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17◆とある『呪術師』の想い


「どうして貴女は、町に呪いをかけたんですか?」


 俺の問いに、お婆さんは無表情で俺を観察してのち、

 

「ほう、逆に「お婆ちゃんがそんなことするはずないよっ!」


 俺に根拠を尋ねようとして、ナナリーさんに邪魔された。

 

「ええいっ、おぬしは黙っておれと言ったじゃろっ」


 お婆さんはご高齢にもかかわらず、ナナリーさんを羽交い絞めにして口をふさぐ。ナナリーさん、もがもが言ってる。

 

「まったく、夜までに町を出ろと言っておったのに、こんなとこまで来おって……。で? そこのおぬし、このババアが呪いをかけたという証拠は持っとるのかの?」


 ここで俺が『鑑定士』のランクAだと言ってみる。するとお婆さんは、どうするだろう?

 巧妙に隠蔽されていたので気づかなかったと言い張るかな? だから自分ではない、と。

 でもこの近辺にあれだけの規模の呪いをかけられる人はお婆さんしかいないと、状況証拠を突きつければどうか?

 

 ハイ論破♪とはいかないまでも、かなりの苦境に立たされるだろう。

 

 それでもお婆さんはしらを切りとおす。

 自分ではない。自分はやっていない。町が荒廃したのは、領主と町の人間の努力が足りなかった結果だ、と。

 

 そして刑が下されるときに、こう言うのだ。

 

 ――無実の罪を着せたお前たちを、呪ってやる、と。

 

 歪んでいると思う。

 厄介なことにこのお婆さん、俺たちが連れて逃げても、また〝わざと捕まるつもり〟でいた。

 ナナリーさんには、長年こっそり蓄えていたお金の場所をすでに伝えてあるので、それを持って遠くへ逃げろと言っているようだ。

 

 この人、町の人たちや領主にとにかく『呪ってやる』って言いたいらしい。

 

「ふん、だんまりか。して、どうするんじゃ? このババアを連れ出すのか、糾弾するのか」

 

 挑発的な態度にカチンときたわけじゃないけど、俺は証拠を示す代わりに、脅すことにした。

 

「いいんですか? このまま罪を認めなければ、今度はナナリーさんが疑われるかもしれませんよ?」


 お婆さんの表情が、強張った。

 

 厳密には、あの町に〝衰退の呪い〟をかけられる人は、もう一人いた。

 

 俺はお婆さんに組み敷かれているナナリーさんを見る。

 

 固有スキル『呪術』、ランクはA。この若さで大したものだと思う。お婆さんの『呪術』ランクBをも上回っていた。

 

 お婆さんは表情をいやらしい笑みに変える。

 

「ひゃっひゃっひゃ、ナナリーが呪術を使えんのは、町の者はみな知っておるわい」


 そうだった。それもお婆さんの思惑どおり。

 

 ――誰かを呪ったら、巡り巡って自分に返ってくるんだから。

 

 ナナリーさんがつぶやいた言葉だ。

 

 お婆さんはナナリーさんが幼いころから、そう言い聞かせていた。

 

 事あるごとに。

 町の人たちの前でも。

 彼女が『呪術』に関わろうとすれば、必ず。 

 

 そうして恐がりなナナリーさんには、この言葉が〝呪い〟のように、心に刻まれてしまった。

 

 だから、できない。

 怖くて『呪術』に関与できないから、やり方を知らない。

 だから彼女には誰かを呪うことも、呪いを解除することも、〝呪い〟に関わることは何もできない。

 

 そう、町の人は誰も彼もが信じて疑っていなかった。

 

 たとえ高名な『呪術師』であるお婆さんを超える、固有スキル『呪術』のランクAの素質があるとしても。

 

「そう仕向けたのはお婆さんでしょ? ナナリーさん、ものすごく才能があるのに、もったいない」


「やはりおぬし、高位の『鑑定士』か。ふん、畑違いの奴はお気楽に言ってくれるのう。いいかい? 坊や。『呪術師』なんてのにはな、なるもんじゃあ、ないんじゃよ」


 脱出を試みていたナナリーさんが、急に大人しくなった。

 

「本来『呪術師』ってのはな、解呪の専門職なんじゃ。呪いのアイテムや、呪詛を吐く魔物に呪われた人を救う、医者みたいなもんじゃな」


 けど、世間一般の評価は違う。俺もそうだったけど、呪いの行使こそが彼らの本業だと誤解していた。

 

「浅ましい連中を、何千、何万と見てきたわい。『呪術師あたしら』を、ただの『呪い屋』としか考えてない連中をのう」


 王都で名を馳せたお婆さんは、ついに嫌気がさした。一人息子が独立したのを機に、各地を放浪して解呪で生計を立てていた。

 やがて息子夫婦が不慮の事故で亡くなったとの報を聞き、彼らが暮らしていた田舎町を訪れる。

 すこし離れた森には呪詛を吐く、貴重な素材が取れる魔獣がいた。狩られ尽くされるころには引退しよう。そう考え、一人残された孫娘を引き取り、腰を落ち着ける決意をした。

 

