19◆勇者vs勇者
立て続けの不可解な出来事に、俺の頭が追いつかない。
要約すれば『領主のグッテが変な薬を浴びて体が膨張してさあ大変。しかもシルフィには大地母神様が乗り移ったよ?』てことだな。
何が起こってるのっ!?
やっぱりよくわかんなかった。
シルフィに憑依した大地母神様が言う。
「わからないことを理解する必要はないわ。今は時間を稼ぐことだけを考えなさい。ソレは、長くは持たないのだから」
いや、『時間を稼げ』と言われましても。
俺は『読み盗り』ではなく『読み取り』で、変わり果てたグッテを『鑑定』する。
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名前:グッテ・ボーワイル
体力:S
筋力:S+
俊敏:A+
魔力:A+
精神力:S
【固有スキル】
『硬化(金剛)』:A
自身と装備品の防御力を極めて大きく上昇させる能力。『硬化』の最上位スキル。
相手の物理攻撃力が、本スキルのランク以下の場合、攻撃は無効となる。
本スキルのランクより上の場合、(ランク差)×1/5までダメージが減少する。
『突進』:A
直進するときの速度と、衝突時の攻撃力を上昇させる。(任意発動型)
ランクAでは50%の上昇率。
【限定スキル】
『混沌の呪い』
あらゆる苦痛を永劫付与する。(デメリットのみ)
【状態】
限定スキル『混沌の呪い』の効果により、〝混沌〟に汚染されている状態。
心身ともに極めて不良。精神は崩壊寸前。
〝悪竜の瘴液〟の『勇者の嘆き』の効果により、全ステータスが『盾の勇者』ガラン・ハーティスの能力に置き換わっている。また単一命令〝動くものを殺せ〟に支配された状態。
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わりと強くないですかねっ!? 勇者並みじゃないか! って、『盾の勇者』? ガラン・ハーティス? 誰それ?
答えは俺の『鑑定』より先に、シルフィの声でやってきた。
「今グッテ・ボーワイルは、志半ばで悪竜に倒された勇者と同一化しているの。ステータス上だけだから、意識はグッテ・ボーワイルのものではあるけれど、体の自由は悪竜に奪われているわ」
自由を? ああ、【状態】のところに『単一命令〝動くものを殺せ〟に支配された状態』ってあるな。
歴史をちょろっと紐解いてみると、俺たちが知る勇者アース・ドラゴ以前の遥か昔には、神様が地上におわし、勇者レベルの人たちがそこらにいたらしい。
『盾の勇者』ガラン・ハーティスもその一人。しかも結構強かったとのこと。
にしても、同一化か。俺の『読み盗り』は加算だけど、こっちは完全にステータスの上書きだな。グッテがもともと持っていた固有スキルがなくなっている。
限定スキルは、同一化のあとに付与されたものだ。
さて、どうするかね?
相手を読み盗っちゃえば行動を先読みできるぶん、俺のが有利だ。時間稼ぎするだけでいいなら、さらに楽になる。
でも、それはやっちゃいけないらしい。まあ、呪いは俺も勘弁だ。
あ、そうだ。
俺はいい考えを思いつき、ちらっとシルフィを見た。おや? なぜだかジト目を飛ばされているぞ?
「神性を読み盗るのはやめておきなさい。人の身では自殺行為よ」
あ、ダメなんだ。神様っていうくらいだから人を超えた強さがあると期待したんだけど。
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名前:シルフィーナ・エスト・フィリアニス
体力:E+
筋力:E+
俊敏:D-
魔力:B-
精神力:C
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てか弱いじゃんっ! シルフィのステータスまんまだよっ! まあ、魔力は俺よりずっと高いんだけどね。10歳で魔力がB-ってたぶん破格なんだろうな。
「なにか失礼なことを考えているわね? 〝憑依〟はあくまで『意識を繋げるもの』。あなたやソレとは根本が違うわ。むしろ在り方が逆方向だもの」
なにが『逆方向』なのかはわからないけど、なるほど。
でも意識が繋がって、表に出ているのが神様のほうなら、深く読み取ればステータスも知れるのかな?
