15◆〝神眼〟の真なる力
俺たちは空を飛んで『勇者終焉の街』を後にしてから、街道をひた走った。
もうすぐ国境だ。
といっても、関所が置かれているわけではない。通行はわりと自由。
そこには渓谷を切り拓いて作られた宿場町がある。
商隊や旅人が行き来する町で、休んだり買い物したりは当然ながら、魔物避けの護符を販売する大きな教会もあった。だいたいの人は後者が目当てだ。
最初は山を越えて先に進もうと思ったけど、いちおう『神父殺し』の誤解は解けたはずだし、こそこそする必要はないんじゃない?との判断で、宿場町に立ち寄ることにした俺たち。
馬車も荷物も置いてきちゃったし、あらためて買い出しは必要だからね。お金は持っててよかったよ。
で、宿に一室を借り(女の子たちと一緒で緊張しちゃうっ)、部屋に入ったところで。
「メルくーんっ!?」
「兄さま、しっかり~っ!」
俺はぶっ倒れた。
激しい頭痛と極度の疲労にとうとう耐えきれなくなった俺は、ベッドへ身を投げ出したのだ。おフトゥン気持ちいい……。
「でもすぐふっかぁーつ!」
え? なにこれすごい。マジで疲れが吹っ飛んだ。リーゼロッテさんから『妖精の秘薬』とやらをもらってひと口飲んだら、コレである。
頭痛はまだすこし残っているものの、目はパッチリ、体も軽い。
「これは『女神の秘薬』に次ぐ、最上位の回復薬ですからね。致命傷でも命を取りとめるくらいは回復します。体力や魔力は全回復、状態異常もたいていは解除されます」
リーゼロッテさんが手にした小瓶には、薄緑色でキラキラ光る液体が入っていた。
価値は300万Gかあ。
待遇のいい農場で正規に雇われた人の年収くらいあるな。俺は非正規だったからその1/3くらいだったけど。ま、食べて寝て働くだけの生活だったから、それで十分さ。
そんな高価な物を使ってもらったのには感謝しかない。彼女も実際に使うのは初めてだった。
「ありがとうございます、リーゼロッテさん。助かりました」
「いえ、当然のことをしたまでです。……ん? あれ? そういえばあたし、まだ名乗ってなかったような……?」
しまった! 『鑑定』で読み取ったの気づかれちゃう!
「そうでしたか。やはり、あなた様は……」
リーゼロッテさんは事情を察したような顔つきになると、小瓶を腰のポーチにしまって床に正座した。
俺たち元からの3人組はベッドに腰かけて背筋を伸ばす。剥き身の剣は危ないし邪魔なので、腰から抜いてベッドに放り投げた。
リーゼロッテさんがぎょっとしちゃった。雑に扱いすぎたな。
「あらためまして、わたくしはフィリアニス王国の近衛隊に所属するリーゼロッテ・キウェルと申します」
深々と頭を下げたのを受け、俺たちもぺこりとお辞儀する。
名乗られるまでもなく、俺はこの人の情報を読み取っていたので知っていた。
俺より半年だけお姉さんの15歳。『祝福の儀』で固有スキル『必中』を得てから、正式にシルフィの捜索任務に就いたとのこと。魔法銃という珍しい武器を使う魔法使いだ。
「俺はメル・ライルートです。こっちは虎人族のクララ・クー。で、こっちは……知ってると思いますけど、シルフィーナ・エスト・フィリアニス」
リーゼロッテさんは顔を上げると、目礼で応じた。
「わたくしにそのような口調は必要ありません。どうかリザと呼び捨ててください。このたびは、知らぬこととはいえ、勇者様に銃を向けるなど数々の非礼、お詫びのしようもございません。いかなる罰も受ける所存。ですがお伝えすべきことがございますので、今しばらくのご猶予をいただけないでしょうか?」
「あー、うん。じゃあ、リザもふつうの話し方にしてもらっていい?」
なんかこの人、〝慣れない口調で噛んだらどうしよう〟とか〝緊張しすぎて胃が痛い〟とか、いっぱいいっぱいみたいだし。
「え、でも、さすがに王女様の前で、それは……」
チラチラとシルフィを気にしている。
「わたしは記憶を失くしていて、王女って言われても、ピンとこない。だから、お友だちみたいに話そう? リザ。わたしは、シルフィでいい」
