのは時間の無駄と、俺はさっそく本題に入ることにした。

 

「悪竜に協力する妖精のこと、教えてください」


 妖精王の表情がまじめなものになる。そしてすらすらと答えた。

 

「名はデリノ。生まれて20年経っていない若い個体だ。我らはそちが住む世界を〝外〟と言っておるが、奴はここ数年〝外〟で暮らしているようで、妖精の国(こちら)へ戻ってきてはいない。〝境界〟を伝って〝外〟を移動しておるらしい」


 俺が反応を返す前に、チップルが俺の頭の上に乗って驚きの声を上げた。


「えっ、デリノがそうなのー?」


「知ってるの?」


「チップルに、勇者メルのことを教えてくれたのー。でもそのとき会ったのが初めてだし、それからも見てないなー」


 あ、なんとなくわかっちゃった。

 扱いやすいから俺の監視役に仕立てるつもりだったんだな。


「どんな妖精なの?」とシルフィが尋ねる。


「妖精なんて王様以外はみんな同じ感じだよー? ま、チップルのが可愛いけどねー。あんまりよく覚えてないけど、髪が短くて、つんつんしてたかなー。ちょっと男の子っぽいかも」


 デリノなる妖精の意図はどうあれ、今チップルは我が陣営にいる。面が割れたのは大きいな。それまでチップルに逃げられないようにしなくちゃ。

 

「でも、なんでデリノは悪竜に協力してるんだろう?」

 

 この疑問がどうしても拭えない。

 

「理由は余も知らぬ。興味もない。が、これだけ手の込んだことをしておるのだから、ただのイタズラではなかろうて」


「恨みとか辛みとか?」


「妖精らしからぬ理由であるが、『ない』とは言いきれぬな」


 うーん、やっぱり直接会って確認するしかないか。

 

「それで、デリノって妖精はどこに行けば会えますか?」


 妖精王ウーたんはにやりと笑って、きっぱり言った。

 

「知らぬ」


「ですよねー」


 なんとなくわかってたよ。


「ほほう、今そちは余を無能と思ったな? だがそれは違う。間違っているぞ。余の『千里眼』は〝外〟にも及ぶ。が、対象を限定して追跡する術はない。妖精の国(こちら)と違って〝外〟ともなれば、世界をすみずみ見渡したところで、見つけるのは困難である」


「となると、誘き寄せるしかないけど……」


 それもまた大変そうだ。まったくいい考えが浮かばない。

 

「うむ。そこで余の出番であるっ」


「大した自信ですけど、ウーたんが呼び出したとして、のこのこやってくるものでしょうか?」


「はっはっは、無理だな。妖精とは己が快楽のため、欲望のままに生きるもの。王の命令など毛ほどの価値もないっ」


 本当に大した自信だなっ。

 

「だが、奴が悪竜の復活を目論んでいるのならば、奴は間違いなく玉座の間(ここ)へやってくる」


「どうしてですか?」


「そちは、なぜ余がこの場から離れられぬか、理由を想像できるか?」


 そういえばウーたん、悪竜の尻尾が襲ってきたのに、逃げだせなかったよな。『ここを離れられない』とかなんとか。

 

「話の流れを考えれば、悪竜の復活と関係しているのかな?」


「その通りであるっ。余は悪竜封印のカギのひとつ。余がこの場から離れれば、悪竜の封印が緩む(・・)のだ」 


「なんだってぇー!?」


 俺がとてもびっくりした横で、リザがぼそりと言う。

 

「あれ? でもだからって、この部屋から出られない理由になるの?」


 話に割りこんだと思ったのか、慌てて自分の口をふさぐ。

 反応したのはクララだ。

 

「ウーたんさん、悪竜さんが復活してもどうでもよさそうな感じがするです」


 まったくもってその通り。

 世界の平和と我が身の自由。妖精さんなら天秤にかけるまでもなく、我が身の自由が優先だろう。

 

 俺たちの疑いの眼差しを一身に受け、妖艶な美女は高らかに笑った。

 

「はっはっは、たしかに悪竜が復活しようが余にはどうでもよいことだ。むしろ勇者が現れた今ならば、復活したほうが楽しそうとか思ってるしな☆」


 ところがどっこい、とウーたんはあっけらかんと言い放つ。

 

「余がこの場所から離れると、大変なことになる。具体的には、余が死ぬ」


 まあ、カギがほいほい逃げ出したら困りものだ。対策はして当然だね。


「でも、よくカギになろうなんて思いましたね」


 それが一番理解不能。

 しかし理由は単純だった。

 

「騙されたんだぞ☆」


 まったく悔しそうじゃないのはなぜなのか?