「今度は変なことを考えているわね? 神性を読み取るのも、やめておきなさい。それだってかなりの負担だもの。今のあなたでは、鼻血ではすまないわよ?」
ま、読み盗れないものを読み取っても意味ないか。
にしてもこの神様、やたら上から目線じゃないかな? 神様だから、と言えばそれまでだけど、大地母神様はもっとこう、物理的に柔らかなモノで包みこんで癒してくれる、そんな感じを想像していたのにっ。
はっきり言って、俺が苦手なタイプのお姉さんだ。
「すごく失礼なことを考えてないっ!? 今は心が読めないけど、あなたは表情とかでわかるんだからっ!」
なんてことだっ! 神様を怒らせてしまったぞ。
などと俺たちがバカをやっている間に。
「い、いだいぃぃ。ぐるぢいぃ……。だず、げえでぇっ!」
変わり果てたグッテの咆哮で空気が震える。
「ひ、ひぃっ!?」
「化け物だっ!」
「逃げろっ!」
兵士さんたちが我先にと逃げ出した。でも、それはマズい。今のグッテは〝動くものを殺〟すよう命じられているのだ。
「動いちゃダメだっ! 襲ってくるぞ!」
言っても止まらないのが恐怖に急かされた人間だ。
グッテがぎろりと兵士の一人に目を付けた。
「やめろっ!」
俺は『勇者の剣』を構え、攻撃を仕掛けた。
肩口から斜めに斬りつける。
ごんっと鈍い音。硬っ! まともに刃が通らないぞ。
固有スキル『硬化(金剛)』の効果だ。
俺の筋力は今S-で、武器の攻撃力はS。総合するとだいたいSになる。相手のスキルとのランク差は1。だからダメージが1/5に軽減されてしまうのだ。
相手の反撃ラッシュ。
俊敏はこちらが上だからどうにか対応できる。相手が2発こぶしを繰り出す間に、俺は3度斬りつける。その差1回で、奴の体にわずかながら傷を負わせられる。
けど、こいつの傷は見る間に治っていく。
攻撃しながら、治癒系の魔法を使っているのだ。
しかも、攻撃を食らうのをなんとも思っていないので、俺への攻撃も苛烈になる。こぶしが頬をかすめただけで鮮血が散った。
ガチンコ勝負じゃ分が悪い。なら――。
俺は大きく飛び退いて距離を空けた。
けど、それがいけなかった。
「ア、アンヂャン、逃ゲ、ル……」
「ぅぅ……んおっ!? な、なにが、起こったんだ?」
用心棒二人組。大きいほうの弟が、兄を引きずっていた。
ああ、もうっ! 大人しくしてろよ!
グッテが俺から兄弟に〝狙いを切り替えた〟。斬りかかったのでは間に合わない。だから俺は――。
「『雷霆』っ!」
魔法を撃ち放った。
勇者アース・ドラゴの得意魔法にして、雷撃系の最上位魔法。
俺の眼前に大きな魔法陣が現れ、そこから稲妻が迸った。
「うごぁっ!」
命中。しかし、ダメージはほとんどない。奴は雷撃を食らう直前、『魔法障壁』を展開したのだ。それを突き破っての命中だったけど、威力がかなり落とされていた。
さすがは『盾』を冠する勇者だ。防御に隙がない。
「いでえよぉっ!!」
グッテが『突進』をかます。攻撃した俺ではなく、近くにいた兄弟へ。
「ブッ」「べぇっ!」
二人はまともに奴の『突進』を食らった。兄はグッテと弟の間でぺちゃんこに潰される。弟は鎧がべこっとへこみ、兄を体に張りつけたまま吹っ飛んだ。
城壁にぶち当たると、そのままめり込んで止まった。
雷撃で体が痺れた状態でこの威力かよ。
「うぅ、ぎがごがげごぎがっ」
もう完全に理性がぶっ飛んでるな。ってぇ!? 今度は俺かよっ!
グッテは腰をぐっと落とし、俺へと『突進』してきた。さっきと勢いが段違いだ。
ひらりと避ける。
グッテ、城壁にぶつかった。
城壁に大穴が開く。それだけじゃなく、衝撃の余波で15メートルもある城壁が上まで吹き飛んだ。
破片があっちこっちへ無差別にっ!?