ああ、リーゼロッテさんあらためリザが〝感動のあまり打ち震えている〟。
俺は彼女の『お伝えすべきこと』が何かはだいたいつかんでいるのだけど、勇者から聞いた話と情報を突き合わせたい。
俺が質問するかたちで、こちらが話を進める。
神託のこと。
〝勇者を継ぐ者〟のこと。
〝光の巫子〟のこと。
〝混沌〟のこと。
で、〝神の眼〟。
リザが神妙な面持ちでつぶやく。
「〝混沌〟って、勇者が倒したとされる悪竜のことね。でも実際は、封じるのがやっとだったのか……」
「〝神の眼〟――〝神眼〟は俺の『鑑定』スキルで間違いないね」
この子にはもう隠しても仕方がないから、俺は正直に『鑑定』スキルのことも話した。クララにもいちおう話したことはあるのだけど、相変わらず〝なんかすごそう。さすが兄さま〟的に尻尾をぱたぱたさせていた。
「相手の能力を読み盗るって、想像以上にすさまじい性能だわ。しかも大地母神様が世の理から外してまで直接お与えになったなんて……」
なんで俺なんだろう? 焦って間違えたか、慌てて与えたのがたまたま俺だったのか。
ま、どうでもいいか。
もらっちゃったもんはしょうがない。
「イレギュラーな事態、ではあるのよね? となると、こうは考えられないかしら? 今回、復活する悪竜は、今まで以上に凶悪な力を持っている、とか」
そんな恐ろしいこと言わないでおくれよ。
実際はどうなんだろう?
『勇者の剣』に刻まれた〝記憶〟から、山みたいにバカでかいドラゴンだったのは知っている。
アレと戦うのもご勘弁なのに、それより強かったらさすがに逃げたい。
ちょっとでいいから情報が欲しいな。
とはいえ、直接は見れないし……あ、いちおうこの世界のどこかに封印されてるんだよな? だったら、この世界そのものの情報を引き出せば、いけるんじゃね?
俺はぼんやりと部屋の中を見つめる。国境の宿場町の一室も、この世界そのものではあるはずだ。
悪竜の情報がほしいなーとか考えながら、ぼけーっとしていたら。
ぶばっ。
「メルくんっ!?」
「兄さま~!?」
「鼻から血がっ!?」
うん、俺は盛大に鼻血を吹いた。べつに着替え中の美女が見えたとかじゃない。
たぶん、お気楽に得られる情報じゃないため、俺の体が耐えきれなかったのだ。
俺、ステータスは貧弱だからなあ。
「メルくん、大丈夫? どこか痛い?」
「兄さま、上、上を向くですよ」
「違う違う、鼻の付け根を押さえて、下を向くの」
3人の女の子たちに世話を焼かれ、いたく感動する俺。『祝福の儀』を受ける前の俺に知らせたら、『夢見がちな少年めっ』と罵倒されていたことだろう。
「リザ、さっきのお薬は?」
「おお、あれなら一発で治るですね」
「わかったわ。すぐに――」
「いや俺はもう大丈夫だから」
君らちょっと過保護じゃないかな? とっておきの秘薬を鼻血ごときで使っちゃダメダメ。
で、鼻血を出してまで得られた情報は少ない。力のほどはよくわからなかった。
まあ、面白い情報は得られたな。
「悪竜が復活するのは、何もなければ16年後らしい」
俺が鼻に指を突っこんで言うと、みんな「ほえ?」と首をひねった。反応したのはリザ。
「16年……意外と、余裕があるのね」
「まあでも、『何もしなければ』だからね。誰かが突っついて、明日にでも起きちゃうかも」
溶岩がぽこぽこしてるような場所だから、誰も近づきはしないだろうけど。
しかし、これちょっと問題だな。
読み盗りだけじゃなく、情報によっては読み取るのでも体への負担が大きい。
距離とか、世間の認知度が関係してるのか。
体を鍛えたら、ちょっとは楽になるみたい。
ならば剣の素振りでも日課に組みこめばよいのだろうが、俺は『修行』とかいう言葉があまり好きではない。
などと考えながら、なんとはなしに俺は自身の手のひらをじっと見て、『鑑定』を発動させてみたのだけど。
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体力:D-
筋力:D+
俊敏:D+
魔力:E+
精神力:C+
=====
ん? なんか、変わってない……?
