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28◆妖精王(声だけ)


 妖精の国へ行って妖精王に会う。

 そうして、悪竜に加担する何者か(神様調べでおそらく妖精)の情報を妖精王から得るのだ。

 

 ただし、妖精の国はここではないどこか別の世界にあり、〝境界〟を越えなければならないらしい。その〝境界〟を通るには、妖精の力が必要だった。

 

 そのために捕まえたのではないけれど、俺の手元には今、鳥かごに入った妖精チップルがいる。

 

 彼女はちょっとした行き違いから俺に良い感情を抱いていない。なので、素直にお願いしても妖精の国には連れていってくれないだろう。

 

 しかし、彼女はとても素直で、かつ天邪鬼な性格だ。

 

「あー、俺、妖精の国には行きたくないなー。絶対行きたくないなー」


 こう言っておけば、意地悪したさに俺たちを妖精の国へ導いてくれるはず。

 

 ふっふっふ、しょせんはお子様思考の相手。駆け引きで後れを取る俺ではないっ。騙すのは気が引けるけど、今は心を鬼にしなくてはならないのだ。


「あれ? 行きたくないのかー。なーんだ。連れていったら面白いと思ったのに。ざーんねーん」


「んん?」


 予想してた反応と違うね。

 まさかこの妖精、俺の企みを見透かしたというのかっ!?

 

「ねーねー、シルフィは? 妖精の国へ行きたくないー?」


「わたしは、行きたい」


「じゃー、一緒に行こうよー」


「んんんっ?」


 わからない。こいつの意図がさっぱり読めないっ。

 神性を持つ妖精の思考を読み取るのは体への負担が半端ないので嫌なのだけど……。

 

 俺がチップルを読み取ろうとしたとき、シルフィが俺に目配せした。やめろ? どうして?

 

「ねえチップル、本当はね、メルくんも妖精の国へ行きたいんだよ」


「そうなのー? だったらそう言えばいいのにー。素直じゃないなー。いいよ、みんなまとめて連れてってあげるー」


「マジで!?」


 いったい、何がどうなってるんだ?

 

「チップルって、俺のこと嫌ってなかった?」


「嫌いだったよ? こんなとこに閉じこめるんだもん。そりゃーねー、だよ」


 でも、とチップルは頬を赤らめ身をくねらせた。

 

「愛する少女ひとを守るために戦うって、さいっこうにステキよねー。しかも二人手を取り合って強敵を倒す。きゃー♪ ロマンチック♪」


 『術の勇者』との戦いのことかな?

 

「チップル、あんたたちを気に入っちゃったー。だ・か・ら、妖精の国へ招待しちゃうのー」


 なんか知らんけど、目的が果たされるみたいだから良しとしよう。

 

「シルフィ、応援するからねっ」


「ありがとう」


 シルフィが鳥かごに突っこんだ指を、チップルがぎゅっと握る。

 君らそんなに仲良かったっけ?

 

 まあ、そんなわけで。

 

 結果的には『チップルを鳥かごから出して自由にする』条件と引き換えに、俺たちは妖精の国へ赴くことになった。

 

 


「チップルについてきてね。〝境界〟への扉が開くのは一瞬だから、遅れないでよー」


 王宮の廊下。土の壁の前で、チップルが変なことを言って壁へ突撃した。

 

 すぅっと小さな発光体は壁の中に消えてしまう。

 

「すごいっ。よし、俺もっ」


 意気揚々と壁に激突する俺。そう、激突だ。痛い。

 

「なにやってんのー? 『一瞬』って言ったじゃないのー」


 壁からぬっと顔を出したチップルさんに呆れられる俺。

 

「一瞬過ぎないかな?」


 どうやって後に続けと?