シルフィたちは無事か!?とそちらへ目を向ければ。
「こちらは構わないで。神力がかなり制限されているけれど、ここを守るくらいはできるわ。ただ、今のをまともに受けたら、もたないけどね」
シルフィ(の姿をした大地母神様)が、両手を前に出して半透明の防壁を生み出していた。
俺はほっと胸を撫で下ろす。だが安心はできない。
彼女の言うように、まともに食らったら無事ではすまないからだ。
それは俺にも言える。
あの『突進』を正面から受けたら、確実にやられると直感が告げていた。
俺は1日1回だけ、『勇者の剣』の特殊効果で無敵状態になれる。でも1回しか使えないのだから、使いどころは考えないと。
「ぐぼがぼげばぼぉっ!」
グッテが涎をまき散らしながら俺へ突っこんできた。
今度は『突進』じゃない。けど、最初のときより腕の振るう速度が増し、しかも、死角を的確に狙ってくる。理性がぶっ飛んでるはずなのに、逆に動きは洗練されていた。
俺は防戦に終始する。
つかず離れず。距離が開けば『突進』がやってくるからね。
「いいわ。悪くない流れよ。ソレの理性はすでに失われているわ。自壊するのは間近よ」
本当に、そうだろうか?
神様の言うことだとしても、俺は信じられなかった。
グッテは疲れが見えないどころか、さらに攻勢を強めている。
またも直感が――いや、俺が読み盗った男の〝経験〟が告げた。
〝倒せ。でなければ、みな死ぬ〟、と。
そうだ。
動くものを殺すためだけに、生きる獣と化したグッテは、止まらない。自分からはけっして止まらない。
ならば、倒して止めるしかない。
だけど、斬って殴られてを繰り返しても時間が過ぎるだけ。魔法を撃っても防がれる。
このままでは、いずれ俺の体力が尽きて、俺も、みんなも殺される。
だったら――。
「リザっ! 『妖精の秘薬』を投げてくれっ!」
「へっ? あ、うん……って、どこかケガしたの!?」
「いいから早くっ」
「わ、わかった」
俺は離れつつ弱い魔法を放った。
グッテは立ち止まって防御する。直撃したけど、ダメージは皆無。まあ、当然だな。
この隙に俺は『妖精の秘薬』を受け取った。後ろへ飛ぶ。距離が開いた。奴にとっては絶好の、『突進』しやすい間合いだ。
グッテが腰をわずかに沈めた。
俺もぐっと両足に力をこめる。
そして、奴を――『盾の勇者』ガラン・ハーティスのすべてを読み盗った!
〝混沌〟が俺を侵していく。
それは粘ついた泥であり、鋭くとがった針であり、灼熱の溶岩だった。
体の内側が焼けただれる熱さ。無数の針が刺さる痛み。息ができない苦しみ。臓腑をかき回される嫌悪感。
経験したことのないものも含め、ありとあらゆる苦痛が俺を襲った。
こんなの、耐えられない。数秒だって正気が保てない。
「でも弱音は吐かないっ!」
俺は小瓶のふたを開け、ぐいっと半分を飲んだ。一瞬だけすっきりしたけど、すぐに痛かったり苦しかったりがまた襲ってくる。
でも、さっきほど辛くない。一度経験してしまっていたから、10秒くらいは耐えられそう。
「そんだけあれば、十分だっ!」
「ごばぐばぁっ!」
俺の気合いに応じるように、グッテが『突進』してきた。
俺もすぐさま小瓶をぽけっとに押しこみ、『突進』する。『勇者の剣』を寝かし、空いた手を刀身の腹に添え、盾のようにして奴に突っこんだ。
正面からの衝突は、爆発じみた轟音を響かせた。
互いに弾かれることなく、押し合うように衝突地点にとどまる。
俺は当然、無傷。『勇者の剣』の特殊効果で無敵にしていたからだ。
対するグッテは、城壁を吹っ飛ばす威力を二つ合わせた衝撃を生身で受けた。
『硬化(金剛)』のおかげでダメージは1/5に軽減されていても、でっぷりした体躯のところどころで鮮血が散り、鎖骨やあばらは数本が折れていた。
けど、奴は治癒魔法をフル稼働してみるみる回復していく。
このまま剣撃を浴びせても、防戦されたら傷つけるより回復のほうが早いだろう。しかし――。
「回復で忙しそうだな。これを、狙っていたんだ」
「ぐ、があ?」
俺は奴の腹を蹴ると同時に、手にした剣から勇者アース・ドラゴの情報を読み盗る。そしてすぐさま、
「『雷霆』っ!」
至近距離からの、回避不可能な雷撃をお見舞いした。
魔法陣から飛び出した稲妻が、奴の体にまとわりつき、蹂躙する。
回復に注力していたグッテは『魔法障壁』を展開する間もなく。
「――――ッ!!」
消し炭すら残さず、断末魔の叫びも上げられず、この世から消え去った――。