24◆買い物しようと出かけたら
謎の発光生命体の正体は妖精だった。
チップルという名の下っ端妖精を捕まえた俺は、みんなと一緒にフィリアニス王国の中心部へと向かっていた。
妖精王に会うためには、『妖精の国』へ行かなければならない。
未知の場所へ赴く前に、準備を整えようと考えたのだ。
王国の北西に位置する『水域』から、川を南東へ下ったところに、『土域』と呼ばれる区画がある。そこが位置的にも政治的にも王国の中心地となっていた。
国民は『都』と呼んでいる。
ちなみに『土域』を突破してさらに川を下ると『火域』に、そこを抜けると別の国を通って、やがて海へと至る。
王宮で一休みしてから、俺は中心街へと出かけることにした。
案内役にシルフィが立候補してくれたので、二人でお出かけだ。王女様は勇者が守るっ!
「でも、お邪魔虫がいますね?」
「誰が虫よーっ!」
むきーとお怒りなチップルは、俺が左の小脇に抱えた虫かご――もとい鳥かごの中で暴れている。
〝境界〟とやらを自由に行き来できる彼らを逃さぬよう、魔法をかけた鳥かごだ。
「ふんっ、メルをよその女と二人きりになんてさせないんだからー」
「チップルは俺のこと嫌ってるんじゃないの?」
「そりゃあ、そうよ。こんなかごに閉じこめてさー。でもー、チップルを虜にした責任、取ってもらうんだからー♪」
まあ、このように。
俺とチップルは険悪ながらも、互いに名前を呼び合うほどにはフレンドリーになっていた。
「ごめんな、シルフィ。変なのが一緒で」
俺の右手をぎゅっと握るシルフィは首を横に振った。
「べつに、気にしてないよ。わたしは、メルくんとお出かけできて、うれしい」
「むぅーっ。なによなによー。彼女面しないでよねーっ。べーっだ!」
「わたしは、チップルとも仲良くしたいよ?」
「はわんっ♪ なにこの子、かわいー♪ そこまで言うなら、仲良くしてあげてもいいかなー?」
ホントこの妖精、チョロイな。
鳥かごに入れられてからは不機嫌MAXで、とても『妖精の国』へ連れていってとお願いできる雰囲気じゃなかった。
まあ、『妖精の国なんかに行ったらめっちゃ苦労するだろうなー』とか言えば、天邪鬼なこの妖精は喜々として案内してくれる気がするのだけどね。
それを試すのは準備が整ってからだ。
大通りを行くと、露店がひしめく場所にたどり着いた。
都というだけあって、賑わっている。ただ印象としては『雑多』な感じが強い。区画は明確にわかれていても、そこらに露店が置かれているのだ。
露店といっても移動型の小さなものではなく、木造りの簡易店舗を道に作っているため、店の中に入って品物を物色できる。
家々は低層で、2階建て以上の建物はほぼ見当たらない。木製か土の壁の建物ばかりだ。建物は住まいとして使い、お店は露店にしている、とシルフィが説明してくれた。
鳥かごを抱えた男が女の子と手をつなぎ、通りを闊歩する。しかも鳥かごの中は普通の人が普通に見れば空っぽだ。
ものすごく目立ちますねっ。
妖精は『そこにいると確信し、意識を集中しなければ見えない』とはエレオノーラ女王の言葉。
シルフィもチップルに話しかけるときは眉間にしわを寄せて集中していた。
「メルくん、まずは武器屋さんだっけ?」
「いい加減、むき出しの剣を腰に差すのはやめにしたい」
「そうだね。危ないもんね」
フィリアニス王国へ来る途中、いちおう『勇者の剣』に合う鞘を探してはいた。でもこの剣、そこらの中型片手剣よりちょっと大きく、両手剣にしては小ぶりなため、なかなかぴったりなのが見つからなかった。
注文したら2、3日かかるとも言われ、旅路を急ぐ俺は泣く泣く諦めた経緯がある。
小脇から呆れ声が出た。
「『勇者の剣』にはぴったりの鞘があるじゃない」
「知ってる。けど、お前んとこの王様が持ってったんだよ」
俺だって真っ先に調べたさ。そしたら、〝勇者アース・ドラゴの遺体と一緒に『妖精の国』へ持ち去られた〟とわかったのだ。
「『勇者の剣』の鞘って、それ自体が魔法具なのよねー。便利機能があったはず」
「そうなのか?」
ただの鞘だと思ってたから、そこまで調べなかったな。
妖精の国へ行ったら、どうにかして返してもらおう。今『勇者の剣』の所有権は俺にあるのだ。鞘だって俺のものだと言い張って問題ないよね?