 

「仕方ないなー。じゃ、手をつないでみんなで行こっかー」


 最初からそうしようよ、とは言わないでおいた。妖精の国へ無事たどり着くまでは我慢我慢。

 

 俺はチップルの小さな手を指でつまむ。反対の手でシルフィの手を握った。次々と、俺たちはひとつに繋がる。

 

 妖精の国へ向かうメンバーは、チップルを除けば全部で4人。

 

 まずはシルフィ。

 彼女は『術の勇者』襲撃のときに直接狙われた経緯がある。残しては置けなかった。

 

 シルフィの護衛として志願したのはリザだ。

 妖精の国で危険がないとも限らない。俺を魔法でカバーしてくれる彼女は頼もしかった。

 

 そしてクララもお供に加わった。

 慣れない土地に一人残しておくのは可哀そうとの思いもあったけど、彼女の『狩り』スキルや素早さには助けられてもいたから、十分役に立ってくれるはずだ。

 

 なによりこのメンバーは、フィリアニス王国へ来るまで行動を共にした4人。勝手知ったみんなとの旅路は心が躍る。

 

 チップルに手を引かれ、するりと壁に入った。

 中は真っ暗。

 けれどそれも数秒で、すぐにまぶしいほどの光に俺たちは包まれた。

 

 俺たちは、呆気に取られて立ち尽くす。

 

 ここが、妖精の国、なのか……?

 

 俺は草花が咲き乱れる、ほんわかのんびりした光景を想像していた。

 シルフィやリザもそうだ。クララは食料がそこらを闊歩している夢の国をイメージしていたことだろう。

 

 だけど、俺たちの目の前に広がる光景は、予想を大きく外すものだった。


「砂だらけっ!」


 ぎらついた太陽の下、熱砂が辺り一面を覆っている異様な世界だ。

 

「なあチップル、ここって本当に――」


「なんで砂漠なのーっ!?」


 なるほど。ここが伝え聞く『砂漠』というやつか。

 たしか、雨がほとんど降らないために乾ききった土地で、植物が育たず、生き物が住むには過酷な環境だったかな。

 

「ここは妖精の国じゃない?」

 

「ちゃんと妖精の国に来たよーっ。でも砂漠なんてないしなー?」


 チップルは混乱している。

  

 あたりをきょろきょろ眺めても、砂だらけで何もない。遠くに岩山っぽいのがゆらゆら霞んで見えるだけだ。それにしても。

 

「あっつ! 暑いを通り越して熱いんですけどっ!」


 だらだら汗が止まりませんっ。


「ほんと、息苦しいっていうか、辛いわね」


 リズは胸元をはだけてパタパタ風を送っている。ごくりと唾を飲みこみつつ、目をそらす俺。

 

「のどが、渇いたですよ……」


 クララは舌をだらりと下げて、はあはあと息を荒げている。


「メルくん、どうしよう?」


「うーん……」


 シルフィも拭ったとたんに額が汗でにじんでいた。

 

 こんな暑いところ、あと数分だっていたくない。でも、なんか引っかかるんだよなあ……。

 

 と、リザがいきなり遠くを指差して叫んだ。

 

「あそこっ! 木が生えてるわ」


 指の先を目で追うと、てっぺんだけわさわさ緑豊かな木が数本、にょっきり伸びていた。

 

「水があるですよっ」


 クララの言うとおり、その木々が取り囲んでいるのは、池のような場所だ。

 

「オアシスだー。やったー♪」


 チップルが空中でくるくる回りながら大はしゃぎ。

 

「まずは喉を潤さないとね」

「水浴びしたいですー」

「気持ちよさそう」


 3人娘も喜び勇んで駆けだそうとした。

 

「ちょっと待った!」


 それを必死で止める俺。リズとクララの肩をつかみ、ぐいっとこちらへ引き戻した。シルフィは立ち止まり、俺へ振り返って首をひねった。

 

「メルくん、どうしたの?」

「どうして止めるのよ?」

「なにかあるですか?」


「やっぱり、変だ」


 チップルは『妖精の国に砂漠なんてない』と断言した。

 でも彼女は『ちゃんと妖精の国に案内した』とも言っている。

 見渡す限りの砂の大地。

 一度は確認していながら、水場を見逃していたのはなぜなのか?


