27◆『術の勇者』と〝光の巫子〟
俺が洞窟内で素材回収をしている隙に、シルフィとイオリさんが何者かに襲われた。
相手はゴロツキまがいの奴で、まともに戦えばイオリさんのほうが強そうだった。けど、シルフィを守りながら、しかも卑怯な手を使ってきたので、イオリさんは毒を浴びてしまう。
イオリさんはすぐに治療して事なきを得たものの、何者かは苦しそうに叫び、俺たちへ魔法を撃ち放ってきた。
――『光神の矢』
攻撃系では最上位クラスの魔法だ。
まっすぐな光線――光の矢は、魔力が凝縮され、破壊よりも貫通を目的とする。
威力では『雷霆』に劣り、使いどころも限られるけど、勇者を読み盗った俺でもまともに食らえば命はない。
ギィィインッ!
俺は『勇者の剣』の無敵効果を使って魔法を防ぐ。取って置きを、いきなり失ってしまったのだ。
躱す余裕はあった。
でも、俺が避けてしまえば、シルフィたちが巻きこまれていただろう。
「うぅ、ぐぐぐぅ……」
男は苦しげに俺たちを睨んでいる。そのステータスを読み取った。
=====
体力:S
筋力:S-
俊敏:S
魔力:S+
精神力:S
【固有スキル】
『魔法強化(大)』:A
魔法の効果を上昇させる能力。『魔法強化』の上位スキル。
ランクAでは威力や効果が60%上昇する。
『耐魔法(極)』:B
魔法による攻撃、状態異常などの効果を軽減する能力。『耐魔法』の最上位スキル。
相手の魔法攻撃のランクによらず、ランクBでは攻撃や効果を60%軽減する。
【限定スキル】
『混沌の呪い』
あらゆる苦痛を永劫付与する。(デメリットのみ)
【状態】
限定スキル『混沌の呪い』の効果により、〝混沌〟に汚染されている状態。
心身ともに極めて不良。
〝悪竜の瘴液〟の『勇者の嘆き』の効果により、全ステータスが『術の勇者』マール・ヘスターの能力に置き換わっている。
=====
案の定、男は〝悪竜の瘴液〟を浴びていた。
またも〝ローブを着た小さな男〟が関与しているらしい。金でシルフィを襲うようしむけ、〝悪竜の瘴液〟を渡したのはそいつだ。
けどやっぱり、正体まではつかめなかった。
「うぅぅぅ……」
今、男は『術の勇者』マール・ヘスターの力を得ている。魔法に特化した勇者だ。魔力が突出しているけど、他のステータスではさほど負けていない。
「イオリさん、シルフィを連れて岩場の陰へ」
「しょ、承知したっ」
イオリさんがシルフィを抱えたのを見届けるとすぐ、俺は『術の勇者』へ突撃をかました。
ガキッと鈍い音が響く。男の周囲に展開された魔法による防御壁に、剣が阻まれた。
この人、魔法が豊富で強力だ。特に防御面が充実しまくっている。今の俺が使える最大攻撃魔法『雷霆』でもダメージが与えられない。
俺の攻撃は届かない。
対して向こうの魔法は俺を確実に削ってくる。
このままじゃ、ダメだ。
勝つにはやっぱり、『術の勇者』を読み盗って同等の力を得たうえで、行動を先読みして突破口を見出すしか……。
でも目の前の男から『術の勇者』を読み盗れば、一緒に限定スキル『混沌の呪い』まで付いてくる。
あれ、めちゃくちゃキツイんだよなあ。
『妖精の秘薬』は残り少ないし……。
「どうすりゃいいのよっ!?」
俺は相手に魔法を撃たせないよう、剣でやたらめったら打ちつけながら、心の中で頭を抱えるのだった――。
~~~
メルが苦戦している。
シルフィーナは岩場の陰からメルの戦いを見守っていた。
メルは一方的に攻撃しているようでいて、「どうすりゃいいのよっ!?」と心の声が漏れだしている。