シルフィに連れられ、奥まった場所へとやってきた。
装備品を扱うお店が連なる中、小ぢんまりした古めかしい店舗にシルフィは入っていく。
「らっしゃあい……。何をお探しかね?」
奥のカウンターに、長い顎髭の小さなおじさんがいた。ドワーフ族だ。お客さんが来ないからか、うたた寝をしていたらしい。
「この剣に合う鞘が欲しいんですけど」
おじさんは俺が差し出した剣を細目でじーっと見てから、突如大きく目を見開いた。
「こいつはたまげたっ。こりゃあ、『勇者の剣』じゃなあ」
「わかりますか」
「30年くらい前かのう。グランデリア聖王国に行商で訪れたときに、一回だけ見たことがあるんじゃ。余計な装飾のない、きれいな剣じゃった。まさか生きとる間に、大岩から抜けた状態でまた目にできるとはのう」
ドワーフのおじさんは慈しむように剣を眺めていたけど、急に足元をごそごそし始めた。
「こいつに手を加えりゃあ、ちょうどよくなるかのう」
取り出したのは、やや大きめで錆びついた金属製の鞘だ。正直、見た目はあまり良いものではない。ただ、素材はそこそこ値の張るものだった。
「あの、あまり時間をかけるのは嫌なんですけど」
「なあに、小一時間もありゃあできるわい」
そんな短時間でっ!?
「あ、でも、この剣は置いていけないんですけど」
「寸法はひと目見りゃわかるわい。気にせんと、そこらをうろついて時間をつぶしておれ」
なんたる職人技。
料金もお手軽だったので、俺はドワーフのおじさんに前金を払い、店を出た。
「メルくん、次はどうする?」
「そうだなあ……」
たっぷり時間があるし、以前できなかったことを試してみようか。
俺の固有スキルは『鑑定』。掘り出し物を探し当てて一攫千金だっ!
と、息巻いたものの。
ざっと見た限り、ほとんどが適正価格で売られていた。
中には安売りしているのもあったけど、今日中にここを離れる関係で売り切りたい行商のお店くらいで、そこには大々的に『大安売り』と見出しが掲げられ、お客さんが殺到していた。
がっかりしてとぼとぼ歩いていたら、魔法アイテムなどを扱うお店の区画に立ち入る。
「そういえば、俺もそろそろ限定スキルのひとつくらい持っておきたいな」
俺は『鑑定』の固有スキルで他者の能力をそっくり読み盗れる。
上書きではなく、俺が元から持つスキルも使えるのだ。『鑑定』での先読みにより、相手と同じ力を得ても俺はその分だけ有利になる。
ここにもうひとつかふたつ限定スキルを上乗せすれば、より戦いやすくなるに違いない。
限定スキルは、固有スキルとは違い、魔法やアイテムなどで後から付与されるもので、自分の好きなものを選べる利点がある。
自分の能力に合った限定スキルを手にすれば、飛躍的な能力アップが図れるのだ。
もちろん、問題もある。制限、というべきか。
限定スキルは無制限に持てるものではない。
勇者級の高ランクステータスの人でも最大で5つまで。今の俺なら3つが限界だった。
あまりたくさん持っていると、限定スキルがきちんと機能しないばかりか、逆に能力低下を招くこともあるのだとか。
しかも基本、固有スキルと同じく一生ものだ。
大盗賊ヘーゲル・オイスが持っていた『女神の抱擁』のような、使い終わったら消えるものでない限り、死ぬまで消えない。(ただし、同種の限定スキルは上位のものに置き換えができる)
だからこそ、慎重にならざるを得なかった。
「どんな限定スキルが欲しいの?」
シルフィの問いに、俺は即答した。
「自動回復系だな」
『鑑定』の読み取りや読み盗りは、条件次第で体にかなりの負担がかかる。それが自動で軽減されるのはとても助かるのだ。
ただ、自動回復系の限定スキルは、なかなかの高級品。お値段もさることながら、そこらではめったに見かけないほど稀少性が高かった。
「ま、お店を冷やかすくらいはしておくか」
俺たちは、大きく宣伝文句の掲げられたお店に足を踏み入れた。
数々の魔法アイテムやそれらの素材がびっしり並んでいる。中にはお高いものもあり、万引き防止の魔法もかけられた厳重さだ。
「あ~ら、いらっしゃ~い」