 

「余がもっとも魔力あふれるこの場に戻った際、悪竜の封印術式のひとつが発動した。余に知られぬよう、こっそり細工が施されておったのだ」


「いったい誰が?」


 回答を予想しつつ、いちおう訊いてみると。

 

「アース・ドラゴだ」


「やっぱり……」


「奴め、余が奴の遺体に触れた瞬間、細工が起動するよう、自らの体に魔法をかけておったのだ。事前に『俺が死んだら亡骸は好きにしていい』と抜かしおったから、まんまと騙されたわ。死して余を謀るとはあっぱれであるっ」


 だからなんでドヤ顔なのさ?

 

 ちなみにメインのカギは大地母神さん(あえて様は付けない)らしい。だから世に姿を現せないのだとか。ウーたんへかけた魔法はあくまで予備で、起動したらラッキーくらいの意気込みだったとか。

 

 アース・ドラゴさんは、最初から倒すのを諦め、周到に封印の準備をしていたようだ。

 

 で、話を戻すと。

 

「つまり、『ウーたんをここから連れ出せば悪竜の復活が早まる』という情報を流せば、デリノはここへ来るかもしれない、と」


 妖精自体の力は弱いので、ウーたんをどうにかしたいなら、誰かを差し向けるはずだ。そして『妖精の国』へは妖精と一緒でなければ入れない。

 網を張っていれば、確実とは言えないけど、接触はできるかもしれない。


「でもいいんですか? ウーたんを囮にするってことですよね?」


 なんか裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。

 が、ウーたんはケロッとして言った。

 

「すでに事態は切迫しておる。余に取っては、な。此度の件で、情報を流さずともデリノは気づくであろう」


「? どういうこと?」


「悪竜の尾がここに現れたのは、デリノの仕業ではない。悪竜自らが、封印のひとつを破壊せんとした結果だ」


 どうやら悪竜は、妖精の案内なしで『妖精の国』に入れるらしい。


「奴が悪竜の意図に気づけば、きっと余の命を狙ってここへ現れる。だから余を守れよ☆」


「まあ、ウーたんが殺されたら俺らも困るので、べつにいいですけど……」


 なんか釈然としないけど、俺たちは『デリノ誘き寄せ作戦』を話し合った。

 

 結論から言えば、基本は『待つ』。

 ただし、デリノが悪竜の意図に気づかない場合を考慮し、妖精たちには情報を流して、もしデリノに会ったら伝えるようにお願いすることに決まった。

 

「気づかないなら気づかないで、余は安泰なのだが?」


 そんな反対意見も出たけれど、後手に回るよりマシと説得した。

 

 もちろん、情報を流せばこちらの意図にも気づかれる危険がある。

 

「奴が本気であればあるほど、乗ってくる可能性は高い。妖精とは、そのような生き物である」


 ほんと、できれば関わりたくない種族だよなあ……。

 

 で、俺たちはいったんフィリアニス王国に戻り、こっそり『妖精の国』に戻ってデリノを待ち構えることにした。

 相手にバレバレな気がしなくもないけど、助けに来るのが遅れてウーたんが殺されては本末転倒だからね。

 

 さて、ひとまず話は終わったのだけど。

  

「そういえば、『勇者の剣』の鞘はどこですか?」


 ご褒美にくれるんですよね?

 

「そうであったな。たしか、ここにしまって……」


 ウーたんは上体を捻り、玉座の後ろに手を伸ばした。

 

「ん? あれ?」


 なかなか見つからないようで、玉座の上で四つん這いになり、お尻をふりふりしながら玉座の後ろをがさごそしている。

 

「むむ?」


 あれでもない、これでもない、と。

 なにやら取り出してはぽいぽい放る。剣とか槍とか盾とか兜とか、木靴とか桶とかだんだん武具ですらなくなってきたよ?

 てか、玉座の裏側ってどうなってんの?

 

 やがて、ウーたんはこちらを向いて座り直した。しなやかな脚を組み、ふふふと微笑をたたえ、

 

「見当たらぬ」


「ほんとにもうっ、ウーたんはもうっ!」


 『手元にある』とか言ってたくせにっ!

 

 まあ、なければないで、べつに困りはしないのだけど。

 

 まさかこの後、この大事な局面で、迷宮探索をする羽目になるとは思いもしなかった――。

 

 

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