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26◆油断大敵


 市中から川沿いにすこし走った場所。街道から森に入り、開けた場所に出た。

 

 岩山に、10メートル級の大きな洞窟が暗い口を開けている。それをふさぐように、緑色の肌をした巨大な人型の魔物がどっかりと腰を落としていた。


 7メートルを超す大きな魔物。

 ふくよかな体型とつぶらな目はどこか愛嬌があるものの、下あごから鋭い牙が上へと伸びていた。つるりとした肌は柔らかそうでいて、鉄のように固い。木の皮を剥いで繋ぎ、腰に巻いていた。

 

 キングトロールだ。

 王様の名を冠しているけど、独りぼっちでぼんやりする姿が哀愁を漂わせている。

 ステータスはほぼAがずらり。魔法防御系の固有スキルを持っていて、なかなか厄介な相手だ。

 

 俺たちは樹木に身を隠し、様子を窺う。

 

「ぴくりとも動かぬ。寝ているのではないか?」とイオリさん。なぜか俺にぴっとりくっついている。近いな。


「起きてますね。基本、寝ないみたいです」


 俺はキングトロールの生態を読み取って答えた。

 

 かの魔物は日がな一日ぼけーっとして過ごし、空腹に耐えられなくなると森へ行き、草木や木の実、動物を襲って食べる雑食性だ。人や亜人を襲うことはめったにない。彼の中ではゲテモノに相当するらしい。

 

 巨体のとおり一度の食事の量はかなりのもの。が、数日に一回しか食事をしないらしい。

 『黒洞華』を求める人たちは、キングトロールが食事に出かけた隙に、洞窟の中へ入るのだ。

 

「でも、昨日食事を済ませたばかりだから、しばらく動きそうにないですね」


 間が悪い、とも言えないか。『黒洞華』が咲くのは数か月に一度。そのタイミングにぴったり嵌まったのだから、むしろ幸運だ。


「ならば気づかれないよう、こっそり脇を通って洞窟に侵入するか」


「無理ですね。ぼけーっとしてますけど、視界の中の動くものは見逃さないらしいので」


 ではどうするか?

 俺が魔物の気を引き、その隙にイオリさんが洞窟に入るのがいいだろうな。

 キングトロールはエルフの国の守り神。倒すわけにもいかない。

 

「わ、わわわっ」


 シルフィが抱える鳥かごが暴れ出した。黒い布がかけられて鳥かごをすっぽり包んでいる。俺は布をめくって中に声をかけた。

 

「なんだよ?」


「むきーっ。いつまで真っ暗な中に閉じこめておくのよーっ」


 妖精チップルはお怒りだった。

 

「だってお前、『スパーク』とかやって邪魔するに決まってるじゃない?」


「そりゃーするよっ。邪魔してやるもんっ」


 むきーっと暴れるチップルさんはちょっと横に置き、俺は肩をぐいっとつかまれたので横を向いた。

 

「メル殿、ひとつ確認したい」


 ずいっと顔を寄せてくるイオリさん。だから近いってば。

 

「ずっと気になっていたのだが、なにゆえそなたらは、空っぽの鳥かごに話しかけているのだ? いや、問題の本質はそこではないな」


 イオリさんはさらに互いの鼻がくっつくほど近づいて、

 

「なにゆえ、空っぽの鳥かごから声がするのだぁっ!?」


「なんで涙目なの?」


「怖くはない。恐れてなどいない。妖魔の類であろうと我が愛刀で斬り伏せてみせる。だが、物理攻撃が効かない相手はダメだ。その中にはお化けがいるのではないかっ!?」


「声が大きいです。静かにしてください」


 俺はイオリさんの口を手でふさぎつつ、顔を遠ざけた。この人の距離感、なんか苦手だ。

 

「妖精がいるんですよ。いたずら好きの。よーく目を凝らせば見えます」


 イオリさん、目を細めてじーっと見る。

 

「おおっ!? なんかちっこいのがいるっ」


 さて。おふざけはこれくらいにして。

 俺はイオリさんに作戦を伝える。俺が囮になり、隙をついてイオリさんが『黒洞華』を取ってくるというものだ。


「中は真っ暗ですけど、大丈夫ですか?」


「問題あるまい。心頭滅却すれば、心の眼で敵の動きは知れる」


 相手は草花で動かないんだけど……本当に大丈夫かな?

 

「メル殿、そなたこそ一人で大丈夫なのか?」


「ちょっとした策がありますので」


 お茶を濁し、俺はシルフィに声をかける。

  

「シルフィはここに隠れててね」


 周囲に獣やなんかはいない。キングトロールを恐れてだろう。

 

「メルくん、気をつけてね。ケガしないでね」


「ああ。大丈夫。それじゃあイオリさん、行きましょう」


 俺は『勇者の剣』を腰から抜き、キングトロールの前に躍り出た。

 

 じろりと俺に目を向けるも、動こうとはしない。

 そこで俺はキングトロールの横をすり抜けて洞窟への潜入を試みる。

 

「グアアアアァァッ!」


 魔物は咆哮に続き、座ったまま俺の前にこぶしを打ちつけた。直接狙ったのではなく、警告の意味合いだ。

 

 俺は大きく飛び退き、再び魔物の横を通り過ぎようとした。

 今度は真上から巨大なこぶしが降ってきた。

 またも俺は後ろに飛ぶ。

 

 数回繰り返すと、さすがのキングトロールも怒ったらしい。


 のそりと立ち上がり、俺に正対した。

 

 俺は奇妙な動きで注意を引きつける。のっしのっしと、キングトロールが洞窟の入り口からすこしずつ離れていった。

 

 そして――。

 