 周辺情報を読み取ると、すぐさま答えにたどり着いた。

 

 俺は目をつぶり、大きく深呼吸。そうして、ゆっくりと目を開いた。

 

 

 ――景色が、一変する。

 

 

「なるほどね……」


 鬱蒼とした森の中。すこしだけ開けた場所に、俺たちは立っていた。

 

「みんな、動かないで」


 彼女たちが進もうとしていた先は、地面が途切れていた。高さ5メートルほどの崖になっていて、何も知らずに進んでいたら、落ちていただろう。

 

「幻覚だ。俺たちは今、森の中にいる」


 俺は自分がやった幻覚を解く方法を教えた。

 

 みんなが俺の指示どおり目を閉じて深呼吸。再び開いたとき、驚きの声を上げた。

 

「ほんとに、森の中だね」

「涼しくなったですっ」

「気温も再現するってすごいわね」


「実際に暑くなってたわけじゃないよ。俺たちにそう思いこませてたんだ」


 それもまたすごいことに変わりはない。

 『砂漠』を体験したことがない俺たちに、灼熱の感覚を信じさせていたのだから。


 リザがハッと何かに気づいた。

 

「幻覚ってことは、術を施した〝誰か〟がいるのよね?」


「ああ。そして俺たちを崖から落とそうとした。イタズラじゃ済まされない悪質なものだ」


 これはもう、『敵対行為』と考えてもいいだろう。

 

 俺が怒りに燃えたそのとき、重く低い声が響き渡った。

 

『ふっふっふ、よくぞ見破った。褒めてつかわすぞ』


「誰だっ!?」


『〝誰だ?〟ときたか。そんなもの、決まっておろうっ』


 地響きのような叫びが、びりびりと俺たちの体を震わせる。

 

『余こそは妖精の王にして稀代のエンターテイナー、妖精王ウルタであるっ。第一の試練を突破した勇者よ。許す。気軽に〝ウーたん〟と呼ぶがよいっ』


「じゃあ、ウーたん」


『おうふw 速攻で馴れ馴れしくするとは、なかなか肝が据わっておるのう。気に入った! 第二の試練はもっと厳しめにしちゃうぞ☆』

 

 野太い声で『しちゃうぞ☆』とか言われるとイラッとするね。

 

「試練とかいらないんで、すぐ会ってください」


『それでは余が面白くないであろうっ!』


 なんで俺、逆ギレされてんの?


『ともかく、余に会いたくば、だいたい2万くらいの試練を乗り越えてみせよ』


「多いよっ! せめて3つくらいにしてください」


『はっはっは、抜かしおるわ。たった3つで何が試練かっ。そのようなぬるい考えで、よくも余に会いたいなどと――』


「じゃあ、もう帰ります」


『あっはっは、それでは余が退屈なままではないか。帰っちゃイヤ☆』


 まずいな。揺さぶりをかけるつもりだったけど、本気で帰りたくなってきた。

 

『とはいえ、久しぶりの来客だ。数については再考しよう。次なる試練まで、ゆっくりのんびりくつろぐがよい』


 パチン、と何やら指を鳴らしたような音が響いた。すると――。


 森の中から、妖精たちがわーっと楽しげにやってくる。ものすごい数だっ!?

 

 妖精たちはてきぱきと焚火を起こし、大きな鉄板の上でジュージューと肉やら野菜やらを焼き始め……。

 

『第一の試練を突破した褒美である。英気を養うがよい』


「「「「ウーたん!」」」」


 俺たち大感動。

 妖精王は、わりといい妖精ひとだった。

 

『では勇者ども、余は城で待っている。場所はチップルに聞くがよい』


 さらばだ、と声高に叫ぶと、集まった妖精たちは準備を終え、散り散りに飛び去った。

 

 肉が焼ける香ばしい匂いが漂う中、

 

「あれ、どうしようか?」


 俺は空中を指差して、みんなに問うた。

 

「ちょっとー。なにやってるのー? 早くオアシスに行こうよーっ」


 チップルさん、いまだにぐるぐる目で幻覚に囚われているようなんですけど……。

 


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