03◆干し肉大好き虎娘
孤児だと思っていた女の子が、実はエルフの国のお姫様でした。
俺の『鑑定』スキルはなんでもお見通し。その気になれば、生い立ちや本人が知らない周辺情報まで読み取れる。
で、シルフィーナ・エスト・フィリアニスというエルフの少女は、呪いのアイテムで記憶を消され、いずれ高値で売られるために、大盗賊に拉致された可哀そうな女の子だった。
「お前ってさ、エルフの国のお姫さまらしいよ?」
「お姫、さま……?」
シルフィは当然のように小首をかしげる。
そりゃそうだ。記憶を失くした少女に、いきなりそう告げても訳がわからないよな。
「お前の名前は、シルフィーナ・エスト・フィリアニス。俺も詳しくは知らないけど、たしか東の方にあるエルフの国と家名が同じだ。で、まあ、そこの第一王女らしい」
シルフィは目をぱちくりさせたあと、「ふうん」と無感動にこぼした。
冗談に捉えてはいないようだ。〝メルくんの言葉なら納得〟だそうで。
どうしてこいつは、無条件で俺の言葉を信じちゃうんだろう?
「俺さ、今日の『祝福の儀』で『鑑定』のスキルを授かったんだ」
固有スキル『鑑定』を持つ者は、素性を隠した犯罪者などに命を狙われる危険がある。
だから、今は誰にも秘密にしておくのがいいのに、俺はシルフィに告白した。
なんか、聞いてほしかったから。
「おめでとう」
「ああ、うん、ありがとう……じゃなくっ! いいか? 俺の『鑑定』スキルはランクがEXで、『人』も鑑定できる。で、お前の【称号】には〝フィリアニス王国第一王女〟って書かれてたんだよ」
「ランクがEXって?」
「えっ、今そこ重要? お前の素性のほうに驚こうよ」
「わたしは、わたし。どこの誰かなんて、そんなに重要じゃないよ。でも、メルくんの話は、わたしにとってはとても重要……ううん、〝大切〟だから」
この懐かれようは理解しがたい。
初めて会ったときはボケーっとしてたから、笑わせたくてちょっかい出してただけなんだけどなあ。
そのあたりの理由も、彼女を深く読み取れば知れるのだろう。
……ま、やめとくか。
「とにかく、お前の素性はわかったんだ。『今後どうするか?』って話は、『お前の家族に会いに行こう』ってことで、オーケー?」
「わかった」
シルフィはむんっと力強くうなずいた。『俺の言葉だから従った』感がぷんぷん漂うけど、まあいいか。
それよりなにより。
「ふがっ、もぐもぐもぐもぐ、ごっくん。ぷはっ、うまっ! もしゃもしゃもしゃもしゃ……」
荷馬車の中から聞こえる不審極まりない声はなんでしょうねっ!?
女の子っぽい声だが、直接姿が見えないので『鑑定』スキルでは確認できない。
でも荷馬車の【状態】には、〝不審者が食料を貪っている〟とあるので看過できない。お金が心もとなく、追われる身の俺たちにとって食料は貴重なのだ。
俺はシルフィに動かないでと言って、荷馬車に忍び足で近づいた。
「久しぶりのお肉……お魚じゃないお肉……みんなにも食べさせてあげなくちゃですね~」
む? 中の不審者が動いた。〝干し肉を抱えて出ようとしている〟ようだ。
くそっ、取って置きのたんぱく源をみすみす奪われてなるものか。
俺は荷馬車の後ろで身を低くして、
「この干し肉泥棒めっ!」
不審者が出てきたところを飛びかかった。
「うにゃっ!?」
不審者はひらりと飛び上がり、身をひねって躱しにかかる。とんでもない運動能力だ。
だが俺は『鑑定』スキルで相手の能力をそっくり読み盗れる。相手と同じだけの力で、しかも考えが先読みできるので、ほぼ同時に飛び上がってその足首をつかんだ。
「ぶべっ」
干し肉を絶対離すまいとする不審者は両手がふさがったまま、顔面を地面に強打する。痛そう。
「あいたたにゃぁ……。なんですかアナタは? ボクになにか用ですか? ボクなんて食べても美味しくないですから見逃してくださいお願いしますっ」
「腰の低い盗人だな。許してほしけりゃ干し肉を返せっ」
「このお肉はボクが見つけたんです横取りですかっ!?」
「いやいやいやっ! それは俺たちのものだよ。盗んだのはそっちだろ!」
「弱肉強食は森の摂理。何ヘタレたこと言ってんの?ですよまったくもう」
ダメだこの子、話が通じない。
見た目は可愛らしい女の子だ。真っ黒の短い髪には猫みたいな耳がある。腰の辺りからは、これまた猫の尻尾みたいなのが生えていた。
胸と腰に布を巻いただけのいかにもな野生児。幼げに見えて胸のボリュームはかなり破壊力がある。
名前はクララ・クー。虎人族の13歳。身長も体重もシルフィよりちょっと上くらいってところか。
【称号】を見る限りただの『孤児』。森に隠れて暮らしているのか。
「ともかく、干し肉は返してもらうぞ」
俺が彼女から干し肉を取り返そうとした、そのときだ。
「ウォーーーンッ!」
遠吠えが、すぐ近くで聞こえた。
「グルルルルルゥ……」
振り返ると、月明かりを弾く瞳が、二つ、四つ、六つ……まだ、増えてる……。
黒い毛並みのそれらは、どうやら、狼の群れのようだ――。