 しゅたたたたっ、とイオリさんが瓶を抱えて洞窟へと突入した。

 

 一瞬、キングトロールが『おや?』って感じで振り返ったが、俺がわーわーと騒いで事なきを得た。

 

 あとは、イオリさんが『黒洞華』を採取して戻ってくるのを待つだけ……だったのだけど。

 

「おや?」


 思いのほか早くイオリさんが洞窟から飛び出したではないか。


「真っ暗で何も見えんっ。何もできんっ」


「心の眼はどうしたっ!」


 怒鳴ったところで後の祭り。

 ひとまずキングトロールを翻弄しつつ、元いた大木の裏に集まった。

 

「メル殿、そなたはすごいなっ。あれほどの魔物相手に一歩も引けを取らぬとはっ」


 キラキラした目で見られるとくすぐったいけど、貴女も大口をたたいたなら、ちゃんと仕事をこなしてほしかったです。

 

 とまあ、そんなわけで。

 俺たちは作戦を練り直すことにした――。

 

 

 

「さあ、第二ラウンドだっ」


 俺は再びキングトロールの前に躍り出る。何度もすみません。

 剣を右手に、左脇には瓶を抱えている。

 

 協議の結果、決まった作戦はこうだ。


 シルフィの護衛をイオリさんに任せ、俺が単身で洞窟に飛びこみ、魔物の攻撃をかわしつつ、『黒洞華』を採取する。

 実にシンプル。

 

 イオリさんには内緒だけど、俺は暗闇でも周辺情報を読み取ってどうにかこうにかできるわけで。

 が、戦いながらだと、どうだろう?

 

 不安はあるものの、俺は『なんとかなるなるっ』の楽観思考で洞窟へ突撃した。

 

 真っ暗です。何も見えません。でなければ『黒洞華』は咲かないわけで、ままならないものだ。

 

「グオオオッ!」


 お怒りのキングトロールを誘導しつつ、洞窟内部へ潜入。

 文字情報だけでは心許ないけど、俺は慎重に奥へと進む。

 

 やがてひんやりした場所にたどり着いた。洞窟の最奥。湧水が溜まった池のようなところの側に、〝黒い花が咲いている〟のを確認した。

 

「グアアアッ!」

 

「うへっ!? あ、危なかった……」


 キングトロールは鋭い嗅覚と聴覚で、俺の所在を的確に把握している。

 対する俺は、相手が見えないため、キングトロールの動きを直接先読みできない。

 今も振り回された巨大な腕を、ギリギリのところでかいくぐった。

 

 勇者アース・ドラゴの能力を読み盗っているから、ステータス差でどうにかしのげている。

 あまり時間をかけるのはよろしくない。花がつぶされかねないからね。

 

 俺はキングトロールの周りをぐるぐると高速で回って翻弄すると、

 

「そりゃっ、そりゃそりゃそりゃそりゃっ!」


 瓶のふたを開けつつ素早く『黒洞華』に飛びつき、摘んで押しこみ蓋をして。

 

「お邪魔しましたーっ」


 すたこらと洞窟を出口に向かって駆け抜けた。

 我ながら惚れ惚れするほどの手際の良さだ。

 

 よしっ。いろいろあったけど、目的の素材は無事ゲットした。けっこう楽だったなあ、と。

 

 俺はこのとき、油断していた。

 

 イオリさんにシルフィを任せたから。

 慣れない暗闇だったから。

 魔物の相手と素材の採取の平行作業で余裕がなかったから。

 

 もはや言い訳でしかない。

 

 ともかく俺は、油断していたのだ。だから――。

 

「ぐあっ!」

「きゃあっ!?」


 洞窟を飛び出したとき、俺の目に飛びこんできたのは、何者かに襲われる二人の姿だった。

 

 短剣を逆手に持った線の細い男が、イオリさんに何かを投げつけた。彼女の目の前で破裂したそれは、霧となってイオリさんの目をふさぐ。

 イオリさんは咄嗟にシルフィを突き飛ばしたので、霧はイオリさん一人が浴びるにとどまったが――。

 

 霧の正体は、致死性の毒だった。

 

「こ、のおぉおおっ!」


 俺はすぐさま男に突進し、強烈な蹴りを横腹に食らわせる。吹っ飛ぶ男。そんな奴は無視し、俺はポケットにしまってあった『妖精の秘薬』をイオリさんに与える。

 

「げほっ、げほっ、ぅ、ぅぅ……はっ!? 自分は、いったい……?」


 よかった。間に合った。イオリさんはまだ視界がはっきりしないようで、目をしぱしぱさせていた。でも状態は良好。すぐに回復するだろう。

 『妖精の秘薬』は残り2口分くらいになったけど、人命には代えられないよな。

 

 ほっとひと息つき、シルフィを引っ張り起こす。

 

「もー、なーにー? 乱暴に扱わないでよねー」


 一緒に転がった鳥かごから文句が出たので、黒い布を取り去ってやった。

 

 ああ、俺って本当にバカだ。

 どうしてこのときも、気を緩めてしまったのだろう。

 

 パリン。

 

 ガラスが割れたような音。

 

「ぎゃあああぁああぁっ!?」


 続けざま、男の絶叫が響いた。イオリさんやシルフィを襲った、俺が蹴り飛ばした男の声。

 

「い、いでぇ……、ぐるじぃぃっ!」


 男はびりびりと服を破き、体中をかきむしると、

 

「ごぉぉろぉぉずぅぅぅぅぅっ!」


 何やら口走り、

 

「『光神の矢(ポイボス)』」


 突き出した右手から、俺たちへ向けて光線を撃ち放った――。

 

 

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