16◆呪われた町
国境の宿場町を出発して、隣国へと入った。街道を北へと折れる。
途中、小さな村に立ち寄った。
そこにはリザの仲間が何人か暮らしていて、連絡の中継地点となっている。シルフィを見つけ、勇者も一緒だと伝えると、冗談抜きでみな小躍りし、一人はフィリアニス王国へと報告へ走った。
さすがにシルフィが記憶喪失になって〝光の巫子〟としての力が出せないと知ったら落胆していたけど、そっちの問題を解決するために動いていると伝えると、すこし安堵していた。
シルフィの記憶喪失――その原因たる〝忘却の呪い〟を解除すべく、高名な『呪術師』を訪ねるのが今の俺たちの目的だ。
寄り道もあり、目的の町には、宿場町を出てから4日目のお昼ごろに到着した。
それほど大きくはない町だ。
だが大きさより何より、俺たちは町の入り口で呆然とする。
土がむき出しの道路に、つむじ風で砂が舞っていた。
荒んでいる。それが第一印象であり、それ以外の感想が出てこない。
「だーれもいないんですが?」
うん、人はいるのだ。でも、みんな家の中に隠れていて、外には人っ子一人見当たらない。
町で唯一の宿屋も準備中。入り口を叩いても誰も出て来やしない。
仕方がないので勝手に馬車を停め、俺たちは町を散策した。
で、ようやく第一町人を発見する。
背が高く、ゆったりした服を着ているけどグラマラスだとわかる女性。茶色の髪はゆるふわのウェーブがかかっていて、見た目はなかなかの美人なお姉さんだった。
そのお姉さん、あっちへふらふら、こっちへふらふらと、民家の扉を叩いては追い返されている。
ドンドンドンッ!
「あ、あのっ、お願いだから開けてよっ。話を聞いてよっ」
「うるせえっ! この疫病神がっ」
「私たちは、疫病神なんかじゃないよっ」
「てめえんとこの婆さんのせいで、町がこんなになっちまったんだろうが」
「違うよっ。お婆ちゃんは何も悪いことしてないよっ。悪いのは領主だよっ」
「この期に及んで領主様のせいにしようってのか? てめえも捕まっちまえ!」
ドンッ、と内側から扉を殴る音がした。
お姉さんはびくぅっとして、涙目になって叫ぶ。
「の、呪うよっ!?」
びくっと内側からも気配。しかしすぐにイヤミったらしい言葉が返る。
「へっ、出来損ないのてめえに何ができるってんだ。やれるもんならやってみやがれっ」
お姉さんは泣きそうな顔でぷるぷる震えていたけど、やがて諦めたように扉から離れた。
「違うよ……。できないんじゃないよ。私は、やらないんだよ。誰かを呪ったら、巡り巡って自分に返ってくるんだから……」
お姉さんはとぼとぼと、それでも〝もう一軒だけ訪ね〟ようと道を横断していた。
「あのー、すみません。ちょっといいですか?」
とりあえず声をかけてみる。
びくぅっと盛大に驚いたお姉さんは、俺たちを見、左右を確認、さらに振り向いて誰もいないのを知ると、またも俺たちに目を向け、警戒の視線を送ってくる。
「だ、誰……?」
「あ、旅の者です。ちょっとお話を――」
俺は努めて紳士的に応対したつもりだったのだが、彼女は俺の話を最後まで聞こうとせず、
「の、呪うよっ!」
また面倒くさいのにかかわってしまったと、肩を落とす俺でした。
町でひとりふらふらしていた美人のお姉さん。
ナナリー・ゼッタ、19歳。最近俺が出会った女性の中では一番年上のお姉さんであるが、怯えた子どもみたいな人だった。
正直言って可能な限りかかわりたくない人なのだけど、そうも言っていられない事情があった。
なんとナナリーさんは俺たちが求めている『呪術師』の、お孫さんだったのだ。
俺たちの粘り強い交渉の甲斐あって、どうにか彼女の自宅でお話できることになった。
町の端っこにある、木造のくたびれた家屋。
呪術師として営業はしているものの、看板はない。ほぼ休業状態で、暮らしはナナリーさんが農家の手伝いなどをして支えていた。
ナナリーさんはいまだに俺たちを警戒し、隅っこで身を縮こまらせてこちらの様子を窺っている。
だというのに彼女、俺たちを食卓の四人掛けテーブルに案内し、てきぱきとお茶まで用意してくれた。
現状、睨まれつつテーブルを占拠し、お茶をすすっている俺たちは肩身が狭い。
が、ここでも俺たちは粘り強く世間話を進め、ようやく本題に入った。
「俺たちは、貴女のお婆さんに解呪をお願いしたくて来たんです」
「お婆ちゃんは、今いないよ。今朝、役人に捕まっちゃったんだよ。たぶん、領主の城に投獄されてるんだよ。何も、悪いことしてないのに……」
なんとも間の悪い。
「捕まった理由はなんですか? いちおう公式な罪状があるんですよね?」
ナナリーさんはきゅっと唇を引き結んでから、苦々しく吐き出した。
「お婆ちゃんが、この町に〝衰退の呪い〟をかけたって。前は栄えてたのに、今みたく荒んじゃったのは、お婆ちゃんの呪いのせいだって。でもっ、お婆ちゃんはそんなことしてないんだよっ。領主がへんてこな政治をしてるからこうなったのに、全部お婆ちゃんのせいにしたんだよっ」
最後は悲痛な叫びを上げる。
俺が黙っていると、リザが感想を漏らした。
「よくある話だわ。施政の失敗を、悪霊やらのせいにする為政者なんてごろごろいるわよ。『呪術師』がスケープゴートにされることだってあるでしょうね」
「でも、呪われてるかどうかなんて、『鑑定』ですぐわかるよね?」
「高位の〝呪い〟は、隠蔽も同時に行うわ。そうなると、ランクA以上の『鑑定』でないと看破できないのよ。こんな地方の領主がそれほどの『鑑定士』を抱えてるはずないし、たしかこの国にはいなかったはず。それでも、低ランクの『鑑定士』を連れてきて、それっぽく言ったんじゃない?」
リザは声を落とし、ナナリーさんには聞こえないようにささやいた。
「そりゃ、メルは〝神眼〟でお見通しだろうけどね」
たしかに。俺はこの町が呪われてるかどうかなんて、すぐにわかる。
「まあでも、信じるほうもどうかしてるわ。高位の呪いは長い年月をかけて、それこそ命を削ってやるんだから。自分が住んでる町にかけるわけないわよ。ばっかみたい」
リザはぷんぷんと怒り心頭。続けて肩を落とした。
「にしても、困ったわね。その人が捕まってるんじゃ、シルフィの解呪ができないわ」
「そのお婆さんを助けるですよ」とクララ。
「無実だと証明する手立てがないわ。メルの能力は秘密だし……」
そうなのだ。俺がどうしようか悩んでいるのもそこだった。俺の能力を秘密にしたまま、納得してもらうにはどうするか?
