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02◆俺に懐いたエルフの少女


 2年間、気さくで優しい神父さんと偽っていた大盗賊、ヘーゲル・オイス。

 俺はそいつに殺されかけたが、逆に殺してしまった。

 

 そして、その現場に現れたのは、小さなエルフの女の子だった。

 

 誰がどう見ても、神父殺しの現行犯。


『実のところ神父は大悪党で俺を殺そうとしたのでやり返しました』


 なんて言い訳が通用するかはわからない。たぶん、通用しない。少なくとも、すぐには。

 

 わなわなと震えるエルフの女の子を見て、俺は、俺は――。




 時間を少しさかのぼろう。

 

 俺は15歳の誕生日を迎え、意気揚々と町の教会へとやってきた。

 

 天涯孤独の身。

 使える固有スキルを手にしたら、こんな田舎町とはおさらばしよう。

 手に職をつけて、小金持ちになるのだっ!(大金持ちとは言わない俺慎ましい)

 

 で、町の中心にある教会へやってきたわけだけど。

 

「メルくんっ!」

「ぐべぇっ」


 小さき者が俺の名を呼びながら腹に突っこんできた。

 俺は嘔吐感に耐えながら、小さき者を引き剥がす。

 

 くりくりした目が俺を見上げる。

 銀色の長い髪がさらさらと俺の指をすり抜けていく。

 

 まだ10歳ほどのあどけない顔立ち。

 動くお人形みたいな可愛らしい彼女は、エルフのシルフィーナだ。

 

「きょ、今日も元気いっぱいだな、シルフィ……」


「メルくんが『いつも元気にしてろ』って言うから」


「そうか。お利口さんだな」


 俺が頭をなでなでしてやると、シルフィは『もっとして』とばかりに身を寄せてきた。

 

 彼女は、孤児である。

 

 この教会には1年ほど前に、神父さんに連れられてやってきた。

 記憶を失くしていて、名前とおおよその年齢しかわかっていない。


「メルくん、今日は何のご用事なの? いつ終わるの? そのあと遊べるの?」


 質問を畳みかけるシルフィ。キラキラとした瞳を向けられては、無碍に断れない。


「ふふふ、よくぞ聞いてくれた。実は今日、俺は『祝福の儀』を行うのだっ。そのあと遊ぼうな」


 おおっ、とシルフィの目が輝く。

 

「おとなに、なるんだね」


「……『大人』の解釈にはいろいろあるけど、まあ、そのうちのひとつと考えてもいいだろうな」


「他に、なにをすれば『おとな』になれるの?」


「ぇ? いや、まあ……いろいろだよ、いろいろ」


 俺は曖昧に答えるにとどめておいた。


「お? メルじゃないか。まだこんなところにいたのかい?」


 教会からひょろりとした男性が出てきた。

 住み込みで雑用をこなしているロウさんだ。

 見た目はのんびりした優男だけど、昔はけっこうやんちゃしていたらしい。神父さんのところでずいぶん丸くなったそうだ。

 重い物でも運んでいたのか、腰をとんとんと叩いていた。

 

「神父様が待っているよ。ほら、早く行った行った」


「あ、はい。すみません。じゃ、シルフィ。行ってくるよ」 

 

「がんばってねっ」


 シルフィはむんっと俺以上に気合を入れまくり、見送ってくれた――。

 

 

 そんなわけで。

 神父殺害の現場に表れたエルフの少女――シルフィーナは、やたらと俺に懐いている。

 

『実のところ神父は大悪党で俺を殺そうとしたのでやり返しました』などという、ふつうは通用しないような言い訳も、彼女には通じる可能性があった。

 

「シルフィ、聞いてくれ。こいつは……この神父は――ッ!?」


 俺は話を途中で遮り、ヘーゲルの胸からナイフを引き抜いた。

 すぐさま扉へ向けて突進する。

 

「……ぇ?」


 怯えた瞳で、自分に迫りくる俺を見るシルフィ。

 俺はナイフの先端を、突き出した――彼女の背後へ向けて。

 

「チィッ! メル、お前っ!」


 そこにいたのは、ロウだった。


 状況を整理しよう。


 まずシルフィがこんな奥まった場所に、最初にやってきた理由。

 俺の『祝福の儀』の結果が早く知りたい彼女は、部屋の近くをうろついていたのだ。そこで神父がロウを呼ぶ声を聞き、ロウを呼びに行って連れてきた、という流れ。

 シルフィの情報を読み取って、そこまでを知った。

 

 で、今度はロウの行動。

 教会の雑務係の彼はシルフィの後ろから現れて、彼女と同じく室内の状況を知ると、すぐさまシルフィに襲いかかろうとしたのだ。『鑑定』で見たところ、〝シルフィーナを人質にして俺の動きを封じる〟つもりだった。

 そしてこいつは――

 

=====

名前:ロウ・バリー

称号:大盗賊の手下

=====


「あんた、ヘーゲルの仲間だったのか……」


 俺はシルフィを守るようにして、ナイフを構えた。


「ふん、ヘーゲルの旦那から聞いたのか? つか、なんでこんなガキにやられちまうかね。油断しすぎだっつーの」


 ロウは飛び退いた位置で中腰に構えた。

 俺は『鑑定』で奴の状態を確認する。

 