 そこが今暮らしている町だ。


 魔獣狩りの拠点として、そこそこ栄えていた町。

 町の住人は当初、お婆さんを快く受け入れる。

 お婆さんも口が酸っぱくなるほど『呪いはやらない。解呪だけ』と念を押す。『呪いは巡り巡って自分に返る』を口癖にして。

 

「じゃが、浅ましい連中ってのは、どこにでもおってな」


 しばらくすると、夜遅くになれば町の者が入れ替わり立ち替わり、お婆さんを訪ねるようになった。

 

 恋人が奪われた。取引先が無理を言う。姑が口うるさい。

 

 愚痴や不満を口にしつつ、お婆さんにこう言ったのだ。

 

 ――呪ってほしい。

 

 町の人だけでなく、遠方から噂を聞いてやってくる金持ちや、領主すらも。

 

「我慢の限界に達したんですね。だから町に呪いをかけたんですか?」


「はっ、よしとくれ。あたしゃ、やっとらんわい。じゃが……町に呪いをかけた『呪術師』の気持ちは、痛いほどわかる。そいつは、こう考えたんじゃろうなあ」


 ――そんなに他人を呪ってほしいなら、みんなまとめて呪ってやる。

  

 辛かったのだと思う。耐えきれないほどだったのだろう。

 

 でも、それではただの八つ当たりだ。


 町の人が嫌になったのなら、『呪術師』を廃業し、それを隠して遠い場所で暮らせばよかった。長年の蓄えを隠しているから、ナナリーさんが一人立ちするまではどうとでもなったはずだ。

  

「どうして、お婆さんはナナリーさんを連れて町を出なかったんでしょう? それである程度は解決するのに」


 ぎろりと、お婆さんが俺を睨む。

 ああ、わかってる。

 俺には全部わかってる。

 

 このお婆さんが、『八つ当たり』なんてちっぽけな理由(・・・・・・・)で、信念を曲げたんじゃないことくらい。

 

「できなかったんですよね? お父さんとお母さんが眠る町を、絶対に離れたくないって、ナナリーさんが言ったから」


 びくりと、ナナリーさんが身を震わせた。

 お婆さんの中で、俺への疑念が大きくなる。〝読心系の限定スキルを持っている〟と疑い始めた。

 でも、俺は止まらない。止められなかった。

 

「暮らしていけないほど荒れた町にしてしまえば、ナナリーさんも諦めるに違いない。数年は苦労をかけることになっても、結果的には彼女の幸せにつながると貴女は信じて、禁忌を犯した」


 もっと、ちゃんと祖母と孫娘とのコミュニケーションが取れていたら、こんな不幸は起きなかったかもしれない。

 お婆さんが理由をきちんと説明していれば、ナナリーさんを説得できたように思う。

 

 でも、無理もない。

 生まれた事実も知らなかった孫娘。

 名前だけは嫌と言うほど聞かされた祖母。

 互いを大事に思いながらも、本音をぶつけることができなかった。


「お婆ちゃん……」

 

 お婆さんの力が緩み、ナナリーさんがのそのそと上体を起こす。祖母に正対し、しわしわの手をぎゅっと握った。

 

 お婆さんは憑きものが落ちたように穏やかになり、口調も柔らかに変化する。

 

「この子はね、器量がいい。優しくて、よく気がつく。意外に、なんだって要領よくこなすんだよ。怖がりで、泣き虫だけど、いい男がほうっておくはずないさね」


 目に涙の珠を浮かべ、そっと孫娘の頭に手を乗せた。

 

耄碌もうろく、しちまったのかねえ。『絶対誰も呪わない』って誓ったのに、人生の最後の最後で、バカをやっちまったもんだよ。ま、それも当然さね。誰かを呪ったら、巡り巡って自分に返ってくる。まさに、その通りになっちまったねえ……」


 お婆さんは諦念をにじませながらも、どこかすっきりした表情になった。

 しかし、納得いかない人がいる。

 

「お婆ちゃんは悪くないよっ」


「ふふ、ありがとうよ。でも、罪は罪。罰は、受けなきゃね……」


「違うよっ。本当にお婆ちゃんは悪くないんだよっ。だって、だって……ぅ、ぅぅ……」


 ナナリーさんは必死に何か言おうとしたけど、言葉にならない。

 だから、俺が受け継いだ。

 