状況次第では、俺がランクAの『鑑定士』とでもしておけばいいのかな? 『勇者の剣』には所有者のステータスを偽装する特殊効果もあるし。
うーん……。
リザが悩ましい事情を補足する。
「助けたとしても、けっきょくお婆さんもナナリーさんも逃亡生活する羽目になるわ。まあ、国外へ逃げればいいのだろうけど、それもまた、いろいろと面倒よね」
ここでシルフィも割って入った。
「罪のない人が裁かれるのは、放っておけない」
一同が押し黙る。
みなの視線が、俺に集まるのを感じた。
「よしっ、お婆さんを助けに行こう」
ぱっと、全員の顔が明るくなった。
俺はでも、居たたまれない。だって俺、たんにシルフィの解呪を早くしたいだけなんだよね。
ぶっちゃけ、この問題にはあまり深入りしたくなかった。
たぶん、いろんな人が不幸になる。
俺は他者が知り得ない情報を読み取れて、相手の行動を先読みできるけど、厳密には未来を見通せない。だからあくまで推測なのだけど、なんとなく、そんな気がするのだ。
でも、だからこそ――。
「気合入ってきたっ! それじゃ、みんなでお婆さんのところへ急ごうっ」
かかわる以上、誰も不幸になんてしたくない。
誰もがハッピーに終われるように、力の限りがんばろうっ。
で、やってきました領主の居城。
町から北に、徒歩でも半日かからないところだ。切り立った崖を背に、尖塔がいくつか伸びている。高い壁を、リザの限定スキル『風の精の衣』を使い、見張りの死角とかよそ見してる隙とかをついて、やすやすと乗り越えた。
敷地内に入っても、誰にも気づかれずに窓から城内へ。
俺は巡回の兵士たちがどこで何をしているのかをまるっとお見通し。順調に地下牢の入り口までたどり着いた。
地下へと続く石の階段前には、兵士が二人並んでいる。なんか眠そう。
さすがに荒事は避けられない。
俺は『勇者の剣』から伝説の勇者アース・ドラゴの情報を読み盗る。
さくっと気絶させました。
いちおう、気絶させた兵士二人は膝を抱えて顔を突っ伏す態勢にする。『眠気に負けてうたた寝中』を演出したのだ。
ちょっとくらいは時間が稼げるよね?
階段を駆け下り、目的の最奥へ一直線。分厚い扉を蹴破ると、
「わひゃあっ!?」しわしわのお婆さんが飛び上がって驚いた。
「な、なんじゃい、おぬしらは?」
「お婆ちゃんっ!」
ナナリーさんが俺を押し退けてお婆さんに飛びかかった。
「ナナリーではないか。どうしてここへ? いや、どうやってここへ?」
「この人たちがね、手を貸してくれたんだよっ」
えーんと泣きじゃくるナナリーさんの頭を撫でながら、お婆さんは怪訝に、警戒を密に俺たちを窺う。
「義憤……とは思えんのう。こんなババアに何用じゃ?」
俺は一歩前に出て、用件を告げる。
「貴女に、〝忘却の呪い〟の解呪をお願いしにきました」
「ほっ、そのためだけに、犯罪者を助けると?」
「お婆ちゃんは悪くないよっ!」
「ナナリーはちょっと黙っておれ」
お婆さんはナナリーさんの頭を下に押し、ぎゅっと抱えた。そして俺たちを一人一人、眺め見て。
「……ふむ。そっちのちっこいのが、そうかの」
シルフィに視線を突き刺し、にやりと口を歪めた。
「いいじゃろう。助け出してくれるのなら、礼にタダでやってやるわい」
安堵のため息が聞こえる。リザに、クララに、シルフィ。
ナナリーさんはそれどころじゃないらしい。嬉しくて泣きじゃくっている。
でも俺は、とても胸を撫で下ろす気分にはなれなかった。
「ひとつ、訊いてもいいですか?」
ここで確認すべきだろうかと、ここへ来るギリギリまで悩んだ。
でも、やはり早くに彼女の口から直接、聞いておきたかった。
「なんじゃ?」
お婆さんは余裕の笑みをたたえている。それが、次の瞬間、消え去った。
「どうして貴女は、町に呪いをかけたんですか?」
そう。あの町にはたしかに、〝衰退の呪い〟がかけられていた。領主はその事実を知らないまま、お婆さんに罪を被せた事情もある。
でも、呪いをかけたのは間違いなく、
このお婆さんだったのだ――。