迎えたのはこのお店のエルフの女店主さんだ。けだるげに俺たちに近づいていきた。
「また可愛いのが来たもんだねえ。ま、冷やかしでも構わないさ。ゆっくりしていきな」
店主さんは屈託なく笑う。と、シルフィを見て目を丸くした。
「へえ、これはこれは……」
にやりと笑い、俺たちからぴったり離れない。シルフィの素性はお見通しのようで、上客認定されてしまった。
「何を探してるんだい?」
「自動回復系の限定スキルが欲しいなあ、と」
店主さんが怪訝な顔をした。
「あんたが? 体力のランクはどのくらいだい?」
「え? ええっと……Dになりたて、くらいです」
店主さん、これみよがしにため息を吐きだした。
「坊や、知らないのかい? 自動回復系の限定スキルはね、魔法薬で付与されるもんがほとんどだ。うちの商品もね。けど、その魔法薬は例外なく劇薬だ。体力がBより下の奴が飲めば、即死は免れないんだよ」
それとも、と店主さんは続ける。
「自動発動型の全快魔法とかアイテムとか限定スキルは持ってんのかい?」
「……いえ、ありません」
「じゃあ、やめときな。かなり値の張る商品だ。売れりゃ、あたしらはホクホクだよ。けどね、無駄になるとわかってて、売るわけにゃいかないのさ」
この店主さん、口も態度もあまりよろしくないけど、商売人としての矜持をきちんと持っていて、お客さんにも思いやりがある。いい人だ。
「あの、いちおう見せてもらえませんか?」
「まあ、見るぶんにはべつに構やしないがね」
店主さんは、近くにいた店員さんにひと言告げる。やがて店員さんが透明な瓶を持ってきた。中には、澄んだ青い色の液体が入っている。
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名称:イリスの泉の霊薬
分類:魔法薬
価値:7,500,000G
【特殊効果】
全量を飲むと限定スキル『大地母神の癒し』を得る。
非常に強い毒薬であるため、即死の危険がある。(デメリット)
体力のランクがA以上、あるいは即時回復系アイテムや魔法の併用が必須。
スキルの効果:
常時小回復状態となる。回数無制限。
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「うちで扱ってる自動回復型はこれだけだよ。自動回復型としちゃあ、ちょいとクセがある。だから売れ残っちまってね」
俺としては十分な効果だ。
『鑑定』を小刻みに使えば、その都度回復してくれるし、回数も気にしなくていい。
そして現物を読み取って、はっきりした。
『勇者の剣』の無敵効果で、このアイテムのデメリットは無効にできる。きちんと限定スキルをもらえる上で、だ。
しかし問題がある。
あのヘンテコ大地母神に癒される感じの名前を我慢するにしても、
「た、高いなあ……」
持ち合わせでは、ぜんぜんまったく足りませんっ!
と、俺の袖がくいくいと引っ張られた。
「お母さまに頼めば、払ってくれるよ」
うん、まあ、女王様なら楽勝なんだろう。けどね、やっぱり、うーん………………借りるか? 頭を抱えて悩んでいると、
「ほう、それが『イリスの泉の霊薬』か」
凛とした声が耳に届いた。
そちらに目を向ける。別の店員さんに連れられた、若い女の人が透明瓶をまじまじと見ていた。
長い黒髪を襟足でひとつに束ね、背は高いけどあどけない顔立ちのきれいな女性。
背中には細い剣が二本。さらにその頭には、小さな角が二本、生えていて……。
「よし。買おう。いくらだ?」
「ああーっ!?」
俺は思わず指差して叫んだ。横から割って入って商品をかっさらおうとしているのはこの際、横に置くとして。
だって、だって、この女の人は――。
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名前:イオリ・キドー
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あの複刀使いの鬼人族、ムサシ・キドーの妹さんじゃあ、ありませんかっ!