18◆シルフィご乱心?
地下牢を出た俺たちは、目的の人物のところへ直接は向かわず、わざと兵士に見つかってから、そこらを逃げ回った。
ちょこまかちょこまか、ときどき兵士を気絶させたりして。
ついに城壁の正門へと追い詰められた。
俺たちから半径15メートルほどを、ぐるりと兵士たちが取り囲む。
逃げ場のない絶体絶命のピンチ……には当然ならない。いちおうこれ、俺の狙い通りだった。
バトル展開になれば、広い場所がいい。
その前に、『あいつ』を呼び出したいところだ。
ところが、どうにもせっかちな奴らしく、俺が呼ぶまでもなく、そいつは現れた。気持ちの悪い声が響く。
「ぶひょひょひょひょ、もう逃げられんぞ? まったく、どこから侵入したのやら。あとで兵士どもにはきつくお仕置きしておかねばなあ」
城の入り口辺りの兵士たちが二つに割れ、のっしのっしと出てきた50歳過ぎの男。でっぷりした体つきで、いいものをたくさん食べてそう。ぎょろ目に分厚い唇。ちょっと近くに寄ってきてほしくない雰囲気だった。
「お前がここの領主だな」
「なんだ、貴様。儂を知らんのか? いかにも。儂が付近を統治する領主、グッテ・ボーワイルである」
ふんぞりかえり、俺たちを見下すような笑みを浮かべた。
この男こそ、お婆さんを嵌めた張本人。ナナリーさんのご両親を殺害した犯人でもある。
俺たちを〝捕らえよ〟と命じる前に、俺はずびしっとグッテを指差して叫んだ。
「グッテ、俺はお前の悪事を暴きに来たっ」
「なんだとぉ?」
グッテが気分を害したとばかりに目を眇める。
「お前は何人もの政敵を事故に見せかけて殺し、今の地位を手に入れたな」
「なっ!? ふ、ふん。戯れ言を……。どこにそんな証拠があるのだっ」
「あれは7年前の、初雪の日でしたっ!」
俺は奴の情報を読み取りながら、具体的な手順を示しつつ、まるで見てきたように解説した。まさしく本人しか知り得ない情報に、グッテは見る間に青ざめる。
「ふ、ふん。バカな。そんなこと、儂はやっておらんっ」
まだ白を切ろうとするグッテに、俺は次から次へと暴露話をぶつけた。
グッテは俺の話を遮って『捕らえろ』と命じようとした。が、俺はそれを先読みし、
「いや待って! 今のは記憶違いだったかも」
「ほっ……」
「あ、間違ってなかった。じゃあ次に――」
「ぬっ!?」
とまあ、こんな具合に。
奴を揺さぶりつつ、時には反論させたりして、話自体を中断させないように気をつけた。
「えー、それから。一昨年の秋に、地元住民の反対を押しきって、山を削って開墾したよね? それで山崩れが起きたのを、そのとき亡くなった反対派の人たちに罪をなすりつけて、都に報告したのも知ってる」
しかしまあ、いっぱいあるなあ。
政治の失敗談も枚挙にいとまがない。言うほうも大変だ。
さすがに全部は言えないので、適当なところで切り上げようと思う。
「お前の悪事は、すべて大地母神様がお見通しだ。観念して洗いざらい罪を告白し、都から役人が捕らえに来るまで、地下牢で大人しくしているんだな」
「ぐ、ぅぅ…………はっ!? な、なにをしておるか兵士どもっ。早くそいつを捕まえろっ!」
グッテは駄々っ子みたいにバタバタと足踏みして、「早く捕らえよっ!」とか「飛びかからんかっ!」とか大声をあげる。
ところが、取り囲んむ兵士たちは躊躇っていた。
俺の話をわりと信じてくれているようだ。
無理もない。
グッテの素行の悪さを日ごろから見ていれば、信頼に値する人物だとはけっして思わないもんな。
みんな、〝グッテ・ボーワイルならやりかねない〟と考えていた。
でも、証拠を突きつけたわけじゃない。
兵士は躊躇いながらも、〝命令だから仕方がない〟と包囲網を狭めてきた。
と、そこへ。
「おいおい、何をビビってんだ? 相手はガキと女とババアじゃねえか」
「……ウギ、ウギギギギ……」
がっちょんがっちょんと、鎧を鳴らして変な二人組が現れた。兵士を押し退け、グッテの前に進み出る。
一人は兜のない鎧姿。大きめの剣を肩に担ぎ、いかにも悪そうな面構えだ。
もう一人は2メートルを超えようかという大男。頭から指先にいたるまですっぽりと分厚い鎧に包まれている。
「おお。待っておったぞ。何をしておったのだっ」
どうやらグッテが雇った傭兵。用心棒みたいな人たちらしい。
「いやあ、弟の準備に手間取っちまいましてね」
「ウギギ……」
男は巨漢の鎧をポンと叩いて、にやにやと笑った。
「すぐにそいつらを片付けろ。だが、殺すなよ。婆さんは使い道があるのでな。男のほうも、いろいろ訊きたいことがある」
「ボーワイルさん、女はどうすんです?」
「ふん、好きにするがいい」
グッテの言葉に、男は舌なめずりしてナナリーさんやリザを見た。
「ウギギ……、チッチャイのは、オデのモノ……」
「へ、相変わらずいい趣味してんなあ。いいぜ。ガキはお呼びじゃねえから、くれてやるよ」
「ウギ、ヤッタ……」
なに勝手に決めてんの?
