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30◆悪竜の尻尾


 真っ白な王宮に、黒い霧がかかっている。

 大地に咲く草花はしおれ、樹木から葉っぱが変色してばらばらと落ちていた。

 

 開かれた白い門扉から飛びこむと、いきなり巨大な何かに襲われた。

 

 超重量の太く長い、尻尾だった。

 硬そうな鱗はひとつひとつが尖ったナイフのようで、禍々しいほどに黒ずんだ鉄塊じみたものが打ち下ろされる。


 大きく飛び退いて避け、後から続くシルフィたちを手で制した。

 

 尻尾からは黒い瘴気がじわじわと漏れ出てくる。すこし吸っただけで頭がくらくらガンガンした。

 みんなは門扉に隠れてもらう。

 幸い風向きの関係でそちらに瘴気は届かない。俺が注意を引きつけておけば、攻撃もされないだろう。

 

 にしても、こんなところで、しかもこんなに早く悪竜と対面するとは思わなかっ……たって、あれ?

 

 黒く巨大な尻尾が大きくしなり、またも俺へ向かって叩きつけられる。

 ひらりと躱し、その全貌を確認した。

 

「尻尾……だけ?」


 長さは15メートルほど。根元から緩やかに細くなり、先端は金属みたいな鋭い板状のとげがいくつも生えている。

 付け根部分はおそらく5メートルくらいあった。

 

 けれどその向こうには、何もない。

 

 黒い霧に覆われて断面は見えないけど、悪竜の本体はどこにも見当たらなかった。 


 空から声が降る。

 

『さしもの悪竜も、封印状態では7つのうち1本を逃すのが限界だったか』


「7つのうちの、1本?」


『かのドラゴンは尻尾が7つある。そのどれもが強大な力を持っておる毒の尾だ。切り離しもできる便利な尻尾なのだ』


 トカゲみたいだなあ。

 とはいえ、しょせんは尻尾と侮ってはならない。

 

=====

名前:悪竜の毒尾


体力:S-

筋力:S-

俊敏:S-

魔力:S-

精神力:S-


【固有スキル】

『混沌』:S

 〝混沌〟より魔力を吸い出す能力。

 ランクSでは際限なく魔力を吸い出せる。

 〝混沌〟と直接つながるため、その呪いを受ける。(デメリット)


【状態】

 本体から切り離されているために意思はなく、『破壊』のみを実行する。

 自己防衛本能により、防御系の魔法を限定的に扱える。

=====


 独立して勇者並みのステータスですか。

 本体にくっついていれば、本体だけをがんばって倒せばいいとも考えられるけど、これが7本ってかなり厄介だよなあ。

 

 まあ、今は目の前の尻尾1本に集中しよう。

 

 尻尾の攻撃手段はのたうって暴れるだけ。

 でも【状態】で言及されているように、防御には魔法を使うらしい。

 

 試しに『勇者の剣』で斬りかかった。

 

 ギィィインッ!

 

 闇色の魔法陣が現れ、硬そうな鱗に到達する前に剣撃が防がれた。

 

 『冥界の障壁(グランド・シールド)』――『術の勇者』が持つ最大防御系魔法『神位の障壁(グランド・シールド)』と属性違いの同格魔法らしい。

 

「ぬおっ!?」


 着地しようとしたところへ、尾の先端が襲いかかってきた。

 剣で弾く。

 切り裂くつもりで応戦したけど、直前で闇の魔法陣に防がれてしまった。

 

「ぐ……げほっ、げほげほっ」


 向こうの攻撃にはもれなく黒い霧もセットだから、もろに浴びるとかなりキツイな。

 仮に尻尾に直接取りつけたとしても、瘴気をまともに食らってしまう。数秒だってもたないかも。 

 

『苦戦しておるなっ。そこで余の出番であるっ』


「おおっ。ひ弱だとか言ってた気がするけど、頼っていいですかっ?」


『はっはっは、余は何もしない。だって玉座から動けぬし、弱いしね☆』


「では何をしてくれやがるのですか?」


『おっと苛立ちが言葉に乗っておるな。ともかく、余の手元には『勇者の剣』の鞘がある。それから限定スキルを得れば、瘴気はどうにかなろう。本来、鞘は何かしらの褒美に与えるつもりであったが、こうなっては致し方あるまい。くれてやろうっ。そして余を守るのだっ』


 どこまでも偉そうな妖精王さんだ。


「んじゃ、早いとこ鞘をください」


『うむ。では取りに来るがよい』


「……今、なんと?」


『取りに来るがよい。余はここを動けぬのでな』


「誰かに運ばせてくださいよっ」


『それは無理だ。みな、悪竜と瘴気を恐れて逃げ出してしまったからな』


「人望がまるでないっすね」


『はっはっは、言うなよ☆ 泣くぞ☆』


 本気で泣かせたくなるな。

 

「兄さま、ボクが取りに行くですっ」


 ぴょんと門扉の陰からクララが躍り出た。

 