シルフィーナには、この1年ほどの記憶がない。メルたちと旅をしたことも、きれいさっぱり消えていた。
経験と、伝え聞くのでは重みが違う。
初めて目の当たりにした勇者同士の戦いに、心底慄いていた。
「でも、メルくんが困ってる……」
記憶を失くしている間の自分は、聞くところによれば守られてばかりの存在だった。
メルとの思い出を持つそのころの自分を羨み、嫉妬もしたけれど、今は誇らしく思える。
――だって今は、メルくんを助ける力が、あるんだから。
「シルフィーナ殿? 待て。出て行ったら危ないぞ」
イオリの制止を振りきり、シルフィーナは岩場から飛び出す。
もっとも、激闘の中に身を投じて何ができるわけではない。メルの邪魔になるだけだ。
シルフィーナは両膝をつき、手を組んだ。じっと、睨むように男を見据える。
「シルフィ?」
メルが気づいた。
だが『危ないぞ』とも『下がっていろ』とも言わず、男の注意を自らに引きつけていた。
ありがたい。
メルはいつだって、自分を信じてくれている。
だからこそ、その信頼には全力で応えたかった。
今の自分にできること。
自分にしかできないこと。
フィリアニス王族が得意とし、〝光の巫子〟たる彼女が歴代でも突出した才で実現できること。
死した者たちをその身に宿し、言葉を授かる〝口寄せ〟の秘術だ。
ただし本来、神や英霊を初めて呼び出すには、彼らの聖遺物が触媒として必要だった。
しかし、今は――。
「豊穣なる大地を見守る大地母神にこの名を捧ぐ。我、シルフィーナ・エスト・フィリアニス。この身、この声を依り代に、母なる星に還りし英霊と繋ぎ賜らんことを――」
祈りの言葉を紡ぎながら、男の奥底に意識を潜らせた。
触媒なんて必要ない。
だって男の中に、本物がいるのだから。
「メルくん、その人は誰?」
多くの言葉はいらない。
当然のようにメルは、シルフィーナが求める答えを寄越した。
「『術の勇者』マール・ヘスターだっ」
条件はすべてクリアした。シルフィーナは最後に告げる。
「降りたまえ、『術の勇者』マール・ヘスター」
瞬間、シルフィーナの意識は闇へと落ちた――。
~~~
シルフィが飛び出してきて肝をつぶす俺。でも、あいつの行動には必ず意味があると考え、俺は『術の勇者』を宿した男の注意を引くのに専念した。
やがて、シルフィの雰囲気ががらりと変わる。
〝『術の勇者』マール・ヘスターを憑依させた〟のだ。
「いやはや、まさか壊れた自分を見る羽目になろうとはね。一度は死んでみるものだ」
口調がニヒルだっ!? やれやれポーズのシルフィはそれはそれで新鮮だけど。
「さて、状況は僕を宿した少女が教えてくれた。打開策を聞きたいかね? 少年」
「いえべつに」
「はっはっは、子どもが遠慮するんじゃあない。いいから語らせろ」
子どもみたいな人だな。
シルフィの顔と声で言われては断れないので、俺は「はあ、どうぞ」と丁寧に答えつつ、『術の勇者』を読み盗る。もちろん、〝混沌〟に汚染されているほうではなく、シルフィに憑依した彼を深く読み取って、だ。
男がまたも『光神の矢』を放った。
俺は『術の勇者』最大の防御魔法『神位の障壁』で防ぐ。金色に輝く魔法陣が俺の眼前に展開され、光の矢を消失させた。
「そうっ。僕の真骨頂は防御力にこそある。かつて鉄壁を誇った『盾の勇者』以上と自負していてね。まあ、防御にかまけていたから、悪竜には及ばなかったと反省すべきではあるのだが」
たしかに防御魔法はむちゃくちゃ固い。