=====

【状態】

 腰痛のため全力が出せない。

 メル・ライルートがどんな方法でヘーゲル・オイスを殺害したか予想不能。

 取得したばかりであろう固有スキルを警戒。会話で注意をひきつつ、シルフィーナを人質に取る。

=====


 まだシルフィを狙ってるのかよ。

 俺は頭に血が上り、自分から襲いかかった。

 ロウは限定スキルを持っていない。固有スキルは『体術』と『怪力』。ランクはともにC。俺はそれを読み盗る。

 

 俺の突進に対し、〝ジャブで牽制して右に回り込む〟腹積もりの奴の動きを先読みし、ロウの拳の下をかいくぐって体当たりをかました。

 奴が痛めている腰へ、思いきり肩をぶつける。

 

「くきょっ!」


 ロウは頓狂な声を上げてその場に倒れる。腰を押さえ、苦しそうにのたうっていた。

 

「ぐぅ……て、めえっ!」


 痛みにあえぎながら、ものすごい形相で俺を睨みつけてくる。

 

 〝殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すシルフィーナともどもぶっ殺すっ!〟

 

 まずいな。ここまで殺意を抱いた奴を相手にしたら、いくら相手の行動を先読みできても、万が一ってことがあるかも。

 

 けど俺は、危険を承知でロウの腰に蹴りを入れた。

 一発「ぐあっ!」、二発「ひげぇ」、三発「ちょ、やめ……」、四発目で、ロウは白目を剥いて泡を吹いた。

 

 仕方がなかった。こいつ、〝大声を上げて誰かを呼ぼう〟としてたんだもん。

 

 とりあえず、誰かがこないうちにこの場はいったん離れよう。何をどうするかは、落ち着いてから考えて……。

 

 と、俺の袖がくいっと引っ張られた。

 

 シルフィが、怯えた目で俺を見上げている。

 

 そうだ。この子を置いてはいけない。

 ロウとの会話から、神父が大盗賊のヘーゲルだと知ってしまった。この場に残せば、意識を取り戻したロウに何をされるかわからない。いや、奴はきっとシルフィを殺すだろう。口封じのために。

 

 聡いシルフィのことだ。俺とロウの会話や状況から、だいたいは理解しているのだろう。

 事実、彼女は〝一緒に連れて行ってほしい〟と懇願している。


 それに、この子……。

 

「行こう、シルフィ」


 俺はシルフィの手を握った。

 彼女はきゅっと薄い唇を引き結び、大きくうなずいた――。

 

 

 

 教会を出て、裏手に回る。

 荷馬車を奪って町を飛び出した。

 

 ひとまず俺の家(町外れの一軒家)に戻り、有り金と服、毛布や食料なんかをかき集めて荷馬車に押しこんだ。

 すぐさま馬車に乗り、町を背に東へ向けて走り出す。

 

 とにかく遠くへ。

 

 下手に追っ手を撒こうなんて考えず、ただ馬車を走らせ続けた。

 

 道すがら、シルフィに事情を説明する。


「そう、なんだ……。うん、そうだね」


 シルフィの反応はそんなものだった。『鑑定』で思考を読み取るまでもなく、俺を信用してくれたらしい。

 

 夜通し走らせるつもりだったけど、さすがに馬が限界だった。

 

 ふたつ目の森に入ったところで、街道から脇へそれ、小川の側で休むことにした。

 この辺りはまだ俺の知っている範囲内だ。

 なかなか遠くへはいけないもんだなあ。

 

 星空の下で、パンや干し肉を食べる。

 

 たいして美味しいものでもないけど、正直、味なんてさっぱりわからない。

 

 俺、人を殺したんだよな。

 相手が大悪党だとはいえ、俺を殺そうとした奴だとしても…………うん、そうだよね。こっちは殺されそうになったんだ。反撃して殺しちゃったら正当防衛だろ。うん、そうだそうだ。

 

 俺は自分をむりくり納得させた。

 

 でも、やっぱり……。

 

 そっと、俺の手に小さな手が触れる。

 

「メルくんは、悪くないよ」


 体が、すうっと軽くなった気がした。背中に圧し掛かっていたどす黒いものが、流されていくようだ。

 

「ありがとう……」


 でも同時に、心優しい女の子を巻きこんでしまった罪悪感に苛まれる。

 

「メルくん、これからどうするの?」


 不安そうに揺れる青い瞳を見て、俺は腹をくくった。

 

「シルフィは、故郷に帰りたいって思う?」


「えっ?」


 シルフィは怪訝に小首をかしげた。

 

「わたし、記憶がないから、懐かしいとか寂しいとかは、ないんだけど……。うん、やっぱり、一度は見てみたいかな」


 俺はすっくと立ちあがる。

 

「よしっ。じゃあ行こう」


「えっ? あの、行くって言っても、わたしの故郷がどこにあるのかわからないよ?」


 エルフ族は人族よりずっと数が少ないけど、世界中に集落が点在している。手がかりが名前と年齢しかなかった今までは、捜しようがなかったのは事実だ。

 

「実は俺、シルフィの素性をちょっとだけ知ってるんだよ」


 『鑑定』で読み取った彼女の【称号】欄に、それが記されているのだ。


「お前ってさ――」


=====

名前:シルフィーナ・エスト・フィリアニス

称号:フィリアニス王国第一王女

=====


「エルフの国の、お姫様らしいよ?」


 目をぱちくりさせる様は、どこか気品が漂っているような気がした――。

 

 


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