「うわわっ、うにゃっ、臭いっ、へんな臭いっ」


 でも黒々とした瘴気に表情を歪め、顔色も一瞬で青くなった。

 一度でも経験していなかったら、俺だって胃の中のものをぶちまけているほどの嫌悪感が襲ってくるのだ。

 

「クララ、ありがとう。俺は大丈夫だから、隠れてて」


「うにゅぅ……」


 クララはすごすごと門扉に隠れた。

 

「あたしたち、遠くに逃げたほうがいいかな?」とリザ。


 彼女たちが安全な場所まで移動したあと、俺一人で鞘を取りに行く。

 妖精王以外、誰もいないのなら、それが最良のように思えた。

 

 けど、もし俺がいなくなったとたん、悪竜の尻尾が別の場所へ移動したら? シルフィたちを追いかけたら?

 

 その危険がわずかにでもあるのなら、今、この場で、最速でもって、しとめるのが最良の選択だっ。

 

「シルフィ、『術の勇者』は降ろせるかっ?」


「わかった!」


 力強い即答だった。

 シルフィの〝口寄せ〟は初回のみ触媒やらなんやらが必要になる。でも2回目以降は、『接続の記憶』を頼りに呼び出せるのだ。

 

「降りたまえ、『術の勇者』マール・ヘスター!」


 詠唱は天高らかに。

 白い小さな影が門扉から飛び出した。

 

「こうも早く『次』がこようとはな。とはいえ、前回僕に語らせなかった文句を言う暇はなさそうだ」


 シルフィの姿でやれやれポーズをする『術の勇者』。


「それはまた次回に」


「ま、死した身で説教もないな。では、存分に我が力を使うといい」


 俺はシルフィを深く深く読み取り、その小躯に宿した『勇者』の力を読み盗った。

 

「いくぞっ。悪竜――の尻尾!」


 俺は剣で斬りかかる。当然、防御魔法で防がれた。

 

『何をしておる? 『術の勇者』を読み盗って魔法を使わぬとは、宝の持ち腐れであるなっ』


 安全な場所から茶々を入れないでおくれ。

 

 俺は何度か斬りかかりつつ、タイミングを計り、

 

「『神位の障壁(グランド・シールド)』っ」


 敵が出した障壁に同格魔法を重ねた。

 

 耳を突き破るような甲高い音とともに、互いの魔法陣は霞んで消える。

 

 相手の守りが消えた一瞬の間。

 逃さず俺は、剣の切っ先を硬い鱗の隙間に突き刺した。

 

 あふれ出る瘴気が俺を襲う。

 直接包みこまれてしまえば、俺は1秒だって耐えられない。

 

「でも大丈夫っ」


 俺は『勇者の剣』の特殊効果『妖精王の加護』を発動。無敵になって瘴気を寄せ付けない。もっとも、無敵でいられるのは15秒だけだ。

 

「うおおおぉぉぉぉおおっ!」


 俺は剣を深々と突き刺し、そのまま尻尾の付け根へ駆け上がった。

 赤黒い血が、傷口から吹き出す。そこにも強烈な毒素と呪いが含まれていて、悪竜の血を浴びた地面はじゅわっと溶け、臭気をまき散らした。

 

 付け根付近に到達すると、黒い霧が俺を包みこむ。

 視界がふさがれた中で、俺は『勇者の剣』の〝記憶〟を読み取り、『術の勇者』からアース・ドラゴさんに切り替えて、

 

「『雷霆(ケラウノス)』!」


 刀身に稲妻を落とした。

 

 一発では足りない。二発、三発、四発と、無敵時間いっぱいまで魔法を撃ち続け――。

 

 ピシッ。

 

 悪竜の尻尾に亀裂が生まれたかと思うと、ぴしぴしと全体に亀裂が走り、

 

 パキーン、と乾いた音を立てて巨大な尻尾が粉々に砕けた。


 尾の破片はしゅわしゅわと泡になり、空気に溶けて消えていく。黒い瘴気も風に流されるように、薄れて消えた。

 

「うぇ……、気持ち悪い……」


 制限時間をちょっとオーバーしたので、黒い瘴気をまともに浴びてしまった。息を止めてたから体の内側は無事だったけど。

 

「兄さま、やったです!」

「メル、すごいっ」


 クララとリザが喜びに弾けながら支えているのは、ぺたんと腰を落としたシルフィ。彼女はぐっと親指を突き上げていた。俺もサムズアップして返す。

 

『あっぱれであるっ。悪竜の身を一部とはいえ滅ぼす者がいようとは、ウーたんびっくりだぞ☆』


 こいつに褒められてもあまり嬉しくないなあ。

 

『せっかく王宮まで来たのだ。余に会っていかぬか? ぶっちゃけ独りぼっちは寂しいぞ☆』


「本気で帰りたいけど、鞘をもらっておきたいし、招待を受けておこうかな」


『おい、心の声が漏れてるぞ☆』


 むしろワザとです。

 

 俺は新鮮な空気をいっぱい吸いこむと、ため息のように深く吐き出すのだった――。

 

 

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