俺は初めて自分を『鑑定』したときの結果はどうだったかな?と思い出そうとした。
すると、そのときのステータスらしきも表示される。
=====
体力:E+
筋力:D
俊敏:D+
魔力:E
精神力:C
=====
上がっとるっ!?
『俊敏』以外が『+』分、上がっているようだ。
いや、さすがにおかしいだろ。
激動の数日間ではあったし、俺は元のステータスがとても貧弱ではあったけど、そんな短期間で1個や2個が上がるならまだしも……。とくに精神力は元がCだから、いくらなんでも上がるなんて考えられなかった。
たしか、ステータスがEからDに上がるにも、早くて1年くらいの厳しい修業が必要なはず。ランクが上がれば、その期間も訓練内容も格段に厳しくなる。
成長を速める固有スキルが存在するって話は聞いたことがある。
でも俺は今まで、そんなスキルを読み盗ってはいなかった。
ふいに、幻影勇者の言葉が脳裏をよぎる。
――読み取り、読み盗れ。ただひたすらに、な。
あの人は、こうも言っていた。
――できれば強者だ。それがオマエの糧となる。
うーん。なんとなく、わかるんだけど……。
せっかくなので、ついでにいろいろ思い出す。
――面倒くさがらず、自身の本質を確かめてみろ。
本質ねえ……。たしかに俺は、『鑑定』スキルの詳細説明を面倒がって全部は読んでいない。だって情報量がぶ厚い本5冊分くらいあるんだものっ。
でもまあ、ピンポイントで探せばどうにかなるかな。
ということで、誰かの能力を読み盗ったとき、俺にステータス上、どのような変化があるかを調べたところ。
〝読み盗った状態で獲得した肉体的、精神的、魔力的な成果は、すべて本人のステータス上昇に利用される〟。
要するに、『経験値』的なものはそっくり俺のステータスに跳ね返る、と。
これ、すごいぞ。
なぜなら、平均ステータスがランクD弱の俺と、ほぼSな勇者だと、同じように剣を振るったときに得られる経験値が、段違いだからだ。
いい加減にざっくり例えるなら、俺が素の状態で毎日1000回剣の素振りを1年間続けるのと、勇者が2,3回思いきり剣をぶん回すのが同程度と考えてみればいい。
数値はかなり適当だけど、それだけ差は大きいのだ。
ランクBまでなら、1週間くらい本気でがんばれば到達しちゃうんじゃ? 夢が広がるっ。
あれ? そういえば……。
俺はまたも幻想勇者の言葉を思い出す。
――オレはアレを打倒はおろか封印がやっとだった。他の勇者も似たようなものだ。
そのあと、あの人はなんて言ってたかな?
――だが、2人もいれば状況は大きく変わる。
俺はこのとき、俺以外に勇者級の誰かが必要だと考えたのだけど……。
もしかして俺、ものすごい勘違いをしてたかも?
俺はまたも自身の『鑑定』スキルを調べ直す。
そして、知る。
相手の能力を『読み盗る』ということの本質を。
〝対象に蓄積された知識、技術、経験を自身に加算する〟。
ああっ、やっぱりだ!