「おうおうっ! 俺たちは泣く子も黙――ぶべっ!?」
名乗りの途中でずぎゅんと肉薄し、脳天チョップを食らわせる。
なんかムカついたので。
とはいえちゃんと手加減はした。それはもう、ものすごく。
でも男は白目をぐるんと剥いて呆気なく気絶した。
勇者パワーすげえっ。
「ウギ? ゴボァッ!!」
大男には腹に一発。
分厚い鎧をへこませる威力で、内側の肉を抉るように突き上げた。かるく巨体が浮き、がっちゃーんと大きな音を立てて横たわる大男。こっちは気絶してなくて、ぷるぷる震えていた。
ぽかーんと呆ける兵士さんたち。
グッテもあんぐり口を開け、呆然としていた。
「もう一度、言うぞ」
俺はゆらりとグッテを指差し、告げる。
「すべての悪事を告白しろ。ここにいる兵士、全員が証人だ。その後は地下牢で大人しくしていろ」
グッテが一歩、二歩と後じさる。
「な、なんなんだ、貴様は……。なぜ……?」
「言ったろ? 『すべて大地母神様はお見通し』だって」
俺はあまり信心深いほうではないので、神様の名前を使えば何かとごまかせるかもと考えた。
……バチが当たらないかな? 神様ごめんなさいっ。
「まさか貴様……、〝口寄せ〟ができるのか……?」
ふむ。〝神や死者を自身に宿し、その意思を伝える〟術があるのか。初めて知った。
適当こいたのが幸いしたらしい。
俺は答える代わりに、にやりと意味深に笑ってみた。
グッテが膝を折る。〝もはや言い逃れはできない〟と考えてはいるようだけど……こいつ、まだ諦めてない?
〝まだ『最強になれる秘薬』が残っている〟ってどういうこと?
どうやら、正体不明の誰かにもらった秘薬とやらを懐に隠していて、それを使おうとしているようだ。
文字情報だけなので、こいつの〝経験〟から読み取れるのは、〝黒いローブを着た小さな男〟という認識情報だけだ。
その『最強になれる秘薬』とやらの詳細も不明。そんな怪しげなものに縋ろうとするくらい、グッテは追い詰められていた。
ま、使わせなければいいんだよな。
俺は腰に差した『勇者の剣』を抜き、奴に飛びかかろうとして。
「まだ……まだ終わらんぞぉ!」
グッテが懐から取り出したモノに目を奪われてしまった。
透明のガラス瓶。紫というか黒というか、禍々しい色をした液体が入っている。
それは――。
=====
名称:悪竜の瘴液
【説明】
悪竜の生き血と灼熱の溶岩により生じた瘴気を、液体に溶かした秘薬。
悪竜の意思が宿っている。
これを浴びると〝混沌の呪い〟を受けるとともに、勇者の力を得られる。
【特殊効果】
『混沌の呪い』
〝混沌〟に汚染される呪い。
使用者に限定スキル『混沌の呪い』を付与する。
使用者はあらゆる苦痛を永劫その身に受ける。
『勇者の嘆き』
悪竜が食らった勇者の誰かを使用者に映す。
その勇者の全能力が使用者に上書きされる。
ただし体の自由は悪竜に支配されるため利かない。(デメリット)
=====
俺は地面を蹴ろうとした。
一瞬遅れてしまったけど、奴が瓶のふたを開けて中身を浴びるまでは十分に時間があった。しかし――。
ぱりんっ。
乾いた小さな音とともに、瓶が勝手に割れてしまった。
「うわぷっ!? ……うげえぇえええええぇぇええぇっ!!」
中の液体はグッテの顔に飛びかかる。まるで意思を持っているかのように。
「おぉ、ぼぼおおごおごおぉぉ……」
もろに浴びたグッテは、およそ人が発する声とは思えないうなり声を上げて、
「い、いだい……、ぐるぢい……、いや、だ、だず、げでぇ……」
丸い体が、さらに大きく膨れ上がっていく。服は破れ、醜くデコボコした肉の塊は、どうにか〝人〟の形を保っている程度。
いったいグッテに、なにが起こったのか?
俺が、その情報を読み〝取ろう〟としたときだ。
「ダメよっ! ソレを読みとってはダメなのっ!」
俺はグッテを気にしながら振り向いた。
「シルフィ……?」
声はたしかに彼女のもの。真摯な瞳が俺に向けられてもいる。けど、その瞳の色は、金色に変貌していた。
「ソレはすでに〝混沌〟に汚染されているわ。だから読み盗れば、貴方も汚染されてしまう」
俺はたんに読み〝取ろう〟としただけなんだけど……。
いや、それはまあ、それとして。
ここは最優先で確認させていただこう。
俺はあらん限りの力で叫んだ。
「あんた誰っ!?」
大人びた口調は、ぜったいシルフィじゃないよね?
疑問には回答がわりと早くやってくる。それが最近の俺。
ああ、なんだ。
俺はほっと胸を撫で下ろした。
〝大地母神が憑依した〟だけか……………………えっ? マジで?