「そう、お婆さんは悪くないですよ。だって、貴女の呪いはまったく効果(・・・・・・)がなかった(・・・・・)んですから」


 は?と声をそろえる一同の中で、ナナリーさんだけは顔をこわばらせていた。


「お婆さん、呪いって、かけたことを知られないように隠蔽できるんですよね?」


「? あ、ああ……。町にかけたのも、そうしていたからね」


「じゃあ、もしかして、ですけど」


 俺は回答を知りながらも質問のかたちにする。

 

「解呪したのを悟られないようにも、できるんですか?」


 〝呪い〟というのは、ある種の騙し合いだ。

 かけられたことを悟られないようにし、解呪されたのも隠して相手の様子を窺ったり、安心している隙に報復したり。

 そんな化かし合いが横行しているらしい。

 

「お婆さんはたしかに、町に〝衰退の呪い〟をかけました。でも、その直後に、即座に解呪されていたんですよ。そうしたのが、悟られないように隠蔽されて、ね」


「バカ言うんじゃないよっ! 町のすべてを覆う規模の〝呪い〟だよ? 直後に、即座? あたし以上の『呪術師』じゃなきゃ、できるわけないよっ」


 なんか、口調が孫に似てきたぞ? 逆か。もともとお婆さんがこういった口調で、ナナリーさんがマネしてたのか。

 仲良しだね。

 

「いったい誰がそんな――」


「わ、私、だよ……」


 しんと、静寂が一瞬落ちる。

 

「私が、解呪したんだよ……」


「ナナリー? でも、お前は……」


 『呪術』が怖くて、やり方を覚えようとしない。誰かを呪うことも、解呪することも、〝呪い〟に関与はできないと、誰もが信じて疑っていなかった。でも――。


 ――できないんじゃないよ。私は、やらないんだよ。


 彼女は『呪術』が怖かった。

 けれどやり方は知っていた。

 

 彼女はずっと、見ていたのだ。憧れてやまない『呪術師』の、解呪しかやらないがゆえに、磨き上げられたそのすべてを。

 

 才能はたしかに飛び抜けている。

 でも彼女を『呪術師』にしたのは、近くにこれ以上ないお手本がいたからだ。

 

「隠し方はよく知らなかったから、ちゃんとできるか不安だったけど、一生懸命やったら、上手にできたんだよ。もし、解呪されたって知られたら、また、お婆ちゃんは無理をしちゃうから。体、壊しちゃうといけないから……」


「な、なら、どうして? どうして、町は衰退したのさ?」


「それも、ずっとナナリーさんが言ってたじゃないですか」


 町を治める領主はとんでもなく自分勝手な奴で、ろくな政治もできない愚か者だ。

 あの町だけじゃない。

 領内にある他の町も、程度の差はあれ、衰退の一途をたどっている。

 領主は今、いつ中央からの査察がやってきて、数々の不正が明るみになるか恐々とする毎日を送っていた。

 

 俺は、不謹慎とは思いながらも、ようやく安堵した。

 

 お婆さんの話を聞くまで、知らなかったことを知った。

 

 彼女の話を元に、この地で起こった不審な出来事を読み取って、知ったこと。

 

 

 今回の件には、明確な〝悪〟が存在する。

 

 

 罪のないお婆さんと、その孫娘に不幸をもたらした存在。

 

 『そいつ』は、とある若夫婦から高名な『呪術師』の話を聞いた。その〝呪い〟の力を使い、ライバルたちを蹴落として出世しようと画策する。夫婦に『彼女を呼び寄せろ』と執拗に迫った。

 が、夫婦はきっぱりと拒否する。

 怒った『そいつ』は、夫婦を罠にはめ、事故死に見せかけて殺害。

 放浪中の『呪術師』を捜し出し、『孫娘が一人で寂しくしている』と呼び寄せたのだ。

 

 まんまとやってきた『呪術師』はしかし、『そいつ』の申し出――〝ライバルや反抗的な者たちを呪ってくれ〟との話にはいっさい乗らなかった。

 『呪いはできない』との文句を、『呪う能力ちからを失った』と誤解した『そいつ』は、いったんは諦め、『呪術師』とは距離を取った。

 

 呪えなければ殺せばいいじゃない。そんな安直な発想で、ライバルたちを次々に事故死に見せかけ殺した。

 かつて善良な夫婦で成功したことで、味をしめて。

 

 そうして『そいつ』は、この地で最高の地位を得る。

 

 でも、数年経ち、いよいよ自分の立場が危うくなった『そいつ』は、すべての罪を一人の老人になすりつけようとしている。

 すべての悪事は、老人の〝呪い〟のせいだとして。


「よし、じゃあさっそく、行きますかっ」


「メルくん、行くってどこへ?」


 首をかしげるみんなに、俺はにっと笑って言った。

 

「悪者を、懲らしめにだよ」


 さあ、ハッピーエンドに突き進もう。


 多くの人を救うことはできなくても、せめて二人の『呪術師』が、幸せになれる結末に――。

 

 

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