特に『神位の障壁』は魔法だけでなく物理攻撃も跳ね返す、正面で受けるだけなら『勇者の剣』の無敵効果に匹敵するほどだ。
ゆえに、『術の勇者』が持つ攻撃魔法では、『術の勇者』の守りは突破できない。
堅牢な守りを砕くには、〝同等のものをぶつける〟以外にはなかった。
「では解答を教えよう。方法は実に単純明快。まあ、試す以外にはないから、なかなか思いつきはしないだろうな。だがその方法は、すでに僕が悪竜に敗れたときに実証済みでね。それは――」
講釈が始まったけどごめんなさい、もう俺は知っているのですよ。
俺は『光神の矢』を放つ。
当然、奴は最大防御で防ぎにかかる。光の矢はあえなく消えた。
その間、俺は光の矢を追いかけて奴に接近していた。奴が創った魔法障壁を凝視して、
「『神位の障壁』っ!」
奴が展開する防御の壁に、同じ魔法を重ねて生み出した。
キィィイン……、と。
耳を突き破るような甲高い音が響くと同時。
二つの防御壁が空気に溶けるように消えていった。
「グラン――「遅いっ」」
奴がふたたび防御壁を展開する間際、剣の間合いに到達した俺は、斜めに奴を斬りつける。
「――ド、ごぉぉぉおおおぉぉおぉっ!!」
一刀両断。奴の体を真っ二つに切り裂くと、絶叫ののち、男の体は黒い霧となって消え去った。
ふっと息をつき、シルフィへサムズアップしてみせる。
「僕に語らせる気がないときたか。呼び出しておいてこの仕打ち。次があれば覚えておくように」
あ、まだいたんだ。
思った直後、シルフィが目をぱちくりさせた。
「お? おお……?」
よろよろっとふらついたので、俺は勇者パワーで瞬時に近づき、小さな体を支えた。
「大丈夫か?」
「う、うん。『妖精の秘薬』を飲むほどじゃないから、しまっていいよ」
俺はポケットに突っこんだ手を、何もつかまずに引っぱり出した。
「ふだんは完全憑依なんてしないから、まだ慣れてないのかな? でも、大丈夫だよ。前に大地母神様を憑依したときより、ずいぶん楽……だと思う」
そのときの記憶はないけど、俺から聞いた話と自身の今の状況を照らし合わせての結論か。
いちおうシルフィの状態を読み取ってみると、〝かなりの精神的疲労〟ではあるものの、肉体的な損傷はない模様。
さて、ほっと胸を撫で下ろした俺の前で、土下座しているこの女の人はどうしよう?
「感服いたしました。よもやメル殿がこれほどの力をお隠しになっておられたとは、このイオリ・キドー、我が目、我が身の未熟さを――」
「そんなのいいから、とっとと移動しましょう」
キングトロールさんが洞窟からこっちを見てるので。
さすがに実力差を感じたのか、襲いかかってはこないようだけど、棲み処の前を荒らされてお怒りのご様子。あとでお食事を捧げにこよう。
そんなことを考えながら、俺はシルフィを抱え、鳥かごを持って駆け出した――。
と、いうわけで。
めでたく『黒洞華』と『イリスの泉の霊薬』を交換し、差額を手にできた。
イオリさんは何度も何度も感謝の言葉を述べてから、
「いずれまたお会いしましょう。そのときは是非、我が未熟な剣技を鍛えていただきたい」
お師匠様認定して去っていきましたとさ。
俺はドワーフのお店で『勇者の剣』の鞘を受け取り、シルフィと一緒に王宮へと急ぐ。
そう。今はぐずぐずしていられない。
『盾の勇者』と戦ってからしばらく何もなかったので気が緩んでいたけど、怪しげな妖精が刺客を送ってきたのだ。次がいつか知れない今、急いでそいつを特定しなくちゃならなかった。
――妖精の国へ。
翌日、シルフィの回復を待って、俺たちは出発するのだった――。