俺は『鑑定』で読み盗ったときは、相手の能力を俺に上書きし、相手とまるっきり同じ強さになっているのだと思っていた。
でも、それじゃあおかしい。
俺は俺の記憶を持ったままだし、『鑑定』スキルも使える。
だから『加算』で正解なのだ。
俺は読み盗った相手よりも、俺自身のステータス分、強いことになる。
今の貧弱ステータスだと微々たる差なので気がつかなかった。
となると、俺が勇者並みに強くなれば?
答え。俺は勇者二人分の力を持つことになる。
――だが、2人もいれば状況は大きく変わる。
もう一度、彼の言葉が頭に浮かぶ。
俺は俺自身の力だけで、正しくは他の人の力を借りちゃったりしてるけど肉体的には一人きりで、〝混沌〟の悪竜を退治できるのだっ!
でも、それってめちゃくちゃ面倒くさくないですかねっ!?
修行とかやだなあ。
ま、そのあたりは別途検討ということで。問題は先送りにしよう。16年も猶予があるし。大丈夫でしょ。
鼻血が止まったタイミングで、リザが俺に尋ねる。
「それで、今後はどうするの?」
「買い物したら出発しようか」
「まあ、泊まる必要はないわよね――じゃなくっ! 今後の方針のことよ」
「ん? エルフの国に帰るんじゃないの?」
今ごろシルフィのお母さん――女王様が首を長くして待っているだろうし。
リザは暗く目を伏せて、ちらりとシルフィを見た。
「初めは、そのつもりだったわ。でもそれは、シルフィーネ様……シルフィを安全な場所に保護することを目的としていたの。〝勇者を継ぐ者〟は別で見つけなきゃいけないし、その策を考える間のね。すでに『勇者』との接触は叶っている。ところが、ひとつ大きな問題が、発生してしまったわ」
リザは真剣な眼差しをシルフィに突き刺した。
「シルフィ、単刀直入に訊くわ。あなたは記憶を失ったこの1年の間、〝神の声〟を聞いたことがある?」
〝神の声〟?なにそれどんな声?と不思議そうに目をぱちくりさせるシルフィ。
「やっぱり……。もし聞こえていたなら、自分が何者であるかを知り、何かしらの行動を起こしたはずだもの。今のあなたは、〝光の巫子〟としての力も失っているわ」
「だから、先にシルフィの記憶を取り戻そうってこと?」
「ええ。原因は何かしら? それで対処法が変わってくるわね」
「変な薬を飲まされたらしい。ステータス上は〝忘却の呪い〟って書いてある」
「呪い、かあ……。『頭をぶつけたショックで』なら、もしかしたら『妖精の秘薬』で治ったかもしれないけど。となると、エリクサーが必要ね。あんな高価なもの、どこで手に入れれば……」
俺はまたも世の中を見て、言った。
「解呪できる人に頼めばいいよ」
「精神を侵す呪いだと、そこらの教会の神父じゃ無理よ。かなり熟練の『呪術師』じゃないと――って、もしかしているの? 近くに」
『呪術師』って俺のイメージだと呪いをかけるほうなんだけど、どうやら呪い全般のスペシャリストで、基本は解呪を生業としているらしい。
「3,4日馬車で行った町に、高名な『呪術師』がいるみたいだ」
かなり高齢のおばあちゃんだけど、それだけに実績は半端ない。〝忘却の呪い〟も対応可。
「決まりね」
リザがぐっとこぶしを握る。
クララはよくわかっていないようだけど、行き先が決まってウキウキしていた。
ただシルフィは、どうなるのかちょっと不安な様子。
俺はシルフィの頭にぽんと手をのっけて、にっこり微笑んだ。
「大丈夫。いろいろ思い出したって、シルフィは俺の知ってるシルフィだ。なにも変わらないよ」
「うんっ」
シルフィは元気いっぱいの笑顔で、答えてくれた――。